覚醒Ⅳ~レインと俺~
()で囲っているのはレインが言ったことということにしました。
そんな結論を出した後、俺は考えていた。何のことかについてかというと、あの冷静な思考をしたときの俺自身についてだ。いつもの俺なら絶対に「お前がそれを言うとシャレになんねーよ」という一文を聞いたとしても、魔法師である。などと瞬時には思いつかないだろう。
(そりゃ、そうだろうな。日本は平和だからなそういう他人を疑うとか言葉から情報を多く取ろうとか考えはないだろう)
俺の心の中でそんな幼い声がした。俺は確信した。二重、(正解だ。俺は、十歳のレインだ。短い時間だろうけどよろしく)よろしく。で、多重人格になるのは必然だと思う。人格とは、人生の記憶から形成されるものである。そして、俺は完璧にその記憶を吸収しきれてない。だからまだもう一人の俺の人生の記憶を吸収しきれてない俺は、二つの人格を有することになるのだ。
だからといって一生、二重人格か?というとそういうわけもでもない。さっき言ったように、人生の記憶からくるものだから、俺が記憶の中にあるもう一つのレインとしての人生の経験をなじませ吸収していけば、一つの人格になるだろう。だから、レインは『短い時間だろうけど』と、言ったのだ。
恐らく人格は結局、レインよりの少々冷静な人格に収まるだろう。なぜ、レインよりの人格になるかといえばレインの人生の方が重みがあるし、感情が深く残っているからだ。俺は受験勉強を頑張った以外はたいした苦労をしていないので、レインの方が強く残るのは当たり前である。
そんなことを考え終わると、俺はボーっと入学式終了直後まで過ごしていた。だが、俺は重要な事実に気づいた。隣の男子って相模じゃねーか!俺が気づかなかったのはまだしもなんで、もう一人の俺ことレインさんが気づかなかったのだろうか?そんなことを疑問に思っていると、レインさんが話してくれた。
(いや、だって友達なんだろう。知らせたら後々気まずくなったりするかも知れないじゃないか。だから、伝えないほうがいいんじゃないかな。と思ってな)
コレはうそだ。なぜ解るかというと相手の感情がこちらに伝わってくるからである。ちなみに、今のレインさんの感情は焦りだ。所詮は十歳の子供なので、こういう抜けたところもあるのだろう。ふと、思ったのだが人格とは人生の経験から形成されるものである。
もしも、十歳以上の記憶を思い出したときにレインさんがこの性格ではなかったらどうなるのだろうか。まあ、神々しい声の幼女だって封印をわざわざ最低限にする必要などないので、これ以上思い出すことはないのだろうが。そんなことを思っていると、俺たちの退場のときが来た。