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Episode.0-2(堕とされた少女、ルティアルラ)


 私は天界育ちであり、この人界に住む人間ではない。だからこそ、私の保護を受けませんか?

 怪我をした男の子の足を、短剣を使って乱暴に斬りとったロングスカートの切れ端で縛りながらそう口を開けば、『ただの人間』である二人の男の子は怪訝な表情で私を見つめ返し、身体を少し後ろに倒し、痛みに表情を歪めた。今引いたな。当然の反応ではあるが今までと似た化け物を見るような表情に少しばかり意気消沈し、しかしこれが私の見せれる精一杯の誠意だと思いなおして、ゆっくりと口を開く。

「わけがわからないとは思いますが事実を話すことしか今私にはできません。あなた達はこの世界の人間じゃないでしょう? ここは天界、人界、魔界の三界からなる数多の世界のうちの一つ。あなた達は恐らく、別世界、平和な……いえ、魔物が蔓延ることがない世界から来たのでしょう?」

「どうしてそう思う」

 警戒心がはっきりと見える声音で、痛みに顔を歪める友人らしい男の子を支えながら問う少年の視線は鋭い。だがこちらの少年もまたボロボロだ。対し、怪我をした少年のほうは「おい、そんな言い方」とどこか困惑した様子を見せている。

「わかるから、としか。先程言ったように私は人間ではなくて、天界人の立場から言わせればあなた達は魂が異質、そしてその歪みない状態でこの世界で生きていられたならそれがむしろ歪。次にこの世界の人間として言わせてもらうならば、あなた達の魔力が一切感じられない。どんなに魔力がない者でも、この世界のものを飲食して生きている人間では、ありえない」

 最後にこれは言わないけれど、本当の立場から見れば、これほどの強さを内包する魂であれば異世界召喚に選ばれても仕方ない、と。そして何より、彼らが異世界トリップを体験したとすれば、私は少々特殊だが異世界転生者である。元を日本という国で過ごした私だが、その後この世界に転生が決まり、ただ一人の存在となる私に気づいたとある場所からコンタクトを受け、そこに所属したのだ。命の安全と生きる意味、そして使命を与えられて。

 個人的見解でいえば、彼らは女ではないから聖女としてではなく、男二人、救世主だとか勇者だとかそういった類の召喚に巻き込まれたのではないかと思っている。それにこちらにないわけではないが、黒髪黒目、そして覚えのある響きの名前。それらが重なってしまえば、どれもこれも、この世界の人間ではないような気がしてならない。

 ひとまず言える範囲でつらつらと理由を述べれば、怪我をした男の子の方は痛みを堪えつつも次第にぽかんと、それを支える男の子の方はさらに眉間の皺が深くなる。

「そんな話を信じる根拠は?」

「何を信じるかはあなた達が決めていいと思います。が、あんな化け物や本物の魔法を見た後です。あなた達の世界でありえない状況なら根拠にはなるでしょ? 私はあなた達を呼び出した存在についてまだ知りませんし、これからあなた達がどこかに逃げたとしてその先にいる人間があなた達の味方であるかは判断できません。あなた達が偶然や事故で来てしまったのではない限り、あなた達を利用しようとする輩がいることはお忘れなく。まぁあなた達からしたら、それが私かもしれないと警戒して当然ですが」

 男の子二人はぐっと歯を噛んだ、似たような表情をしている。ふう、と息を吐き、足を怪我して座り込む方に合わせて屈んで、杖を僅かに前に出す。

「さっき見たでしょう。あなた達の世界については知りませんが、あなた達は強い意志はあれど魔力がないただの人間に見えます。魔法はあなた達の世界にありましたか? 今あなた達は一切の魔力がない状態で、体内に魔力がなく馴染めないせいで現状受け入れることもできません。現状攻撃魔法を受けることもないでしょうが、物理攻撃は通る。でもその怪我を癒すこともできません。あなた達の魔力がないからこそ、とても目立つ。この世界は人間でも相手の魔力の強さがわかる練度の者がいる。人里に降りて無事でいられる保障は正直ないんです。この世界は、大小かなりの争い、いや戦争が起きている、危険な世界です。何を信じるかは自由ですが、人間はあなた達の敵になる可能性が高い。慎重に行動して、決断して。決して無謀なことをしてはいけない」

 はくはくと音のない声を漏らす二人が、ごくり、と一度喉を鳴らす。

「この……世界、は、魔法が一般的だって?」

「そうですよ」

「さっきただの人間だとか言ってたけどそれは、この世界の人間は『ただの人間』じゃないっ――」

 男の子が言いかけたその時だった。ガチャ、ガシャ、と鎧のぶつかる音が遠くからまた聞こえ、くるりと周囲を見回して舌打ちをする。見えない。鎧は着ているようだが、どこか統率されたそれはアンデッドではないのではないか。

「ちっ、骸骨じゃないな、人間の方か。様子を見ます、歩ける?」

 私が目配せすると、二人はぐっと唇を噛み締め一人が足を怪我している男の子を支えることで頷く。……まぁ、たぶん走るのは無理だな、と判断して空を仰いだ。幸い、というべきなのか。太陽はゆらゆらとその身を半分以上沈めており、もうすぐ一帯は闇に包まれるだろう。

「少し離れて岩陰で身を隠す魔法を使います。あの岩まで頑張って」

 殿を務める為二人を促し、後ろを気にしながら歩く。足元で焼けた骨が砕けてさらりと風に流れた。明らかに戦闘痕があるこの場を誤魔化す暇はなく、失態のように感じて舌打ちする。いや、失態だ。この二人がこの世界の馬鹿共の被害者ならば、私にとって彼らは護衛対象である。こうなれば、私が前に出るか。二人を岩陰に隠し、前に出ようとしたところで、ぐい、と袖を引かれる。怪我はないが眉間の皺が深い方の子だ。

「どこに行く」

「大丈夫、ちゃんとあなた達に身を隠す魔法は」

「そうじゃない。相手が敵かもしれないのに出ようとするな、お前だってついさっきまで倒れてたんだぞ」

 明らかに私を警戒していながら、まるで心配するようなことを言う。そういえば、最初もそんな声が聞こえていたような。見つめるその瞳が僅かに揺らいでおり、小さく息を吐くと同じように岩陰に身を隠し、とん、と地面に軽く杖を突き立て自分たちの周辺に結界を張り巡らす。

「これで多少は見つかりにくい筈です。さすがに飛び出したり大声を出したりはしないでくださいね」

「あ、ああ」

 じい、と岩陰から音のする先を探る。ガシャ、ガチャ、という音に混じり、複数の蹄の音。馬だ。

 息をひそめる私たちの視界に映る範囲に、とうとう人間の姿が現れた。きょろきょろと何かを探すようにしているのは、立派な鎧やマントを纏う二人の騎士と、深い黒色のローブにギラギラと目に痛い杖を持つ男。恐らく高位魔法師。その後に、彼らより地位が低いだろう騎士が十、いや八人ほど、だろうか。しかしこんな場所に現れるからには精鋭なのだろう。だが騎士達は立派な鎧とマントを持つ騎士に手を振られると意を汲み取ったのか散開し、この荒れた山の奥へと向かって姿を消した。まるで、何かを探しているかのように。――何を? 彼らを?

 今こそ私の使命の為、チャンスの瞬間なのではないだろうか。そう感じるがまま詠唱を開始し、印を結ぶ。何をしているのか、と警戒した男の子二人に大丈夫だと笑いかけ、それを発動させる。

「我が魔力よ耳となれ」

 ぐっと手の中に魔力が玉のように集まり、それはやがて、少し掠れた音を生み出した。ザザ、と雑音が入るのはまだ私の魔法の制度が弱いからだろうが、それがはっきりわかるのが少し悔しい。

『探せ、探しだ――見ればわかるのじゃよ』

『ですが――様、――、』

 唇を噛み締め、手の中の魔力に集中する。目を丸くして見ている男の子二人は、音は小さいながらもあちらに聞こえないのかとちらちら気にしつつ、聞こえてくる音を聞き取ろうと表情を変えている。

『見れば必ずわかる! 漸く異世界――二人は呼べた筈――言わ――、魔力はないんだ、探し出して引きず――! 捕らえろ! これ以上この世界の人間を、犠牲にしてはいかんのじゃ!』

「……こいつ……」

 今、『これ以上この世界の人間を犠牲にしたらいけない』と言ったのか。まさかこいつは知って、と思わず呟いたがはっとして顔を上げる。私の視線の先で、男の子二人の顔から血の気が引いている。

 今の話、彼らが聞いても明らかに自分たちのことだと、わかってしまっただろう。

 捕らえろだの、この世界の人間は犠牲にするなだの、間違っても好意的ではない言葉を、聞いてしまっただろう。私が今行った魔法は盗聴の魔法で、すぐそばにいる人全員に聞こえるものだったが……聞かせるべきではなかったかもしれない。

 おかしなことに巻き込まれたかと思えば、何かの犠牲になる為に呼び出され、捕らえられようとしていると、まだ混乱している最中聞かされてしまったのだ。

 集中力が途切れたことで、ザザ、と音を立て魔力の玉が消え去り、魔法がふつりと途切れる。声をかけなければ。そう思って顔を上げ、さっと血の気が引いた。

「俺たちは、犠牲にしていいっていうのかよ」

 怒りに顔を滲ませているのは一人だけ。もう一人、怪我をしている男の子の様子が、おかしい。

「ちょ、大丈夫?」

「は? ……冬夜!」

 手を伸ばし支えたが遅かった。怪我をしていたことに加えて今の話で衝撃が大きかったのだろう、ふっと意識を失った男の子が倒れたことにもう一人が辛うじて大声を耐えたらしい小さな悲鳴を上げる。この状況で、大きな声を出してはいけない、ということを守り切ったのはなかなかに強い。だがまずは気を失ったもう一人だ。唇が紫に変色し、震え、呼気から僅かな穢れを感じる。明らかな異常事態で、はっと怪我に視線を向ける。

「足のこの傷、何にやられた?」

「さっきの、……骸骨の、骨が折れて刺さったんだ」

「……中に骨を取り込んだ……?」

 魔物の一部……あの汚れたものの一部を。体内はマズイ。なんとか言葉を飲み込んだが、さぁ、と顔が青ざめ、それが相手にも伝わったんだろう。唇を震わせ、少しして助けてくれ、と小さな声が耳に届く。

「魔法は効かないんじゃなかったのか? どうしたらいい、冬夜を助けてくれ、大事な友達なんだ、頼む、頼む……!」

「体内にこの世界の魔力を一定以上取り込んだのなら別です! 助けてって言われても、私は……」

 私は彼らにとって善人ではない。説明し承諾する機会を与えず助ければ、彼らを不本意なことに巻き込む筈。

 だが。ちらり、とこの二人を探す騎士たちの様子を見る。どうやら私が戦った痕に気づき、なんだ、と首を傾げているようだ。……まずい。たぶんこの子たちの血痕やらもすべて燃えたと思うのだけど。

 堕とされたかと思えば予期せぬ問題ばかりじゃないか。……だがそれでも、鳥籠で気まぐれに甚振られるよりはまだ、やりようがある。私はもう、ただ運命の日を待つだけの無力な子供ではないのだから。

「選んで。私についてくるか、来ないか。言っておくけど私も正しい人ではないよ、ここには戦いに来たんだから、私は悪いヤツになる」

 少ない選択肢に申し訳なく思う。むしろ、ほぼ選択肢はないと言っていい。覚悟を決めるべきは私なのだろうか。ぐっと唇を引き結ぶと、ついていく、頼むから、と、先ほどの威勢はどこへいったのか、頼りない声が届く。ちらりと見ると、意識を失った男の子の青ざめた顔が視界に入りこんだ。……決まった。

 杖と同じ要領で、契約と共に渡された初期道具を空中から空間を歪めて引っ張り出す。ウエストポーチらしい上質な生地の鞄に向けて情報視覚化能力、データヴィジョンを起動すれば、ひゅっと現れた半透明の、使用者にしか見えない特殊なディスプレイに、『潜入官用異次元探索用ポーチ(初心者用冒険セット入)』と記載される。ゲームアイテムかよ。それこそまるでゲームのメニュー画面のようなそれと鞄を見ながらも目的のものを探しだす。

 あった、この世界唯一になるだろうたった一つの転移アイテム。使えば次支給されるかは謎の超貴重アイテムだが、躊躇っている暇はない。

 取り出したのはなんの変哲もない、手の平サイズの黒いボールだった。周囲の結界を確認し、それを画面に書かれた説明に沿ってぽとりと地面に落とす。すぐ男の子二人を抱きかかえるように腕を回すと、周囲にぐるりと陣が浮かび上がった。

「なっ」

 驚いただろうに、ぎりぎりのところで声を押さえた男の子はやはりかなり精神力が高いと見える。いい戦士になれるだろうなと思いながら最後のあがきで画面を出したまま、岩のむこうの何かを知っていそうな男に視線を向けた。よし。こちらの魔力を誤魔化す為に、大量の魔力をそこに攻撃魔法として叩き込む。情報画面からして、あいつらは、アウトだった。せめて浄化する力のある私が、禁忌を侵した者たちの対処をしなければ。人であろうと容赦はできないのだから。

「メテオ!」

 騎士が、魔法師が、空を見上げた。驚愕と絶望に染まるその表情を見ながら口を引き結び、画面に移りこむ情報を頭に叩き込んだ、その瞬間。ヴォン、と耳障りな音を立てて、浮遊感に包まれた私たちの視界は暗転したのだった。


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