4-4-1 エピローグ その1
同化――[祝融・lieg]とレヴィの身体は完全に一つのものとなった。一人の身体に首が二つある、非現実的で気味の悪い風体だ。その主導権は、唯一残された頭部を除いて、使い手たる祝融の手にある。
「もう、ダイジョウブだ。マナの流れをショウアクし、【杖】もモドさせた」
レヴィの頭部に並んで首から生える祝融が、至極落ち着き払った様子で決着を告げる。危険がないことを証明するため、祝融は自縄自縛を始めた。手足を床と同化させ、更には喉元に[爆弾]を設置する。
暫くは警戒して遠巻きに様子を見ていた北條嘉守も、どうやら本当に安全であることを知ると【骸】を納めてレヴィに近付いた。
「レヴィ……私達の思い出は全部ウソだったの?」
「ソウダナ」
ヒステリックな問いかけに、レヴィはにべもなく即答した。レヴィは既に敗北を認めていた。今更、取り繕うこともない。
煮るなり焼くなり好きにしろといった具合に投げやりな態度だった。そのあまりの変わり様にショックを受け絶句する北條嘉守へ向かって、レヴィは更なる追い打ちの言葉を投げかける。
「私ガ、ドウシテ何時マデモ片言ナンダト思ウ? ソレハ日本語ニ興味ガ無ク、上達ノ意思モ無カッタカラ。私ハ日本語デ話ス以上ニ『共通語』デノ会話ニ時間ヲ費ヤシテイタ。ダカラ、ソッチハ幾ラカ流暢ダ。『伝わるか? 魔術師よ』」
『ああ、伝わる。ネイティブ並だ。しかし、誰と話したって?』
『さあてね』
『すっとぼけるなよ……教えろ』
いまだ脳内の整理ができないでいる北條嘉守に代わって、今度は祝融がヒートアップする。
『[祈禱咒術]を何処で習った。何処の生まれだ、忌術師か? そもそも、個人で扱えるような代物じゃないだろう! [祈禱咒術]は。……大昔、神代の魔術師たちは、幾日も閉所に籠もり大人数による大仰な儀式を経て、生贄まで捧げなければ[祈禱咒術]を運用できなかったと聞く。何故、お前はそうも容易く』
耳元で喚くように発せられた剣幕にレヴィは顔をしかめたが、今は囚われの身の上、命を直接的に握られていることもあり、文句の一つも漏らさず素直に白状した。
『……私は【異端者の大杖】の助けを借りて[咒術]を恣行していたのさ。生まれは……知らんなぁ……』
『で、誰と話していた?』
『それは言えないようになっている。おっと、頭ん中を漁ろうったって無駄だぞ。私にかけられた[防護]は完璧だ』
レヴィの言葉には自信が満ち溢れていた。祝融は少しばかり思考を巡らせた後、渋々ながらも引き下がった。レヴィが嘘を吐いている可能性は勿論あるが、その辺りを知るにはここで無理に聞き出すよりも一度持ち帰った方が確実に思えたからだ。
「――ねえ、覚えてる?」
共通語による理解不能の会話が途絶えた所を見計らうようにして、再び北條嘉守が口を開く。その憂いを帯びた双眸は、遠き過去の美しい記憶を映し出していた。幻想的、神秘的でありながら何処か科学的でもある記憶にうっとりと浸りつつ、たどたどしく言葉を紡いでゆく。
「学舎時代……よく、教官たちの目を盗んでは、夜中に二人で部屋を抜け出していた事……たまに、レヴィは[マホウ]を披露してくれたよね、『練習』って言って。綺麗だったなぁ……満天の星空も霞むぐらいに綺麗だった」
「……ソンナ事モ……アッタ、ダロウカ」
本気で、レヴィは覚えていなかった。しかし、微かに記憶の断片のようなものが脳の片隅に残っていて、どこかで『練習』をしたかもしれないと感じた。その時、隣に北條嘉守もいたような、と。
北條嘉守は無意識のうちに下唇を噛んでいた。自分の知らない表情、知らない声音、話し方……。これまで彼女の感じていた友情は、全て偽りの中にのみ存在していた事を、改めてまざまざと確認させられた。
切迫していたさっきまでとは違い、落ち着いた状況の中で感じるのは、強烈な違和感だった。まるで、別人のよう。顔貌は見覚えがあるというのに、初対面のような印象が湧き上がってくる。
「そう、なのね。……分かったわ」
少しばかり黙って瞑目した後、北條嘉守は視線をレヴィから祝融の方へズラした。心の何処かに蟠っていた何かに縋り付きたい未練を断ち切り、ここに来た目的を果たすべく論理で以て塗り替えた。
目先の問題はこの魔術師だ。助けてくれたからといって、果たして信用して良いものか。
「共闘に感謝します。しかし、貴方は魔術師でしょう。なぜ、助けたのですか? 別地球αに関係する者は敵、なのでしょう?」
「[祝融・lieg]」
「え?」
「ワタシの名だ。魔術師じゃなく、そうヨべ」
「では、祝融さん。改めてお聞きしますが、なぜ?」
「なんのことはない、『私怨』だ。こいつにはインネンがあった。現代魔術聯盟とはベツクチだ。ここでアナタとことをカマえる気はないよ」
つまりは、依然として現代魔術聯盟と近衛師団は敵対関係にあるという答え。彼女の言葉が嘘でも本当でも警戒は必要だった。
しかし、彼女個人としては、妙に赤裸々に語ってくれる上、得体のしれぬ好感情をすら持って接してくれている事が伝わってくる。北條嘉守が今まで相手した事がない種類の人物だった。
敵意か、好意か、どちらかハッキリしているならば、こちらとしても対応を定めやすいというのに……。
取り敢えず、彼女の「事を構える気はない」という言葉を信用し、話を前に進める事にした。
「レヴィの処遇はどのようにする気ですか?」
「気になるのかい?」
「気になるというか……一応、近衛に籍を置く将校ですから」
「ききたいことがいくつかある。もちカエってジンモンするヨテイだ」
聞きたい事。予想もつかないが、わざわざ危険を冒してまで戦って囚えたのだから、それは余程の事だろうとうかがえる。しかし、それとは別の事で北條嘉守の表情がわずかに曇った。祝融は目ざとくその変化を観察していた。
「いいジョウホウを教えてやろう。現代魔術聯盟は蕃神信仰と手をくんだ」
こちらは薄々予想がついていた。天海祈からの報告で、魔術師が蕃神信仰と共に宮城支部へ襲撃している事を聞いていたからだ。けれども、その次に祝融が話した言葉に関しては全くの予想外だった。
「近衛も、蕃神信仰とナカヨくするといい」
「なっ、何を言って――!」
こいつは私達が別地球αから世界線を理由を知って言っているのか? 様々な驚きと戸惑いの入り交じる中、祝融は更に衝撃的な言葉を畳み掛けてくる。
「すでに弓削清躬ってのが、蕃神信仰とセッショクしている。もし、同盟がセイリツすれば、あなたとレヴィを会わせることもできる」
前半も中々に衝撃的だったが、北條嘉守の興味はすぐに後半の内容が取って代わった。使命も糞も吹っ飛ぶほどに、分かりやすく北條嘉守が揺らいでいた。すぐさま沈思黙考を始めた彼女の目からは、論理の蓋ごしに情が漏れ始めている。
その様を、祝融と共にぼうっと眺めていたのがレヴィである。自分のような裏切り者の為に真剣に悩むなんて……そういえば、昔から甘っちょろい奴だった、とレヴィは回顧する。まだ初対面の関係の浅いうちからあれこれ世話を焼いてきたかと思えば、ムカついた教官をぶっ殺した時も北條家の権力まで使って庇ってくれた。自分は礼すらマトモに言っていないのに。まあ、そういう奴がいるからこそ、纏骸皇はあの学舎に導いたのかもしれないが……。
「おおっと、すまない」
祝融が不意に声を上げた。
「むこうがヤバイみたいだからワタシもテッタイする。同盟のはなし。ぜひとも、前向きにケントウしてくれ」
「……分かっ――」
「――待テ、待ッテクレ」
これまで質問された時以外黙っていたレヴィが突然能動的に動いた。これまでの投げやりで不貞腐れたような態度はなく、懇願するかのような物言いで祝融の撤退を引き止めた。何を考えているのか、と二人が注目するのを感じながら、レヴィはポツリと消え入るような声を漏らした。
「天海祈ニ気ヲ付ケロ……弓削清躬ト蕃神信仰ノ密通ニ気付イテイル……ソレヲ言イタカッタダケダ。モウ、行ッテイイ」
「レヴィ……」
レヴィがふいとそっぽを向くのに合わせて、祝融は北條嘉守の様子をうかがった。
その時の北條嘉守は、晴れやかとは言い難いが、幾らか険の取れた表情だった。少しは救われたのだろうか。それを確かめる時間は残されていない。が、祝融は、戦闘開始時よりも格段に穏やかな心持ちで合流地点へ[転移]した。
*
[巒・treow]は一度合流地点を経由し、本陣――高度約2,000kmを周回する人工衛星――にまで高飛びする。
本陣で待機しているものからすれば突然の帰還。しかも、あの天海祈をブチ込んだ物々しい[棺]まで伴って。「ヒッ」と女子供のように慄く待機員に向かって巒は必死の形相で叫ぶ。
『――[封印処理]を! 手持ちの魔力素じゃ足りひん!』
ともかく、ここは言うとおりにするしかない。[驃・wilde]含む待機員は総出で[封印処理]を施した。幾重にも幾重にも、出来る限り厳重に。
やがて、パニック的に盛り上がった危機感が落ち着くにつれ、誰彼ともなくそろそろ良いのではないかという空気が流れる。巒もまたその空気を察し、これ以上は意味薄と[封印処理]を打ち切らせた。現状でも、破るには外部から複数人の魔術師で数日、内部からなら年単位でかかる。ましてや、天海祈は変異者。規格外の干渉力は不安要素だが、どう贔屓目に見ても暫くは安全だろう。
一呼吸の間をおいて巒が待機員を労っていると、合流地点から続々と生き残りの魔術師たちが[転移]してきた。その数は予想より多かった。どうやら、天海祈を[棺]に閉じ込め、二度も超長距離の[転移]をした事で、《靈瑞》の攻め手は完全に停止したようだった。死体も、全員分回収できたという。
更にはちょっとした「手土産」もあった。魔術師たちと同じく《靈瑞》に激しく揉まれながらも、当然のように無傷で生き残っていたジェリコ・ラジュナトヴィッチの身柄である。攻撃は通らなかったが、束縛は可能だった。ジェリコの身柄は物理的・概念的に縛り上げられ、一切身動きの取れない状態である。しかし、だというのにもかかわらず、ジェリコはどこか余裕すら感じる態度で辺りを見回していた。
『あ~ヤベェな。拉致られちまったよ。ヒヒヒ』
『またぁ? これで何回目なのぉ。いっつも、いっつも、ボケボケしてるからぁ』
声は二つあった。ジェリコの粗暴な声と……もう一つ、あどけない女の声が【産衣】の下から聞こえた。彼女はАркан。発育不良の十歳児だ。つまり、【骸】は一人一つずつというルールは守られていた。二つの【骸】の秘密は、その実、それぞれ別人のものだった訳だ。
『ヒヒヒ……悪ぃ悪ぃ。だが、蕃神信仰の奴等はほぼ全滅状態。まさか、俺らみてえな少数の傍観者をわざわざ迎えには来ねえだろ。ってことは、こいつは考え方によりゃあ、ビジネスチャンスなんじゃねえか? 渡りに船よ』
『……どういう事?』
『事情は知らねえし、素性も知らねえが、こいつらはMCG機関と戦ってたぜ。傭兵として売り込んでみるとか』
『良いじゃん、なんか楽しそう! まだ《異能》はそんなに見てないし!』
『だろ?』
死なない兵士。その利用価値は計り知れない。使いようはいくらでも考えられる。問題があるとすれば彼等自身の『性質』だろうか。彼等は、損得でなくその場の気分で優勢な方についてみたり、劣勢な方についてみたりと、簡単に寝返るプロ意識の欠片もない傍迷惑なカス。戦場で相見えたらなるべく拘り合いにならないのが賢明という天災の如き存在。故に別地球αでは名が売れすぎてしまい、どこへ行っても厄介者扱いだった為、蕃神信仰の誘いにのって世界線を渡ってきたのだ。
社会規範の通じぬ傲慢さは、しかしそれも当然のことで、彼等が【産衣】を纏っている以上は、物理的干渉も、概念的干渉も、精神的干渉さえも寄せ付けない。唯一の弱点はこうして全身を頑丈な縄や鎖でグルグルに巻かれてしまうと、身動きが取れなくなってしまうことだが、彼等とてそれは承知しており、脱出方法は持ち合わせている。こんな状況でも余裕ぶるだけの実力はあるということだ。厄介にも。
巒は、暫くジェリコを観察していたが、やがて周囲に呼びかけた。
『誰か、こいつらの言葉を分かるやつおるか~?』
『は、はい。私、分かります』
『おるんか。じゃあ、後でそいつと話でもしたろか。そん時は通訳してや。とりま、今は[封印処理]でもしといてや』
しかし、脱出方法を持ち合わせているといえども、それは別地球α基準の話。それが[魔術]相手に通用しないことを彼等はまだ知らない。抵抗する素振りも見せず[隔膜]の向こうに消えていったジェリコを見届けると、今度は[祝融・lieg]が別の[棺]を携えて[転移]してきた。
『巒様。例の奴を仕留めて参りました。合流地点にて封印処理は万全に施してあります』
『……そかそか、ようやったようやった。聞くことあるし、向こうの[棺]に並べて安置しといてな』
祝融は頷き、[棺]を天海祈のそれの隣に移動させた。
そして、巒は新たな指示を出す。
『よし……とにかく皆、今日はよく頑張ってくれたわ。[棺]の中身の精査、監視は待機員に任せるとして、今日の所は解散! ゆっくり休んでや~。今後数日は何もないからな』
解散が宣言されるといくばくか空気も緩む。無事なものはそれぞれ食事・休養を取り、治療の済んでいないものは治療をしてからその流れに加わった。
散り散りになってゆく皆を眺めながら、さて、と巒は考える。当初の予定では、ちょっかいをかけるついでに四藏匡人の動きを探ろうという思惑だったが、期せずしてMCG日本支部長の身柄を確保してしまった。これをどうしてくれよう。
「むふふ……驚くやろなあ、四藏の坊主に見せびらかしたろか」
「――それは困るな」
「なッ――!」
魔術師たちに戦慄が走る。唐突に現れた声の方へ皆一斉に振り向くと、黒いローブ姿の天海祈が水の玉座に腰掛け頬杖をついていた。誰もが恐れ、困惑することしかできない。
唯一、驃だけが一人納得していた。根拠もなく、天海祈ならば脱出ぐらい訳ないかも、と頭の片隅で思っていた。案の定だ。
「あ、あの[封印処理]を破ったんか……?」
「ああ。随分と厳重にしてくれたな。破るのに一分もかかってしまったよ」
「はっ……ははは……」
思わず笑いながら、巒は両手を挙げて降参の意を示した。打つ手なしだ。一か八か、ここで頭部を破壊しに行っても良かったが、あの[封印処理]を一分で破るほどの[魔術]の腕前を見せられた後では、とてもそういう気にはならなかった。今はただ感服するばかり。天海祈は、そんな腑抜けた魔術師たちを見回し、フッと鼻で笑った。
「しかし、まだ気付かないのか。常人を遥かに凌ぐ、人知を超えた存在。貴様らはその存在を一人、知っているのではないか? なあ、[――・巒・treow]」
天海祈の声には一部検閲が掛かり、巒以外の耳には三分の二しか届かなかった。しかし、巒ほどの大人物の『神姓』を知るものなど限られている。途端に魔術師たちの顔色が変わった。驃もだ。
「ま、まさか……!」
天海祈がパチンと指を鳴らした。《靈瑞》に、天海祈に、そして魔術師たちに掛けられていた認識阻害の[魔術]を一部解いたのだ。たちまち、《靈瑞》は伝説に違わぬ威光を以て、魔術師たちの心身を屈服させた。
水ではなく靈瑞。
それはつまり、超高純度・超高濃度の魔力素――!
もはや、彼等には崇拝の選択しか残されていなかった。




