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 光源の少ない田舎の街の夜は早い。

 冒険者組合は共通し一般に向けても日付が変わるその時刻まで扉を開いているが、聞いたところ私たちの目的であった多くの店はほぼ閉まっているとのこと。孤児院の子供たちの為にも早い出発をしたい私たちには困った状況だが、そこでふと目に入った初級用の依頼に気づいたトーヤが、これなら、と私に紙を見せた事で状況は変わる。売りに出そうと持ってきていた薬草の一つが、採集依頼として張り出されていたのだ。難易度は一華、要は初心者をぎりぎり卒業した冒険者向けだが、つぼみでは少し難しいかもしれないというだけで可能らしい。

「これ、受けます?」

 私たちの登録をした受付の男に頷けば早速渡されたばかりのつぼみの記章の提出を求められ、目の前でそれらが壁から剥がされたばかりの依頼の紙に乗せられる。さすがに私も初めて見る上に残された情報にはなかった為首を傾げて見ていると、記章の上にべちゃりと、まるでスライムのような、柔らかい何かが記章を包むように落とされた。

「えっ」

 貰ったばかりの記章をすごいすごいと喜んでいたトーヤが目を丸くして驚いた声をあげる。あはは、と軽く肩を揺らしたのは受付の男で、新米冒険者によく驚かれるのだと笑った。どうやら、冒険者組合が開発したもので、少し珍しい魔力印を残す代物らしい。すぐにぷにぷにしたものがはがされ所定らしい箱に詰め込まれると、紙の上には変わらないまま残された記章と、そして下の方に僅かに発光したつぼみの印が三つ刻まれている。

「うわ、すげえ」

「これねぇ、その印を残した記章を乗っけないと発光しないんですよ。まぁ安物なんで光は弱いですけどね」

 そういって受付の男が印に記章を近づけたり離したりしていると、確かに淡く発光したり消えたりを繰り返した状況に感心する。それぞれ自分の記章を受け取ると依頼に記載された期限を再度確認され、今手が空いてる指導冒険者がいないんで明日からでもいいっすか、と首を傾げられる。トーヤとナツは記章がべたついたりしていないことをすぐ確かめつつこちらに視線を送り、判断は私に任せられたようだった。先輩冒険者に指導を頼めるのはつぼみの特権だが、急いでいる今は必要ないだろう。ある意味私の指導者は前任だ。

「この街に来る途中で摘んできているので、この依頼の指導者はいりません。品はあとで持ってきます」

「あー、さっすが半詠唱のヒーラー。了解です、この程度の依頼ならそれで」

 頷いてまず少し出てくるといって二人を引張り組合を出ると、記章を眺めていたトーヤが首を傾げる。

「すぐ渡さないのか?」

「さすがに、魔法鞄持ってるのがバレるのは困ります」

 丁度街に持ち込んでいて宿に預けたものを持ってきたことにでもするとして、二人を手招き組合の横にある建物の合間に身を滑り込ませると、二人に出口を塞ぐように立ってもらい情報視覚化能力を起動して、人に見えないその画面を指先で叩いていく。

「何か探してるのか?」

「依頼で指定された薬草の詳細情報と自生地域、使い道……はわかってるんですけどね。あとは鞄に残ってた前任の持ち物の再調査」

「ええと、依頼の薬草は命の葉って書いてたよな? うちの近くにいっぱい生えてるけど」

「それは東の国での通称ですね。一般的にはイブキ草というこの世界のあちこちで見られる常緑多年草です。香りが強く効果は抗菌、防虫。またこの葉から作り出されたオイルは消毒にも用いられるようです。錬金術技術のある者の手によってポーションの材料の一つにもなります」

 あとは葉を乾燥させたものがお守りとして人気があるだとか。どう人気なのかは詳しく書かれていなかったが。

 へえ、と頷きながらもっと取ってくればよかったかと話す二人に、魔法鞄からそれぞれ三束程渡す。私は四束持って、これで十束。一つの束に二十本まとめたこれは、街に来る直前に三人で採取したものだ。魔法鞄の中は時の流れが非常にゆるかな為、葉はまだ新鮮さを残している。

 調べたところ依頼も多く特に難しいものではない。難易度がつぼみランクには少し難しいとされていたのは、基本的に森の中に生えている為に魔物との戦闘が予想される為であろう。そしてこれは数は少なくはないものの群生はしておらず、一か所にとどまっての採集が難しいのだ。うろつく分危険は増えるが、用途から一般的にも多用される薬草ということである。

 頃合いを見計らい組合に戻って提出すると、おお、と目を瞬いた受付がこれは三人で集めたのかと嬉々として受け取る。そうだと答えると、優秀なパーティー爆誕だと笑いながら手早く任務完了の手続きを始めた。上質だの状態がいいだの鑑定していた受付が、これなら相場の二倍は出せると計算を始める。その手つきを見て、ゆるい空気のわりに仕事ができるようだと少しだけ驚いた。わくわくと処理を見ていたトーヤ、そしてあまり顔には出ていないが視線が釘付けであったナツが、手渡された麻袋の重みにおおっと笑みを浮かべる。再度記章を渡して依頼書の印が発光することを確認すれば、どん、と完了の大きな判が押されて終了だ。

「そこそこあるんで、気を付けてくださいね。あ、背後にも」

 言われた二人が、ぎょっとして後ろを振り向く。二人の後ろにいたのは私だけで首を傾げると、くく、と笑った受付はそうじゃなくて、と笑った。

「新人いびりや横取りする悪人、優秀さを妬むやつなんてどこも一緒、ってことです。まぁ今丁度大きい討伐依頼があったり時間的に皆さん酒場なんでここは人少ないし、大丈夫だと思いますけどね。そんな額持ってると襲われたりしても怖いでしょ? 最近物騒ですし」

「物騒?」

 これは引きこもっていた私たちにとって貴重な情報だ。そう判断した私が尋ねるより早く、ナツがすぐ受付に切り返す。

「まーこのご時世物騒だなんて当たり前とも言いますか。この街も最近じゃ領都市から良くない商人が流れてきてますしねぇ。ですが実はね、でかい案件が一つ。ここから西の……えっと、グリーン村ってとこから依頼が来てまして。なんでも村の南の山にどこからかやってきた規模の大きな山賊が住み着いたらしくてねぇ。それの討伐依頼が来てうちの組合に今いる戦力を投入したとこなんすけど」

 その情報に三人で一瞬目を合わせる。商人についても予想がつくが、そちらはあえて突っ込まない。この後接触予定先に下手に興味を持っていると思われても困るのだ。それよりここから西の村とやらは、来る途中地図で相談していた、帰りに私たちが経由すべきか考えていた村で間違いないだろう。村の名前が得られたことも重要だが、何よりその山賊の情報。私たちが来たのは村の北にある山のさらに奥だが、村の南の一体どのあたりが危険だったのか。帰りは子供たちを連れて通っても問題ないのか。……まぁ、『人間』の山賊くらい恐らく力を解放しておけば私一人でも問題ないだろうが……今はあまり目立ちたくない為、様々な魔法具を使って魔力を押さえたり家の維持用に流したりしている状況だ。倒した後の言い訳を考えるのも面倒だし、討伐依頼にはかかわらないほうがいいだろう。

「怖いですね。一体どれくらいの規模なんですか?」

「なんでも三華匹敵の実力者をリーダーにして、他にも二華相当が四名程だとか。下っ端の数は把握してませんけどもー、まぁ三華一人に二華四人ってだけで脅威っすから。こんな田舎にまさかねぇ」

 からりと笑ってはいるが、確かに組合の中に冒険者の数が少ないのに納得だ。三華レベルの冒険者は田舎では貴重な戦力である。それを同等とぶつけて喪いでもしたら、その地域ではしばし心の平穏を奪われたに近い。

「お兄さん、その討伐隊の出発はいつ?」

「え、まさか参加したいんで? やめといたほうがいい、君みたいに顔立ちが整ってると行く末なんて想像がつきますって」

「させるかよ」

 割り込むように会話に加わったトーヤとナツは明らかに不機嫌で、恐らく二人にも『想像』がついたのだろう。ほほ笑んで、参加したいわけじゃないですよと答えると、出発したのは早朝なんで追いつけないと付け足された。つまり今日。どこで山賊とぶつかるか知らないが、やはりさっさと出発するに限る。

「お兄さん貴重な情報ありがとうございます」

「いえいえ。あ、俺イルバリウスって言います。イルって呼んでくださいね、どうぞ御贔屓に。有望なパーティーさんなら将来専属もオッケーっす」

 ひらりと手を振る彼がまた来る時はいい仕事を紹介するのでぜひ呼んで欲しいというのに頷き、再度礼を言って、私たちは頷き合って外に出る。すぐまた裏に回って麻袋を開ければ、そこに詰め込まれた鈍銀の硬貨に二人が目を輝かせた。

「祝、初給料!」

「すごい数だな。これで何がどれくらい買えるのかいまいち想像つかないけど、これはほとんど百と十シード硬貨か」

「組合内で売ってた下級治癒ポーションは三千シードだったぞ?」

「冬夜そんなのいつ見たんだよ」

 つまり下級ポーション一つでここにある百シード硬貨三十枚か。麻袋に入った硬貨は百シード硬貨が五十と十シード硬貨が百。二人分のポーションで使いきってしまう程度である。薬草の数自体は驚かれていたので、普段の報酬はもっと少ないのだろう。さらにトーヤの話では、組合内で売られていた一食が大体十から高くて十五シードであったらしい。

「え、ポーション高くないか?」

「当たり前です、冒険者だなんて危険な職業でもなければポーションに普通は手が届かないんですよ」

「おい……ルティアルラの部屋にポーションいくつあると思ってんだよ……」

 一財産。若干青ざめた二人に、冒険者はこれをがぶ飲みして高ランク依頼をこなすこともあるのだから慣れなさいと言い切って麻袋からお金を取り出す。ちなみに二人の目の届かないところに上級ポーションが並んでいることは黙っておく。それぞれがすぐ取り出せる腰のポーチに十シード硬貨を十枚ずつ収納し、残りは魔法鞄行きだ。

「あの薬草一つで一日飯が食える……」

「言っときますけど大量に仕入れたらその分相場下がりますよ?」

「それでも家の周りが宝の山の気がしてきた」

 それは間違いではない。まぁそんな状況下だったからこそ、私たちは少し軽く考えていたのかもしれない。その頃組合内では受付の奥でイルバリウスが発狂気味に興奮していたことも、街の周辺では状態が悪くこの薬草一つの価値が普通は三シード程の物ばかりであるとも知らなかったのだ。組合の人間が『専属で仕事をとってきてもいい』と言い出すことが稀であるだなんて情報は、前任から残されていない。

 葉の破れも千切れもなく完全な状態のイブキ草の買い取り単価相場が十五シード、そして上質、大きさを考慮して二倍の値段を出してもいいというイルバリウスの言葉に嘘はない。よくある依頼だからこそ、いい品を持ってきたような目立ち方をしても、誤魔化しがきいたのだ。いや、彼が無理やり上手く誤魔化せる範囲だった、というべきか。そうでなければ望まない形で目立ち、厄介事に巻き込まれても仕方がない状況であったなど、調べたつもりになっていた三人の予想の範囲外だった。イルバリウスにもまた専属狙いという思惑があるとは言え、彼が山賊についての情報を教えたり私に警告したりしていたことは彼なりの先行投資であり、私たちが思いのほか優秀な組合員と繋がりを持てたことは、この時知らぬ話だったのである。


「姉ちゃん、すげえ錬金術士なんだな!」

 ナツとトーヤを待機させようと孤児院に戻ると、まだ眠っていなかったのか、興奮気味に出迎えたのはレディオンだった。渡したポーションを試したらしく、あちこちに残っていた傷や打ち身の痕はない。ほっとすると、その薬分けてもらえないかと真剣な様子で手を取られた。どうやら怪我をしている子供は他にも多いらしく、まずは毒見のつもりで自分が飲んでしまったのだと正直に言われ、信じきれなかったことを詫びられる。

「小さな怪我なら子供なら半分ずつ飲んでも効きますよ。人数分置いておきますから、レディオンくんはまず寝ましょう。寝ないと、皆を守れないですよ」

「わかった。姉ちゃん、だんな様の弟子なんだろ? だんな様が、俺らを安全な家につれてってくれるって言ってたんだ。そこなら、皆で飯食えるか? 俺、なんでもするよ!」

 くしゃり、と頭を撫でる。なんでもする、と安易に約束はしてはいけないことを伝えつつ、大丈夫だと言い聞かせて、頬額に手を置く。また明日ね、と体を横にさせ、苦笑するディーナに目を合わせる。

「睡眠は」

「半分ほど」

「少し耳を塞いでください。ナツも」

 私の多くは聞かない質問の意味を正確に理解したディーナに頷き、言われた通りにする皆を確認して、小さな声で歌う。歌詞のない、音だけの、しかし響くような短いそれが終わると、うとうととトーヤを含め、眠れずにそわそわしていた子供たちが瞼を落としていく。

「ルティアルラ、今のは」

「軽い眠りに誘う魔法です。大丈夫、抑えたので起きられないようなものじゃありません。ナツ、ディーナは前任の運命共同体、要は強い協力関係者です。私と同じで必要睡眠時間の減少状態ではあるようですが、疲労がたまっているようですから見張りはトーヤと交代で、なるべく休ませて上げてください」

「了解」

「ディーナにはこれを。鞄から見つけた前任の残した首飾り型の魔法具です。父親の魔力の塊みたいなものですから、その子にお守り代わりに持たせてあげて」

「まぁ……ありがとうございます……!」

 なるほど、と目を瞬くナツに子供たちのポーションを押し付けると、扉を出ようとしたところで腕をとられる。

「行くのか」

 ナツの瞳がゆらゆらと僅かに戸惑うように揺れながら私を映す。その手に、先ほど貰ったばかりの冒険者組合の記章を押し付けた。

「変装するので、これは置いていきます。ナツに預けますから、よろしくお願いしますね。大事なものなので」

「………………わかった。朝三時だな、きちんと戻らないと返さないから」

「私を誰だと思ってるんですか」

「その台詞実際言うやつ見たの初めてだ」

「勝手に寝かせて怒ってそうなのでトーヤの機嫌とっておいてくださいね」

 ひらりと手を振って外に出る。扉を閉めるその直前まで握られていた腕がゆるりと離され、ナツの姿が見えなくなったところでさてと空を仰いだ。

 月明かりが光度を落としていく。雲に遮られ隠れていくそれを見て、人の少ない通りでさらに身を隠すように影に潜んだ。

 さて、私も自分の能力くらいしっかり試してみないとな。数度深呼吸して息を整え、潜入戦闘官として漸くまともに仕事になりそうだと口を引き結ぶ。

 まさかの異世界転移者の保護から始まって、前任の意志を引き継ごうと頼まれた孤児院に来てみれば同属の発見に護衛と、思っていたような任務とは違うことばかりだった。嫌なわけではないが、ただ破壊するよりも責任がどんどん重くなっているような、いや、そんなものなのだろうか。どれもこれも命を扱うと考えれば重いものばかりなのだから。

 それらしく魔法術士に見えるよう手にしていた棒きれどうぜんの杖を振って空気中に溶かすように消す。野暮ったい可愛さのないローブの深いフードを剥いで背に落とし、纏めていた髪を解く。完全に月明かりが当たらなくなったところで、意識を切り替える為に瞳を閉じた。

 我ながらどうかと思うが、鍵となる合言葉なんてひどいものだ。だが、単純明快で最高である。右足を半歩程さげ、陰に溶け込む闇の中、持ち上げた右手をぱちんと慣らす。ざわり、と空気が揺れた。


「さて、ぶっ壊しましょうか」



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