5-2-2 Operation Caged Bird : 籠の鳥作戦 その1
もはや手慣れた演説を終えた後、現代魔術聯盟の地球における最高責任者、巒のもとへ会いに向かった。馬鹿みたいにデカい椅子の上で、暇そうに頬杖をついていたクソガキに軽く挙手で挨拶し、二人で拡張領域内を歩き出す。
「そういえば、実験の資料を見させてもらったよ」
「資料……? あっ、あれかぁ」
俺を先導するクソガキは一瞬、何の話か分からなかったようだが、すぐにポンと手を叩いた。
資料とは、『人間は上位次元に到達できない』という事を科学的に証明した実験の資料だ。
これによると、人間――というより三次元體――は、仮に上位次元に到達したとしても、存在を維持できず崩壊してしまうらしい。また、下位次元にも到達できない。第三次元宇宙で四次元體を持つ生命となっても、長時間の存在はできず崩壊はしないが、空間の中心に落ちるようにして上位次元へと弾き出される、とのこと。
では、なぜレユニオン島で見た上位者は第三次元宇宙に存在できたのか?
その答えは「存在していない」から。
あの時、ジェジレㇿが興奮気味に口走った『投影』という言葉が当たっていたらしく、アレは上位者そのものを下位次元に『投影』した姿であるらしい。
下位次元への干渉は存外に容易く、人間でいうと紙面上の内容を書き換えたり塗りつぶしたりするようなものだそうだ。それ故に紙面上で何が起ころうと関係ない訳だが、旧・蕃神信仰が作り出した高位存在は例外で、あのまま放置しておくと第三次元宇宙が損傷してしまい、紙面を飛び出して第四次元宇宙にまで影響が出かねなかった。
そこで一度、第三次元宇宙に自らの姿を『投影』してから、第三次元宇宙の法則を破らぬよう『転移』させた、というのが現代魔術聯盟の観測した事の顛末だそうだ。その後、『転移』された二つの高位存在は、永遠に引き合わぬぐらいにかけ離れた別々の恒星に放り込まれ、間もなく生命活動を停止した。
「アレな。にいちゃん、理解できたかぁ?」
「ああ。――で、そっちはレヴィ少尉から何か聞き出せたか?」
「あ~……それがなあ、全然ダメなんや」
クソガキは両手を挙げて、お手上げというポーズを取った。
「ロックが厳重すぎて何も口きけんし、読み取ることもできへん。ウチらの持ち込んだ魔力素の貯蔵量も心許なくなって来たところやったから、続きは拡張領域内に忌術師の連中が貯蔵してたっていう魔力素結晶を貰ってからにしようと思ってたんや」
「ふーん」
「そしたら、にいちゃんが『協力してやる』って言うもんやから」
「まあ、ここは一つ俺に任せてくれ」
俺の【能力】は、そういうのに対する特効薬なんだから。
クソガキのあとに続いて、現代魔術聯盟に割り当てた『左下隅の間』の一部屋に入る。すると、中から誰かの会話が聞こえてきた。先客が居たようだ。
「――だからね、レヴィ。アナタは自由になるのよ」
『どういう……意味だ?』
磔にされたレヴィは、日本語でなく使い慣れている共通語で答えた。拡張領域内では、異なる言語を用いても意思疎通は可能。それは別地球βの共通語であっても例外ではなかった。北條嘉守が、愛おしそうにレヴィの頬をひと撫でする。
「四藏匡人さんの【瑞】は――【虚空】。混じりっ気のない純粋な虚空の前では、どんな悪意ある仕掛けも、善意ある企図も、遍く稀釈され限りなく『0』に近くなるの。0.000……1。想像できる?」
『……できない。それより、来たようだぞ』
レヴィがこっちに気付いたところで、機を見ていた俺とクソガキも二人に近づいていく。
「あっ、四藏匡人さん」
「説明ご苦労だったね。じゃ、早速やろうか」
こっちを振り返った北條嘉守は、俺の提案に頷くとパッと可憐な笑みを咲かせ立ち上がる。一方、磔のレヴィは、俺の左手から覗く【短剣】を見て、怪訝そうな表情を隠さずにいる。
『そのチンケな刃で私にかけられたロックを解くと?』
「ちょっと痛いけどね。まあ、注射みたいなもんだよ」
『そんなことが……本当に出来るとでも思っているのか?』
「できるわよ」
答えたのは、北條嘉守だった。
「実は私もやってもらってあるのよ? 弓削様と佐藤さんは断っていたけど、レヴィにやるって言うから。その前に安全かどうか確かめておきたいじゃない? 指先を少し傷つけるだけだったけど、今は不思議と……頭が軽いわ。無意識のうちに抑えつけられていたのが解放されて、思考とはこんなにも自由なものだったんだ! って、ちょっと感動」
そうまで喜んでくれたのなら、俺としてもついでに解放してやった甲斐があったというものだ。
レヴィの左手を取り、二等辺三角形の黒い刀身を白い柔肌に這わせる。すると、【短剣】の纏う靈氣を通じて、ただならぬ気配を探知した。
「……このロックは……クソガキ、治療はできるよな。外傷だ」
「ク、クソガキて……ウ、ウチのことか……?」
「できるかどうか聞いている」
「えぇ……ち、治療はできるけども……なんか問題でも見つかったんか?」
「指先じゃ時間がかかりそうなんでな。位置的に近ければ近いほど良いから……まあ、即死はしないさ」
徐々に刀身を腕の付け根に向かって肌の上を滑らせてゆく。肘を過ぎ、肩を通り越し、肩甲骨をなぞって、最終的に刀身は胸元中央へと到達する。
この段に至って、ようやく北條嘉守も俺が何をするか悟ったようで大きく目を見開いた。レヴィのことが大好きな彼女から物言いが付いて面倒な事になる前に、と俺は勢いよく【短剣】を突き刺した。硬い胸骨を容易に貫き、鋒に臓器が触れる。
ほう、これは……凄まじい……。
『ぐっ……がぁあ……!』
「よ、四藏匡人さん!? 何を――!」
「大丈夫だ」
北條嘉守の反発を強引に押し留めて、俺は【短剣】を引き抜く。
「クソガキ。ぼさっとしてんな、さっさと治せ。俺は『銀冠の小部屋』に居るから、レヴィから何か聞けたら報告しろ」
まあ、どうせ、『不朽の自由作戦』さえ成功するならば、別にどうでも良い情報だろうがな。そう思うと、途端に徒労の感が湧き上がってきた。……帰ろう。
「お、おまぇ、さっきから誰に口を――」
クソガキが見た目通りに子供らしく怒り出したが、相手する気も起きず、何を言われたかも認識することなく、俺は颯爽とその場を後にした。
*
「――弓削大佐、こちらに居られましたか。探しましたよ」
「ん? ……うむ」
近衛に割り振られた『左上隅の間』にて、蕃神信仰の用意した簡素な椅子に深々と腰掛け考え込んでいた弓削清躬は、部下の佐藤誠に声を掛けられてもチラリと視線を差し向けて生返事をしただけで、再び思考の世界の舞い戻ってしまった。佐藤誠は慣れた様子でその内容を尋ねる。
「『不朽の自由作戦』の事ですか? それとも、その後を案じておられるので?」
「……両方だ」
弓削清躬は、ずっと続けていた思考を打ち切ることにした。ここらで新たな意見を聞いてみるのも良いだろうと思ってのことだ。
「MCGに潜り込んでいる蕃神信仰の内偵により彼我の戦力差は丸裸よ。儂らが担当する相手は、主に無能力者で構成された正規兵……そんなものを数ばかり並べられたところで問題にはならぬ。さっきまで、言葉が通じる事をこれ幸いと、他国の諸将らと情報交換をしておったのだが、どこも中々の強者が揃えておる。作戦自体は成功を収める喃。それに、万が一失敗しても、儂らの退路は聢と確保されておる」
「楽な仕事、と仰っしゃりたいので?」
「そうは言わん。逐一、こちらに気を使っておるのが却って不気味。最初の接触から常々そうよ。奴ら、『乗らぬ手はあるまい?』と挑発するかの如く手を差し伸べおる。甘言には裏が付き物ゆえ、儂は心持ち穏やかならぬわ」
我々は騙されているのではないか。何か、奴等の仕掛けた罠を見落としているのではないか。弓削大佐の言う懸念は詮ずる所、そこに集約される。
しかし、佐藤誠の考えは違った。
「私が愚考いたしますに、四藏匡人の掲げる『四番目の解』――その達成に伴う『次元上昇』とやらは、やはり何を置いても優先される事柄なのでしょう。弓削大佐が近衛内での情報交換をしたように、私は『盤外に座す者』を信仰する旧・蕃神信仰からの信者と接触していました。なんと、彼らは『四番目の解』のみならず『一~三番目の解』がどういうものなのかという事すら詳しく知らされていなかったのです。それでいて、あの士気の高さなのですから、流石は選りすぐりの狂信者と感嘆の念を禁じえません。しかし、真に驚くべきことは、現代魔術聯盟もその『次元上昇』を目指して協力しているらしいということでしょうか。これは、もしかすると……」
「本当だ、とでもいうのか? 『次元上昇』が? 上位者が?」
「……真偽はともかく、四藏匡人がそう認識している可能性は高いでしょう。つまり、新・蕃神信仰の態度は罠に嵌める為の『甘言』ではなく、必死の『懇願』とでも解すべきなのです。崇高なる『次元上昇』を成就させる為、どうしても近衛の協力が欲しい、しかし怪しまれてはいけない、要らぬ警戒も招いてはいけない、と四苦八苦しているものであり、泣き落としに似たる行為かと」
これを受けて、弓削清躬は再び思索を巡らせた。
殺すだけなら拡張領域内に囲い込んだ時点で十分。では、それ以上の目的があるのかといえば、それは大々的に掲げられた『次元上昇』ぐらいしか見当たらなかった。
要は、それを信用できずにいるから、四藏匡人の謳う全てを信用できず、ひいては新・蕃神信仰全体の態度も信用できないのだ。
「少佐殿よ、忌憚なく言うてくれ。我々は防ぐべきか? 奴等の企みを」
「……看過すべきかと」
「その心は?」
「現在地が相手方の駒台の上でありますれば……又、纏骸皇から仰せ付かりし大義は『剿滅』であり『阻止』ではないと覚えます。彼いわく、『雑然タル些事』でもあるようですし」
「ふっ、その剿滅対象にのうのうと匿われて置きながら、都合の良い箇所だけを持ち出されては、さしもの纏骸皇も迷惑しようて」
「恐れながら、それが象徴たる者の責務かと」
「抜かせ、フハハ!」
弓削清躬は豪放に笑った。似た者同士、やはり結論は似たり寄ったり。実のところ、弓削清躬も同じ様に考えていた。応じて佐藤誠も笑み、場の緊張が幾らかほぐれる。しかし、それも長くは続かなかった。
「盤上を眺むるに徹し、傍観者に身を窶すか――まあ、それが賢明だろう」
それは、完全なる意識の外から響き、二人の耳を打った。
いつの間にやら、二人の側には蟠蛇ネㇾクフが存在し、拡張領域を形成する黒を塗り固めたような謎の材質で形作られた椅子に座り、足組み腕組み寛ぎながら会話に聞き耳を立てていた。
驚いて言葉も出ないでいる二人に、ネㇾクフはイタズラを成功させた子供のように無邪気な笑みをこぼし、さっと姿勢を整えると軽く頭を下げて挨拶した。
「中村雪之丞と申します」
言葉こそ一見丁寧なものの、すぐに引き上げられた目の鋭さは「礼」などとは全く無縁。
「弓削清躬殿とは、以前に一度お会いしたことが」
「なに? 中村……『不殺剣』の中村雪之丞か!」
「お気に留めて頂けたようで、まこと光栄に存じます」
嘗て、『稀代の大悪人』と呼ばれた傍観者を生け捕りにせんと全国の纏骸者が召集された折、弓削清躬は『不殺剣』の通り名を持つ纏骸者と顔を合わせた覚えがあった。その時は別の纏骸者が誤って捕縛対象を殺めてしまった事もあって惜しくも活躍の機会に恵まれなかった為、『中村雪之丞 消息不明』との報は聞き及んでいたが、印象は今ひとつ薄かった。
「蕃神信仰に身を寄せておったのか」
「はい。某の【能力】は変異者の生け捕りに際しても有用でありました故、身を寄せて間もなく別地球遠征の勢力に編入され、此方へ」
素知らぬ顔で纏骸皇への裏切りを語るネㇾクフに、信仰心薄しの佐藤誠といえども渋面を作る。それを見て、ネㇾクフは再び笑った。
「今作戦――『不朽の自由作戦』の達成を以て、我々、新・蕃神信仰は一つの結実を迎えます。さすれば、是非とも同郷である近衛の皆々様にもご照覧頂きたく……これは現・奔獏、四藏匡人の意でもあります」
「ふむ……それは構わぬ」
「ゆ、弓削大佐……っ!?」
弓削清躬は、長年に亘る軍隊生活で培ったその貫禄でもって、浮つく佐藤誠の口を封じた。
「お手並、拝見させてもらおう」
己と違い弓削清躬の気質に変わりはないか、とネㇾクフは少しばかり郷愁の念に駆られた。が、胸中深くに押しとどめる。
「それは某としても嬉く思います。……では、人目が無いからと、努々お気を緩めること無きよう……我々とて、平和と正義を愛する者であります。これ以上、厄介な謀は御免」
最後、念入りに釘を刺してから、ネㇾクフは立ち上がった。
そして、最初からそこに居なかったかのように、忽然と消え失せる。
「……弓削清躬殿、佐藤誠殿。もうすぐ、貴殿らも『役』を解かれまする」
*
マダガスカル共和国、首都・アンタナナリボの支部ビルは、日本のREDによって構成された四班が担当する手筈となっている。
第一班 東京支部/交渉部 五名、愛知支部/交渉部 一名。
第二班 愛知支部/交渉部 三名、大阪支部/交渉部 四名。
第三班 福岡支部/交渉部 四名、大阪支部/交渉部 二名。
第四班 宮城支部/交渉部 五名、愛知支部/交渉部 一名。
アンタナナリボ支部ビルより北西5km地点。
作戦開始三十分前。
第一班に所属する東京支部/交渉部の面々は、転移系能力者 段睿によって、現地に用意された隠れ家の一室へと送り出された。
現地の空気と《置換》された途端、異国の熱気がムッと立ち込め彼らを包む。
「う、あっつ~……」
香椎康は唸り声を上げながら、パタパタと服の首元から風を送り込んだ。日本は昼間だったが、時差によりマダガスカル島はまだ夜明け前の筈である。それは部屋の窓から覗く外の薄暗さにも明らかだ。加えて、南半球にあるマダガスカル島は今、夏真っ盛りではない。そういう事前情報が全て信じられないほど、現地アンタナナリボは蒸し暑かった。神辺梵天王以外は皆、袖を捲くり衣服を一枚脱いだ。
皆で、壊れかけのエアコンをどうにか付けようと格闘していると、別の転移系能力者 赤樫浮葉が山積みの物資と共に音もなく隠れ家の屋上に降り立った。これを待っていた岸刃蔵が対応に向かう。
「赤樫浮葉さんですね。書類を」
「はいはい。ここっすよ」
汗を拭いながら、赤樫浮葉はタブレットとタッチペンを差し出し、サインすべき欄を示した。
「……既に承知の事と思うっすけど、一度戦闘が始まれば助けにはいけないっすからね。勝利か敗北か……引き分けはないっすよ」
「分かっています。そう心配せずとも大丈夫ですよ」
さっとサインを済ませて返すと、山積みになった物資の中から「あちーあちー」とうめき声が聞こえてきた。赤樫浮葉が驚いていないので、岸刃蔵はすぐに例の他支部のREDだと思い至った。
確か、愛知支部/交渉部に所属する、強盗をやらかしたRED……。
物資の向こうから、その彼がヌルリと現れる。
「お、アンタ、東京支部のREDか?」
年若い風貌だった。年齢は二十五ということだが、それを知らなければ十代に見えなくもない。しかし、それは見た目だけの話で、身に纏う雰囲気には異様な色気がある。
「はい。岸刃蔵と言います」
「オレ、守城錦楓な。東京支部には居ないガチ防御系もイケる能力もち。よろしく」
守城錦楓は握手を求めて右手を差し出した。見るからに歳のかけ離れた岸刃蔵に対し、随分と気安い態度であるが、何を言うでもなく岸刃蔵がその手を取ると、守城錦楓はマダガスカル島の湿度のようにジメッとした笑みを口の端に浮かべた。
「そういや、灰崎のやつ死んだってな」
「……ええ。纏め役は、年長者の私が受け継ぎました。今後、何かあれば、連絡は私に」
「ふ~ん。じゃ、密造銃を横流してもらうってのはもう無理そうだな」
「横流し? 灰崎はそんなことを?」
「あ! 銃なら物資に入ってるっすよ」
横合いから会話に割り込んだ赤樫浮葉は、物資の山の中から黒い銃身と箱詰めの弾をちらりと覗かせた。どうやら、今回のMCGは本気らしい。元より、REDには最低限の倫理規制が敷かれているから、それを頼り誤射を気にせず、火力を増した方が良いという判断か。
「それじゃ、もう行くっす。最後にどデカイ仕事が残ってるんで……どうか、ご無事で」
そう言い残して、赤樫浮葉は上空へ消えていった。その見送りもそこそこに、岸刃蔵は守城錦楓の方を振り返る。
「――では、我々は物資の確認と参りましょうか。開始まで残り三十分しかありません。銃の扱いも確認しなければなりませんし……今、うちで唯一教師役をできそうな奴が使い物になるか分からないのが不安材料ですが……」
「それなら、このオレが教えてしんぜよう」
戯けたように、守城錦楓は懐から取り出した密造銃を揺らした。
「灰崎よりは上手いよ」
「ほう、それはそれは……。私は他の者を呼んできますので、あなたは先に物資の確認を始めていてください」
「あいよ」
端的に役割分担をし、二人は一旦別れた。




