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「そもそも孤児院の世話をしている人とは別に管理をしていたやつがいるんじゃないのか? 元の持ち主は? ってか国や街は関与してないのか?」
「いやいや夏、その辺確かに気になるけど要は売られる前に逃がして助け出せばいいんだろ! 難しい話を論じたくても俺らにこの世界の法律知識なんてないっつーの!」
「そもそも俺らが知ってるのは児童養護施設であって孤児院じゃないんだよな。俺らの知識で動いたらまずい、どこに行けば問題なく引き取れるか考えないと下手したら俺らが人攫いだろ!」
難しい話をしながらも昨日よりは格段に速く足を踏み出してくれる二人に感謝しながら情報視覚化能力を起動し街について調べていく。
そもそもこの世界では多くの国が自国の正確な人数を把握していない。税については金であることもあるし、農作物であることもあるし、様々な生産物から定められる。しっかりそれが支払われた集落には、集落に合わせた大型の結界錬金石が配られるのだ。それがなければ集落はいつモンスターに襲われるかわからず、人々は過ごすことができない。集落の規模によって税が決められ、集落の長やそれに当たる人物、もしくはその立場に任せられた者により、各世帯どれくらいの負担になるかが分けられる。それを書面で提出する義務はあるが、戸籍という戸籍が存在しない。集落からあげられる書類に記載された名前が戸籍に近い状態であるが、それを国が確認する頃その書類が正確である保障はない。
結界はいらないと税を支払わなければその村には行商人が訪れず、集落として成り立たない為、その集落は近い未来消える。人の転居と、そして死によって。だが何事にも例外があり、その一つが私たちの拠点のように自身で錬金石を用意できてしまう場合だろう。その場合付近の指定された街に出向き、一応の書類提出が求められる。人数によってある程度の税が求められるが、通常の集落に比べて圧倒的に安く、しかしそこで何かあっても軍の兵士は派遣されない為、実行に移せる人物はほんの僅か。傭兵を雇うにも養うにもお金がかかる為、非現実的なものとしてある程度の税さえ治めればそこはあやふやなその書類のみで通ってしまう。そんな中、孤児院はどういう扱いになるか。それは統一性がなかった。
王都やそこそこ大きな都では結界石が常備される代わりに税が細かく、その分多少人数の把握がしっかりとしており、孤児院の土地や建物の管理も大貴族や国が持っていることが多い。それは難しいながら政治的な意味でも民にアピールできる有効な手段であり、比較的安心して暮らせる理由となっている。最も数は足りていないようだが。だがそれよりも問題とされているのは、その都から離れた街や村だ。大体がその土地にある教会や貴族、大規模商会が所有しているのだが、管理が杜撰であり、人数の把握が正確にされていない為に違法な取引が陰ながら行われることもままあるようなのだ。中には院の持ち主が個人という場合もあり、最悪なのはその個人が亡くなっており、上手く引継ぎがなされなかった場合である。孤児院であると書類を提出すればある程度領主や国から僅かばかりの支援があるが、それは孤児院である間だけである。万が一孤児院に関わる大人がいなくなれば教会か手助けできる者に、と言われるだけであり、教会の受け入れ人数に余裕がない、もしくは何らかの原因から迎え入れられないとなると、その子供たちは行き先がなくなるのだ。また教会は受け入れはしても集めはしない。子供本人が教会に行くことを拒否すれば、都市ですら大通りの裏に溢れた子供が壁に背を預け座り込んでいることもあるという。
「……恐らく向かう孤児院は個人所有だった筈です。所有者は元の持ち主から前任が買い取り、前任がいない今、子供たちの世話をしている人がその権利を持っていた筈。……立場が弱い。守り切れなかったのかも」
「……まじか」
「子供たちを引き受けることに関しては問題ありません。私がその子たちの人数分税を払えればいいだけです」
そう言って仕組みを説明すれば、穴だらけだな、と言いながらも現代と比べるのが間違っているとナツとトーヤが語り合う。
「内政に口出すのもトリップらしいっちゃらしいけど」
「俺は興味ない。今の制度がいくら穴だらけだろうと、壊すのに関係あるのか?」
「ない。ぶっ壊すだけ」
「……あんた子供の前では口調気をつけろよ」
「その為に普段から丁寧に話そうとしてるんですよ」
にこりと笑えば、脳筋だよなと返される。口調のどこが、と首を傾げるとナツは思考を既に切り替えたのか難しそうに唸った。
「にしても、教会を子供が拒む理由ってなんだ? 逆ならまだしも」
ナツの指摘はいつも鋭く答えにくい。だが、事実子供が教会には行きたくない、ということは結構あるのだ。
「この世界の子供は強いし、教会は腐ってるから」
「は? ……あ、もしかして」
「ナツが怖いです、トーヤ」
なんでこれだけで察してしまうのか。訳が分からない、と言った様子のトーヤは首を傾げるが、だから、とナツが私を指さすと、しばらく考えたトーヤまでもが目を見開く。
「そっか、ルティが腐ってるなんて言うからには教会って天界絡みか。神様みたいなもんって言ってたしな」
「子供が嫌がる神様ってなんだよ……」
「神様じゃないし神は別。天界人は天界人。人が勝手に勘違いしてそれっぽい存在だと思ってるだけだし、そう勘違いしてても通常なら問題なかった。天界人は神に仕えて神の代わりに役割があったんだから。けど、今は違う。この世界は歪んじゃったんです。教会なんて天界人の一部の影響受けまくって、純粋な子供ほど怖がることが多いのよ」
「……なんとなくあんたの目的が見えてきたな」
まず間違いなく教会はルティアルラの破壊対象だな、と呟くナツを追い抜き、木を駆け登る。二人が足を速めてくれたおかげで、街が大分近づいた。この分だと夕方には街に入れるかもしれない。都と違い、街の検問は緩い。近くの集落から冒険者組合に登録に来た、と言えば不審なものを持ち込んでいないかだけ確認されて通る筈だ。最悪の場合、前任が用意してくれた私が孤児であり前任の引き取った弟子であるという証明である物も託されている。
再度二人には街で語ってはいけないこと、自分の生い立ちの設定などを確認し、そして街に入ってからの動きを説明する。まとめてしまえば簡単だ。異世界の話をするべからず、過去の話をするべからず、私から離れるべからず。二人は敏く、私よりよほどうっかりまずいことをする可能性は低いけれど。私もそろそろスイッチを切り替え真面目に仕事しなければ。
「さて行きますよ、二人とも!」
「おう!」
「了解」
周囲は塀で囲まれていたものの、城壁とまでは言えない、しかし結界に守られたそこそこの広さがある街へは、やはり冒険者組合に登録に田舎から来たのだと言えばあっさり通された。それでいいのかとも思うが、街に入れる時点で結界をすり抜けたということであり、管理できるほど制度ができていない。まぁ、日本でも街から街の移動に制限がないのと同じ、と考えるべきか。
無事街中に入れた辺りで、辺りは既に薄暗い。間もなく夜の闇が訪れる。
「どうする、無事かな。その人攫いいたらどうするんだ? 暗くなったら動きにくく……」
「好都合」
ふと笑うと、トーヤが苦笑し、ナツがあからさまに眉間にしわをつくる。
「悪い顔してるなぁ、ルティ」
「あんたは少し好戦的なのを隠したほうがいい」
「あれ、それは失敗気を付ける」
怖かったら言って、と言えば、今更、と笑われた。さて、初陣に出ようか。