魔物狩り
「いやー、でもほんとに助かったよー。助かったんだけど……なんで空から降ってきたの?」
「ちょっと金ぴかのオカマにワープさせられてね。気づいたら落ちてた」
「そ、そうなんだ」
気のせいでなければ今、こいつ頭大丈夫か? 的な視線をソフィアから感じた。甘んじて受け入れよう。よく考えたら自分でも意味わからない。
「えっと……あ、ヤゴの髪と目って珍しい色してるよね! 黒髪と黒い瞳ってこの辺じゃなかなか見ないよ。どこから来たの?」
「もう一個の世界から来たんだ」
「そ、そうなんだ……」
ソフィアは頑張って話題を探そうとしてくれているようだった。しかし返ってくる答えがあまりにも素っ頓狂で困っている様子だ。非常に申し訳ない気持ちになるが、全部本当の事だから仕方ない。俺はこういう時は変に嘘をつかないようにしている。
しかし変な空気になってしまったので、話題を変える事にする。
「ところでこの店って今は営業してないのか?」
「んーん。今もバリバリ営業中だよ?」
「えっ」
店内の様子を思い出す。棚には商品なんてなかったはずだ。
「ただちょっと……品切れ気味というか……」
「気味っていうか一個もなかったよね? 薬」
「うう……痛いところを突かれた……」
「仕入れないのか?」
「仕入れる? って何を?」
「いや薬を」
「ああ、このお店の薬は全部私が調合してるから。でも材料が無くて……さっきは調合に必要な薬草を取りに行ってたの」
「なるほどな」
そこを魔物に襲われた、ってわけだ。
「あの辺りはよく魔物が出るのか?」
「うん。でも魔物が出るくらいまで森の奥に踏み込まないと、薬草なんて生えてないから。普通ああいう場所に出かける時は護衛を雇うんだけどね。そんなお金もないし」
だから薬草採取もうまく行かず、商品が作れず、さらに金がなくなると。嫌な悪循環だ。……よし。
「俺がついていこうか?」
「え? で、でも悪いよそんなの! ただでさえ助けてもらってるんだし、今日初めて会った人にいきなりそんな事頼むなんて申し訳ないと思うんだけども、このままだとお店が立ちいかなくなっちゃうし、なんなら私もう二日もご飯食べてなくて正直もう限界だからどうしても助けてほしいっちゃ欲しいんだけど、危ない事を承知で一緒に行ってくれるならぜひお願いしたいんだけどいいかな?」
「口数多っ!」
急に饒舌になってびっくりした。とりあえずいろいろ限界なのはわかった。まあこうやって会ったのも何かの縁だし、やはり手伝う事にしよう。ちなみにこれは俺のためでもある。早く冒険がしたい。あとこっちの世界に来たはいいがとりあえず今、何をすればいいのかぜんぜんわからない。ゲーム脳的に考えれば、序盤のイベントとしてはこれぐらいが適切だろう。
「いいよ。さっそく行こうぜ」
「やたー! じゃ、ちょっと待ってて!」
そう言うと、ソフィアはさらに奥の部屋の方へ駆けていった。何やらゴソゴソと物音が聞こえる。あと鼻歌も歌っているようだ。ご機嫌なようでなにより。
やがて彼女は、両手で一本の剣を抱えて戻ってきた。
「これ、持てる?」
やたら重そうにしているので、慎重にその剣を受け取る。が、予想に反してやたら軽かった。これなら簡単に振り回せそうだ。
「あ、よかった。じゃあそれ使って! お父さんの形見だから、大切に使ってね!」
「さらっと重たい事言ったね今」
聞かなかった事にして、剣を鞘から抜いてみる。
おお! 本物の剣だ! その刀身は窓から差し込む日の光を浴びてキラリと輝いていた。こういう物には疎いが、これはなかなか良い剣なんじゃなかろうか?
これで俺も剣士の仲間入りだ。鞘の紐をベルトに結び、剣を腰に提げる。
「よし、じゃあ行こう!」
「おーっ!」
焦る必要もないのに、俺達は走ってメリー・ルーを飛び出した。
※
「ええっ! じゃあヤゴって私より二つも年上なの?」
「逆にそっちは年下だったか」
そんな雑談をしながら俺達は森に向かっていた。別に俺は童顔なわけではないが、日本人というのはどうも幼く見られやすいらしい。
「いやー、しかし楽しみだなぁ。今日は久しぶりに薬の調合ができるかも」
「調合するのが楽しみなのか? 薬売って金が入るのが楽しみじゃなくて?」
「もちろんそれも楽しみだよ? でもこの仕事自体が私の生きがいだから」
「天職ってやつだな」
「うん! 私ね、いつかメリー・ルーを世界一有名な薬屋にするのが夢なんだ!」
満面の笑みでそう語るソフィア。なにこの子、可愛い。
「そしたらお父さんもきっと……天国で喜んでくれると思うし……」
「ちょこちょこ重たいのぶち込んでくるねキミ」
もはやわざとなんじゃないかと疑う。出会ってから数時間でこの問題に深入りするのは早すぎる。俺はそれ以上特に言及しない事にした。
「まあとりあえず日銭を稼ぐのが先かな。二日食べてないんだろ? なんとかしないと。薬作ってもすぐ売れるとは限らないし」
「うん……あ! しまった!」
「どうした?」
「さっきのゴブリン、もったいなかったかなぁ」
「ゴブリン? なんで?」
「魔物を討伐してその遺体をギルドに持って行くと、多額の報酬がもらえるの!」
「そうなのか?」
なるほど、ギルドなんてものがあるのか。異世界感あるな。
「まあ多額って言っても大したことないだろ? 所詮ゴブリンだし」
「とんでもない! ゴブリン一体倒したら半月は遊んで暮らせるよ!」
「え? そうなの?」
「そうだよ! 魔物なんて一般人にはとても倒せないんだから! 確かにゴブリンは下級の魔物だけど、それでもそれなりの冒険者が全力で戦ってやっと一体倒せるくらいなんだよ?」
ゴブリン強すぎじゃない?
「え、じゃあ魔物の群れとかが街に攻め込んできたら一瞬で滅ぶじゃん」
「そうならないように、市街地には大掛かりな結界が張られてるんだよ。そのおかげで魔物は近寄れない」
「そうなのか……」
「っていうか、そんな事を聞くって事はまさかヤゴ、魔物と戦った事ないの……?」
「ないけど?」
「えええええ! ドヤ顔で『ついていこうか?』なんて言うからてっきり凄腕の冒険者かと思ったのに!」
「大丈夫だ。これからなる予定だから」
そう言うとソフィアは足を止めた。
「帰ろう」
「え? 何言ってんだよここまで来て」
「危ないよ! 私だけならともかくヤゴを巻き込むわけにいかない!」
「ええい! ガタガタ言うんじゃないよ!」
俺は無理やりソフィアを抱え上げそのまま先ほど落下した場所目掛けて走り出す。
「ちょ、ヤゴ!」
「魔物の討伐報酬がそんなに良いなんて知らなかった! もったいないからさっきの死体を見に行こう!」
「私の事抱え上げた状態で、なんでそんなに軽々と走れるの! 男らしくてかっこいいかも……じゃなくて! うわーん! 戻ってー!」
喚くソフィアを無視して走り続ける事数分、無事、先ほどの落下地点に辿り着いた。そこにはまだゴブリンの死体も残っていた。
が、
「なんかいるな」
そのゴブリンの死体にむしゃぶりついているやつがいる。
ボキボキと骨を折る音、ブチッという肉を食いちぎるような嫌な音が響く。
「ま、まずいよ、ヤゴ……」
ソフィアの顔はすっかり青褪めてしまっていた。強い魔物らしい。
「あれ……オークだ……」
ガタガタと震えながら言うソフィア。どうやらピンチらしいな。
しかしながら俺はこんな事を考えていた。
……オークってゴブリン食うんだ……。