火遊び
「う……ん……ん?」
眠りから覚めると、見覚えのない天井が目に入ってきた。
ちょっとした火遊びでもしちまったか、なんて一瞬考えたが、火遊びどころではなかった。昨日、森燃やしてたんだ俺。
そう、いつもと同じような感覚で目覚めたが、ここは異世界。
そしてここは……あれ? そういや俺どこで寝たんだっけ? 消火活動で疲れ果ててあんまりその後の記憶がない。帰ってくるなり倒れ込むように寝た気がするんだが、そもそもどこに帰ったのか。
その答えは右隣を見てわかった。
「むにゃむにゃ……もう食べられないよぅ」
「なんてベタな寝言だ」
すぐ横で、俺の腕を枕にしながらソフィアが寝ていた。つまりここはメリー・ルー……ソフィアの家のベッドの上だ。
なんで俺達一緒に寝てるんだろう。顔が近いし、ちょっと心臓に悪いこの状況。
「ソフィア、起きろー」
「ん? んん……ああヤゴ、おはよ……ってうわぁあああ!」
すぐ今の状態に気が付いたのか、ソフィアは飛び上がった挙句にベッドから転がり落ちる。
「いてて……」
「大丈夫か?」
「大丈夫じゃない! なんであんな事になってたの私達!」
「それに関してはそっちの方が覚えてるんじゃないのか?」
「え? ……そうだ! ヤゴがいけないんだよ! 帰ってくるなり私のベッドに寝転がり始めて、ぜんぜんどいてくれなかったんだから! 私だって床で寝たくなかったし、しょうがなく同じベッドで寝たの!」
「なるほど、それで俺の腕を枕替わりにしてたのか」
「わーわー! 何の事だかわかんないなー!」
さて、ソフィアいじりはこれぐらいにしておこう。
俺はベッドから下り、出かける準備を始めた。
「あれ? ヤゴ出かけるの?」
「何言ってんだ、薬草採取だろ?」
「え、でも昨日取ったのがあるし、私は薬の調合をしようと思ってるんだけど」
「ああ、だから俺が取ってくる。ついでにオークとか出たらラッキーだな」
なんせ昨日いろいろと買い物をしたので、既に所持金が底をつきそうだった。庶民がしばらく遊んで暮らせるぐらいの褒賞額だったのに……あの魔導書が高すぎた。また稼がなきゃならない。
「いやいや、なんでナチュラルに手伝い続けようとしてるの?」
「え? だめなの?」
「いや、ありがたいよ? でもヤゴの強さなら絶対にもっと効率良く稼げるし、私なんかの手伝いしてる場合じゃ……」
「いいんだよ。一人じゃ寂しいじゃん。気の合うやつとノラリクラリやってたいんだ俺は」
「……そっか」
「っていうわけで行ってくるわ」
「待って、ヤゴ。どの草が薬に使えるとか知ってるの?」
「全然わからん。とりあえずありったけ刈ってくればいいかなって」
「やめて! これ以上、森を荒らさないで!」
結局二人で行く事になった。
※
「よかったのか? 薬の調合は」
「大丈夫。素材はあればあるだけありがたいし」
今日はさらに冒険してみようという事で、森のさらに奥の方までやってきた。
昨日購入した鞄の中に、ソフィアが厳選した薬草を詰め込んでいく。
「あっ! これレッドクローバーだ! こんな所に生えてたんだ!」
森の奥には珍しい植物が叢生していたようで、彼女は先ほどから上機嫌であった。
今だったらなんでも答えてくれそうなので、なんとなく気になっていた事を尋ねてみる。
「ソフィアはいわゆる魔法使いの事、どう思ってるんだ?」
「ん? 魔法使いって……いわゆる宮廷魔導士とか治癒魔法師の事?」
「そうだな、特に後者の方」
「んー……あんまり良いイメージはないかな」
「やっぱり?」
魔法適性を鑑定した時からあまり良い反応してなかったから、そうじゃないかとは思っていた。
「治癒魔法ってね、すごい魔力を消費する代わりに本当になんでも治せちゃうの。死んでなければ大概の事はなんとかなる。でも知ってる通り、使い手が少なくて……しかも治癒魔法は一人ずつしか掛ける事ができないから」
「需要と供給が吊り合ってないんだな」
「そう。だから治癒魔法師に治療してもらうには、とんでもない額の料金がかかるの。ここまではいいんだよ。相応の事してるんだからそれなりにふんだくったっていいの。でもね、どうもこう、治癒魔法師の人って尊大な印象があるというか……今まで会った人だけかもしれないけど、他の人達を虫ケラとしか思ってないというか……」
「だからソフィアは治癒魔法を使いたくない、と」
「それもあるし、そもそも私の目標には必要ないんだよね」
「メリー・ルーを世界一の薬屋にするって事か?」
「それもあくまで手段の一つなの。本当の目標はね」
その時だった。
遠くの方で爆発音がした。
「……なんだ? 今の音」
「こんな森の奥の方まで聞こえるなんて、かなり大きい音だよね?」
なんだろう、この胸騒ぎ。
まだ薬草採取を始めてからそう時間も経ってないし、せっかくこんな所まで来たんだ。ここで切り上げるのはもったいない気がするが……。
やはりどうしても気になる。
「戻ってみるか」
「う、うん」
ソフィアとともに、来た道を引き返す。
※
街へと戻ってきてみると、とんでもない事が起こっていた。
「なんだ、あれ」
街の中心部……ちょうどギルドやハローアークのあった辺りから黒煙が吹き上げている。そして逃げ惑う住人達。これがただの火災ならばまだよかったかもしれない。しかし看過できない問題がもう一つあった。
「あの煙の周りを飛んでるのって……魔物?」
距離が遠いので詳細にはわからないが、黒い翼の生物が無数に飛び交っているのだ。
「ごめんヤゴ。煙が上がってるのを見て、真っ先にまたヤゴがなんかやらかしたんだって思っちゃった」
「信用なさ過ぎて笑える。ってかそんな事、言ってる場合じゃないよ。なんだよあれ。結界が張ってあるから魔物は街に近づけないんじゃないのか?」
「そのはず……だけど」
「それなら、結界とかそんなの無視できるぐらい上位の魔物が現れた、って説が濃厚かな」
「そんな! じゃあ街は……」
「とりあえず俺は近づいてみようと思う。ソフィアは」
ソフィアはメリー・ルーに戻っていてくれ。そう言いかけたが、やめておいた。いつ街の外れの方に魔物の手が及ぶかわからない。
だったら、今のこの街で一番安全な場所はどこか。
「ソフィアは俺の横でパンでもかじってるといい」
「ええ! パンあるの? ちょーだい!」
パンに食いつきすぎだろ。こう考えるとソフィアもたいがい暢気な気がする。
「ものの例えだよ。横でボーっとしててくれって意味」
「なんだ……」
露骨に肩を落とすソフィアを連れ、煙の上がっている方へと急ぐ。パニックになっている街の住人達の波をかき分けながら、少しずつ前へ進んだ。
中心部に近づくと、騎士達のものであろう怒号、魔物の鳴き声、そしてその両者の闘争する音が耳に入ってくる。魔法による衝撃音、剣が打ち鳴らす甲高い金属音……戦いは苛烈を極めているようだ。どれほどの被害が出ているのだろう。
「ところでさ、ソフィア。俺の事どう思う?」
「え! な、ななな何をいきなり!」
「俺わりと人から『お前はネジが外れた人間だ』って言われるんだ」
「ん? ああ、そういう話ね……まあそうだと思うよ。普通の人とは違うよね」
「そして俺は不謹慎という言葉が死ぬほど嫌いなんだ。それをわかっていてほしい」
「話が見えないけど、つまり?」
「今、俺めっちゃワクワクしてる!」
「ダメだこの人……って、え……?」
そう、だから、
「ヤゴ? ヤゴ! いやぁあああああああ!」
たとえ、背後から何者かに首を跳ね飛ばされたって、あーミスッたなぁ、くらいしか思わない。痛みもそんなになかった。
ゴロゴロと視界が回転する。回っているのは俺の頭部だが。
そして最後、俺の目に映ったのは……いつの間にか胴体を分断されていた、ソフィアの絶望に歪む表情だった。
視界は暗転する。
あー、よかった。
間に合って。