第四話 力との対面 後編
思い立ったが吉日ということで、正月まで毎日投稿を頑張ってみようかと!
遅筆な自分では無謀化もしれませんが、こう、自分の可能性とやらを信じて!
感想等をお待ちしています!
ウェディに連れられ、いやに重苦しい扉を抜けて入った部屋で真っ先に目に入ったのは見覚えのある服装をした人物だった。
「やぁやぁ、君たち久しぶりだねぇ」
「ヴァンさん!お久しぶりです!ってことは…」
「いやいや、僕は付き添いで来ただけでねぇ。話すのはこっち」
よれよれの白衣にだらしないボトムスの組み合わせといういつも格好でヴァンは長椅子から立ち上がる。
その隣、ヴァンが指し示す先には、壮年の柔らかな顔をした男性が立っていた。
「初めまして、異世界人達。っと区別して言うのも失礼かな?自分はフレディ。フレディ・ベスティーソだ」
ヴァンと同じくその男性、フレディも立ち上がり勇真と藤に向けてこの世界独特の挨拶をした。
ようやく慣れつつある勇真と藤も同様に返す。
そして、フレディの勧めから二人はヴァンとフレディの正面に位置するようにソファに座った。
「さて、では自分がカルロッサ様から代役を仰せつかったわけたけど、確か君たちがこの世界へ来てしまった原因の仮説まで話してたんだっけ?」
「はい、えぇと、カル…じゃなくて殿下からは」
「あぁ、大丈夫大丈夫。自分もヴァンも王族の名前を口にしたからと言って冷たい目で見たりはしないよ」
含み笑いを浮かべながらウェディを横目見た後、フレディはそう言った。
釣られて勇真もウェディに視線を向けると、ウェディは明らかにムッとした表情を浮かべていた。と思うと、失礼しますと一言告げ、扉の奥へ消えていった。
「あちゃ、ちょっも皮肉が効きすぎたかね。後であやまっとかにゃ」
紺色の短髪をくしゃくしゃと掻き乱しながら、フレディはそう言った。
やり取りからある程度親密な関係であることが読み取れたが、勇真はあえて拾わずに話を進める。
「それで、カルロッサ様からは俺たちが来たのは偶然が重なって、もしくは魔族に召喚されたからだ、と」
「ふむ、じゃあその続きから話そうかな。まず、我々ガンロワーネ国では、まず間違いなく魔族の召喚によるものと考えている」
「まぁ、偶然なんかでポンポコ来られちゃこっちも困っちゃうからねぇ」
重厚な机――恐らく執務机だろう――の方向にゆっくり歩きながら話すフレディ。その内容をソファに座り直したヴァンがすかさず補完する。
「じゃっ、じゃあ、もし他に召喚されていた人がいたとしたら魔族のところにいるってことですか?!」
と、突然藤が身を乗り出しながら聞いた。
勇真もずっと気にしていたことだ。自然と体が前のめりになる。
「結論から言うと無くは無い」
その言葉に勇真と藤は同時に肩の力を抜いた。
しかし、次に続く言葉にもう一度緊張することになる。
「だけど、もし召喚されていたとしたら、無理矢理兵士にでもされているかもしれない」
「なっ?!」
藤は息を呑み、勇真は驚きの声を上げた。
兵士。これまでの日常からは想像も付かない単語だった。
頭が空白に塗り潰される感覚に陥る勇真をフレディは静かに見つめながら話を続ける。
「まあ可能性は低いけどね。ただこれから言う話に繋がることもあって言わせてもらったんだよ」
「繋がる、話…?」
藤が食いつく。表情と色の抜け落ちたその顔からは何も感情を読み取ることは出来ない。
勇真は静かに拳を握り締めた。
「ああ、先に言っとくけどこれは強制なんて馬鹿な話じゃないからねぇ。医者の立場の僕からすれば言語道断な話でもあるからねぇ」
「ヴァン。説明するのは自分に任せると…」
「はいはい、それじゃあお邪魔虫は退場しますよぅ」
拗ねたように唇を尖らせ、ヴァンは退室していった。
残ったフレディが重いため息をつく。
「これから話す事は国家機密と言っていい。口外しないという確固たる意思があるなら着いてきてくれ。詳しいことは歩きながらにでも話すよ」
そう言い、フレディは背にある本棚に向き合う。
勇真達から死角にある手元でなにがしかの操作をすると、フレディの正面を境に本棚が左右に開いた。
「藤、俺は行こうと思う。藤は…無理に来る必要は…」
「行くよ」
短く応える声。そこに潜む感情はやはり見えない。
勇真は藤をしっかりと見据えた。
勇真を見る藤の瞳。そこに自棄の色が見えぬことにとりあえず安堵する。
藤を守ることが出来るのは自分だけだ。勇真は改めて心に刻んだ。
「ふぅー、よし、じゃあ行こう」
「…いい覚悟だ」
ぽつりと告げ、フレディは闇の中へ消えていく。
その後を勇真は藤の手を取り、付いていった。
暗闇に侵入して暫くすると後ろで響いた本棚の閉じる音が、逃げ道はないぞと念押しするかのようだった。
◆
本棚の扉を抜けた先の空洞は案外と長く、足下を申し訳程度に照らす照明に見守られ、勇真たちは奥へ奥へと進んでいく。
無言の時間が長く続いたように勇真には感じられたが、唐突にフレディによって静寂が破られた。
「魔族。魔法を操ることに長け、それを誇示するかのように使えない我々を侵略しようとしている残酷で残忍、そして醜悪な奴等だよ」
フレディの言葉には確かな怒りが滲んでいた。軽はずみに口を挟んではいけないと思えるほどの凄まじい怒りが。
足音を高らかに鳴らしながら、フレディは続ける。
「そんな我々は魔族共と戦うための力を強く欲した」
「ちか、ら…」
「そう、力だ!魔族に対抗できるような力!高みでふんぞり返っているやつらを捩じ伏せるだけの力をだ!」
フレディの言に徐々に力と熱が籠っていく。
繋いでいた左手が固く締まる感触に、勇真も同じように返す。
「そんな時だ。我々は力を手にした」
フレディはピタリと立ち止まり、勇真たちを振り返る。
その背後には金属作りの堅牢な扉が見えた。
「これが『力』だ」
フレディが後ろ手に扉を開く。目に入ってくるのは―――これまでと違い暗闇の黒ばかりだった。
――と、突然照明が点灯し、一瞬視界が白に包まれる。
闇に慣れた視界が、何もない空間でただ一つ光に照らし出されたそれを映し出す。
勇真たちの目の前にあったのは、黒光りする5つの球体だった。
「4年前の大戦の折、こいつの試作機が出てからは流れは完全に人族のものにすることが出来てね」
「これを俺たちに見せて、一体どうしろというんですか...。戦えと...?」
勇真の問いに藤ははっと息を呑む。
「そうだよ。でも強制するわけじゃない。ただ提案するだけだよ」
「提案...?」
「君たちを召喚したのは魔族だ。そして召喚できるのなら送還することも可能なはず。これは君たちが早く帰ることを望むのなら、という話だよ」
はず、だなんて確実性の低いことに命をかける。それがどれほど無謀なことなのかは考えるまでもない。
「そんなの...そんなのずるいですよっ。そんなこと言われたら...」
「もちろん、断ってくれてもいい。断ったからと言って君たちの友人の捜索は恐らく取り止めになることはないし、仮に魔族を淘汰する過程で送還方法が判明した場合、いち早く君たちに伝えるだろう」
その言葉に勇真は俯きかけていた顔を上げる。それが本当なら勇真たちが命を懸ける必要など皆無だ。
藤に自分の意見を伝えようと勇真は隣に視線を向ける。
「藤、俺は―――」
「わたしは...戦う」
「なっ!?」
予想もしていなかった言葉に驚きの声が漏れる。
勇真が言おうとしていた言葉とはまったくの逆の位置にある言葉だった。
「藤、どうして!俺たちは戦う必要はないんだ!被害者なんだよ俺たちはっ!」
「それでも、そうだとしてもわたしは、大和を探したい」
強い決意を感じさせる言葉だった。心なしか、藤が煌めく光を薄く纏った様にすら感じられた。
自分の想い人のために命を懸ける。今の勇真にはどうひっくり返っても茜のためにそこまで出来るとは思えなかった。
光によって闇が際立つのと同じように、藤という光を横にして、勇真は自分の闇を目の当たりにして自己嫌悪に陥った。
しばし、場に静寂が満ちる。誰も言葉を発さず、身動きもしない。
そんな時間がどれだけ過ぎただろうか、おもむろにフレディが口を開いた。
「まあ、すぐに決めろという話でもない。どちらの道を選ぶにしても君たちはこれと共にある国へと行ってもらうことになっている。精鋭たちで構成された護送隊も付いていくから安全面での心配も皆無だよ。もう準備だってほとんど出来ていると言っていい」
「どうして、移送なんて...」
「危険だからね、こういう物を一所に留めて置いたら。君たちを移すのは、その国が異界人に理解のある国だからだよ。なんたって、勇者様に救われた人たちが興した国だからね」
♦♦
夜までの残りの時間を勇真は魂の抜けたような心持ちで過ごした。
藤の決断、ただそれだけが勇真の胸に重しのように圧し掛かっていた。
藤の考えた末の結論であるそれを、勇真が否定してもいいのか。する権利が勇真にあるのだろうか。
そうして寝具の上で考えを巡らせていた内に眠ってしまっていたせいか、勇真は夜中に目が覚めた。
「藤...?」
小さく扉の開く音がした。勇真は寝具から起き上がり、居間の方へと歩く。
扉を少し開け覗き見ると、どうやら音はテラスの方から聞こえたようだった。
勇真は藤の後を追うようにテラスの扉へと向かっていく。
扉を開けると、膝を抱え込んで座っていた藤が勇真の方へと顔を向けた。
「あっ、起こしちゃったね」
「いや、考えごとしてたから丁度よかったよ。...藤、ほんとに、いいのか?」
主語を省いた勇真の言葉。その真意は藤に容易に伝わる。
藤は勇真に向けていた顔を夜空へと向き直し、吐息に混ぜて答えた。
「うん。もう決めたの。馬鹿だって言われてもいい。無謀だって笑われてもいい。それでもわたしは大和に会いたい」
やはり、強い。その姿は、勇真が守らなければと考えていた妹のような姿からは遠くかけ離れていた。
「藤は、すごいな。こんな状況で人の事を考えられるんだ。俺なんかとは全然違う」
勇真は立ったまま星を眺めつつ、そう零した。
地球とは違う星の配置、それすらも勇真に現実を突きつける。
最初に異世界だと分かった時、勇真は間違いなく自らが興奮していることを感じていた。
非日常、代り映えのない日常を過ごしていた勇真にとって魅力的な言葉だった。
事実、楽しんでもいた。地球にない魔術という概念に触れて、読んで、関心を抱いた。
だけどそれらは、現実の光の部分だった。
こうして今闇の部分に直面した勇真には素直にそう感じられた。
こうして数日をこの城で過ごしてきて、否応なしに知らされた現実。魔族と戦争状態であるという事実。
地球では、戦争という言葉は遠い国での出来事をテレビで聞くことでしか実感できないものだった。
それが唐突に目の前に転がり込んできてしまった。
「...勇くんは、優しすぎるんだよ。こっちに来てから、ずっとわたしの事心配してくれてたの知ってるもん。勇くんが悩んでるのは、わたしを一人にしていいかってことでしょ?」
「それは...」
図星だった。勇真の本音は、戦争には出たくない。だけど藤を一人にするわけにはいかない。その二律背反の真っただ中にあった。
「大丈夫。わたしはもう大丈夫だから。勇くんは勇くんのしたいようにしていいんだよ」
それは、甘い蜜のような提案だった。藤の言う言葉はすなわち、自分は見捨ててもいいから勇真は生きていいと言ってるのと同義だ。
勇真にはおいそれと頷く事の出来ない申し出だった。
「だって、そうしたら藤は―――」
勇真のその言葉は爆音により最後まで紡がれることはなかった。
勇真は慌ててテラスの手すりに駆け寄り、音の方向へと身を乗り出した。次いで、藤も勇真の隣で同じように身を乗り出す。
「なっ...!街が、燃えてる...!」
闇に染まった城下を彩る赤い炎。
逃げ回る人々。
その怒声や悲鳴が勇真たちのいるテラスにも届くかのようだった。
「ユウマ様、フジ様!」
城下の惨状から目を離せないでいた二人を背後からウェディが呼ぶ。
いつもは無表情なウェディには明らかな焦りの表情が滲み出ていた。
「どうぞこちらへ、詳細は移動しながら話します」
文字通り問答無用で付いていくことを強要される。
勇真にも藤にも断る理由も権利もなかった。
「今回の下手人は恐らく魔族。この規模から考えると上位に近い者たちが出て来ている可能性は高いとのことです。そして―――」
勇真と藤が付いていけるギリギリの速度で廊下を進むウェディ。
追い抜かす人々には焦燥と恐怖、そして怒りが見て取れる。
「そして、目的は恐らく、新型兵器の奪還、破壊と......異世界人であるあなた方の処理、と」