2-2-B1 ホテルの部屋から その1
二宇の手を取り、宮城支部に出向した香椎康と岸刃蔵の二人は、現地職員の案内で宮城支部内のとある一室に通され、ひとまず、現況を把握する運びとなった。
「殺し屋? この日本で?」
「はい」
香椎の質問を受けて、今回の一件を任されているという分類:BLUEの女事務員、Zoë van Tongerenが頷く。彼女は名前から分かる様に生粋のオランダ人だが、MCG機関内に於けるダイバーシティ、多様性意識の高まりを受けて『交流』の名目で交換派遣されてきた人材の一人である。
「此方を御覧ください」
そういって差し出されたPCの画面には、一昔前の個人サイトの様なアングラ感の漂う野暮ったいサイトが映し出されていた。このご時世には全くそぐわない、一種の可愛らしさすら覚える風体だが、そのトップに綴られている、『ようこそ、「呪いの館」へ』――といった書き出しから始まる長文は、香椎と岸、両名の眉根を顰めさせるに十分な剣呑さを備えていた。
「『復讐、代行します』……? うさんくさ~」
「はい。“ちょっとした嫌がらせから殺人まで”、幅広い復讐を『呪い』で請け負う闇ウェブ上の復讐代行サイトです。通常のブラウザからはアクセスできない為、このPCも『tor』という発信元を隠せる特殊なブラウザを使ってアクセスしています。勿論、サイト運営者も同じく発信元を隠していましたが、報酬の授受に仮想通貨を用いていたので、その線から身元を割り出しました」
ゾーイの操作でPCの画面が切り替わり、サイトの代わりに幾つかの資料が提示されてゆく。
《連続怪死事件/資料1》
(全身が細かくエグられている怪死体の画像)×三枚
《連続怪死事件/資料2》
氏名:金營蕗
性別:男
年齢:20
住居:宮城県仙台市太白区八木山香澄町xx-xx メゾン西川 8号室
分類:RED
所属:専門学校N芸術学院 デザイン芸術学科 / 生徒
階位:不明(Ⅱ/Β以上)
能力名:不明
能力:不明
《連続怪死事件/資料3》
実家の住所は「宮城県栗原市鶯沢袋持添xx」。
両親は健在。兄弟はいない、一粒種。アルバイトはしていなかった。
専門学校内では浮いた存在で、数ヶ月前から休みがちになった様で、最後の出席記録は約一ヶ月前の5月19日。また、時期を同じくして、SNSアカウントの更新も途絶えている。
もし、一連の怪死事件の犯人が彼であるならば、その被害者数は、確認できただけでも五十四人、重軽傷者を含めると八十九人。
静かに資料を眺めていた岸が、レンズの奥で目を鋭く細める。
「既に下手人の情報は割れているのですね。それも、かなりプライベートな所まで……」
ゾーイが頷いた。
「はい。情報部の方には随分とお世話になりました。しかし、現在位置だけが割れていないのです。というのも、どうやら復讐依頼を受けて各地を渡り歩いている様でして」
此度の下手人たる金營蕗の住居、籍を置く専門学校、また実家にまで宮城支部の交渉員(BLUEとYELLOW)が何度も赴いているが、存在の痕跡すら確認できなかった。
「そこで、我々は『嘘の依頼』で彼を誘き出そうと考えました。この度は、その戦闘に際して、東京支部に所属する交渉員の力添えを賜りたくお呼び立てした次第です」
宮城支部は他支部に比してREDが少ない。それは、管轄区域であるT地区のそもそもの人口が少ない事に起因していた為、今までは問題なく運用できていたのだが、最近になってREDの負担する業務が増えた所為で本来の仕事にまで手が回らなくなっていた。加えて、今回は蕃神信仰も傍観者も関わらぬ完全に変異者が引き起こした事件である。それ故、宮城支部に駐在している近衛旅団第二歩兵小隊の助力も仰げず、この様に呼びたくもないREDを二人も招く羽目になっていた。
「へ~……なら、私が来たのは正解だったね」
大体の経緯を把握し終えた香椎は、前のめりに画面を覗き込んでいた姿勢を戻しつつ自信を持ってそう言い切った。
「今回みたいな“待ち伏せ”に使うなら、私の《電撃》は相当に便利な能力だよ。決行は何時なのかな? 今日中に下見に行っておきたいんだけど……」
「金營蕗には、『明日、明後日に標的が宿泊する予定のホテル』という説明で場所を伝えてありますので、決行は『明日以降、金營を確認でき次第、現場判断で』という事になります。下見をしたいという事でしたら、こちらでタクシーをご用意致します。私は同行できませんが」
「ああ~、そうしてもらえるかな?」
香椎の願い出を受け、ゾーイが手元の支給品タブレットを操作し始める。正確無比な無駄のない動きで画面上をスライドする指は、その後、幾ばくもなく止まった。
「タクシーは数分ほどで来るそうです」
「じゃあ、話もなさそうなら私は下で待っていようかな。ジンゾー爺さんは? 来る?」
ゆるゆると立ち上がる香椎。対して、隣の岸はPCの画面、そこに映し出されている資料をまだ睨みつけていた。
その様子を、香椎とゾーイの二人が怪訝に思っていると、岸が徐に口を開く。
「Mw.ファン・トンヘルン。戦闘員……失礼、交渉員は我々二人だけですかな? 宮城支部からは? 近衛旅団の連中が出てこないのは、相手が変異者だからでしょうが」
すると、これまでハキハキと答えていたゾーイが言葉を濁し始める。目線をあらぬ方向へそらし、如何にもな困り顔だ。
「宮城支部からもREDの交渉員一名が参加する予定なのですが……実は、30分前にはこの部屋で待機している様に連絡をしておいたのですが、どうも放埒な方でして……今、何処で何をしているのかすらも把握できていない状態で……」
「アレ、そうなの? てっきり私らだけかと。そっちとも話はしときたいかな、現場での段取りとかあるし――」
とその時、部屋内で上がった話題を知ってか知らずか、タイミング良く扉が開いた。音につられて、扉を背にしていた二人のREDが振り向く。反射的に動いた無色の目は、しかし、訪問者を捉えた途端に奇異の色に染まった。
扉から覗く景色を塞ぐ様に横へ膨らんだ“青の狩衣”。薄く水色がかった髪上にも烏帽子を被り、まるで時代劇の中からそのまま出てきたかの様な時代錯誤も甚だしい格好。
男性的な和の色気を漂わせる彼は、自らに集まる注目を察すると、青紫色のメイクを施した切れ長の目尻を眇め、左手首に引っさげた怪しげな呪術的装飾物をジャラジャラと鳴らしながら、右手に持っていた鉄扇で左手をポンと軽く叩いた。
「汝らは件の東京支部のREDであるな。僕は神州に現存する唯一の陰陽師、安倍浄浜と申す。くれぐれも足だけは引っ張るでないぞ」
珍妙な格好から見て取れるキャラを一切崩さず、浄浜は自己紹介を披露した。
今度は陰陽師とキたか、と香椎がそう独りごちる。面食らいはしたがコスプレイヤーなら東京支部にもいる。すぐに気を取り直して「これから現場を下見しに行くんだけど、くる?」と聞いた。
すると、浄浜は少し悩ましそうな素振りを見せたが、すぐに取り止め「誘いに乗ろう」と朗らかに表明した。
「ジンゾー爺さんは?」
「……当然、同行します。しかし、その前にMw.ファン・トンヘルン、もう一つだけ聞いてもよろしいですか?」
「ええ、構いませんよ」
「なんじゃ、まだ話が終わっておらぬのか。先に外で待っておるわ」
どうやら、態と遅れてきたらしい浄浜は、目論見が外れていた事を知り、そそくさと扉をしめて退散していった。それを横目に、岸がおごそかに切り出す。
「……天海祈を知っていますか?」
なぜ、そんな事を聞くんだと言わんばかりに、香椎が怪訝な気配を纏う。質問を受けたゾーイも同様の感想を抱いたようで、少々もたつきながらぎこちなく答えた。
「それは……最近のニュースにも出ている日本支部長の天海祈さんですか? 直接あった事はありませんが――」
「……もう、結構です」
岸はゾーイの話を途中で遮って立ち上がった。そして、ますます怪訝な気配を強める香椎に帯同を促しつつ、上辺ばかりの礼を述べ、共に退室した。
岸の手に開かれた扉が、まるで就活生の面接後の様にマナー良く、静かに閉じられてゆく。カチャ、と僅かに金具が音を鳴らすのと同時に香椎が口を開いた。
「ジンゾー爺さん! 一体全体、どうしちゃったのさ、前からキチガイじみてはいたけど、最近は特に変だぜ。人は変わるモンだ、つっても限度があるでしょ。妙に真面目ぶってるってか、気色わり~」
周囲の無人を確認しつつ、香椎は苦言を呈した。
岸の豹変は二週間ほど前、麻薬組織『MUL.APIN』を潰してから始まっている。それが、ここに来て益々加速しており、香椎は違和感から不快感に変わりつつある胸裡を自覚していた。三年に渡り、岸の偏屈ぶりを見ているからこその感想。というのも、心変わりを果たした経緯やら動機やらが香椎には丸っきり理解不能なのである。
そんな香椎の態度から、彼の胸裡に燻る不快感を悟っている筈の岸だが、以前の様に無軌道な憤怒を撒き散らすことなく、至極、落ちついて答えた。
「どうもこうも……目覚めたのですよ」
「何に」
「『正義』に」
唖然。ポカンと口を開けて呆ける香椎を残し、、岸は毅然とした足取りで一階に向かっていった。
遠ざかる背中を目だけで追いながら、香椎は酸欠気味の魚のようにパクパクと口を動かした。
「『正義』って……ジンゾー爺さん、今も変わらずΒじゃん……」
*
朝焼けの中、国道4号線を北上する盗難車があった。
┏━━━━━━┓
┃宮城県┌─┐┃
┃Miyagi└─┘┃
┃ ④ 白石市┃
┗━━━━━━┛
その進路上を跨ぐ道路標識は、盗難車の現在地が福島県と宮城県の県境に差し掛かっている事を示している。それは、運転手である金營蕗の目にも当然入り、否応なしの憂鬱を植え付けた。
「遂に……帰ってきてしまったのか……」
目を背け、逃げ続けてきた故郷の空気が、金營の精神を著しくざわつかせる。脳の血管が針でつつかれた様に、いみじく、はち切れそうなほどに疼く。次第に、精神の動揺は身体へも波及し、アルコール中毒者の様な振戦が末端部位に表れた。
――もし、ここに居るのが以前の彼であったのならば、今すぐにでも尻尾を巻いて逃げ出そうとした事だろう。だが、そうはならない。
なぜならば、彼はもう……“一人”ではないからだ。
「――不安?」
助手席で、席を倒して寛いでいた女――茱萸が、その身を起こした。
「グミたん……」
彼女の、身体の痩ぽち具合とは不釣り合いな程にふくよかであどけなく膨らんだ横顔を見るだけで、金營は大分、精神の平静を取り戻していた。
そうだ、泣き言なんて言っていられないぞ――金營は大きく深呼吸をした。
彼女の助言で始めた暗殺業は順調。今までの八つ当たりの様な盗みを改め、世のため人のため、力なき人々の代わりに正義の鉄槌を下さなくてはならないのだ。
「……違うよ。オレの両親にもグミたんの事を紹介しておきたいけど、今日は仙台市での依頼だから、難しいかな……って思ってさ。けっこう、田舎の方なんだ」
「そう、なら……良かった、不安じゃあないのね、もう」
そう言って、茱萸は儚げに微笑んだ。それは、けして整っているとはいえない顔が作る笑みだったが、金營の目には聖母マリアに勝るとも劣らない母性と神性を伴って映った。
守護らねばならぬ、彼女を、この笑みを。
あの晩、母性に抱かれた記憶が蘇り、彼の頭部がかあっと熱く燃えた。
決意を新たに、手の色が変わる程にハンドルを強く握り締めた金營は、ただひたすらに盗難車を走らせ続けた。
まだ見ぬ標的を目指して――。




