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「急ごう、ナツ」

「わかってる……けど、悪い、俺が遅いんだよな」

「そんなことない」

 無事に街を出て早朝の内に脱出し、拠点のある街の西側に向かい慎重に進んで、切り開かれた森の中の道で馬車が通れそうな木の合間を見つけたのは少し前のこと。若干無理をしたが御して馬を中に進め、通っていた道からは見えない位置で結界を作り出すことには成功した私とナツは、皆に動かないよう言い含めその場に残し、走り街へと戻っていた。

 拠点での修行中、私が何度も転移したかの如く早い移動をしているのを見ている為か、ナツは自身の移動速度を気にしているようだった。……十分、冒険者としてはとてもつぼみではありえない速度を保っている自覚はあまりないらしい。

「俺も、大分持久力ついたと思ったんだけどな。これもトリップ効果、か」

「そもそも元の世界では魂が抑圧された状況でしたから、肉体も当然引っ張られます。それが転移を通して刺激され解放状態になって、肉体もそれに続いたのでしょう。本来あなた達はとても能力が高いんだと思いますよ。元の世界でも優秀だったのではとお見受けします」

「……どうかな」

「……すみません、無神経なことを言ってしまいました」

「ああ、いや。そうじゃない、別に感傷に浸ったわけじゃないんだ。前も言ったけど、戻りたいとは思ってないから」

 なぜ、の一言が浮かんだが、それこそ配慮に足りない言葉なのではと飲み込むと、苦笑したナツがいいんだ、と自らのこめかみ辺りの髪をかき乱す。

「あっちじゃ死んでる」

「え?」

 ナツの言葉に足を止めかけると、それに気づいたナツが私を振り返り、口元は笑みを浮かべたまま、首を振る。ほら行くぞと言われて再び足早に動き出せば、ナツは再びゆっくりと話し出す。

「どこだろうと生きようと思ったんだよ、それだけ。戻る方が危険だって、割とあっさり理解できた、というか。もちろん、未練とかないわけじゃないけどな、そこは、ちゃんと俺もナツも考えて決めたことだから」

 本当に、それだけなのだろうか。己が隠し事ばかりしている自覚がある為か踏み込めず曖昧に頷けば、少し困ったように笑うナツが、速く走るにはどうすればいいんだ、と私を見る。

「もちろん鍛えることも重要ですが、私が以前使ったものを言っているなら難しいことではないんです。自分にそういった支援効果のある魔法を使う、という方法もありますが、そもそもパーティーを組むのが一般的なんですから、それが得意な人が仲間に使えばいいだけなんですよ。ただ」

「正直に言ってくれ。それってゲームで聞く『バフ』みたいなものだよな? 俺にかけるのがまずい、か?」

 ナツの言葉に少し悩んで頷くと、やっぱりな、とわかっていたように答えたナツが、そうだよな、と一度自分の体を見下ろしてまた、足早に歩き出す。

「トーヤなら行けるのか? 連れてくるの、俺でよかったのか」

「どちらもあまり過度に使う気はありませんよ。ただ……ナツ、あなたに大切な話があったんです。あなたのほうが魔力の馴染みが悪いんだと思ってたんですけど、ちょっと違うみたいなので」

 ナツが拠点でアルラウネの攻撃を切っ掛けに死にかけてから数日、ずっと様子を見ていたのだ。違和感は、確信に変わった。もう、隠している場合ではないのだと。

 え、と首を傾げるナツに、言葉を選びながら答えを返す。トーヤはまず、強力なまでに私の魔力を浴びることからこの世界での生が始まった、と言えるような状況だ。本来であればトーヤのほうが危険視したほうがいい状況だったのだが、彼は上手くそれを自分の物へと変化させ、後は徐々にこの世界の魔力に触れることで私と強制的に魔力で繋がった状態から離れていっている。まさに理想的、恐らく私の魔力と相性もいいのだと思う。

 だが、ナツは違う。まずこの世界の魔力から徐々に取り入れるという比較的負担の少ない状況で身体を慣らしていった筈なのだが、どういうわけかナツは異常に魔力が不安定で、素質は高い筈なのに魔法を使うのも苦戦し、危うい状態を続けていた。そしてとうとうこの前ナツはアルラウネの幻覚魔法が引き金となり、体がついていけない程魔力が暴走し、死にかけた、というわけなのだが。魔力の馴染みが悪いせいだと判断しそれも間違いではなく、私はあの時かなり、最悪の状況を覚悟したのだ。もちろん何をしてでも全力を尽くすつもりではあったが……結果ナツは無事だった。私がナツの暴れる魔力を抑え込もうと流し込んだ魔力を、あっさり己の物にし安定させたのだ。それはまるでひたすら与えられる水を弾いていた石が、突如注がれた水を吸い込み上質な土へと変化するがごとく。

「えーっと、つまり、冬夜の魔力はあんたと相性がいい……俺は良くなかった、ってことか?」

「逆です。トーヤは確かに相性がいいのだけど……ナツ、あなたはたぶん良すぎる。異様なまでに、むしろ同一かと思う程」

 例えばそう、白いスープ皿にオレンジジュースを注ぎ、それがその人の魔力だとしよう。普通は魔力を渡す……治癒魔法や支援魔法をかけると、その白い皿の上に新たに小さなコップを置き、そこに僅かなリンゴジュースを注いだような状態なのだ。混ざりはせず、コップのリンゴジュースから魔力は減り、やがて消える。これが、通常の状態だ。

 トーヤの白い皿には、まずいきなり毒が塗り込まれたようなものだった。私はそこに解毒剤をぶち込んで熱湯で流し、ワインを満たして支えたような荒療治を行った上で、徐々に彼が自らの魔力を増やし私のアルコール成分が抜けるのを待とうとした。だが彼が己の魔力として体に馴染ませたのは上質なブドウジュースであり、アルコールを緩やかに抜きつつも質が近いことで問題なく体を馴染ませていくことができたのである。

 驚いたのはナツだった。彼は取り入れる魔力を己の物にできず、ミックスジュースどころかごちゃまぜの闇鍋のような状況に身体が悲鳴を上げ、そこに投入された毒にちゃぶ台返しをした状況に陥った。そこに注がれた私のワインを、ナツはまさかの、『己のもの』としたのだ。その後安定し始め自分で満たし始めた魔力もまたワインであり、しかもまるでそれが足りないと言わんばかりに、私が注げばコップ無しで皿に直接注がれる状況となる。はっきり言ってこの状況は、ただの人間同士なら相性いいね、で済むが、私たちの間では問題だった。

「なんか……例え、わかったけどツッコミどころ満載だな。ちゃぶ台って、俺どんな状況だ」

「そのままです。こんなもん食えるか、って自分の魔力ぶん投げ状態だったので」

「……毒入り闇鍋ならそうもなる。で、魔力が同じかつ皿も分けれない状況だと問題になるのは、あんたが言ってた契約とやらか?」

「そうです。……私の任務の詳細は言えませんが、私は任務に就くにあたって、自分を世界に馴染ませる為に人間の協力関係者が必要だった。それは前任も一緒。お気づきだと思いますが、ディーナは前任の協力関係者候補、だった。皿に満たされたオレンジジュースを徐々に果実酒に染め変えている途中だったんです。……まぁ、子供ができたことで前任がここを離れてから完全に果実酒に変わってしまったようですが。彼女は今、……人間ではありません」

「……は?」

「ナツ、私の力を注ぎ過ぎれば、あなたも意図せずそうなってしまうかもしれない。予想外でした。まさか、あなたが受け皿無しで私の魔力を得るとは思わなかっ……」

「ちょ、ちょっと待て。相変わらず情報量が……なぁ、天界からきた、っていうのは、わかってた。けどディーナさんが人間じゃないってなんだ? 前任も、天界ってことか?」

「違います。ナツ、私たちの所属は正式には……そうですね、この世界で表現するなら、人間はあるとすら知らない世界……『神界』所属です。私たちは人じゃない。多くの世界の維持と護衛、見届ける管理者。神界に所属し、世界を生み出し魂を輝かせるモノの手足。この世界があるべき道をはずれ、早い滅亡の道へと歩みだしたことで私たちは遣わされた。私たちには、任務がある。その為に強い力を与えられ……それだけ大きな負担と犠牲がある。ディーナさんは恐らく、もう肉体年齢を重ねることはないでしょう。徐々に我々に近い状態になります」

 身体は老いず、睡眠時間は短くなり、食事は魔力を得るための糧という認識になり、そして死ににくくなっていく。それを幸福だと思うだろうか。

「私たちは普通の人間より死ににくい。しかし、死がないわけではない。私たちには倒すべき強敵もいる。圧倒的強者ではなく、その分高い危険度の中にいます。……これは協力関係者に開示すべき内容の一部です、ナツ」

「……神界……、ずっと頑なに言わずにいたのに、なんで」

 足は止まらない。それでも、ナツは混乱を露わにしている。急いでる今言うのは卑怯だっただろうか。だが、早く伝えなければ、と思ったのだ。恐らくこの敏い少年は、すぐにディーナの違和感に気づく。トーヤよりも危うい状態にいる彼が真実を知らず誤解するより先に、そうは思ってもきっと、子供たちの移動で忙しくなるこれからいつ言えるのかがわからない。

「……協力関係者には、二通りいます。神界の者と協力関係者の間で魔力をホースのように繋いで少しずつ流し、受け皿の上を巡回させて共有する仮契約者。これは事情を知りながらも、なるべく契約者を『人』に留める契約で、死後その魂は他の魂と同じように扱われます。もう一つは、運命共同体。神界の者と契約者の間の魔力の受け皿を同一のものとします。当然その契約者は人の理をはずれ、将来的に我々の仲間となる道を辿るでしょう。……ディーナは、前任の運命共同体のようですね。その名の通り運命を共にする強い結びつきを得て、契約者は魂が本来この世に留まる期間を経た後、魂ごと神界の者へと変化します。万が一どちらかの魂が消滅すれば、もう一方に多大なる影響が起きます。……わかりますか? 私は仮契約者を探すつもりだった。契約者と繋がることで世界の存在であるふりをし、神界の敵から姿を隠す為に」

 そこで初めて、ナツの足の動きがもつれるように乱れ、僅かに足を止める。

「俺だと仮契約じゃなく、運命を共有することに、なる……?」

「強制的に、そうなると思います。ナツは私の魔力を受け入れる時、コップを用意できないようですから」

 だから早めに話しておきます、と付け加える。ナツが足を止めたのは、ほんのわずかな時間だった。

「……わかった。考えるよ、ちゃんと、理解して答えが出せるまで。……拠点に帰って落ち着いてからでいい、相談する時間を作ってくれ」

 そういったナツは既に力強く足を踏み出しており、私たちの前にはもう街の門が見えていたのだった。



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