1-2-1 法倉螺湾という男
法倉螺湾という男
とある寂れた街に、ひときわ侘しい商店街があった。人の往来も欠けて久しく、降りたシャッターばかりが目立つ、地方によく見られる、極普通の商店街。だが、この何処にでもある様な何の変哲のない地が、“尋常ならざる怪物”の棲家兼狩場と化している事実を知る者は少ない。
唯でさえ少ない往来の先端、人の波が途切れかける商店街の端の端。そこには、薄汚い小さな低層ビルが小ぢんまりと建てられており、その一階テナントには――
『不仲屋』
という如何わしい看板が、誰憚ること無く、堂々と、天下に向けて掲げられていた。当然の如く、道行く近隣の者は、胡散臭さを隠そうともしない看板を白い目で見つめ、冷やかす気も起こさず通り過ぎるばかり。「……どうせ、すぐに潰れるだろう」なんて思いながら。
しかし、そんな妥当とも言える大勢の予想に反して、不仲屋は二年、三年とのらくらやり過ごし、最近では事業も軌道に乗り始めていた。
偏に、店主の手腕による産物だった。
――知っていた。
不仲屋の店主は知っていた。
〝胡散臭い雰囲気にこそ縋ってしまう、追い詰められた人間の愚かな心理〟を。
今日もひとり、店主の流した噂を聞き付けた哀れな迷い子羊が、巧妙なる演出に拐かされ、少ない人目を頻りに気にしながら不仲屋の看板をくぐった。
その者、年端も行かぬ少女の風貌を全身に湛え近傍の公立中学校女子制服に身を包んでおきながら、その顔付きに幼気ないじらしさは一切みられない。まるで、情欲に深く踏み込んでしまった毒婦の如く、醜く歪んでしまっているのだ。
「あ、あの……すみません……」
毒婦のか細い声は、不仲屋の黒一色の内装に吸い込まれて消えた。
店主の不在に浮足立つ彼女は、震える眼球を廻転させて内装を舐め回し始める。というのも、彼女はこの不仲屋に踏み入った瞬間から刺さる様な視線を全身に感じていたのだ。その元を探ってみれば、何という事はない、壁に突き刺さる無数の髑髏に起因していた。自然と、壁に沿って彼女の視線が流れ出す。髑髏に連なって、一筆書きの六芒星、変色変形した動物の死骸らしき物、干された果実……悪魔的印象のガラクタが所狭しと陳列されている。
全て、店主による演出の一環であった。この部屋の中から一般的な属性の物体を挙げれば、それは正面に設置された高級そうな木製の黒い机だけという徹底ぶりである。
あまりの異様な光景に「撤退」の二文字が毒婦の頭を過った時、机の向こう側に聳立していた黒い何かがくるりと反転した。
そこに背を丸め、顎の前で手を組み合わせて待ち構えていた者こそ――
「不仲屋店主……法倉螺湾です。今日はどういったご用向でしょう」
春の陽気の下、胡散臭い布切れに身体の輪郭をすっかり覆い隠した男は、詐欺師の笑みを浮かべた。