第九話 平和を愛する国
はい、まあ私用で更新が遅れたわけですが...。
なんでもしますから許してください!(なんでもするとは言ってない)
毎日更新九日目です!
早いものでもう2018年ですね!
私は今年は執筆作業が調子に乗ればと思っています、はい。
それではよいお年を!
目覚めは唐突だった。
水面から無理やり引き上げられたような、しかし何の不快感も無くただただ目が覚めたのだという実感があるだけ。
ただ一つはっきりしていること。それは夢を見ていたということだった。
ひどく恐ろしい夢だったことは覚えている。
その証拠に汗に濡れ肌に張り付くシャツが気持ち悪い。
勇真はのそのそと寝具から起き上がる。窓から差し込む薄い光が何故だかどうしようもなくうっとおしいものに感じた。
♦
「これが、魔導車...」
勇真は圧倒されながら見上げる。
元々物資の輸送用に開発され、人を乗せるようになったのは最近になってからだと聞かされてはいたが、それも納得できる形状だった。
形として似ているのはやはり貨物列車。しかし、比較にならないほど重厚なつくりをしている。
ふと隣を見ると、藤はぽかんと口を開けて勇真と同じように圧倒されていた。
笑いが込み上げてくるのを勇真は必死に我慢する。が、こらえきれず吹き出してしまった。
それに気づいた藤が慌てて口を閉じ、顔を羞恥に染めて勇真を睨む。涙目にすらなってしまっている。
「ご、ごめんて...」
「ほんっと信じられないよ!勇くんのばかっ」
「お前たちいつまで遊んでるんだ。はやく乗るぞ」
藤にぺちぺちと叩かれながら謝っていると、アシュレイからのお叱りを受ける。
慌てて二人は魔導車の入り口へと向かった。
アシュレイはどうやら昨日の内に公爵と面会していたらしく、そこで魔導車の優先乗車の許可を頂いたらしい。
その手続きが終わったのだろう。勇真と藤の後に続いてアシュレイも乗り込む。
「座席は各車両に三つずつの二人席があるそうだ。ユウマたちは同じ席でいいだろう?」
アシュレイの気遣いをありがたく受け取り、勇真たちは開いている席へと向かった。
すぐに出発の合図が鳴り、大きな衝撃とともに魔導車は公爵領を発った。
うららかな朝陽に照らされながら、勇真は窓の外を眺める。
流れる景色につい郷愁に駆られた。
日本にいた頃―――普通の高校生をやっていた頃も、勇真はこうして電車に揺られていた。
―――そして、その頃に隣には茜がいた。
「勇くん?」
正面に視線を戻す。
陽に照らされ、仄かに茶色がかってみえる髪が眩しい。
ふと、藤の服装が目に入る。
今、二人はアシュレイから貰った制服を着ていなかった。
個人的に色もデザインも気に入っていたのだが、毎日同じものを着るわけにもいくまい。
ということで、公爵領を出る前に数着買っておいたのだ。
そうした日常品なんかは、これもまた新しく買った背負い袋にいれて足下に置いてある。
異世界の出で立ちとなった藤はまるで別人のようにすら思えた。
「どうしたの?」
再度藤が問う。
慌てて視線を窓の外に戻す。そして横目で藤に目を向ける。
「...なんか、懐かしいなって。まだ10日も経ってないのになんだか遠い昔みたいだ」
言ってすぐ失言したことを悟る。藤は勇真ほどこの転移に好意的ではなかった。
日本でのことを思い起こさせる発言は失敗―――。
「そう、だね。でも、悪いことばっかりじゃなかったと思うの」
―――失敗?それはただの勇真の決めつけでしかなかったのかもしれない。
「大和にも茜ちゃんに会えないのは悲しいけど、ママに会えないのも寂しいけど、それでもわたし自分でも強くなったって思うの!」
晴れやかな顔で藤は言った。
雲の切れ間から覗いた太陽のような笑顔だった。
魔導車での陸の旅はおおよそ快適なものだった。
一応は警戒していた追手―――と言っても公爵領に着いた時点でないだろうとアシュレイの言はあったが―――もなく、あえて問題を挙げるとすると今目の前にいる人物だろうか。
勇真は窓の外に背けていた視線を正面に戻す。
幼女がいた。しかも藤の膝に座った状態で。
「あのー、藤さん。いつまでそうしてるつもりで...?」
「えぇ~?だってこんなにかわいいんだよ?いつまででも抱いてられるっ!」
そう言って抱きかかえた幼女のうなじに顔を埋める藤。幼女もまんざらでもなさそうな顔だ。
勇真はため息を吐きたくなるのをなんとか堪えた。
これでもう何度目かのやりとりだった。
勇真はもう一度窓の外に視線をやり今度こそため息をついた。
「...申し訳ございません。なにぶん遊び盛りなもので」
傍らに立つ女性が唐突に謝罪の言葉を述べる。
つい先ほど、突撃を仕掛けてきた幼女の後から追いかけてきた女性だ。
マーガレットと名乗ったその女性は、孤児院の先生なのだそうだが、魔導車に乗ってみたいとせがまれた結果こうして付き添いに任じられたそうだ。
幼女の行動力、恐るべし。
「で、その幼女もマスピッツに?」
「勇くん!幼女じゃなくてシルヴィだってば!ちゃんと呼んであげないと可哀想でしょ!」
藤にすぐさま窘められる。藤はもうこの幼女、シルヴィにメロメロのようだった。
しかし勇真は知っている。
シルヴィは藤が思うほど純真な子供ではないということを!
その証拠に、今も藤に見えないことを良いことに、勇真に向かって舌を出している。
先ほどから勇真が藤に窘められる度にこのような行動で勇真を煽ってくるのだ。完全に舐められっぱなしだった。
「...で、マルガリータさんたちもマスピッツに?」
「はい。本当は国からガンロワーネに来る時にもうすでに魔導車には乗っているのですぐさま帰るべきなのですが...」
そこで話を切り、ちらりとシルヴィに目を向けるマルガリータ。しかしシルヴィはそっと目を逸らし、振り返って藤の胸へと抱き着く。
「...あの子があの様子なもので...」
「心中お察しします...」
元凶はやはり幼女だったようだ。この年でこれだけ人を振り回すのだ。恐らく十年もする頃には立派な小悪魔が出来上がっていることだろう。
「あなた方もガンロワーネから避難を?」
「...はい。急な襲撃でろくな荷物は持ってこれませんでしたが...」
勇真としては心苦しいが、アシュレイに異世界人であることは極力秘密にするようにと言われていた。
あんな風に襲われるくらいだ。勇真もそれが仕方のないことだとは分かった。
「まさか、最前線でもない国にああして魔族が現れるとは思いもしませんものね。かと思いきや、それほど被害は大きくなかったと聞きますし」
その疑問も当然だろう。真実を知らない一般人からすると、今回の襲撃はただ夜中に来て家を数件燃やし、王城から少々煙が上がっただけというなんともはた迷惑なものだからだ。
「あら?そろそろ到着のようですね?」
不意に到着を間近に告げる鐘の音が鳴り響く。
結局穏やかな旅を過ごせたのは最初の数時間だけだった。後半はほとんどが幼女とマルガリータに費やされてしまったと言っていい。
またもやため息を吐きたくなる心地に陥ったが、なんとか窓の外を流れる景色に目をやりつつ耐える。
しばらくすると次第にゆっくりとなりつつあるそれを見て、勇真はふと思う。
――――結局どうして魔族はガンロワーネを陥落させることはなかったのだろうか。
「ようこそ、平和を愛する国マスピッツへ」
魔導車の検閲が終了し、アシュレイに導かれるまま向かった先は、マスピッツを治める要人たちがいるという賢老院と呼ばれる建物だった。
そこでアシュレイがこれまた手形を見せたところすんなり話が通り、ロビーのような場所へと勇真と藤、そしてアシュレイは通された。
ヴァン、護送隊、加えてなぜか付いてきていたシルヴィ、マルガリータはそこで別行動ということとなった。
そしてロビーで待つこと数分、現れた人物が発した言葉がそれだった。
「シャルル・アシュレイ少佐です。こちらは話が通っていると思いますが、ガンロワーネで保護した異世界人の二人です」
「おお!かの緑鬼か!噂は聞き及んでますとも。...そしてそちらが...おおっ」
なにやら気になる単語が通り過ぎた気がしたが、それを意識するよりも先に勇真は驚きのあまりのけ反った。
老人が勇真の方へと目を向けた瞬間、滂沱の涙を流し始めたからだ。
そのまま何度か頷いたかと思うと、老人は懐から出した手巾で涙を拭い始めた。
「年寄りになると涙もろくて敵いませんなぁ。あなた方を見ると、勇者様が思い起こされてしまいましてなぁ...」
どのような反応を返せばいいかわからずあたふたしていると、藤が老人に寄り添い背中をさすり始める。
アシュレイに目を向けると、アシュレイは目でなんとかしろと伝えてきた。
慌てて勇真は藤に倣い、反対側で背中をさする。
しばらくして、老人は落ち着き、礼を言いながら椅子を勧めてきた。
辞退するのもおかしいので、アシュレイ、藤ともども腰を落ち着ける。
そして好々爺然とした笑顔を向けて勇真たちに告げる。
「紹介が遅れましたな、儂は賢老院を纏めるイレイザー・トワネですじゃ。我々はあなた方を歓迎します」
勇者に縁のあった人たち。彼らが興した国マスピッツ。
そこにどうしようもなく惹かれる何かを感じた勇真だった。
♦♦
「ラスティは...まだか。こりゃ相手の戦力を甘く見すぎたか?」
ガンロワーネ国からしばらく離れた丘陵地、そこにフードを被った集団がいた。
傍目からするとその気の抜けた雰囲気から、近めのピクニックに来た観光客にでも見えるかもしれない。
「そんなことないでしょ。ラスティが弱かっただけじゃん」
「おいおい、滅多なこと言うもんじゃないぜシン。同じ俺の隊の仲間だろ?」
小柄な少年、シンを窘める男。
そんな男にシンは肩をすくめて答えた。
「だってドルヴィク隊長の読みが外れるわけないじゃーん。舐めてかかってぶっ殺されたに決まってるよ」
「あんまり持ち上げんなよ。ただの勘だぜ?」
男、ドルヴィクは飄々と答える。
和気藹々とした雰囲気だ。とても仲間の心配をしているようには思えなかった。
「――――っと、来たみたいだな」
不意に呟く。
その言葉に反応した何人かが、ドルヴィクの視線を追うと、遠い空に小さな影が見えた。
それが次第に大きくなり、人の形を成していく。
「...お?やっぱラスティの奴やられてんじゃん!くっそ笑える!」
肉眼で人影が判別出来るようになった頃、シンの笑い声が響く。
いつも通りのことなのか、誰も取り合おうとしない。
やがて人影、ラスティは転がるように集団目掛けて着地した。
「っ!!」
何人かの息を呑む音が響く。
それほどまでにラスティの負った怪我のほどは大きかった。
全身を浅く抉られ、傷がないところを探す方が難しいくらいだ。
中でも一番目を引くのは腹部に大きく開く穴だった。
絶え間なく溢れ出る血が、その傷の深さを物語っていた。
「メリッサ、応急手当を。...ラスティ、状況報告は可能か?」
「......さねぇッ...!ぅぐあッ...!」
メリッサと呼ばれた女性がラスティに手を翳す。そして何事か呟くとラスティは急に身もだえし始めた。
それと同時に、傷口が盛り上がり、コマ送りのように体が再生されていく。
「あいッつ、ぶっ殺してやるぅ。この、俺様にぃッ...!」
「...聞いてないよこいつ。怒りでぶっ飛んでるや」
「みたいだな。まあ、見るからに奪取には失敗したんだろ。手酷くしっぺ返しも食らったみたいだな」
ふむ、と数瞬考えるような仕草を見せ、指示を出し始めた。
「ラスティ、来た時のもう一度頼めるか?ほかの奴のだと安全なのはいいが時間がかかりすぎてな」
「逃したやつ追うの?」
「いや、半分以上はこっちに来たんだ、良しとしよう」
「一つは自爆されたんだけどね」
「言うなよ」
ドルヴィクは苦笑を浮かべた。
ふとちらりと集団を見渡し、そこで何か言いたげな人物を目ざとく見つける。
「どうした?」
「あ、いえ」
「なんだよー、言ってみろって」
食い下がるドルヴィクに、辺りを気にしながら女性は遠慮がちに問うた。
「...異世界人は、いましたか?」
「ああ、そうだったな。俺のところにはいなかったな。シンはどうだ?」
「残念なことにいなかったね」
「...だそうだ。ラスティは...落ち着いてからにした方がいいだろうな」
「そう、ですか。でもありがとうございました。探してくださったことも、こうして連れてきてくださったことも」
女性が深々と頭を下げる。隣にいる背の高い男性もそれに倣う。
――と、その仕草でフードが脱げる。
露わになったのは年若い少女だった。長めの真っ直ぐな黒髪が太陽の光に反射し、美しい艶を見せる。
風に靡く髪を押さえる姿がひどく艶めかしく、ドルヴィクは不覚にも見惚れてしまったことを自覚した。
「...まあ気にしなさんな、俺らだって用があってこうしてるんだ。案外ここじゃないところからぽろっとは出てきたり、な」
ありがとうございます。と再び礼を言う少女。
ドルヴィクはさて、と仕切り直し、周囲に聞こえるように声を張る。
「さぁ、やっとこさここからおさらばだ。窮屈な衣装を脱ぎ捨てて快適な空の旅を楽しもうじゃないか」
その言葉に小さく歓声が上がる。
よほど嫌だったのだろう、シンが真っ先に脱ぎ捨てる。
「はぁ~、ほんとなんで僕たちがこんな格好しなきゃいけないんだか。恥ずかしいったらありゃしない」
そう苛立ち混じりに呟き、さらっと胸元を撫でる。
そこには透き通った水晶のようなものが埋まっていた。
いや、シンだけではない。ある二人を除いた全員がそのような特徴を持っていた。
「ラスティ、いつまでも不貞腐れてないでそろそろ頼むぜ」