5-2-8 Operation Enduring Freedom : 不朽の自由作戦 その2
天海祈率いる現地兵力は速やかにアフリカ大陸を北上し、東経五度線を目安にアルジェリア、ニジェール、ナイジェリアの三国を南北に貫く『絶対防衛戦線』を引いた。何があろうと、ここだけは絶対に死守する。
その後、第一段階で奪還した中央アフリカ以南へ現代魔術聯盟を侵攻させぬよう、北緯五度を目安にカメルーン、中央アフリカ、南スーダン、エチオピア、ソマリアを『緩衝地帯』と定め、現地兵力を再配置した。こちらは『絶対防衛戦線』と違って適宜、撤退も視野に入れながら遅滞戦闘を行い、『籠の鳥作戦』の第二段階完遂まで現代魔術聯盟を相手取り足止めする事が目的だ。
これら二つの戦線を張るのと同時進行で、欧州兵力、海軍兵力、そして変異者による北西アフリカへの侵攻が行われた。
『籠の鳥作戦』
Operation Caged Bird:OCB-SC
先程、『絶対防衛戦線』の構築を終えた天海祈は、ベナン沿岸部――俗に言う奴隷海岸――からアフリカ大陸へ再上陸した。
ざあっと、海水より姿を現す天海祈。まるで、天の意が味方しているかの如く、彼女の周囲の海水が独りでに割れてゆく。そして、海水中に混じる《靈瑞》が寄り集まり、天海祈の身体を引き上げ更に天高く押し上げてゆく。やがて、それは大地を覆い尽くさんばかりの大津波となって、アフリカの大地を侵し始めた。
ベナンの実質的な首都、コトヌー支部ビル。そこに待ち構えていた新・蕃神信仰の防衛戦力を虫けらのように蹴散らし瞬く間に制圧を終えるやいなや、悠々と支部ビルの四方へ[杭]を打ち込み[転移]、支部ビルをマリアナ海溝の底へ送り込んだ。すると、すぐさまヘッドセットからSeofonの声が響く。
『こちら作戦本部。コトヌー支部ビルの[転移]を確認しました』
『そうか。予定通りに北上し、ジューグー支部ビルへ向かう。その間、他方の状況を報告せよ』
天海祈は津波の如き《靈瑞》を伴い、同国内のジューグー支部ビルを目指して北上を始める。
道中、ヘッドセットから入るSeofonの報告によると、欧州兵力・海軍兵力ともに敵勢力の妨害を受けているものの、順調に内陸部へ侵攻しており、海軍兵力の一部などは『砂の壁』にまで到達しているという。現地兵力も現代魔術聯盟に対しよく持ちこたえており、作戦は順調そのもの……とのことだった。
程なくして、天海祈は到着したばかりのジューグー支部ビルを確保。これにより、計画通りに『蕃神包囲網』が完成した事となる。
残る行程は僅か。ジューフ砂漠――サハラ砂漠の一部。マリからモーリタニアにかけて存在する――へと追い立てられた蕃神信仰の残党を天海祈の《靈瑞》により一網打尽に殲滅するだけだ。
時を同じくして、Seofonから戦況報告が入る。
『トーゴ攻略! 敵勢力は追い立てられるに連れて合流し、その数こそ増しているものの、それはこちらもまた同じであり、一度敗戦の気運に飲まれた敵は相手にはならないようです。現在は、ガーナの現地兵力と共同して敗残兵の追撃中とのこと』
多少の討ち漏らしは許容せざるを得ない。しかし、それでも大部分を掃討できれば、蕃神信仰の勢力としての纏まりは消え失せるだろう。
間をおかず、『蕃神包囲網』の縮小が始まった。残るブルキナファソ、マリ、モーリタニアへの攻撃が開始されたのだ。
天海祈は、計画通りもっとも近場のブルキナファソ攻略をガーナ・コートジボワール現地兵力に任せる事とし、既に制圧済みのニジェール、アルジェリアを通ってジューフ砂漠を目指した。
その間にも、Seofonが随時報告する。
ワガドゥグー支部――確保。
ボボ・ディウラッソ支部――確保。
ヌアクショット支部――確保。
ヌアディブ支部――確保。
バマコ支部――確保。
モプティ支部――確保。
もはや、大勢は決したように思われた。Seofonの見立て通りというべきか、異能を駆使した余力を出さぬ用兵により、蕃神信仰の敗残兵は順当にその数を減らしているようで、残すは天海祈による仕上げのみ。
『――とでも、思ってんだろうなあ。天海祈は』
ヘッドセットを放り投げたSeofonは、椅子の背もたれに全体重を預け、だらしのない脱力した姿勢のままクルリと椅子を回転させた。
血腥い匂いがツンと鼻をつく。
死屍累々の作戦本部である。
詰めていた情報部の面々は床に机に転がり、命までは取られていないものの抵抗するものは戦闘の最中に四肢を欠損させられていた。彼等は既に[魔術]により無力化済みで、彼等が先程まで座っていた席には新・蕃神信仰の信者がいた。とっくの昔に、作戦本部の人員はそっくり新・蕃神信仰の手のものに取って代わられていたのである。
当然、Seofonが天海祈に奏上した報告も全て虚偽。MCGが快勝? 現実はどこもかしこも苦戦、苦戦、苦戦……『蕃神包囲網』を縮小させるどころか、構築すらできていないのが実情だった。これはMCGの戦力が惰弱な所為ではなく、偏にそうなるよう四藏匡人が敵味方を無駄なく配置したからに他ならない。
絶妙なる拮抗の陣容。
そして、情報を掌握することによる戦況の管理。不測の事態への即時対応。
『四藏匡人様の考案した計画は完璧ですね。ここまで見事に事を誘導するとは』
このまま行けば目的は完遂されるだろうと思い、Seofonは新・蕃神信仰を導く木鐸、四藏匡人を素直に称賛した。
けれども、四藏匡人以外のクローンはまだ知らない。
一見、四藏匡人が題目通り人間の為に動いているように見えて、その実、全く別の景色を見ていることを。
*
「さて、そろそろかな」
間もなく、天海が到着する頃合いだろう。誰もいないジューフ砂漠に。
爺臭く「よいしょ」なんて声を出しながら俺は重い腰を上げた。
結実の時、来たれり。
今のうちに『舞台』にまで移動しておかなければ、今世紀始まって以来のハッピーエンディングに乗り遅れてしまう。
『――向かわれるのですね? 匡人様』
拡張領域内に残しておいた艶島九蟠と伍子胥が意味深な視線を向けてくる。彼等にやってもらう仕事はもうないが、これまで十分に貢献してくれた。見届ける権利はある。俺は、手を差し伸べた。
「出ようか。もう、この拡張領域は必要ない。共に、物語の終わりを見届けよう」
タイミングを図ったように目の前に現れたعَشَرَةの手を後ろ手に取り、差し伸べた方の手で艶島九蟠の手を握る。艶島九蟠は陶酔の情を呈しながら、その後ろにいる伍子胥の腕を取った。
転瞬、景色が二度ほど塗り替わり、俺は『アセンション島』の中心部に降り立った。
大西洋に浮かぶ、人口4,000人ばかりの何もない火山島だが、その名称は決着の時を迎えるに相応しいだろう。天候も実に素晴らしい。雲ひとつない快晴は、まるで我々を祝福しているかのようだ。
正面には赤い歩行路が敷かれており、その左右には俺の集めた全クローンたちが直立不動の姿勢で並んでいる。居ないのは六道鴉だけだ。シワひとつない赤い歩行路をゆっくりと踏みしめ、その先に用意されていた華奢な椅子に腰掛けると、Ashdla'áadah(十五番目)の《能力》によって目の前の巨大スクリーンに映像が投影される。
一面の砂色。人気というものを欠片も感じさせぬ荒涼とした風景。なだらかな起伏には影もなく、ただ砂粒が時折思い出したように天上から降り注ぐ陽光を反射しチラつくばかり。
そんな、ある意味では平和そのものといえる自然を、唐突に現れた《靈瑞》が瞬く間に侵し、満たす。その中心に傲然と座す天海祈は、報告と違う無人のジューフ砂漠を鷹揚と見渡していた。
「天海ー! 上だよ上。聞こえているかな」
俺は手元のマイクを取り、愛しい彼女に呼びかける。天海は声につられてゆっくりと頭上を見上げた。そこに浮かぶドローンに気付いたようだ。感度良好。
これはMCG機関の開発した[機械魔術]の一つ。例え宇宙の反対側であろうと遅延なく音声を送れる非常に優れた[技術]だ。当初の計画には組み込まれていなかったが、使えそうだと思ったので急遽採用した。
「――四藏匡人か」
天海の声がスクリーンから聞こえてくる。Ashdla'áadahの《能力》も感度良好のようだ。
指を鳴らして合図を送る。
すると、天海祈の周囲に続々と砕天大同盟の能力者たちが現れた。新・蕃神信仰の信者、近衛の纏骸者、現代魔術聯盟の魔術師、一様に白装束を身にまとう総勢約一万の大同盟軍だ。
壮観だね……。
この光景は、俺が作ったのだ。
天海が次に言葉を発するまで、俺はスクリーン上の小さな粒としてズラっと居並ぶ面々を感慨深く眺め入ってしまった。
「フッ、物々しい歓迎だな」
「ああ……MCG情報部はとっくの昔に俺たちが掌握しているし、転移系能力者は全員抑えてある。助けは来ないよ。各地の戦線も、今までずっと膠着状態を維持させていたしね。今頃、急に敵が居なくなったものだから、どこの部隊も混乱しているんじゃないかな?」
「それで? 私をこんな所へ誘導して、どうするつもりなんだ?」
「そりゃあ――殺すのさ」
適当に答えてやれば、天海はとても可笑しそうに愉快そうに大声で笑った。
「大人数で袋にしようと言うのか! ハハハッ! なんと、原始的な」
「ところで、お前が死んでしまう前に聞いておきたいことがあるんだ。答えてくれるかな」
「ふふふっ、何だ? 言ってみろ」
「……やっぱり止めた。どうせ、同じことだ」
再び、俺は指を鳴らして合図を送った。
総攻撃開始の合図。
直後、ありったけの銃口・砲口が天海へ集中する。しかし、その動きを予期していたかのように《靈瑞》が素早く天海を包み込み、全方位360°から放たれた銃弾・砲弾を余さず受け止めた。グレネードランチャーによって打ち込まれた擲弾の爆発も、《靈瑞》の表面を吹き飛ばす程度に終わる。
予想範囲内だ。
少し遅れて、能力による遠距離攻撃が到達する。だが、この時には既に《靈瑞》に包まれた天海も移動を初めていた。ジューフ砂漠に氾濫する《靈瑞》の中を縦横無尽に高速で動き回り、けっして的を絞らせない。しかも、その間にも周囲へ向けて《靈瑞》を薄く伸ばしており、今にもその一端が大同盟軍に届こうとしていた。
やはり、あの《靈瑞》を削りきらないことには勝負にならないか。しかし、当然のことながらその為の段取りだってあらかじめ決めてある。
大同盟軍の中から何組かのチームが独立して動き出した。
そして、現代魔術聯盟の巒が[魔術]で音頭を取り、勢力の垣根を越えた連携攻撃を始動させる。
先陣を切ったのは四つの組。彼等はそれぞれ天海の四方へ転移し、無能力者複数名を下敷きにして着水するや、有無を言わせず再び転移能力を発動、無能力者ごと《靈瑞》を遥か遠方の宇宙空間へごっそりと削り飛ばした。
これにより、天海の四方にぽっかりと大穴が空く。
天海の方もすぐにその大穴を埋めようと、自らの周囲へ《靈瑞》を寄せ集めるが、そんな行動は予測済みである。今度は転移能力者たちが自分で《靈瑞》に触れて出来る限り多くの《靈瑞》と共に転移した。
彼らは死ぬだろう。
MCG機関は貴重な人材が失われるのを恐れて転移能力者を前線に出したがらなかったが、こっちに温存の考えはない。どう考えても戦闘においてもっとも有用なのは転移系能力者だ。出し惜しみはしない。俺たちには今しかないのだから、ここで勝つか死ぬかだ。
彼等の決死の特攻によって、絶対に思えた天海の防御にも空白が生まれる。これを見逃す手はない。さっきの攻撃と同時に、また別のチームも動き出していた。
『第五階梯――[棺]!』
魔術師たちが、俺の用意した魔力素結晶を湯水の如く使い、第五階梯魔術を同時に恣行する。対象は天海でなく、その周りに残った僅かな《靈瑞》。これは俺の仕掛けである。天海は閉じ込めたからといって安心できる相手じゃない。
もっと確実なる終わりを突きつけなければ――!
続けざまに放たれたのは、《異能》では干渉できぬ【骸】による攻撃群。これにより、最後に残された《靈瑞》の鎧をも引っ剥がす事に成功する。
――来たッ!
思わず、スクリーンの方へ乗り出してしまう。
今この瞬間、天海は完全に無防備だ。直ちに選りすぐりの兵士たちが転移能力により天海の側へと運ばれる。彼等の一人は拘束系能力者であり、またあるものは阻害系で、またあるものは防御系だ。
天海は、自身の周りに残された雀の涙ほどの《靈瑞》を操って、その大半の兵士を縊殺してみせるが――ただ一人、ジェリコ・ラジュナトヴィッチだけは《靈瑞》をものともせず天海へ接近し、その肢体を拘束する事に成功した。
叩き込め――ッ!
ありったけ、今度こそ出し惜しみなしのありったけの攻撃が天海へ殺到する。得体のしれぬ光が溢れ、衝撃音と爆発が絶えず繰り返される。
俺は夢中になってその光景を見守った。
永遠にも思えた一分が過ぎ、何人かの能力者が息切れを見せ始めた頃、いつのまにやら、あれだけ自由奔放に動き回っていた《靈瑞》はすっかり沈黙していた。
「死んだ……か? 天海、死んだか!?」
「――いや」
はははっ……隣から唐突に響いた至極落ち着いた返答に、俺は思わず失笑してしまった。スクリーン内の皆も、大層困惑している事だろう。
「ダメか」
「アレは分体だ」
黒いローブに身を包む天海が少しばかり指を揺り動かせば、どこに隠していたのか地を埋め尽くすほどの《靈瑞》がそこかしこより現れ出、俺たちクローンを取り囲んだ。
「四藏匡人。もう、終わりなのか?」
傲岸、不遜。《靈瑞》の玉座に腰掛ける天海は、あまりも横柄な態度で、俺たちを見下ろしていた。
気に入らなかった。
最初にあった時から、お前の全てが気に入らなかった……!
「……まだだ!」
「ほう、なにを企んでい――ッ!」
気づいたか? 空を埋め尽くすミサイルの群れに。
さて、着弾まで残り十五秒と言った所か。予定より少々遅れているが……逃げ出せはしないだろう。辺り一帯、おおよそ10km四方を絨毯爆撃するように設定してあるからな。
「ロシアから現代魔術聯盟がぶん取ってきた約7,000発の核弾頭搭載ミサイル。攻撃目標はもちろん――アセンション島だ」
「死ぬぞ、貴様っ!」
「本望だ。お前を道連れにして死ねるのなら……!」
真なる『正義』と共に没するならば、それは嘘偽りなく本望だ。周囲のクローンたちも、一点の曇りなき笑みを浮かべている。さながら、貼り付けたように。
「私がここへ来ることを読んで、あらかじめここに撃ち込んでおいたというのか!? こなかったら無駄死にだぞ!」
「だが、無駄にはならなかった。保険はかけておくものだな」
「この、キチガイどもがッ――!」
何を言うか。ここにいる変異者のクローンは全員RED判定を貰ってんだぜ。マトモな教育なんて受けさせてもらえなかったからな。狂ってるなんてことは最初からわかっていた筈だろう?
それに島民は既に避難させてあるさ。死ぬのは俺たち気グルだけだ。故郷のアセンション島だって、異能があればすぐに修復できる。むしろ、気グル共が纏めて始末されるのだから、世界に取っては有益な出来事だろうよ、これは。
「さあ、天海。この窮地を凌いでみせろ、生き残ってみせろ……俺たちを救ってみせろ。――できるものならなァ!」
空を埋め尽くしていたミサイルが10km四方に降り注いでゆく。
その着弾の瞬間――俺は見た。
白々しくも焦燥に歪んでいた天海の表情が、一つの小さなため息と共にスッと色を失ってゆくのを。
ああ……核ですら……!
目の前で展開される常軌を逸した光景は、まるで動画ファイルを雑にカットしたように間が抜け落ちていた。気がついたら、何時の間にか、事は収束していた。瞬きせず刮目して上空を見物していたというのに、淀みのないあるべき事象の流れは惨たらしくも寸断され、俺たちはその過程を目撃する事さえ許されなかった。
空から降り注ぐかつてミサイルだったものの残骸は、その尽くがバラバラに解体・無害化されており、例外なく大西洋へと落下してゆく。パーツ一つたりとも、俺たちの頭上にはやって来ない。
取り外された約7,000もの核弾頭は、これ見よがしに俺たちの眼前、天海の側にて陳列されていた。
核ミサイルをしこたまぶちこまれて、なお無傷。なお死なないか。
「くっ……くくくっ、はっははは!」
笑いながら、俺はふざけまじりに「ヒュー」と口笛を吹いて、ゆっくりと拍手した。予想はしていた結果だが、いざ目の当たりにすると凄まじいの一言だった。
どうやら、本当に心から死んでも良いと思っていたのは俺だけだったようで、周りのクローンは顔中に冷や汗を吹いていた。そして、遂に巡り会えた達成感に歓喜の涙を流しながら、俺に続いて全力で拍手する。
「お母様……! 九蟠は、再び貴方に逢いとうございました……!」
『――――――、――――!』
『――、――――――――! ――!』
何人かは何を言っているのかサッパリ分からないが、きっと艶島九蟠と同じようなことを言って、母親への慕情を訴えているのだろう。そんな一連のお寒い展開を、天海は冷めた目で見つめていた。
逆上されて殺される前にと、俺は片手を上げて一旦、彼等を黙らせる。
「流石は我らが母君。変異者を保護するMCG機関の創設者でありながら、別地球αに君臨する纏骸者の根源たる纏骸皇にして、太子の神号を冠し蕃神信仰を指導する傍ら、秘密裏に御祖師様として忌術師を纏め上げ、剰えその迫害者である現代魔術聯盟の最高位、五千年の時を生きた『真なるアーシプ』でもある……天海祈、Dis Rauzu、Sou Sorxith、Tim Shtunapia……無数の名を使い分けるその正体は、古代メソポタミア神話に語られる『Atra-Hasis』。その能力はやはり[時間]に関するものなのか? ははっ、流石に全ての裏で糸を引くだけはある、この程度の窮地を切り抜けるなんて朝飯前という訳だ」
「……そんな下らないことを言いたいが為に、こんなことを企画したのか? 私が隠していた正体を全世界へ向けて広める為だけに?」
そこも、お見通しだったか。
十二林杣入によって天海の言葉はすぐに訳され、俺を除くクローン諸兄はコクコクと馬鹿みたいに勢いよく頷いた。
「彼らには、『なぜか正体を隠し皆を弄ばんとする狂える母を説得し、表立って堂々と正式に君臨してもらう』と、そう説明しているよ。だから、逃げ道を潰す策の一環として、全世界へ生中継しているんだ」
俺の合図で、Ashdla'áadah(15番目)が別スクリーンに全世界の様子を映す。
実は、これまでの展開は全世界同時生中継されていた。異能なぞ知らぬ一般人はCG映像だと思うものが大半だろうけど、それでもその脳裏には「これは一体なんなのか」という疑問が刻まれることになる。
これを精神干渉で収拾するのは大変だろうな。しかし、その時は永遠に訪れないから安心するといい。全ては、ここで終わるのだ。
「さあ、折角なのだから観客も招き入れようか」
俺は再びクローンたちに合図を出し、スクリーンの向こう――ジューフ砂漠で呆然とする彼等の前に[ゲート]を開かせた。こちらの今の映像は、あっちにも映し出されていた筈だから、彼等も多少は状況を把握しているだろう。
[ゲート]の側には世界各国の言葉で、『観客席はこちら』と『自動的に[首輪]が付与される』という注意書きをしておいた。これで、無作法な観客への対策はバッチリという訳だ。
それと、俺の計らいで、単に巻き込まれた被害者である変異者の方々も招かせてもらった。
当然、旧知の彼等もだ。果たして、見届けにきてくれるだろうか、俺の答えを。
[ゲート]を通って続々と観客たちが詰めかける中、天海は呆れたように緊張を弛緩させ、退屈そうにだらりと腕を組んだ。
「まるで、大人の関心を引きたいが為に洒落にならんイタズラをしでかす、ひねた子供のようだな、貴様らは」
「上手い言い回しをするね。三歳児に向かってさ」
失望させてしまったかな? 安心してほしい。俺はキチンと答えを用意している。それが、天海の期待に沿うものかどうかは正直興味がないけれど。
先程の天海の問い――衆目環視の前で正体を暴き立てる為なのか?――に対し、クローン諸兄は肯定を返したが、ここで改めて俺は大きく首を横に降ってハッキリと否定を示しておく。
「天海、お前は失望している。俺たちが『正義』ではなく、単に母親の愛を求めてここに居ることに」
彼等クローンは、ただ何処へ迎えばいいか分からないだけの子供なのだ。『正義』など知らない。
母親の抱擁が欲しくてしょうがなくて、その懐に入れてもらって可愛がってもらいたくて、それが実現できていないから不安で不安でしょうがない。自分の考えに自信が持てなくて、誰かに助けてもらうことを心の奥底で願ってる。
だから、彼等から徒に『首輪』を取り上げてしまった俺は、責任を取るという意味も込めて彼等の協力を得る代わりにその苦しみを除いてあげた。紛い物でも道を示してあげた。
「俺は知っている。天海の全てが『正義』に基づく行動であり、その実現の為に日々努力を尽くしている事を。その内容までは『首輪』の所為か、俺の思索が足りていないのか、未だ至れていないが……『正義』に基づいているという点に関しては確信を抱いている。だから、それを私的な感情の為に数え切れないほどの死人を出してまで止めたいなんてのは、まあ『正義』の行いではないね」
「ほう? ではお前は『正義』の為に、仲間のクローンをも欺き、近衛と現代魔術聯盟を利用していた、と?」
「違う。今のは丸っきり別の意味で言ったのさ」
そうだ、俺の根幹にあるものは……『正義』なんかじゃない。
あの人……灰崎炎燿という一個の人間から受け継いだ精神。他の誰のものでもない、
たった一人……俺一人だけの絶対に譲れないもの。
それは、この胸に熱く灯る俺だけの想い――『我儘』だ。
「俺の動機は『正義』なんかじゃない。だって――」
聞いてくれ、俺の出した答えを。
どうしようもなく、悩み抜いて出した結論を。それは途轍もなく絶望的な響きで、けれども俺は思考停止に陥りたくはなくて、その全てを否定し、或いは肯定したいがために今、俺はここにいる。
「この世に『正しさ』などないから」
「……は?」
時が止まったかのようだった。
天海はしかめっ面のままピクリとも動かなくなった。少し遅れて、背後がにわかに騒がしくなる。振り向けば、日本語を解する艶島九蟠と十二林杣入が驚いたように俺を見ている。さっきから、俺が何を言っているのか理解できないという顔だ。
はて、十二林杣入は既に聞いている筈だがな。なにを今更驚いているのか……なんて、答えは決まりきっているか。天海の仕業以外にないだろう。君には同意してもらえたと思っていたのに……違ったか。
「匡人、様……?」
憔悴した艶島九蟠が、ふらふらと俺の側にまで歩み寄り、震える手で俺の肩に縋り付いてきた。
「ど、どういうことですか? 私たちは、お母様を説得しに来た筈では――」
「――舞台袖に下がっていろ。『役』を解かれたお前らは既に観客に過ぎない。これより、計画は真の最終段階に移行する」
彼女の弱々しい手を軽く振り払い指を鳴らすと、彼等クローンもまたピクリとも動かなくなった。予め仕掛けておいた[安全機構]だ。君たちは意志を失い観客に身を落とした。ならば、後は舞台袖にて幕引きを見届けていてくれ。大丈夫、死にはしない。死ぬとしても、それはきっと『正義』の結果だろうから、悲しむことはないよ。
「四藏匡人……もっとも見込みある我が息子よ。お前は何か、勘違いしているんじゃないのか? ここまで来てそんな事か? 何が『正しい』か分からないなんて、その程度の迷いは知性ある人間ならば誰しも一度は経験する通過点だ。お前はそのような初歩的な段階からは抜け出している筈だろう! お前の心を読んだ十二林杣入は、確かに『正義』の為だと認識していた……! それ以上は無粋であるから、お前の口から直接聞きたいと思って、私の領域にまで辿り着いていると信じて、そうでなくとも私に新たな知見を与える存在だと期待して、それで――!」
「――だが、ないんだ。俺だって、あって欲しいと願っている。だから、最後の望みをかけてここにいるんだ」
心底、意味のわからないという顔で天海は俺を見る。演技でなく、こんなに取り乱した天海は初めてだな。
――焦りか。
焦りが、苛立ちが、そうさせるのか。
その時、不意に理解した。
五千年の時を、或いはそれ以上の時を生きようと、所詮は彼女も一人の人間に過ぎないのだ。そう思うと、親近感と憐憫とが同時に湧き上がってきた。
「語らおう」
天海……お前の言う『私の領域』とやらに、俺は至れていないのかもしれない。けれど、新たな知見の方は与えられると信じている。そう言い切れるだけの自信がある。
万感の思いを胸に、俺は緊張で乾き切った口を開いた。




