転移と出会い
完全にノリと勢いだけで異世界への転移をしてしまった俺、遠谷剛毅。実は今、少しだけ後悔している。
なぜなら、
「これ死ぬんじゃないかなぁ?」
転移した先がめちゃくちゃ上空で、現在落下している最中だからだ。こんな事なら力を使っておくんだった。今からやり直しは利かないし、落ちるしかない。
こうなったら受け身でなんとか……できないだろうなぁ。
「お、そろそろかな」
半ば諦めながら落下を続けていると、地面が見えてきた。このままだと森の中の少し拓けた部分に落ちる事になりそうだ。
そしてそこで気づく。……落下地点に誰かいる気がする。
「ちょ! どいてどいて!」
自分が死ぬだけだったらまだしも、誰かを巻き込むわけにはいかない。
俺は必死に声を上げた。だが下にいる人達には届いていない。いや、届いてはいるのだが、周りをキョロキョロと見回しており上には気づいていない。そりゃそうだ。上空から人が降ってきていいのは金曜ロードショーのあの映画くらいだ。
「ああああああああああ!」
俺の絶叫と、グシャ、という鈍い嫌な音、そして「ピギ!」という断末魔が響いた。
最悪だ……異世界転移初日から俺は何の罪もない人を殺めてしまったらしい。
「いてて」
しかしながら、俺の方はどうやら奇跡的に生きていたようだ。全身に痛みが走るが、体もちゃんと動く。
こちらの世界と俺の元いた世界とでは物理法則なんかも異なるのかもしれない。
「ん? あ……」
ゆっくりと体を起こすと、目の前に人がいるのがわかった。腰を抜かしているようで、怯えたような目でこちらを見ている。
金髪のショートカット、年齢は俺より少し下くらいだろうか? わりと小柄な女の子だった。白いシャツと紺色のショートパンツを着ている。瞳は綺麗なブルーで、目がぱっちりしていてかなり可愛い。
などと分析している場合じゃなかった。
「すいませんしたぁ!」
俺はすかさずジャパニーズ土下座を決めた。この行為がこっちの世界でも有効なのかはわからないが、気持ちの問題だ。
こんな近くにいたのだから、俺が潰してしまった人の知り合いか何かだろう。もしかしたら恋人とピクニックの最中だったりなんかしたのかもしれない。
俺はそんな幸せをぶち壊してしまった。怖くて潰した人の事を見る事ができない。
「あ、あの」
恐る恐るといった感じでその子が声を掛けてくる。俺はゆっくりと顔を上げる。するとそこで、自分の手に何かヌルっとしたものが付着しているのがわかった。
これはきっと、俺が潰してしまった人の血だ……。俺の手は今真っ赤に染まっているんだ。そう思ったが、
「え」
緑色だった。
「なんじゃこりゃああああ!」
「あの! 助けてくれてありがとう!」
「ああああ、ん? え?」
見ると、その女の子は深々を下げていた。
助けた、とはなんだろうか? 視線をゆっくり下げていってみた。緑色でぐちゃぐちゃのグロテスクな物体が目に映る。
ああ、これ人間じゃないわ。
「……これ何?」
「え? さっきまで私を襲っていたゴブリン、だけど?」
「魔物的なやつ?」
「的な、って。うん」
「じゃあまあ……セーフって事にしておこう」
なんとか殺人犯にならなくて済んだ。俺はそっと胸を撫で下ろした。
「と、とりあえず! こんな所にいたらまた魔物に襲われちゃう! 早く街に戻ろ!」
女の子はそう言うなり立ち上がり、俺の手を掴んで駆け出した。
※
その子に連れられるまましばらく走った。やがて大きな門が見えてきて、俺と彼女はそれをくぐって越える。両脇に鎧を着た衛兵みたいな人が立っていたが、特に何も言われる事はなかった。そこまで警備の厳しくない街なんだろうか。
細い入り組んだ道を何本か抜けると、どうやら彼女の目的地に着いたらしい。
「ささ、入って入って」
小さい木造の建物だった。入り口の上には看板が掛かっており、『薬屋 《メリー・ルー》』と書いてある。
とりあえず、俺は勧められるまま中に入った。
「なんというか雰囲気のあるお店で」
「あっ! ボロいって言いたいんでしょ!」
頬を膨らませている彼女には悪いが、その通り。
カウンターにはところどころ穴が空いているし、部屋の隅には蜘蛛の巣のようなものが張っているし、陳列棚は斜めに立っている。というか薬屋なはずなのに棚に商品が一切並んでいなかった。店として機能してないのだろう。
「こっち!」
まじまじと店内を見渡していると、カウンターの奥の方から手招きされる。
奥に進むと、小部屋に茶色い木製のテーブルと椅子が二脚。促されて俺は窓際の方の椅子に腰掛ける。
「どうぞー」
「ありがとう」
少し欠けたカップに入って出てきたのは少量の透明の液体。まあおそらく水だろう。
「ごめんねー、大したもてなしもできなくって。ピンチなんだよねーここのところ」
そう言いながら、彼女は俺の対面に座った。
「私、ソフィア。ソフィア・ハートフィールド。あなたの名前は?」
「俺は遠谷剛毅」
「トーヤゴーキ? 変わった名前だね?」
「みんなからはヤゴって呼ばれてる」
「そっか! よろしくね! ヤゴ!」
これが俺にとって異世界最初の出会いであった。