ハロー〇ーク
俺とソフィアはひとまず、オーク討伐の褒賞を受け取りにギルドに戻った。
壊れているドアを踏み越え、カウンターに向かう。さっき来た時とはまた違うお姉さんが立っていた。
「あのー、さっきのお金貰いに来ました」
「はい! どの……あ、あれ? え? 貴方は……」
元気の良い返答であったが、次第に声のボリュームは落ちていった。
やっと俺達の事に気が付いたらしい。ギルド職員達は皆、驚愕していた。しょっぴかれているはずの人間がここにいれば、そりゃ驚くか。
「あの、し、失礼ですけど先ほど騎士団の方がお見えになられたかと思うんですが」
「ああ、その件ならもう済みました。お金ください」
「ええ……済んだ……?」
「はい。お金ください」
「で、ですがそのぉ……」
なかなか話が進まないので、ちょっとだけ強気に出てみる事にした。
「まさかとは思いますけど踏み倒そうとしてません?」
「っ! い、いえ! 決してそんな事は!」
「そうですか! ならよかった! 危うくカウンターを蹴り破るところでした!」
満面の笑みでそう言い放つと、職員のお姉さんは「ひぃいいいい!」と悲鳴を上げてカウンター奥に消えていった。
「……ヤゴ」
「何も言うな、ソフィア」
こんな所でウダウダしているわけにいかない。俺には次に行かなきゃならない場所があるんだから。
※
なんやかんやあったが、無事に褒賞金を受け取る事ができた。額はゴブリン討伐の約一・五倍程度だという。その金貨やら銀貨やらが入った麻袋を握りしめ、俺達はギルドのすぐ近くにある、とある施設に足を運んでいた。
「ここがそうなのか?」
「うん。ここなら今のおおよその魔力量とか、潜在的な魔力量が測れるよ。それだけじゃなくて、どの魔法に適性があるか調べてくれたり、それを生かした職業の紹介だとかいろんな事をやってるところ」
「看板に魔法相談所 《ハロー・アーク》って書いてあるな」
すごい既視感があるネーミングだが気にしない事にする。
さっそく中に入ってみた。職業紹介の受付だけがやたらと混んでいて、俺達の目当てである魔力測定はすぐにでも行えそうだ。
「あっちか」
「うん。じゃあ私はそこら辺で待ってるから」
「ん? ソフィアはいいのか? せっかくだし測っていったら?」
この場所を紹介された時に聞いたのだが、実はソフィアも今まで魔力を測定した事がないらしい。
どうせ才能ないだろうし、興味がない、らしいが……。
「あれね……安いけどお金が掛かるから。今、懐にそんな余裕ないし」
本当の理由はこっちだろう。先ほどから彼女はチラチラと測定場所の方を見ており、落ち着きがない。絶対やりたいはず。
「金ならここにあるだろ?」
「え? でもそれはヤゴが稼いだ……」
「いいって。ギルドの件で迷惑掛けたし」
「確かに掛けられた! それならしょうがないね!」
「切り替えが早すぎてなんか複雑」
一転してウキウキし始めるソフィア。『魔力測定はこちら』という案内に従い、受付へ。
すると、それに気づいた中年の女性職員が、近くにあったローブを羽織り出し、こちらのもとへやってきた。
「ほっほっほ。ようこそ、我が館へ」
「設定から入るんすね」
急なアミューズメント感。
しかしこういうのが好きなんだろうか、ソフィアはいっそうワクワクした顔でそれを見ていた。
「お主らの魔力を鑑定してしんぜよう。こちらへ」
料金を支払うと、職員の人に小部屋に通された。そこには特殊な装置のようなものはなく、木の椅子と机、そしてその上にサッカーボール大の水晶が二つ置かれていた。水晶の色は二つ異なっており、それぞれ赤と青。
部屋の奥側の椅子に職員さん、手前側に俺とソフィアが腰掛けた。
「鑑定方法は簡単。この青い水晶に手をかざしてもらえば、現在の魔力量と魔法の適性系統がわかる。赤い方に手をかざせば、潜在的に魔力をどれほど秘めているかがわかる」
「なるほど。じゃあまずソフィアからどうぞ」
「う、うん! やってみる」
促すと、ソフィアは緊張した面持ちで、まず青い水晶に手を伸ばした。
「っ! わぁ……これが、私の魔力?」
「おお、これけっこうすごいんじゃないの?」
水晶はやや眩しいぐらいの白色の光を放っていた。職員さんの方を見てみると、かなり驚いたような表情をしている。
やがて光は収束し、水晶には『1703』と表示されていた。
「こ、これは……すごいですよお客様! 適性系統は治癒。この魔法に適性を持つ方は滅多にいらっしゃいませんし、魔力量もかなりのものです! 宮廷魔導士には少し劣りますが、冒険者なら一流クラスです!」
職員さんはそう語る。興奮して素が出てしまっているが、それほどすごいという事だろう。
「わ、私の適性系統が治癒……?」
しかしソフィアはと言うと、どこか複雑そうな様子だった。薬屋の主人が治癒魔法の使い手だなんて、ぴったりなんじゃないだろうか。
「なんだ? もしかして闇とか炎とかかっこいいのがよかったのか? そういうお年頃か?」
「そ、そうじゃないもん! からかわないでよ!」
言いながら、今度は赤い水晶に手を伸ばすソフィア。
すると、
「眩しっ!」
目を開けていられないほどの光が水晶に走った。その状態が数十秒続き、徐々に光が収まっていくのを確認した俺はゆっくりと目を開けた。
「『108900』?」
「あ、ありえません!」
職員さんが机をバンと叩き、叫ぶように言った。
「潜在魔力が十万超えの人間なんて……見た事が……伝説級の魔導士ですらせいぜい五万程度なのに……」
どうやらかなりすごいらしいな。
俺が測定する前からかなりハードルが上がってしまっている。これで俺の魔力がしょぼかったら悲しい空気になってしまう。なるべくさらっと済ませてしまう事にした。
ブツブツ「ありえない……」と呟く職員さん、目をパチクリさせているソフィアを横目に、さりげなく青い水晶に手を伸ばす。
と、
「あ、あれ?」
光らない。まったく。これはもしかして一番悲しいパターンなのでは? そう思っていた。しかし、心がキュッと締めつけられそうになったその時、水晶に変化が現れる。
「数字だけ上がっていってるんだが」
見る見るうちに数値が上昇していく。とうに一万は突破してるんだけど、いったいどこまで行くんだこれ。
たっぷり上昇を続ける事、約一分。
「『115743』ってなってるんですがこれって」
「……あ、そうか。そういう事だったんじゃな。これは失礼したわい」
「急にキャラ戻してきたこの人」
どうやら何かを察して落ち着きを取り戻したらしい。
「故障じゃな。この青い水晶はな、その適性に応じた色、その魔力量に応じた強さで光るようになっておる。光らずに数値だけ表示されるなんて事はない。さっきの潜在魔力十万超えも何かの間違いで……」
「でも潜在魔力はこっちの赤い方で測ったから関係ないのでは?」
「……きっとこっちの方も故障しておるに違いない。そう言うならこっちの方も試してみるがよい」
言われて、俺は赤い水晶に手を伸ばした。
「おっ」
こっちの方はちゃんと光るみたいだ。こちらの水晶の光は色の変化がないようで、ソフィアと同じ白系統の光。
徐々に輝きが増してきた。なんならもう直視はできない。……まだ強くなる。
「もうさっきソフィアがやった時ぐらいの光量なんだけど、これいつ終わるの?」
「ヤゴ、もうなんか目を塞いでても眩しいんだけど大丈夫なのかなこれ?」
それとキィーンという共鳴音のようなものが聞こえ始めた。水晶を置いていた机もガタガタと震えている。
「しょ、職員さんこれ大丈夫ですかね?」
「神よ……」
「祈り始めちゃってるんだけど」
これはまずいと思い、俺は慌てて水晶から手を離す。
「あれ? ……もう大丈夫だ」
先ほどまでの眩しさが嘘かのように、一瞬にして光は収まっていた。
これで一安心。そう思っていたが……その時、水晶にわずかに亀裂が入ったのを俺は見逃さなかった。
「逃げろ!」
胸騒ぎがして、俺は大声でそう叫んでいた。
俺とソフィアは手前側の、職員さんは奥側のドアからほぼ同時に外に飛び出す。
数秒後、耳をつんざくような爆発音とともに測定部屋が消し飛んだ。爆風で吹き飛ばされる俺とソフィア。床を転がり、壁に叩きつけられる。
「ソ、ソフィア。大丈夫か?」
「いつつ……なんとか」
ソフィアの無事を確認してから、測定部屋の方を見てみる。火の手が上がっていないのは救い、とかそういうレベルの話じゃなかった。建物の五分の一程度が丸ごと削り取られたようになっている。
先ほどの職員さんが慌てて避難を促してくれたらしく、他の職員の方々にも目立った怪我人はいなそうだった。
「ヤゴ……」
「逃げるか」
今回、悪いのは俺じゃない。水晶が爆発するなんて誰が予想できようか。
そうだ、俺は悪くない。そう自分に言い聞かせながら、俺達はさりげなく《ハロー・アーク》を後にした。