4-3-5 宮城支部襲撃 その4
「オ前ハ……!」
「オボえていてくれたのか? それは、ウレしい――ねぇ!」
両者を仕切る[牆壁]の向こうで、[祝融・lieg]が動く。これ見よがしに右手にぶら下げていた【独鈷剣】――前腕部ほどの長さで鋭利な杭状の【法具】――をレヴィに向けて突き出した。狙いは心臓。[牆壁]を通り抜けて突き出された攻撃は、しかし難なく躱される。バックステップを踏みながら、レヴィが戦意を煥発させて叫ぶ。
「現代魔術聯盟! [魔術]ダケジャ飽キ足ラズ【骸】マデモ得タカ!」
「ふっ……!」
祝融の頬に浮かぶ微笑。次の瞬間、レヴィは驚愕した。
「――何ッ!?」
突如として、祝融の姿が霞み始めたかと思うと、気付いた時にはまるで最初からそこには何もなかったかのように、何事もない『世界』が広がっていた。
一瞬の内にレヴィは先程の微笑の意味を悟る。つまり、現代魔術聯盟は【骸】だけでなく《異能》までも得たという事を。
――アレをまた使うべきか……?
しかし、レヴィが心を決める前に、祝融が先に仕掛ける。
ガラ空きの背後――!
「モラったァ!」
再び突き出された【独鈷剣】の一撃は、先程の攻防を再現するように紙一重で躱されたものの、辛うじてレヴィの纏う軍服の端を掠め取った。
――十分!
祝融は、一気呵成の攻めによってもぎりとった戦果を喜びつつ、空いた左掌から追撃の[箭]を放つ。
「――ミせてやるよ! ワタシたちがエたアタラしい【チカラ】を!」
體を斬りつけてから、キッカリ三秒……それが絶望の前に残された最後の時間だ。
追撃の[箭]が簡単な身のこなしで回避される。すかさず、右へ回り込むように逃げ始めたレヴィを追って祝融が照準たる左掌を動かせば、レヴィは[箭]を警戒して次なる回避行動に備える。
しかし、今度は[箭]のような小技ではない。高威力、高コスト、高リスクな大技……第四階梯魔術を放つ!
何か企んでいる。そう気付いたレヴィは足の回転を早めて支部ビルの柱を盾にしようとしたが――時既に遅し。何の前触れもなく、全身がコンクリートで固められたかのように動かなくなった。
祝融の【規制】!
體の動きを規制し、思うがままに操る【能力】!
レヴィが身体の異変に気付くのと相前後して、祝融の指図に従い、大口径の[砲門]が現れた。第四階梯 [石火箭・改]――人工島襲撃の折に使用した[魔術]の更なる改良版。
「クらえィ!」
一切の容赦なく、砲門が火を吹いた。過去に一度防いだ魔術ではあるが、今は状況が違う。白煙散らし迫る砲弾。その威力は折り紙付きだ。さしものレヴィの表情も凍りついた。がしかし、天はまだレヴィを見捨ててはいなかった。
「レヴィに――なにするの!?」
「おマエ……!」
北條嘉守が割り入った。その両手に力なく握られるは【金地螺鈿毛抜形太刀】。その新雪のように美しき刃は、この世の因果をすら容易く斬り伏せる。
自らを【顛倒】させる事で擬似的に高速移動した後、レヴィ周辺を漂う因果を斬り伏せ、砲弾がレヴィに命中する結末を【顛倒】させた。こうなると、ただ放たれて飛ぶだけの砲弾にはどうようもない。【顛倒】した因果に従い、的外れの方角にすっとんで支部ビルの壁にめり込んだ。
北條嘉守は、砲弾の顛末を見届けることなく、更に祝融へ直接的に斬りかかる。
「ぐ――!」
助けた相手の予期せぬインターセプトに少々面食らった祝融だったが、すぐに気を取り直して【独鈷剣】で受け流す。左手が空いているが反撃はしなかった。北條嘉守の太刀筋に覇気を感じられなかったからだ。その証拠に、剣撃こそ続けざまに降りかかるものの、【瑞】は一向に使われない。
祝融が見た所、彼女もまたレヴィに殺されそうになっていた筈だ。それなのに何故、こちらに斬りかかってくる。人工島で共闘した男ほどの柔軟性がないのか、それともレヴィとの間に何かしら特別な繋がりでもあるのか……。
「おマエ……コノエだろ!」
「……ええ!」
「じゃあ、ジンコウトウでシんだテンガイシャを知っているか?」
「厨川半心軒大尉の事!?」
あの男は厨川半心軒というのか……!
望外の喜びもそこそこに、祝融は早口で弁を弄する。
「ソイツをコロしたのは……ウシろにいるレヴィだぜ」
北條嘉守がバッと背後を振り向いた。彼女の中にあるレヴィへの不信がそうさせた。【規制】により動けないレヴィは、感情の読み取れない冷たい表情で死んだようにじっとしている。長い付き合いの中でも初めて見る顔……北條嘉守の腑抜けた太刀筋が殊更に鈍った。
「で、わかってんだろ? おマエもコロされそうになったって。いいかげんにメをさませ!」
「そんな……そんな事を言われても……私にレヴィを手にかける事は……!」
「なァに! コロしはしないさ、『いけどり』にしよう! ワタシたちならできる。キョウリョクできる。げんに半心軒とはできた! さァ、レヴィがウゴきだすぞ!」
キッカリ十秒。軍服を【規制】されて自由を失っていたレヴィが、足をつっかけたように前のめりながら解放される。
既に祝融はレヴィに相対していた。豪胆にも北條嘉守に背を向けて。それは奇しくも厨川半心軒と手を組んだ時と同じやり方だった。
いよいよ、北條嘉守はどうすればよいのか分からなくなった。レヴィを死なせたくない。その一心で飛び出してきたは良いものの、嫌に堂々としている祝融の態度にすっかり呑まれてしまっていた。
何故、背を向ける。向けていられる。
……信じて良いのか?
その時、空気の流れが変わった。ある大きなものに押し出されるようにして、空気がこちら側に流れてきている。驚いた北條嘉守が目を向けると、レヴィを中心に蜃気楼のようなものが立ち上っており、彼女の存在感が異様にもドッと増していた。
「レヴィ……?」
「やはり、ツカうか……! [咒術]を!」
[祈禱咒術]の奥義の一。己の肉體を神へ捧げる事で、一時的な魔力素強化を賜る[咒術]。捧げる部位は神の選定に従わねばならぬ為、脳や心臓、脊髄なんかを持っていかれてしまうと、その時点で戦闘不能に陥りかねないという諸刃の剣である。
そんなものを使って、なおも幸運なレヴィは立っている。胃を失った空きっ腹を抱えて、不敵に笑んでいる。これもまた、北條嘉守の見たことのない顔だった。
「さっきの話……」
強く決心したわけではない。ただ浮ついた意識のまま北條嘉守は呟いた。
「信じてみても良いのでしょうか……?」
「グモンだ! ワタシの『能力』ならばカクジツに『いけどり』できる! ――さァ、くるぞ!」
迷っている時間はなかった。向こうでは、人の身に収まりきらずに溢れ出した魔力素に支えられ、レヴィがふわりと浮き上がり始めている。それは神々しいまでの臨戦態勢。
北條嘉守の剣を握る手に力がこもる。相も変わらず状況は訳が分からない。信じたいが信じきれない。
ならば――確かめよう。
生きて捕縛し、その胸中を包み隠さず明かさせよう。
「レヴィ。ここの所は多忙に就き、歓談に興じる機会も減っていました。折角です! 一度……腹を割って話し合いましょうか。北條家次期当主、北條 愛染魏石鬼 嘉守――推して参る!」
*
「ああ……だから、アイツだけは駄目だって言ったんだ……! Εの中でもアイツだけはヤバイって……!」
ゴネて、ゴネて、ゴネて、ゴネた末に不参戦の許しを勝ち取った[驃・wilde]が、目の前に映し出された宮城支部襲撃の戦況を眺めながら、ほら見たことかと腐す。その声音には、自分があの場に居合わせなかった事に対する安堵が過分に混じっていた。
宮城支部ビル外。草部仍倫の放った[火輪]は既に燃え尽き、魔術師たちが新たに打ち上げた複数の[光源]が点々と照っていた。ゲリラ戦を仕掛ける必要性もないと考えてのことである。
因縁ある[祝融・lieg]を快く対レヴィ戦へ送り出した[巒・treow]率いる魔術師たちだったが、天海の分体を相手に思わぬ苦境に立たされていた。殴っても、切っても、千切っても、燃やしても、凍らせても、吹き飛ばしても……分体には、一切の損傷を与えられないからだ。
恐るべきは無尽蔵にも思える天海祈の干渉力だ。熟達の異能者のように能力を現出させずに干渉力だけを行使したり、一部に集中させて高めたりといった器用な真似は魔術師たちにはできないが、それでも分体に向かって全力の能力行使をするぐらいはできる。だというのに……この大人数で直接的に行使しているというのに……遥か遠距離からこそこそ動かしているだけの分体とやらを全く抑え込めていない。
一体、どのような精神構造を持っていれば、これだけの干渉力を行使できるというのだろう。
本当に同じ《異能》を用いているのかと疑ってしまう程の差だった。
街一つを覆い尽くすΕの中でも、ぶっちぎりで大規模性を帯びる逸脱者……Ωに近しいと四藏匡人に言わしめる一端を、まざまざと見せられていた。
更に――、
「[天海祈]……て、本名とちゃうんかい!」
「そうだが、何か問題でも?」
「チッ、アリアリや!」
それに加えて名も握れないとなると、巒の恩寵も宝の持ち腐れ。打つ手なし、分体は正に不死身の軍隊だ。
そればかりか、刻一刻と戦闘が継続されるにつれ、続々と増援の分体も展開されてゆく。今までは魔術師たちによる一方的な攻撃が試みられていたが、段々とそれも苦しくなってきた。
そして遂に、逃げ遅れた一人の魔術師が、地面の割れ目から不意打ち気味に伸びてきた分体の触腕に掴まる。何らかの抵抗を試みる前に全身を取り込まれ、顔面を覆われて窒息し、体内に侵入されて内部を破壊された。ものの数秒で、不幸な魔術師はピクピクと痙攣する肉の塊と化した。
「ようやく一人か。だが、先はそう長くなさそうだな、魔術師よ」
至極、落ち着き払った声。それは、日本語を解さずとも魔術師たちの間に戦慄を走らせるには十分な威圧感を纏っていた。
冗談じゃなかった。こんな意味の薄い戦いで死ぬ気はない。皆一様に助けを求めるように指揮官である巒の方を見た。
『……もうちょい! もうちょい戦る! まだ試してない【能力】や[魔術]もあるやろ! あと十五分!』
魔術師たちの顔が絶望に染まる。彼らにとって十五分はあまりにも長すぎた。しかし、巒の方は是が非でもここで引きたくなかった。まだ、一端に触れているだけであり、天海祈の底は見えておらず、犠牲者もたったの一人。度を越して固執している訳でもない。それに、有効そうな[魔術]にも心当たりが合った。後は機を待つのみ、といった所。
お偉いさんである巒にこうまでキッパリ言われてしまえば、仮に文句があろうと魔術師たちは従うほかなく、効果なしと分かっていながら再び攻撃を始めた。現在の分体数、六体。
『――お! 外れた外れた。なんだったんだこの[鎖]は……』
その時、戦場のド真ん中に寝転がりながらも、死するどころか負傷する事もなく、諸々のやり取りから隔離されてぼうっと呆けていたジェリコ・ラジュナトヴィッチが自由を取り戻して起き上がった。時間経過と暴れるジェリコを抑え込む為に、[鎖]に込められていた魔力素が消費され、解放されたのだ。
纏う【産衣】に絶対の信頼を寄せるジェリコは、紛々と異能降り注ぐ戦場を物ともせず、極めてマイペースに辺りを見渡した。随分時間が経っている事もあって、そこに草部仍倫の姿はない。それ自体は残念に思ったが、拘る理由もそうない。何となく、ゲーム感覚で追いかけ回していただけだ。
『他の奴らは死んだのか~? ん~?』
「なんやアイツ……」
『なあ、お前らは敵なのか? 服装的には、MCGでも近衛でもなさそうだが……ガキも居るねぇ。うわ、なんか同じ顔した奴が何人もいる、気色わるっ、MCGの制服だな』
「何語や? 『誰か分かる奴、居るか~?』」
ジェリコに気付いた巒が『共通語』で広く問いかけるが、パラパラと返ってきたのは尽く否定の返事。現代魔術聯盟も中々に多国籍な集団だが、運悪くこの場にセルビア語話者は居なかった。この地球に派遣される者たちには僻地出身者が多数を占めていた事もこの結果に影響していた。
『まァ~いいや。全員ヤればいい話よ。他の奴らが全滅しようと関係ねー。気が済むまで暴れさせてもらおうか。まだ二、三人の雑魚を斬っただけだからなァ』
ゆらりと大仰な仕草で【Сабља】を担ぎ上げたジェリコは、取り敢えずと一番近くに居た魔術師――[Анатолий・risan]に斬りかかった。警戒し攻撃に備えていたАнатолийは、反射的に手に持っていた【鎚棍】で彼の攻撃を防ぐが、使い慣れた魔術的な防護を用いず、また距離も取らなかった事が結果的に命取りとなる。
ジェリコはその一合でАнатолийの力量を把握し、手早く仕掛けた。鍔迫り合いには持ち込まず、触れている所を起点にクルリと【Сабља】を回転させて【鎚棍】をスリ抜けると、無防備な彼女の喉元を掻っ切った。【武器】の扱いに関しては年季が違う。【能力】を使う必要もなかった。
『……馬鹿! 生兵法は大怪我のもとやとウチがアレほど……!』
魔術師ではれば誰もが耳を傾けざるを得ない巒の言葉も、死人には届かない。歯噛みしながら、巒はすぐにАнатолийの存在を忘却し、新たな敵――堂々たる歩みで動き出したジェリコを注視する。
『遠距離攻撃! 遠距離から落ち着いて対処するんや! ウチが天海祈を引き付けるからちゃちゃっと潰しぃ!』
一旦、考えていた天海祈対策を捨て置き、戦場に[突風]を吹かせる。叩いて殴って飛び散らせるのは効果が薄い。その点、身動き出来ぬ程の[風]ならば暫く拘束できる。巻き上げるように吹かせれば地面に逃れられる事もない。
これも、どうせ長続きしないのだろう。しかし、巒はそれでもいいと考えていた。この僅かな隙に邪魔な傍観者を消せば戦場はフラットに戻り、再び天海祈へ集中できる。
だが、そんな展望は敢えなく打ち砕かれた。
一挙にジェリコに殺到する[火]【岩】[水]《氷》[槍]【矢】[弾]【鞭】――その全てが【産衣】を突破できずに弾かれ、受け止められ、或いは叩き落された。
――こいつも無敵なのか!? 魔術師に衝撃が走ると同時、ジェリコは足元のアスファルトを【Сабља】で刮ぎ取った。
『数が多くて、うぜってぇ――なァ!』
アスファルトが変じて現れたるは【毒蜂】の群れ。ジェリコの【蠹毒】は、ただ【毒蟲】を撒き散らすだけの傍迷惑な能力。その後には一切関与しない。
無秩序に飛び立った【毒蜂】たちが、大きな羽音の底にカチカチという音を混じらせ始める。周囲を取り巻く魔術師たちを脅威と認め、大顎を弾き警告音を発しているのだ。
尋常の数ではない。自分に被害が及ばず味方が全滅しているのを良い事に、ジェリコが無節操に【毒蟲】を出し続けた所為で、【毒蜂】の群れは瞬く間に空を埋め尽くさんばかりに膨れ上がっていた。
『暴れろ――クソ蟲ども!』
耳をつんざく不快な羽音。生存本能を掻き立てる警告音。それらを掻き消す勢いで、巒が叫んだ。
『引くんやない!』
その声に勇気づけられ、下がりかけていた魔術師たちの足が責任を思い出してその場に縫い付けられる。
巒は自らの行動で以て皆を奮い立てんとする。[突風]の方向を一時変更しつつ、最近に得た《能力》を行使する。跳梁跋扈する【毒蜂】たちが、抗いようのない[突風]に煽られ、次々にぶつかり合い、一つの纏まった塊となってゆく。
巒の異能――《體Aと體Bとを接續する》能力!
一度、ぶつかった【毒蜂】たちは二度と離れること叶わず、藻掻き続けて別の蜂にぶつかり更に自由を失ってゆく。MCGの基準でいえば、Δレベルの大規模性。そして、ある程度の大きさの塊に仕上がった所で[焔]を投げ込み、全てを焼却処分した。
この鮮やかな手並みに魔術師たちの士気は向上する。当のジェリコも関心顔で口笛を吹き、ふざけたように軽く拍手していた。
「……新しい策を思いついたでぇ……」
アレとコイツを組み合わせれば……。
誰にともなく一人呟いた巒の視線は、一直線にジェリコを捉えていた。




