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Episode.0-4(異世界トリップに巻き込まれた少年、影近冬夜)

これで導入部分は終わりです。

 トリップ、という言葉を知ったのは、友人に勧められて読んだラノベで、だったと思う。

 それまでも異世界に行く物語というものを読まなかったわけではない。小説や漫画、アニメ、ドラマと一口に異世界に行くといっても多くの展開があり、とくにファンタジーであれば日本ではありえない剣と魔法の世界に憧れる人たちも多かっただろう。それを『トリップ』というのだと知ったのは、ありえないと知りながらもそういった物語に夢と野望と、もしかしたらと期待を抱くそんなこともある年頃だった筈だ。まぁ、剣と魔法の世界では物語ですら召喚先で歓待されるだとか、勇者だと持ち上げられるとか、きちんと安全に帰還できるとか、そういった展開のものばかりではない。危険と隣り合わせの中、なんの力も持たずに異世界トリップを体験したいかと言われればNOであるし、死が隣合わせな魔物蔓延る世界でもなく、生まれてすぐから比較的安全な飲食物に恵まれ、予防接種や医療を受けられる生活をしていた俺たちが、川の水を汲んで生活し薬もほぼない世界で生きるのは精神的にも肉体的にもとても難しいだろうことはわかっている。

 小学校から友人……親友の夏と、地元じゃそこそこ名の通った進学校に入って、勉強もまぁ面倒だが嫌いじゃなく、スポーツも楽しくて。そろそろ彼女も欲しいなだとか新しいゲームアプリが気になるだとか、そういった話題で友達と盛り上がって日常にはありきたりな不満しか抱いていなかった俺は、平凡に生きてきた筈だった。そんな俺がある日『異世界にトリップした』と理解せざるをえないことになった時そばにいたのは、親友の夏と、自分は天族だといきなり言い出した、見た目詐欺な口調と行動の女の子だった。


「なんなんだよ、ここ」

 確かに俺たちは、学校帰りだった筈だ。舗装された道路、電線が張り巡らされた空。いつもの帰り道から一本隣、楽しみにしていた本を買う為に本屋に寄った帰りだった。電子書籍もいいけど紙もいい。ちょっと重さはあるが欲しかったその本が、どさりとなぜか石の混じる乾いた土の上に落ちる。

 ほんの一瞬だ。暑さも和らぐ秋真っ只中に突如現れた蜃気楼。夏と二人違和感に足を止めたその瞬間、強い光が爆発したように道路の中央で破裂し、悲鳴を上げ、クラクションの音や怒号を聞いた気が、した。その後見たものは信じられないが、あの時強烈な光に目を覆ったのは一瞬だったはずなのだ。それなのに、次に気づいた時には夏と二人、変わり果てた景色の中にいた。

 控えめに言って地獄のような場所だと思った。枯れた木に蔦が絡まり、その蔦にぶら下がるのは恐らく『人骨』だ。地面に突き刺さる粗末な木枝に、ぼろぼろの服をひっかけられてぶら下がるものまである。まさか、人体骨格模型だなんてものじゃ、ないだろう。時期的にハロウィンは近いが、あんな悪趣味な装飾はありえない。そう、装飾だ、なんて思えない程リアルなそれは見せしめのようで、瞬時に異常は感じたのだ。

「お、おい夏。なんだ、これ」

「……冬夜、まず落ち着け。本を拾え本を」

「いやお前が落ちつけよ、本はともかく逃げるべきじゃないかこれ」

「お前こそ。逃げるってどこにだよ」

 ありえない。そんな状況に思わず言われるがまま本を拾い鞄に突っ込んだところで、ガシャ、と聞こえた音に思わず後退り周囲を見回した俺たちは気づいてしまった。音の発生源はわからないが、空から、何かが落ちてくる。思わず逃げかけて、それが人であると気づいておい、と夏の腕を引いた。

「嘘だろ!?」

「やばい、受け止め、……れねぇよな!?」

「やるしかないだろ!?」

 咄嗟の判断だった。空から降ってきた人間を受け止めるだなんて、できるわけがない。こっちも無事じゃすまないだろう。だが、腕を伸ばした俺たちの間に落ちてきたその人は、俺たちの腕のすぐそばで一瞬風がふわりと巻き起こり、激突せずに柔らかく地面の上に降りたのだ。

「……は?」

「な、なんだこれ」

 落ちてきたのは人間ではなかったのかと一瞬疑った。直前の現象のせいだけではなく、その仰向けに地面に転がる『女の子』がまるで作り物めいていて。

 白い透けるような肌に、長いまつ毛。髪はくすんでいるが恐らく銀髪で、かさついた唇だけが薄く桃色に色づいている。白いなんの装飾もない長いワンピース一枚の彼女は汚れているもののどこもかしこも白だった。高所から落ちて赤い血の跡一つないその様子に、これは人形では、と。そう思った俺の横で、夏が慌てたようにその子に手を伸ばす。

「おい大丈夫か!」

「な、夏。その子ほんとに人?」

「何言ってんだ、呼吸してる!」

 色に気をとられていた俺と違いすぐ安否確認したらしい親友の言葉に意識が引き戻され、じゃあさっき落ちてきたときの現象はなんなんだよ、と突っ込む直前だった。俺たちは音の発生源を探すことを、失念していたのである。

 近距離で聞こえた覚えのある音に振り返った俺は、すぐそばまで迫っていたそれに思わず鞄を振り回す。バキンと何かが折れる音は聞こえたが、それは何事もなかったかのように再び俺に錆びついた剣を振り下ろそうとした。

 骨だ。骸骨が、動いてる。

「冬夜!」

 愕然とした俺の横から飛び出した夏が、少し太い木の枝でそれに殴りかかると、俺に斬りかかった骸骨の骨の間を砕く。骸骨が、崩れ落ちた。その瞬間、左足に感じる熱が、急速に全身の熱を奪った気がして直後、襲ってきた激痛に悲鳴を上げた時には、俺は夏の叫び声を聞きながら地面にへたりこむしかなかった。

 崩れ落ちた骨の割れた一部が、俺の太ももに突き刺さっている異様な光景。目の前に転がる肉のないその頭部と、無い筈の目があった気がした、その時。

「冬夜、冬夜! くそ、あっち行けよ!」

 がちゃん、と骸骨が音を立てて吹き飛ぶ。夏が、ぼろぼろの枝を振り回して前に出たのを見て、おい、と、声を上げて漸く事態に頭が追いつく。

「う、うわぁああああ!!」

 アツイ、いやツメタイ、痛い、イタイ、誰か、と狂ったように言葉が頭を回る。そんな俺をあざ笑うかのように、崩れたと思った骸骨がカタカタと音を立てて起き上がり始め、俺の足からもずるりと折れた骨が抜けて傷口からどぼりと血が噴き出した。

「しっかりしろ、深くはない筈だ、逃げろ!」

 そうだ、と足に力を入れれば激痛はあるものの力は入る。血だってそんなひどいわけじゃない、たぶん。大丈夫、と言い聞かせて動こうかと思ったが、どうしても立ち上がることができなかった。がたがたと震え、傷口が嫌に冷たく感じる。ぞわぞわとした何かが怪我をした足から浸食していくようで、恐怖が思考を上塗りしていく。駄目だ、動けない。だが目の前ではやはり、夏に攻撃された筈の骸骨がなんでもない様子で体勢を立て直す。

「うわっ!? くそ! なんだよ、これ! なんなんだよっ」

「な、夏! はやく、っ逃げろ! こんな化け物相手にっ勝てるわけない!」

「冬夜を置いて行くわけないだろ!?」

 殺される。死を覚悟する、というのはこういうことなのかもしれない。したくはなかった覚悟だった。その時、何かが頭を過る。強烈な光の中、目の前に迫る巨大な『何か』……俺は、もしかして。そうだ、あの時の――

 反転した視界。青い青い空が見える。だめだ、となぜか考えてしまい、目を背けた、その先で。

 空のような澄んだ薄青の瞳と目が、あったのだ。


「なんで『ただの人間』がこんなところにいるんです! 主よ、契約する! 界渡部隊第一所属ルティアルラ、名を確かに受け取った!」


 俺はあの日、途中で気を失ってしまったそうなのだが、夏曰くとても信じられないことばかりだったそうだ。テレポートしたり、目の前で急に家が建ったり、俺の傷が夏の説明ではあやふやだったが魔法で治ったり。俺の記憶では、勇ましく戦う人形のような女の子の姿ばかりが衝撃的で、次いで頭に残るのは俺たちを利用しようとしたらしい人間の言葉だけだ。

 そうして目が覚めた俺はこの世界のこと、そして俺たちの今後のことを話し合って……納得して、今ここにいる。




「おーい、夏! ルティどこいった!?」

「……ルティアルラならスライム狩りしてくるって言ってたぞ」

「またかよ! スライムってゲーム的に言っても経験値めっちゃ高いモンスターってわけじゃないよな?」

「俺が知るかよ……なんか、体を慣らすとか言ってたけど」

 あんなに強いのに?

 ふん、と鼻を鳴らす夏は不機嫌そうだが、得心した。それでこいつはちらちらと先ほどから窓の外を気にしてたのか。

 はぁ、と痒くもない後頭部に手を伸ばしながら外を見る。鮮やかな緑の隙間から差し込む日差し。四方八方どこまで続くのかわからない森の只中にある大きな屋敷が、トリップした俺たちの今世話になってる場所だ。どうやら暦的には俺たちの世界と大差ないようだが、季節は半年ほど遡ったのか春だった。

 トリップした直後は欠片も緑の存在しない枯れ果てた山の、武器を持った骸骨の化け物がうろうろしているところに投げ出されたのだが。夏が教えてくれたところによると、ここには転移魔法でやってきたらしい。その魔法が本来ありえないものだ、と教えてくれたのは、使った本人であるルティ……俺たちを保護してくれた女の子だ。彼女は、まず無理だとその口ではっきり告げながら、なんとか俺と夏を元の世界に戻す策を模索しているようだ。だが。

 戻るのは、安全に戻れるのなら、夏だけでいいんだ。俺はここで生きる覚悟をこの数日でとっくに決めている。

 なぜなら俺は、あの異世界召喚された強烈な光に巻き込まれた時……光に目が眩んだのだろう、テンプレのように目の前に迫る大きなトラックのフロントが、記憶の最後なのだから。


 物語のように歓待されたわけではない。むしろトリップ後即死を迎えそうだったわけだが、助かった今俺は運がよかったのだろうか。今となっては何かの犠牲にされそうだったというのは理解していても、何の為にここに呼び出されたのか、何をすればいいのかもわからない。ルティが言うには、この世界はこのままだと、滅亡するらしい。なんの冗談なのか、そのせいで俺らは呼ばれたのか。では今この世界でどうすればいいのか、どう生きればいいのか。宙ぶらりんとなった俺と夏。何もない森の中で暮らしながらも、俺たちに対しては真摯に対応しようとする年下の女の子に支えられるという不可思議な状況で、俺たちは生きる道を探していく。

「なっまっ、おまっ、またか! スライムの体液かぶってくるなよ、避けて戦えるだろ!」

「だってほら、丁度私の後ろに美味しそうな果物あったんで、汚れたら困るじゃないですか。柿じゃない? 春だけどこれ柿ですよね?」

「洗えばいいだろ! つかスライム破裂させるな! 風呂いって来いこの馬鹿!」

 窓の外が騒がしい。どうやら、シリアスにはいかないようだった。


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