アトミック・デコピン
俺はソフィアを庇うようにして、アリッサの放った炎をその全身で受け止めた。
「ヤゴ!」
後方からソフィアの叫ぶ声がする。
熱いなぁまったく……これが魔法か。
「おいおい、まさかこれで終わりか? お前もその程度か冒険者!」
おまけにアリッサから盛大に煽られている。なので応えてやる事にした。
「よっ、と」
上半身を軽く捻り、勢いをつけて回転。それだけで俺を包んでいた炎は霧散した。
「へえ……そうこねえとなぁ」
「騎士のくせにやり方が姑息なんじゃねえか?」
「ああ、悪いな。待ちきれなくてつい」
つい、で燃やされたらたまったもんじゃない。
おかげでちょっと汗をかいてしまったし、何より服が焦げてしまった。真っ白だったTシャツが煤けてしまっている。ズボンは黒だったからあまり目立たないが、全体的にこんがりした匂いがする。後で衣服を調達した方がいいかもしれない。
とりあえず、ソフィアから少しでも離れた場所に移動する。
「そんじゃ、改めて始めよう」
「ああ。お前にアタシの剣が捌けるかな?」
依然として炎を纏い続けるその剣を構え、アリッサがこちらに駆けてくる。身軽な恰好をしているという事を加味しても、かなりのスピードだった。彼女が手練れである事は間違いない。
じゃあ俺はさらに上を行こう。
「はぁああああ!」
勇ましい叫び声とともに、アリッサは剣を振るってきた。隙の無い鋭い剣筋だ。俺はその刀身を左手で掴み取り、残る右手で彼女の首にそっとこちらの剣の切っ先を当てた。
「……は?」
「俺の勝ちだな」
実力者同士の試合というものは、弱者同士のそれよりも遥かにあっさりと決着が付くものだ。
しかし、とりあえずやってみたはいいものの、まさか本当に素手で剣を受け止められるとは思わなかった。これだったらわざわざ剣借りる必要なかったな。まあ勝ったからなんでもいい。これで無罪放免だ。
「お、おい、ふざけんな……こんなの」
何か言おうとしているアリッサの剣を、俺は握り砕いた。ちょうど刀身の中程を潰したので、アリッサの剣は根本部分だけを残した状態。剣の先端は、カラン、と音を立てて地面に落ちた。
剣が纏っていた炎もここでようやく消える。さすがに火のついた剣を握り続けるのは熱かった。手の皮剥けた。
「俺の勝ちだ」
呆けているアリッサに再度告げてやる。もうこの場に用は無い。さっさとギルドにオーク討伐の褒賞金を受け取りに行くとしよう。いくら貰えるんだろうか。
「待て」
「まだ何か?」
俯き、肩を震わせながら引き止めてくるアリッサ。
「まだだ。まだアタシのとっておきを出してねえ」
「でももう勝負は終わったんだよ」
「終わってねえ!」
怒りか、悔しさか。顔を歪ませるアリッサの周囲に、陽炎が立ち上り始めた。それを見て周りの騎士達が「だめです隊長!」、「巻き込まれるぞ逃げろ!」といった声を上げた。
散り散りに逃げていく騎士達。ソフィアは腰を抜かしたようにその場にへたり込んでいる。
アリッサは剣を投げ捨て、重ね合わせた両手をこちらに突き出す。手のひらの先に形成される赤黒い色をした炎の球。それは見る見るうちに大きくなっていった。
冷静に眺めてたけどなんか俺、とんでもない技をお見舞いされようとしてない? ちょっとギルドの入り口壊しただけなのに……。
「いいか? 勝負ってのはなぁ、どっちかが這いつくばって命乞いを始めるか、どっちかが死ぬまで終わらねえ。降参するなら今のうちだぜ?」
「じゃあまだ終わらないな。降参する必要は無さそうだし」
「……そうかよ。じゃあ死ね」
やがて、直径二メートルほどまで火球は膨れ上がり、そこで膨張は止まった。どうやら整ったらしい。
「《アトミック・インフェルノ》」
けたたましい射出音とともにそれは放たれた。
……ここまで前振りしてもらって、本当に申し訳ないと思う。でも、ここで心を折っとかないとしつこそうだ。
だから俺は、中指を丸め、そこに親指を添える。ありったけの力を指に込め、
「ふんっ」
弾いた。
「え?」
「お、けっこう綺麗じゃん」
俺の中指に弾かれたアリッサの《アトミック・インフェルノ》は空高くまで舞い上がり、やがて眩い光を放って爆発した。さすがに花火のように綺麗に模様を描く事はなかったが、空が赤黄色く染まる瞬間はなかなか見ごたえがある。
「お前……今、何を……?」
「デコピンだ」
「デコ、ピン?」
アリッサの火球だが、飛来するその速度には申し分なかった。メジャーリーガーのストレートよりも速かったぐらいだ。実際にボール受けた事ないから知らんけど。
「まあちょっと重さが足りなかったかなぁ」
「はぁ? 今のは対軍用の魔法だぞ! アタシの魔法は宮廷の魔導士にだって劣ってない! 今の一撃で何百人殺せると思ってんだ、ふざけんな!」
なぜか怒られているが、ふざけんなはこちらのセリフである。言うに事欠いて対軍用の魔法とか言い出しやがった。街中でなにぶっ放してんだ。
「まあ納得行かないんだったら、もう何発か撃ってみたらいいんじゃない?」
「そうポンポンと出せるわけねえだろうが! 向こう三日は魔力切れだよ!」
「じゃあ三日後にまたおいで」
今度こそ終わりだ。
「うう、う」
「うん?」
背を向けた途端、アリッサが唸り始めたので振り返ってみる。
「うう、ううう、ううう……ぐすっ……」
「めっちゃ泣いてるやん」
よっぽど悔しかったのか、アリッサは大粒の涙を流していた。まるで子どものようだ。
「お、覚えてろよー! バカー!」
そんな捨て台詞を吐いて、彼女はどこかに走り去っていった。
周りの騎士達が皆いなくなってしまったせいで、今のやりとりは街の人々に丸見えだったわけだが……大丈夫なんだろうか、三番隊隊長。
「ヤ、ヤゴ」
「ん? ああ、ソフィア。ケガは?」
「大丈夫。ありがと」
半ば呆れていると、恐る恐る、といった様子でソフィアが近づいてくる。まあ無理もない。
「あのね、ヤゴ。助けてもらったりしといて、こんな事聞きたくないんだけど……体、どうなってるの? 本当に人間?」
「それに関しては俺も謎」
俺は特殊な力こそ持ってたものの、身体能力に関しては一般人より少し高め、くらいのレベルだったはずだ。
こっちの世界に渡る時、チート能力でも貰ったんだろうか?
「ちょっと確かめる必要があるな」