4-2-1 四番目の解・序
四番目の解・序
前・奔獏の使っていた座に腰を落ち着ける俺の前には、幾千もの蕃神信仰の信者たちが礼儀正しく平伏し、或いは跪いている。地の果てまで続くのではないかという黒衣の列は、これでも当初よりはだいぶ減っているというのだから驚きである。そして、それを飢えさせずに食っていかせられている事にも。
息遣いさえ聞こえない、まるで棺桶の中にでも入っているかのような静寂を味わっていると、俺の横に控えていた、別地球α生まれのТретий(三番目)くんが、蕃神信仰特有の黒衣を翻しつつそろそろと歩み出、大きく息を吸い込んだ。
『――聞け! 皆も知っての通り! 我々蕃神信仰は現代魔術聯盟と盟約を結び、共に〝Ascension〟を実現させる為、対等の立場で協力する運びと相成った! これは太子様の御意志であり、また盤外様の思召である!』
Третийくんに言わせている事はほぼ嘘っぱちだ。しかし、玉将様、太子様、盤外様……この辺りの持つネームバリューは凄まじく、下で平伏す連中はピクリとも騒がない。まあ、迂闊に逆らえば待っているのは『死』なのだから、当然といえば当然かもしれないが。
因みに、Третийくんはロシア語を使っているが、俺にも問題なくその意味を理解する事ができる。どうも、この拡張領域に太子様とやらが施した神秘的な作用らしい。拡張領域自体を用意したのは玉将様だそうだ。
『畏れ多くもこの決定に叛意を抱いた前・奔獏は死んだ! 以降は、此方に有らせられるこの方が奔獏の神號とゼㇰセスの觧名を受け継ぎ、遠征隊の総指揮を執る!』
以上、解散しろ! とТретийくんが締めくくると黒衣の列は区画ごとに消え始めた。各々の持ち場に戻ったのだろう。蕃神信仰は最近押され気味だが、それでも各地(主にアフリカ大陸)でギリギリの抵抗を続けている。
暫くして殆どのものが居なくなったが、まだこの『駒台の間』に残っているものも相当数おり、彼等は遅れてぞろぞろと徒歩で退室してゆく。彼等は研究や兵站、医療などを担当する裏方の者たちだ。
「さて、Третийくん。俺たちも場所を移そうか。この部屋には別に何もないからね」
俺の提案に対し、Третийくんは無言で頷いた。さっきは雄弁だったが、あれは演技の振る舞い。今の物静かな方が彼の素だ。
彼は一見、長身無口でとっつきづらく思えるが、話してみるとけっこう素直で、扱いやすい可愛げのある奴だ。よくよく見れば、コワモテな顔付きの中にも幼さが残っている。俺と同じ仲間だ。
俺と彼は肩なんか組んじゃって仲良く別室に移動した。俺の許可なくば何人も立ち入る事の出来ない秘密の部屋――『銀冠の小部屋』。そこには俺の集めた仲間たちが待機しており、満を持して入室してきた俺にじっと期待の籠もった視線を向けてきた。
イサ、二宇、伍子胥、Kahdeksas、艶島九蟠、عَشَرَة……そこにТретийくんも加わる。
数字の歯抜けはある。まだMCGや近衛に籍を残したまま、時間を作って抜け出してきている者もいる。急遽、プランCを推し進める事になった所為で、全員集合という訳にはいかなかった。だが、そんな些細な事でいつまでも泣き言を漏らすような弱い木鐸に付いてくる者などいるだろうか。――否。俺は胸を張って皆の前に立ち、意を決して腹の底に力を込めた。
「プランCの第一段階『蕃神信仰の掌握』は完璧に達成された。それも皆の血の滲むような努力あってこそ。特に艶島九蟠とعَشَرَة、二人の活躍はめざましいものだった。ここに深甚なる謝意を表する」
俺の言葉をキッカケにして巻き起こった賞賛の雨を、艶島は婀娜っぽく、عَشَرَةは恭しく受け取った。その中にはもちろん俺の拍手も混じっている。艶島の洗脳能力と、عَشَرَةの転移能力なくては到底成立し得なかった。程々のところで、俺は手を降って賞賛を収めた。
「だが、ここで終わりではない」
そう言うと、若干ばかし緩んでいた皆の表情も引き締まる。おお、そうこなくては。次は、他の者にも頑張ってもらわなければならないのだから。
「我々の根底に流るるは自己啓発であり、下賤な復讐などではない。復讐に生産性はなく、そこに拘泥して人生を浪費するぐらいならば、むしろ感謝すべきだと俺は言った。生んでくれてありがとう。捨ててくれてありがとう。何も与えずにいてくれてありがとう……。その過去全てを肯定した先にこそ、輝かしい未来はある!」
分かる、分かるよ。皆の心情が理屈でなく心で分かる。飢えているのだろう? 俺はその飢えを満たす事はできない。だが、親身になって隣に寄り添い、目指すべき道筋を示してやるぐらいの事はできる。
さあ、共に行こうではないか。
俺は、全身を満たす開放的な気分に任せて、大きく身体を揺り動かした。
「ここに第二段階への移行を宣言する! やろう、皆! 一歩でも前へ、一段でも高みへ進む為だけに――!」
仮に、この先に何も無かったとしても……俺は、俺たちは進む。
狂ったような割れんばかりの万雷の拍手を浴びて、俺の胸中は生の実感で満ち満ちていた。




