Episode.0-3(堕とされた少女、ルティアルラ)
本日二話目、連続更新中ですご注意ください。
唐突に浮遊感が消え、足の裏に地面や重力を感じた気がしてそろりと目を開く。飛び込んできたのは、一面の緑と茶色に、見上げたそこは青い空。
転移が終わったのだとゆるりと抱きかかえるようにしていた手を離すと、恐る恐るといった様子で目を開けた男の子が慌てたように辺りを見回してすぐ、トーヤ、ともう一人の男の子の名前を叫ぶ。そうだった、まだ終わっていない。
「今のは転移陣よ、普通は絶対使えないものだから周りに誰かいないか見ていて。治療する」
「誰か? あ、ああ。とにかく何か異常がないか見ればいいんだな?」
トーヤと呼ぶ男の子を気にしつつも周囲を見回し始めた男の子に周りの警戒を任せ、初心者用冒険セットとやらの中身を物色する。回復アイテム、と探しまわり、なんとか探し出したとろりと赤いポーションらしき小瓶を取り出したところで、「おい!」と叫ぶ声になんだと顔を上げる。
「な、なん、あれ、まっ」
「落ち着いて」
「すら、スライム? ゼリーの化け物? て、敵だよな!?」
「あ、スライムは知ってるの? あなた達の世界にいる?」
「いるわけないだろあんなもの!!」
なんだか理不尽な怒りを向けられた気がするが、そうかやっぱりいないのか、と回復ポーションの小瓶の蓋を口に挟んで引っ張りながら、取り出した短剣をスライムに投げつける。刺さると同時にきゅぽんと抜けた蓋をふっと吹き出して投げ捨て、ぽひゅんと奇妙な音を立ててスライムが破裂するように姿を散らすのと同時にポーションを半分ほど口に含み、残りを男の子の傷口にどぼどぼと注いだ。
「お、おい、あいつなんかグロいことに、……なっ!?」
先ほどから騒がしい男の子が仰天する声より少し前にとった私の行動は、もう一人の男の子への口移しによる薬を飲ませるという行為だ。大変申し訳ないことをしている自覚はあるが、医療行為ということで見逃してほしい。何と言っても彼ら、魔法が効かないということはこちらの世界に来たばかりで微塵もここに存在するものに馴染めていないということ。先に取り込んだのが魔物の穢れた魔力であり事は急務。口移しで多量の私の魔力を強引に取り込ませるでもしなければ、このポーションもただの水と変わりないことになるだろう。
ぐったりとしている男の子がこくりとポーションを飲み込んだのを確認して口を離し、じんわりと身体の奥から魔力が広がっていくのを感じながらも傷口に手を当てる。問題は中に取り込んでしまった穢れた魔力だ。一欠片残さず吸い取るイメージを膨らませ、解呪の魔法を唱え続ける。
ぶつぶつと唱えているのが聞こえているのかもう一人は息を飲み声を出さずに耐えているようだが、視界の端に映るその指先が震えている。……なんだか少し申し訳ない、という感情が沸き上がるが、もう私は覚悟を決めたのだからうじうじしていられない。こんな怪しげな薬を友人が飲まされているのを見て不安だろうし、頼る相手が私しかないという選択肢がほぼ与えられなかった理不尽な環境の中では恐らく、私は恨まれても仕方ない立場だ。頼る相手が人殺し、では気も休まらないだろう。……最も、転移陣で立ち去る際最後に放ったメテオがあのそこそこ実力があるらしい魔法師の前で人を殺すに至ったかどうかはわからないままだが。
ひたすら魔法を使い続けてどれくらい時間が経っただろう。一分かもしれないし、一時間かもしれない。感覚が狂う程魔力を練り込まねばならないくらい、異世界人を壊さず魔力を馴染ませるのには苦戦した。だが、ほんの一欠片も残さず体内から彼を侵食しようとした穢れた魔力は、消し去ることに成功だ。もし万が一残っていたとしても、残りは取り込んだ私の魔力に食いつぶされるだろう。
ふう、と息を吐いて手を離し、杖を空中から取り出す。ヒール、と唱えると見る見るうちに傷は塞がり、寝込む男の子の顔色も僅かに良くなった。
「冬夜!」
どっと崩れ落ちるように地面に膝をついたもう一人の男の子が、草の上に寝かされたままの友人を抱きかかえる。もう大丈夫、と言えば、よかった、と堪えるような小さな声を上げながら頬を涙が滑り落ちた。さて。
ぐるりと周囲を見回す。どうやら実り豊かな森のようだと考えて、私の上官の優秀さを知る。拠点候補地点に飛ぶ転移魔法道具だとは書いていたが、これはなかなか。しかもデータ画面を見るに、ここは東の国だ。討伐難易度が低めの地域で、体勢を整えるのに最適と言える。あとは、と鞄をあさり、もう一つ、今度は青いボールを取り出した。
「その子連れて少し動ける? ここを拠点にしたほうがいいみたいだから少し準備したいの」
「は? あ、ああ」
わかった、と素直に了承した男の子が、一つ息を吐いたかと思うとぐっと気を失った自分より大きな友人の腕を肩に回し、少し引きずっているものの歩き出す。十分離れたのを見届けて、周囲に彼ら以外の知能ある生命体がいないことを確認して頷く。
ある程度の広さを確保した後は、説明書きに視線を走らせる。どうやらこの拠点用のアイテムは、私の前に任務に就いていた担当者が用意したものらしい。自分で使う前に『限界』が来てしまったようだが、かなり資金投資したもののようだ。設置後読むようにと書かれた詳細ページがあるのを確認しつつ、説明書き通り青いアイテムボールをぽとりと地面に落とす。地面にインクが広がるように陣が見えると同時に巻き込まれないようにその場を素早く離れて二人に合流すると、起きている方の子が何をしたんだ、と魔法陣に視線がくぎ付けになった。魔法陣は思った以上に大きく広がりを見せており、慌てて二人を抱えるように腕を回して跳躍の魔法で距離をとる。
「拠点です。家を作るんですよ、結界ばりばりの」
「けっかい……」
「そう。とりあえず、落ち着ける場所を作って彼を休ませましょう。できれば諸々説明するのは二人そろっている時がいいんですけど」
私も座学で習った以外はこれからだし。
説明している間に魔法陣を基点に円の中で魔力がどんどん形を成していき、ものの数分ほどで、大きく立派な建物が建設された。そう、大きく、立派な。といっても豪勢という意味ではなく、可もなく不可もない、森にあってもおかしくはない外観だが、掘立小屋ではなくまともな一戸建て……でもなく、まるで集合住宅や宿屋のようだった。庭に大き目の倉庫つき。説明書きによれば、必須条件であった私用の地下室も完備である。……が、ナニコレ聞いてない。明らかに、私一人では掃除で一日終わるような大きな屋敷、であった。しかもこの世界の庶民の生活水準にあったものではないような気がしてきた。
……もしかして最初から彼らの保護も混みの任務だったのだろうか。『上』は彼らの異世界転移を予見していた? いや、それにしたってデカすぎる。
家の周囲に塀が作りこまれ、庭……というより小規模ながら畑も作れそうな広さを確認できたところで、意識のない男の子をもう一人と協力して出来立てほやほやの家の敷地に運び入れる。
まだ新しい木の匂い。人が使った形跡のない、紛れもない新築だ。廊下の奥から繋がった敷地後ろの離れ以外は二階建てのようだが、さすがに二階に気絶している人間を運ぶのはつらいので、玄関からすぐそばの部屋に運び入れ、薄茶の生地に包まれた硬さも悪くないソファに寝かせる。すげぇ、と驚いたように周囲を見回しているもう一人の男の子に彼を見ていてと断りを入れ、まずは軽く部屋を確認しに向かった。
扉で区切られた先の廊下に出ると、右奥に階段、そして銭湯のような広く大きな浴室や脱衣所があり、洗濯をする為だろう水場も広い。極めつけはトイレだ。複数並んだそれを見て慌ててメニュー画面から、設置後、と書かれていた為後回しにしていた詳細説明を呼び出せば、現れた間取りに驚いた。
一階にはかなり広めのリビングダイニングとキッチン。ちらりと覗いただけだが、庭に繋がり日当たり良好な食堂と言って差し支えない程だった。これはあとで任務の詳細を確認したほうがいいかもしれない。他にも、応接室に、客室と住民用の個室が一。どうやら先ほど男の子に案内した部屋は応接室だったようだ。こんな山奥で誰を応接室に案内しろというのだろうか。
廊下の一番奥から繋がる離れはそれこそ立派な一軒家レベルであり、離れのダイニングキッチンに繋がっている。こちらもそれだけで生活できそうな設備がそれぞれ整っており、部屋は二部屋。一室は部屋の奥の主寝室にあるクローゼットに隠し階段へつながる扉があることから、ここが私が普段生活する場所になるだろうことがわかる。……ではこの大きな棟はなんだろうか。
一端戻り階段に向かう。二階は十部屋と、またまた複数のトイレ。民宿だとか寮だとかそういった表現がしっくりくる。内一部屋は窓が多く明かりが取り込まれる大部屋だ、一体何に使うのやら……と間取りから視線を外し一部屋開けてみて驚いた。二段ベッド、のようなものや机がある。……本気で宿屋なのか? こんな森のど真ん中に?
私は何をやらされるのか。とりあえず詳しく調べるのは後にするかと一度置いてきた男の子たちのいる応接室に向かうと、トーヤ、大丈夫か! とどこか焦る声が聞こえて慌てて駆け戻る。
「何かあっ……ああ、目が覚めたのかな。落ち着いて、まずは怪我の状態を見ましょう」
大丈夫? と声をかけながら怪我をした足を確認する。傷はもう塞がっているし、穢れた魔力の気配もない。本人もまだどこかぼんやりとしているだけのようで、友人に大丈夫だと掠れた声をかけているのを見て、この部屋の奥の簡易キッチンで水を用意する。
すぐ暮らせるようにある程度家具や小物も揃えてあると聞いてはいたが、キッチンは思った以上だった。トレーに水差しとグラスを三つ用意して運び、二人に適当にグラスだけをとってもらったあと残りに水を注いで飲んで見せる。語りはしないが暗に毒はないことを見せると、二人ともどこか恐る恐るといった様子でも水を口に含んだ。それを確認して、手元にあるグラスを持ち上げ、光に透かす。
大きさもすべて均整のとれた機械で作ったようなグラスではなく、どこか手作り感がある。魔力石が使われているので現代の日本と比べるわけにもいかないが、水回りやトイレもそこそこ不便なく暮らせそうな家だ。やはり貴族程ではないが、魔力のおかげで衛生面についても不安の少ない首都辺りの裕福な商会の屋敷、という雰囲気に近い『何らかの施設』だった。
「なぁ、一体これどうなってるんだ」
「ええっと……説明しようと思ったんですけど、まず私もこの拠点に驚いていて。これ、前任者からの引継ぎなんですけれどね。何するつもりの施設だったのやら」
そう言いながら画面を次々切り替え設備の確認をしていき、任務と書かれた一覧に目を通す。その間に、男の子たちは一人が気を失った後のことやこれからどうすればいいんだといった話しているようだったのだが。
「げっ、なっにこれ!」
思わず叫んで頭を抱えた私に、なんだ、と驚いたような男の子二人の視線が突き刺さる。だが、説明をどうすればいいのか、わからなかった。唸りつつも数分後、これは任務だと自分に言い聞かせ、ひとまず頭を切り替えようと息を吐く。
「説明します。まず、自己紹介しましょうか。私の名前は、ルティアルラ、です。年齢は……十五」
「……俺は夏野颯だ。ハヤテ・ナツノと言えばいいのか?」
「俺は冬夜だ。トウヤ・カゲチカ。助けてくれたんだよな、ありがとう。えーっと、るてぃ……ルティアルラ、か。不思議は響きだな」
ややつっかえた口調で言葉を選んでいるのは、距離を測りかねているからだろう。眉間にしわが深いぶっきらぼうに見える男の子がハヤテ、大怪我をして私がちょっと申し訳ない治療をした男の子がトーヤらしい。そういえば口移しでポーションを飲ませたことも説明されたんだろうか。
「トーヤは気を失っていたから私からももう一度説明します。……あなた達はやはり、この世界の人間の行った異世界召喚により呼び出されたようです。その点に関して、深く謝罪申し上げます」
「いやいや、助けてくれたのに君が謝らなくても」
「いえ、詳しい説明は徐々にさせていただきますが、そもそも異世界召喚は禁忌。私はそれを阻止するべき任についていて……まぁ、その任につけたのが、あのあなた達に会ったとき、応召してからなのでそれ以前の情報が今はわからないのですが。ちょうど前任と私が入れ替わるタイミングだったようで情報不足ではありますが、あの山での会話を聞くに、あなた達以外の異世界トリップ被害者がいたとは考えにくい。この場合私の役目としてはあなた達の保護であったと考え、多少強引に連れ出してしまったことに変わりはないんです。ここよりは平和な世界を生きただろうあなた達にとって、人間相手に簡単に攻撃魔法を放つ私は恐ろしいでしょう?」
言い切ると、何ともいえない、といった様子で黙り込む二人をちらりと確認し、混乱しているだろうなと一度目を伏せる。
「重要な部分はこのまま説明させていただきます。ここが異世界であるということは理解してもらえたと思いますが、まずこの場所は、『東の国』と呼ばれている国の辺境の山奥です。集落はあるかもしれませんが、近くの少し大きな街に行くのも山を一つ越えなければならない程、人里離れた地のようです。あなた達が呼び出され、私がいた山は恐らくここよりかなり遠方の別の国ではないかと予想しています。馬を使っても数か月です、まず間違いなく、見つかることも追ってくることも不可能でしょう」
「俺たちがやったみたいに、転移されたら?」
「この世界に転移魔法はありません。……正確に言えば、高位魔法士がほんの数メートル転移移動する力を持つことはありますが、いくつもの国を超えて渡ることは不可能です」
ならさっきのは、と当然の疑問を困惑しながら問う二人を前に、ぐっと口を引き結ぶ。
「これ以上は機密事項に当たります。あなた達が『長距離転移魔法がある』と他者にうっかり公言しないようここまでは説明しましたが、あれは本来ありえません。これ以上転移を説明するのは『こちら側の協力関係者』以外に開示許可が下りていませんのでできません。他言無用でお願いします。……こういった話せない点はありますが、あなた達に危害を加えることはないと約束しますし、話せる範囲での説明、あなた達の保護についてもお約束します。先程選ばせてあげることができなかった選択肢をなるべく用意しましょう。何か、質問は?」
「……元の世界には戻れるのか?」
「今は、なんとも。……ただ、非情なことを言うようですが、山の彼らの口振りからしても、この世界にたどり着いたことが奇跡。肉体と精神への負担が激しすぎるんです。もし返還に関係する方法がありそれを実行するとして、元の世界に戻れる可能性はあるのか、という質問に対しては、数パーセントなら、と答えます。ただ、確実安全に戻れる可能性はあるのかと聞かれれば、ゼロだと答えます」
ひゅ、と息を飲む音が聞こえる。そうだ、ほんの僅かでも可能性があるというよりは、絶望的だという意味なのだ。だからこそ、期待させるわけにもいかない。ほんの一瞬の間を持って、ゆっくりと立ち上がった。
「少しお休みになってください。私は食料の確保をしてきますが、先ほども見たようにここは魔物蔓延る世界です。間違っても外には出ないように。この屋敷の中もどこに結界があるかまだ確認していませんから、できればこの部屋の近くにいてください」
トイレはこの先にありましたから、と付け加え、返事を待たずに外に出る。
扉を背に、はぁ、と息を吐いた。予想外のことが続いたせいで、私も少し混乱しているのかもしれない。……それにしても、ちゃんと丁寧な口調で話せていただろうか。十五年もほぼ対人関係なしで育ったせいで、潜入官としての知識はつけられていても自信がない。天界のやつらは絶対ぶっ飛ばす。
「あ、もう体を起こしても大丈夫なんですか?」
「ああ、大丈夫、ありがとう」
私が森で適当に果物を得て部屋に戻ると二人ともそこにいて、どこかほっとしたような顔を……したのはトーヤ、警戒したように動きを止めたのはハヤテ、だ。
「トーヤさんどこか不調があったら教えてくださいね。先程は伝えそびれましたが、なんの魔力も持たない状態でいきなり穢れた魔力を取り込まされて少し危険な状態だったんです。それで――」
「あー、ストップストップ。冬夜でいいよ。オレも夏もたぶん君と同い年か一個上くらいなんだ、そんなかしこまった話し方じゃなくてさ、普通にしてもらえた方が嬉しい、というか」
「……なつ?」
会話の流れ的にもう一人かとは思ったが何か言葉が違ったのだろうかと首を傾げると、こいつだよ、ともう一人に視線を向けられる。憮然とした表情だと思ったが、よく見るとどこか戸惑っているだけなのか視線が彷徨っているようだ。
「俺の名前が冬の夜、って書くんだ。で、こいつは苗字、あーえっと、ファミリーネーム? いや待てよ、なんで言葉通じてるんだ。まぁそれはあとでいいとして、季節の夏って字を使うからさ。夏冬でお互い季節だなって言われてたのが仲良くなった切っ掛けだったんだ。夏は、あだ名、えっとニックネーム?」
「そうでしたか、ちなみに言葉が通じるのはこの世界の……あれこれ機密事項か……?」
「だーかーら! どっちかっていうと俺らが君にお世話になってるんだし! 危険だっていうのに女の子一人に食料調達なんてさせたんだぞ、なんだかもういたたまれない」
頭を抱えだしたトーヤを前に、はぁ、と気が抜けた声を漏らしながら瞬く。普通に話せ、というのはわかるが、……わりとこの十五年ほどは悪態ばかりついて天界で生きていたのでちょっと自信がない。
「私、たぶん言葉悪いので基本はあまり崩したくは……まぁでは、お言葉に甘えてもう少し崩すことにしますね」
「知ってる、今更だ。俺と冬夜の前では気にしなくていい」
「あ、はい」
突如割り込んできた声に思わずはいと応えれば、ふん、と視線を逸らされる。トーヤはどうやら人懐こい性格のようだが、もう一人は違うようだ。
それにしても、ナツ、と呼ばれているのか。なら、統一したほうがいいかな。
「私もナツと呼んでも?」
「好きにしていい」
「私も、好きに呼んでください。呼びにくいと思うし」
「ルティアルラ、かぁ。ファミリーネームはないのか?」
「この世界でファミリーネームがあるのは、貴族かその血筋……いわゆる高貴な人間や金持ちだけだと思います。あなた達も本名を名乗るより、ナツとトーヤ、が名前だということにしてフルネームは隠しておいたほうがいいかも」
最も、私は名前すらついさっき貰ったばかりなのだが。天界で生まれる前から厭われていた私に、名前はなかったのだから。なるほどな、そういう常識も覚えていかないとな、なんていう二人は前向きに生きようとしているらしい。……さすが強い。いや、友人と二人という状況だしそういう魂が召喚されたのだろうけれど、だからと言ってそれで不安を覚えないかといえばウソになるだろう。できる限りサポートしたい、というのは本音なのだが、私には直面している厳しい任務がある。
「では、ナツ、トーヤ。これからよろしくお願いします」
「……頼む。よろしく」
「ああ、よろしくな!」
この時の私は、どうして二人が元の世界に帰れない絶望に打ちひしがれることもなく、この生活をすぐ受け入れようとしたのか、気付いてすらいなかった。
こうしてそんな私はこの日から任務に当たることになったのだ。無理難題ばかりの、大仕事に。
「ってか結局なんでこの家こんなに広いんだ? この世界はこれが普通?」
「……ううん。これは、前任者がとある孤児院の子供たちを引き取ろうとして用意した建物、らしいんです」
私、潜入戦闘部隊に配置されてる筈なんだけどな。ぽつりと呟いたその声が空しくやたら広い屋敷の一部屋で空気を重くする。
そう、私の引き継いだ任務に、それが含まれていたのだ。私の見た目はどうみても十代である。いろんな意味で、頭が痛い任務だった。
本日間に合えばあと一話更新