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宇宙から地球を見下ろしたとき、君はなんというだろう?  作者: トトノ
第一章 ヤスミンカ・べオラヴィッチ
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23 「ここが近代ロケット発祥の地?」

「とりあえずやってみるって言葉は、死ぬほど嫌いだったけれど、いまなら結婚してもいいと思うわ」


 水平方向に備え付けられたロケット、開発コードSY-01を前にして、ヤスミンカは誇らしそうに胸をはった。

 SY-01は、一○○マルクを掛けられて試作された。ヴェルナーが一月に使う額はおよそ十七マルクである。ほぼ六ヶ月も生活できてしまう計算である。

 高額なロケットを、ヴェルナーはどこか釈然としない気持ちで見つめた。


「前方投影面積は、上出来ね」


 ヤスミンカはロケットの正面にまわり、自分の図面通りのものが仕上がってきたことに満足していた。

 SY-01は、ヤスミンカの強い意思により、前方投影面積を最小にするように設計されている。


 なぜヤスミンカが投影面積にこだわるのか。

 その答えとなる空気抵抗の算出式をみて、ヴェルナーはうなった。

 空気抵抗は、空気抵抗係数、機体投影面積、および機体の飛行速度によって記述される。SY-01の最終到達速度予測値をかんがみると、到底無視できる数値ではなかいのだ。

 ヤスミンカの主張は、反論の余地なく正しい。

 直感としては、まあそうだろう、で理解が止まる。数式が読めると、どれだけまずいのか理解できるようになってくる。


 効果がありそう、と効果がある、では雲泥の差だ。どこまで減らせば良いか、という具体的な目標値を共有できるからだ。

 すると、自然と構造が決まってくる。ノズルの上にエンジンを置き、その上に燃料である液体水素、および酸化剤の液体酸素のポンプを垂直に並べるというのは、数式を理解していれば、ごく自然な発想となる。


 結果、SY-01はヤスミンカと同じくらいの背丈の、縦長の円筒型の機体に仕上がっていた。

 ヴェルナーが探し当てた書籍と全く同じ形状をした、いわゆるロケットの形状に。


「肝心の姿勢制御はもう一声だけど」


 ヤスミンカがノーズコーンを、軽く小突く。この点は、彼女にとって若干の不満が残っている。

とにかく重いのである。

 ノーズコーンの内部には、ヤスミンカが設計した姿勢制御機構である、フライホイールが備えらえている。先端ぎりぎりに搭載することで、その重さを逆に利用し、回転中心が空力中心より前にくるような構造にしていた。


 着想としてのフライホイールの構造は、それほど複雑なものではない。

 回転する物体は回転状態を維持する。元の状態を維持しようとするための復原力が生じる。この力を使って、ロケットの主軸がぶれた際、再現しようというのだ。

 ただし、この原理にも限界がある。復原力は大前提として、回転体の重量がものをいうのである。SY-01では、重量の増加には目をつむり、複数のフライホイールを並べることで解決している。


 ちなみにフライホイールの開発には、余談がある。

 回転機構が姿勢の維持だけに留まらないことを、黒板と床を熱心にチョークまみれにした段階で気づいたヤスミンカは、さらに一歩踏み込んだものを構想した。

 傾けた際にフライホイールから生まれる復原力を検知、角度と相関付けることで、機体の傾き把握する機構を盛り込もうとしたのである。今後課題になるであろう機体の自律誘導制御をにらんだ、ヤスミンカならではの発想であった。

 そして、彼女の見込み通り、フライホイールによる復原力検知までは見事に成功。

 操舵機構までは、開発費との折り合いで実装できなかったが、簡易センサーという触れ込みでパテントの取得まで考え、実際に申請してしまったのである。


 特許庁に受理されるところまではすんなりといったらしい。


 しかし、認可されることはなかった。


 二度ほど、申請領域をずらしてみるも、どうにも承認されない。息巻いたヤスミンカが三日三晩かけて、類似のパテントがないことを再三確認したにもかかわらず、である。

 はじめは怒髪天の様相を呈していたヤスミンカであるが、工場から上がってくる試作品を一目見て、あっさりと諦めた。

 なんでもトコトンやるヤスミンカである。そんな彼女があまりにもあっさり手放したので、それとなくヴェルナーが尋ねると、ヤスミンカは肩をすくめていった。

 似たようなことがあったのよ、と。

 試作のフライホイールをヴェルナーに手渡して、回してみろという。軽く指で弾くと、摩擦による減衰が感じられないほど滑らかに回った。


「このフライホイール、よくできてると思わない?」


「うん。想像以上だね」


「軸の摩耗が激しいみたいね。交換可能な構造を準備しているし、狙ったように最適化された小型モーターまで、あっさり準備しているわ。なにより、鉄板の溝には、なにか別の部品を支えるような切り欠きまであるのよ。まるで、既製品の一部を改造して、今回の趣旨に合わせてきたようじゃない?」


 ヤスミンカの主張はこうだった。

 特許が出されておらず、既知の装置でもない。にもかかわらず、トトノ重工お抱えの職人は、ヤスミンカの意図を正確に理解し、完成度の高いものを納品してきた。まるで、すでに何度か作製した経験があるような出来である。

 トトノ重工は、多角的経営であり、彼らは国防にも深くかかわっている。この事実と、特許庁に指図できる奇妙な力が働いているらしいことを考えみると、深追いは避けた方がいい。


「ここまで見せてあげたんだから、察しなさいってところかしら」


 ヤスミンカは微笑んだ。

 形のいい唇で形作られる彼女の笑みは、ヤスミンカを知らないものであれば、愛らしく感じるかもしれない。けれど、激しい気性を知っているヴェルナーには、いまに見ていろ、と告げるな獰猛な笑みにしか見えなかった。

 そんなゴタゴタを抱えつつも、フライホイールは無事に機体『SY-01』に収まり、切っ先を空に向けて打ち上げの機会を待っている。

 機体の検分を終えたヤスミンカは、モニタしているヴェルナーの横にならんだ。


「きっと、うまく行くわ」


 ヤスミンカが、興奮を押さえながらいった。


「僕もそう思う」


 ヴェルナーが同意した。


「今日が記念日になるかもね」


 リンドバーグが会話に加わった。


「じゃあ、ここが近代ロケット発祥の地?」


 ヤスミンカがからかうようにいった。

 三人とも、自信に満ちた表情で、機体を見上げる。

 小説の中にしかなかったロケットが、いま自分たちの目の前にあるという事実に、彼らは震えた。

 それも、自分たちの情熱をこれでもかと注ぎ込んで、自分たちの手で組み上げた機体なのだ。

 それを、今日、打ち上げる。


「それでは、飛行プランを確認しましょう」


 先ほどと打って変わった真剣な声で、ヤスミンカがいった。


「燃焼は八秒。その間、首振り、爆発が起きなければ成功よ」


「起きるわけがないさ」


 リンドバーグがいった。ヴェルナーも同じ気持ちである。

 皆が、運と知力と体力と、ありったけの情熱を一身に集めて完成させた機体が、爆発してなるものか。


「燃焼はなんども繰り返したエンジンを積んでいて、排熱も十分検討した。ヤースナの姿勢制御も、理論値の三倍は大きくとっている。燃料は充填済みだし、ガス漏れも検知していない。射出の脱着も何度もやり直しただろう。あと、僕たちが出来ることは、祈ることだけだよ」


「いや、まだある」とリンドバーグ。


「え?」


 ヴェルナーは慌てて、手元のチェックリストを見返した。リンドバーグはリストを抑え、首を横にふった。


「開発者は機体に名前を書く権利が与えられるはずだ。俺は、こいつに名前を刻んでおきたい」


 ヴェルナーをみやり、続いてヤスミンカを見つめていう。


「君らは?」

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