第一話
話は一年前に遡る。彼女は順風満帆な人生に飽きて暇を持て余していた。そのころは実家から近い名門私立大学の学生であった。大学内で成績も良く、勉強とアルバイト、たまには友達と遊んで。そんな毎日。一つ足りないのは彼氏がいないことだ。しかし今まで一度もいなかったわけではない。彼女は理想が高く、結婚するまで処女を捧げてはならないという両親との約束を守っている。それ故に付き合っても長くは続かず、関係を迫られては断り、相手を振ってしまうのであった。
何かこのつまらない大学生活にスパイスを。そう思って彼女はまず、大学を変えようと考えた。編入学である。大学三年生の時期に別の大学へ入学できるシステムがあるのだ。既に名門私立大学に在籍し、その学校を辞めてまで受験するとしたら旧帝国大学しかない。そして旧帝国大学に通うなら、一人暮らしができる。そうして彼女は無事、編入学試験を突破し、新しい大学で念願の一人暮らしを始めたのだ。
一人暮らしは彼女が望んでいた最高の大学生活のスパイスとなった。毎日両親とのチャットや通話という遠隔的な監視化の状況には置かれているが、その他は自由である。束縛のない自由な毎日が、彼女をさらに開放的にさせた。
4月。新入生歓迎会、授業ガイダンス、新しい友達が増えるとき。彼女は思いがけないことから、ある同好会との出会いを果たす。
緊縛同好会。
後ろ手で合掌をしながら縄で縛られた写真のビラ。その下に彼女が通う大学の緊縛同好会、会員募集の文字。数百もある大学のサークルの中で、これほど彼女の目を引く団体はなかった。なぜ、こんなアブノーマルで一部のマニアしか興味がなさそうな危険なサークルが大学内にあるのか。そして裸体に食い込む麻縄のなんとも言えない恍惚的な官能美に彼女は釘付けになった。きっと以前なら両親に言えないようなサークルには入らず、こんな危険そうな同好会には見向きもしなかっただろう。しかし一人暮らしの自由という彼女にとってこの上ない新しい環境が、アブノーマルな世界へと引き込んだ。
早速ビラに書かれたSNSで連絡をとってみる。どうやら近いうちに活動があるようで、見学できるそうだ。一度やると決めたら彼女の行動は早い。両親はサークル活動自体に対しては反対をせず、まともな団体であれば放課後や課外活動も容認してくれる。それならば緊縛同好会以外の団体に所属し、この活動時間にアリバイを作らなければならない。まさか両親に緊縛同好会の見学に行くとは口が裂けても言えまい。そういえば新入生歓迎会で配られたビラの束の中にピッタリな団体があったではないか。そう、ピアノ同好会。これほど聞こえの良い団体はないだろう。誰に言っても、優秀なお嬢様らしい、高貴で真っ当なサークル活動である。これでアブノーマル変態同好会に所属してもアリバイ工作は完璧だ。
ワクワクしながら、活動日を迎えた。できれば縛られてみたい。あのビラのようなエロさを表現できるのか。そもそもどんな面子が活動をしているのか。全て未知である。縄のことも緊縛のことも何も知らない。それが、また刺激的なのだ。良家のお嬢様は何処へやら。彼女は完全にこの官能的な世界に染まりつつあった。