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 旅の準備というものは私も初めてである。

 ある程度は何があれば便利、という情報を貰ったことはあるものの、私たちの旅の始まりは特殊である。田舎集落の自宅から選ばれし勇者が旅立つわけでもなく、既に準備を終えた状態で冒険者組合に足を踏み入れたわけでもなく、まして街にすらいない私たちが用意できるものは、前任が用意してくれたもの、周辺で手に入れられるもの、それに限る。となれば準備はそれなりに大変で、その為に今日は二人の訓練を抑えたのだが、トーヤがほっとしたのに対しナツが少し残念そうにしていたのだからすごい。あの子体力お化けかな?

 ということで唸ることから始まった旅の準備。手持ちの中でも便利であるのは、前任がアイテムを残す為に用意した魔法鞄だろう。これは大変貴重なものであり、素材に使われる革も、施される空間拡大の魔法術も一級品、手にすることが出来るのは冒険者でも一握りというレアアイテム分類だ。その用意のせいで杖がおんぼろだったんだろうか。とりあえず、錬金術において高名な前任は魔法鞄を上手く手に入れることができたようで、鞄は小振りながらなかなかに容量はあり、ひとまず大抵のものは私が受け継いだこれに入れることにしようと三人で話し合う。

「いつか俺も欲しいなぁ。なぁ、ナツ」

「まぁ長く旅をするなら必要だろうな、荷物を持って戦うのは邪魔で仕方がない。さて、何はともあれ布だ。タオルがないのは惜しいな」

「木綿、って言うんだったかな、これ。手拭って感じ? なんか端ボロボロだけど」

「ごめんなさい」

 何枚か用意されていた大きな布は量は十分であったものの、裁断はされておらず。好きに整えて使えばよかったのだろうが、さすがに戦闘官としての修行を受けてはいても裁縫において役立たずであり、針も糸も用意されてあったというのに見るも無残な布切れとなり下がったそれを、ま、仕方ないさとナツがせっせと仕訳けていく。アイロンはないかと聞かれたがそんなものある訳がなく、ヒノシは? と聞かれて首を傾げると、うーんとナツが唸った。

「まぁほつれは時間があればあとで俺がやっとく。冬夜はこれ、まち針っぽいのあっただろ? あれで端折って留めて本でも積み重ねておいてくれ。あとは……家庭科で習った程度の技量なら、巾着やマント代わりくらいなら作れるか……布が大量にあったのはありがたいな」

「え、マジ? 縫うの? ミシンないのに?」

「なんとかなるだろ、冬夜は割と器用だし。あ、ルティアルラはやらなくていい、もう布を血で染めるのはやめてくれ」

「……防御魔法展開しながらやればいいんじゃない?」

「何名案みたいな顔してんだ、ルティアルラは買い物リストの作成。厳選しないとたぶんマジックバッグがあってもきついぞ」

 さくさくと準備の進行指揮を執るのはナツであった。残念ながら、裁断した布のほつれをなんとか直そうとして何度か針を自身に刺してしまった私は戦力外通告を受けたらしい。敵の攻撃を防ぐ自信はあるのだが、さすがに自身の攻撃(針、刺突)は予想外であった為に油断しすぎていたのだ。次は上手くできるのに……と思いながら辛うじて縫った手拭を手にとり、そっとナツの横に置く。縫い目ががたがたであった。

 宣言通り巾着を作ると準備し始めたナツ曰く、便利なバッグなんてほぼないんだろうから小分けにできる袋は絶対あった方がいい、とのことだ。すごい、先を見据えている。大きな麻袋とか、樽とか木箱とかになるんだろうなぁと考えながら買い揃えるものを考えるついでに、二人に通貨の説明をする。ありがたいことにこの世界のお金に関しては、日本に近いものがあるので覚えやすい、筈。

「世界共通でお金は使える筈です。まぁ、物々交換やら換算は日常的にあるんだろうけれど、基本お金といったら通貨単位は『シード』になります。例えば、私がこの前とってきた解毒剤用の薬草単価が二シード、だとか。まぁ、数値は街に行くまで相場がわからないので適当ですが、『円』みたいなものです。紙幣はなく、硬貨が主ですが」

 ええっと、と前任が残したものを持ってきて広げて見せる。これが一、これが十、これが百、と模様や色、大きさの変化があるそれらは千までであり、万単位以上はないらしい。それ以上の取引であるとすれば、魔華硬貨と呼ばれる特殊な魔力を含んだものが用いられるようだ。

「シード……種?」

「それが由来なのかもしれません。この世界は『花』に特殊な意味を持つことがありますから。あ、アルラウネは花でも魔物なのでまったく関係ないんですけど」

 特殊な意味? と巾着を作りながら首を傾げる二人に、なんと説明するべきか少し悩む。これ割とショックな違いなのではないだろうか。

「うーん……驚かないで欲しいんですけど、この世界では人が亡くなった時、昇華の儀というものを弔いの一つとしているんです。特殊な力を持った葬華師と呼ばれる者が行う魔法で、死者の体と魂を華にして還すんです。その時生まれる花びらを葬華と呼ぶそうなんですが、それは立ち昇る煙のように舞い上がり、後に何も残しません。それが未練と悪行の浄化だと信じられているんです」

「後に何も、って……遺体がなくなるってことか?」

「そうです。ただ注意すべき点は、これはただの言い伝え等ではなく、本当の話を含む、ということ」

 この世界にいる者たちはすべて通常であれば死後数日以内に遺体が魔力と共に泡となって消える。これはこの世界の仕組みであり、魂と肉体を守るという意味では最善……そう語れば、二人はぎょっとした様子で手を止め、仕組み、と言って表情を難しいものへと変える。

 残った遺体や離れられない魂は無防備な状態であり、その生命活動を停止して時間が経てば経つ程よからぬものの糧となる。そうなる前に消えるのが普通だが、長く消えずにいる程危険が増す、と考えられ、自然浄化を待たず死者を安心させる最善の手段とされているのが昇華の儀。そしてそれが泡ではなく花として目に見えることから、この世界は花に関連する言葉がちらほらと存在するのだ。

「そういえば冒険者組合のランクを表すのも花だったな」

「にしても、死体が消えるのか……殺人事件が起きても知らずに消えてたりするのか? 死んだことにすら気づかれないとか、え、怖」

「その辺りが特殊で、基本『人』に分類される者の遺体が誰にも知られず存在すると、泣き鳥という鳥が鳴いて知らせるんです。……まぁ、これは、し……天界に住む鳥の役割なので、確実なことなんですけれど。人に分類、というのは、人間やエルフ、ドワーフ、などの亜人です。種族によって泣き鳥の色が違ったりして、色が違うと他種族は認識できない為、魔力が意思を持った存在とされています」

「ファンタジー色が強すぎて訳が分からなくなってきたな」

 うーん、とトーヤがそういって腕を組む。ナツは手を動かしているが、既にトーヤとナツの手元の巾着の進み具合は大きく違うようだ。ナツ、器用だな。

「にしてもそれが一般常識なら、覚えておかないと浮くな。今度泣き鳥とやらを見かけたら教えてくれ」

「もちろん。あ、服も買うんだっけ?」

「ああ、俺たちの服、たぶん孤児院の子供用に用意されてたものでサイズが近いもの数着借りたから」

「あ、この世界の成人は? 俺たちに近いサイズあるってことは同じくらいか?」

「この界の成人は男女とも十七です。ちなみに天界は十五ですが、そもそも一般の人は天界は『あったらいいなと祈る世界』でなければならないので、覚えずとも神様みたいに思われていると考えるだけでいいですよ」

「魔界は『あると伝えられている死後悪行を戒められる世界』、だったか。……というかあんた成人だったのか」

「突っ込むところそこかよ」

 ふは、と笑うトーヤもようやく手を動かしだし、情報のすり合わせを行いながら作業を進めていく。途中、ナツが私の名を呼んで視線を合わせたものの、いや、と何かを飲み込んだ。うーん、敏い子だから怖いな。

 リストをまとめたあとは、私は裁縫で役立たずの為別の作業だ。庭の倉庫からずるずるロープと少し厚い布を引っ張り出し、布の表面に錬金術の一つである水をはじく魔法を練り込んだ薬糊を塗って広げていく。今日一日で乾くだろうから、簡易のテント代わりにはなるだろう。乾いたところでロープで縛りつけられるようそばに用意しておき、部屋に戻ると既に二つは巾着を作り終えたナツが、そういえばと顔を上げた。

「お金について途中で話が逸れたが、その、あるのか? 必要な分」

「あー……たぶん、この買い物リストのものを揃える程度なら。……私たちの武器防具を最低限のものにすれば」

「そうか……ちなみに、あんたの錬金術で薬を売るのは? さっき布に縫ってた防水の薬とか」

「今は様子見たいかな。下位のポーションいくつか作って売るならいいけど、あの薬はそこそこ高価というか……だからこそ、ちょっと目立つ。孤児院に無事話をつけて移住したあとなら多少目立ってもいいんですが」

「あー、下手に目立っても困るのか。孤児院はルティにとって護衛対象みたいなもんだもんな」

 なるほどとトーヤが同意し、というか孤児院の運営費は、など話が広がっていく。前任は庭の畑も整えた状態で用意してくれていたが、一体何人連れてくる予定だったのか。とりあえず、冒険者登録してお金を稼ぐ必要があるかもしれない。二人の装備もできればいいものを整えてあげたいのだ。

 いらないのは私の防具くらいか。ここに来てから用意されていた衣装にこつこつ魔力を流して術を施したものが間もなく完成する。東の国出身と誤魔化す為にこの地に古くから伝わる装いに似せたもので、それに合わせて魔法もこの国で多用されるものを使う予定だ。私的には用意された防具を見た印象が改造巫女服だが、立場的にはありと言える。アレはこの国で葬華師が着用するものに似ている。

 私の、任務。この世界を一度壊す為に。


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