第八話 中立国へ
いやぁ間に合った間に合った。
ただ話が全然進まない...。申し訳ないばかりです。
毎日更新五日目です!
感想等があるともうちょい頑張れる気がするなあ!(チラ見しながら)
揺れる馬車の中、乾いた音が響き渡った。
勇真は何が起こったか分からないという顔をし、藤は口に手を当て息を呑む。
衝撃で横を向いていた顔を正面に戻す。そこにはやはりアシュレイがいた。しかし、先ほどまでと違うのはその腕が振りぬかれてるということだった。
「なぜ戻ってきた。私は公爵領へ向かえと言ったのだぞ」
勇真を詰問するその声はあまりの怒りでか、震えていた。
しかし、その怒りを受ける当の勇真はひどく困惑していた。
何故怒られなければならない。自分は正しいことをしたはずだ。
まるで自分に言い聞かせるようなそんな言葉が勇真の胸の内で渦を巻く。
思わずアシュレイを反抗的な目で睨みつけてしまう。
「...納得がいかないという顔だな。一から説明しないと分からないか?」
周囲の人は口を挟まない、挟めない。
藤は勇真の近くでおろおろと二人のやりとりを見つめるのみ。そして救出された護送隊の数人はヴァンによる応急処置を受けたばかりで満足に動ける状態ではなかった。
「魔族の目的はこいつの略奪、そしてお前たちの処理だと言ったはずだ。そんなお前たちが戻ってきてどうなる?お前たちが逃げ切れればそれで私たちの勝利だったのだ。事実、私たちはそれまで体を張ってでも時間を稼ぐつもりだった」
アシュレイは勇真より低い位置から睨み上げる。
そこには勇真にはない力強さと鋭さがあった。たまらず勇真は視線を逸らす。
「だが、お前たちは戻ってきた。来てしまった。それでもしこの新型宝珠が奪われていたらどうするつもりだった?」
「でも...!でも、奪われませんでしたっ。それどころかこうして逃げ切れて―――」
「それは結果論だ。...お前がこれの担い手になったことは素直に驚いた。だがそもそもこいつは軍属の兵器だ。軍に所属していないお前に使用権限はなく、万が一使用しようとすればそれだけで機密保持の対象になる。悪ければ、処刑だってあり得る」
アシュレイの言に目の前が暗くなっていくようだった。
自分はそれだけの危ない橋をだろうか。勇真の心をそんな思いがよぎる。
小さな疑念がやがて大きな後悔になろうとする時、藤の声がそれを遮った。
「ゆ、勇くんはあなたを、あなたたちを助けようとして怖いのを我慢して戻ったんですよっ!?どうして、そんなひどいこと言うんですか!」
「...軍属の私たちは死ぬことを常に覚悟している。そもそもこの兵器は私たちの命よりも価値があるものだ。―――助けに来る必要は、なかった」
「そ、んな。そんな悲しいこと、どうして言うんですか...。命が助かったんですよ...?どうしてもっと喜ばないんですか...」
――――どうして助けてくれた相手にお礼すら言わないんですか。
藤の濡れた瞳が煌めく。
その瞳には力があった。
他人に何らかを感じさせるそんな力が。
そしてそれは、アシュレイに届く。
「...発言を翻すつもりは、ない。ただ礼を言ってなかったのは事実、だな。死に直面してやはり動揺していた、というのは言い訳にしかならんな」
「アシュレイ、さん...」
「この通りだ。...ユウマ、私たちの命を救ってくれて、ありがとう」
深く、礼をする。護送隊の面々もアシュレイに倣い、同じように頭を下げた。
その光景にようやく勇真に実感が湧いてきた。
救うことが出来た。これだけの人数を。アシュレイを。
その一方で、アシュレイが口にした、死ぬ覚悟という言葉が頭の底に小さく絡みついて離れなくなっていることも自覚してしまった。
♦
「ここが、公爵領...」
馬車が外門に着き、衛兵に王都のカルロッサ殿下からと手形を見せると公爵領への入領はすんなりと行われた。
王都を城からの眺めでしか知らなかった勇真は、初めての異文化の街並みに感嘆の声を上げる。
現代のように高層の建築物が建ち並んでるわけはなく、高くて精々三階立てというのが勇真にはかえって新鮮な感じがした。
王都に襲撃があってからここに着くまで寝ていないという事実すら忘れて、初めて都会に来た田舎者の心持だった。
すぐに街行く人々に興味深げに眺められて恥ずかしい思いをすることになったのだが。
「ユウマ!宿屋が取れたぞ、着いてこい」
あそこまで軽やかに動けていることに勇真は驚きを隠せない。先ほどまで怪我で呻いていたとは到底思えないだろう。
アシュレイとは先の一件以来、関係は修復されたといってもよかった。
あの後少しの間は気まずい思いをお互いしていたが、アシュレイはあの通りの性格が幸いしたのだろう、すぐに何もなかったかのように話しかけてきた。
そこで勇真もずっとこのままではいたくはないという心境のもと数時間を過ごした結果、わだかまりはほとんどなくなったと言えるくらいにはなった。
「藤にはほんとに頭が上がらなくなってきたなぁ...」
小さく呟いた言葉が街の喧騒に攫われて消えていく。
藤は今、ヴァンとともに医療品やその他生活用品の買い出しに行っていた。自分は何も出来ていないから、と名乗り出たのだ。
だから、勇真は一人こうして黄昏ることが出来た。
―――藤はどんどん変わっていく。まるでこれまでの弱い自分を振り払うかのように。
変わっていくことは勇真としても嬉しいことではある。それがいい方向に向かっていることがなにより嬉しい。
だけどやはり、そうなることで思考が向かうのは変わっていく藤と比較した自分の姿だった。
あの時勇真は力を得た。一時的なものだとしても、何かを、だれかを守るために力を欲した。
その選択を勇真は間違いだとは思わない。
しかし、こうして冷静になってみると思うのだ。―――その裏では犠牲になった人たちがいたということを。
護送隊の内助けることが出来たのは、比較的軽傷だった数人だけだった。
すべてを助けたい、なんていうのは傲慢だ。勇真とてそれは理解できる。
ただ、もう少し。後少しだけでも速く決断していたら。そんな考えがふとした時に頭を過る。
――――そして。そしてあの少年。
アシュレイが魔族と、倒すべき敵だと言ったあの少年は。
「――今は考えない。考えちゃいけない、気がする」
頭を振り直前の思考をリセットする。
遠くでアシュレイが身振りで怒りを示しているのが見える。
勇真は急いでその場を後にした。
「さて、では状況をまとめよう」
宿屋の三階、その一室に勇真、藤、ヴァン、アシュレイ、護送隊の三人が集まっていた。
話を仕切るのは、アシュレイ。少佐、と呼ばれている事から分かっていたが、やはり軍属だったらしく、このようなやり取りは慣れているように見受けられる。
「ユウマやフジもいることだ、自己紹介から始めようか。まずは私から。改めて、シャルル・アシュレイ少佐だ。だが、シャルルの発音は好まない。ぜひアシュレイと呼んでくれ」
思わず目を皿にする。勇真はアシュレイと呼べと言われたため、それが名前だと思っていたがまさか苗字だったとは。
それにしても、シャルル。勇真にしてみたらアシュレイにはお似合いの名前に思えてならなかった。
「次は僕かな?まあ名前は知っているだろうし、階級かなぁ。ジハーダ少尉だよ。軍医が本業だねぇ」
そしてさらに驚きが重なる。まさかヴァンも軍属の人間だとは思えなかった。
いや、改めて考えるといやに詳しすぎる場面もあった。これで納得がいくというものだ。
護送隊の三人もヴァンに続く。三人とも軍曹の階級らしかった。
「今我々は王都ガンロワーネを発ち、ここ公爵領ペルシーラにいる。道中で確認した通り、カルロッサ様含め、王族や城仕えたちにも目立った被害はないそうだ。やはり狙いは宝珠とユウマたちの二点だったのだろう」
「まあ不幸中の幸いってところだろうねぇ。ドルヴィク隊だっけ?魔王の直属部隊だったよねぇ。本気で攻める気で来られたら一晩も持たなかっただろうしねぇ」
そんな相手に弓引いたのか。勇真は血の気が引ける思いだった。
「結果的に3隊に分かれたのが功を奏したな。...ただ他の2隊がまだ到着していない。一応明日の朝まで待つが」
――――恐らくもう駄目だろう。そんな言葉が続く気がした。
道中で同じように魔族と衝突したのだろう。そして結果は...。
やはり自分たちは運がよかっただけだと改めて実感する。
「我々はこの先中立国マスピッツに向かうが、そこで数日滞在することになるだろう。...そして、そこでユウマの件を上層部に報告し、沙汰を待つことになる」
藤が再び何か言いたげに口を動かすが、勇真の顔を見て口を閉ざす。
勇真自身納得のいっていない部分はある。だが、自分の行動の責任はとる必要がある。それだけは譲れない。
「だが、お前は担い手に選ばれた。先ほどは処刑なんて言っていたがそれはあり得ない」
アシュレイの補足に肩の力を抜く。
しかし、アシュレイの話はそこで終わりではなかった。
「しかし、選ばれたからにはお前には義務と責任が生じた。お前は軍に所属することになる」
軍に所属。唐突にフレディに言われた言葉を思い出す。
あの時は拒否することしか出来なかった。しかし、今ならば。
「俺は、嬉しかったんです。あの時、アシュレイさんたちを救えて。ありがとうと言って貰えて」
アシュレイは勇真を見極めるかのように凝視する。
勇真もまたアシュレイに力強い視線で応える。
「―――だから、俺に人を守れる力があるっていうなら、俺はその力を使いたい。そう思います」
「そう、か」
一言、アシュレイは呟く。
その表情に見えるのは歓喜か悲哀か、それとも別の何かか。
勇真が判別するよりも早く、アシュレイは無表情を繕う。
その後の話は、恙なく終わっていった。
ひと段落ついたところで、解散ということとなった。
勇真は自分の宛がわれた部屋へと戻ろうとする。
部屋を出る直前、藤がアシュレイと真剣な顔で話をしているのが垣間見えた。
藤にも色々考えるところがあるのだろう。勇真はそっとその場を離れた。
―――出発の朝の前夜の事だった。
そして翌朝、魔導車に乗り込み、一行は中立国へと出発した。