余計な言葉
この作品は全編を通して死や存在の消失をテーマにしています。作品の特性上、自殺をした、またはその願望がある描写が多分に含まれます。直接描写はほぼ皆無ですが、本作は自殺等を推奨していません。私自身が生きるってなんだろう、死ぬってなんだろう、人が一人消えることはどういうことなんだろうと考えて書いています。
以上のことから死をテーマにした小説が苦手な方は読むのをお控えください。
誰に対してどんな感情を向けるべきなのか、私には分からない。
自分の中にどんな感情があるのか、目の前で起こっている現象に対してどんな反応を起こすことが正しいのか。それは分かり切っているのに、体はそれに従うのに、私を遠くで見つめる私は冷めた目でただただ私を見つめていた。
遠くから私を見つめる私のことを、きっと他人は『心』というのだろう。でも私には私にそっくりな彼女を【監視者】のように捉えていた。
私の行動のその誠意のなさを、無言で見つめ、記録し、断罪している。そんな気さえしていた。
その感情すら、私が今までの人生で植え付けられてきた両親の教育と世間の常識、処世術が生み出した偽物なのだろうか。
──私には、分からないのだ。
「私は・・・」
一体、何者で、何のためにあるのか。
その答えすら、本当はもうとっくの昔に出ているのだ。
「この世に生まれた意味なんてあると思う?」
「・・・何の話?」
高校時代から知り合った露はひどく奇妙な子だった。私も大概奇妙というか、変わっているという自覚はあるけれど、露は他人が口に出すほどに奇妙だった。成績はよかったと思う。社交的な方だったけど、どちらかというと一人を好んだ。その言動は突拍子がなくて、さっきみたいな発言を脈絡なく言ってしまうから周囲は彼女を変人扱いしていた。頭のいい変人ほど目立つものはない。その発言内容がネガティブなものだったから、余計に目立った。いわゆる悪目立ちだ。いじめに合わなかったのは、一重に露が他人と慣れ合わなかったからだと思う。孤立している状態が常だったから、いじめの機会がなかったのかもしれない。真偽はともかく露は変わっていた。
この世の中に対してとても空虚で、なんにも期待していない目をしていた。
死んだ魚のような目が日の光を反射して異様な輝きを灯す様が、私には怖くて、少しだけ安心できた。
彼女は私の同志だ。今まで出会った人間の中で一番自分に近い、そんな存在。
彼女は私の鏡なのだ。同じ疑問を私が持っていると、思ったのだろう。
「自分という存在がこの世の中に生まれた意味を、どう思うよ?」
「・・・意味なんてないよ。」
「・・・。」
「どうかしました?」
呆けた様な露を不思議に思って見上げると、露は驚きに見開かれた目をそっと細めてへたくそに笑った。
「雫が即答したから驚いたの。しかも色好い返事がもらえなかった。」
内心舌を打った。
露の見透かす様なその答えに苛立ちを感じる。
「露さん相手に気を張る必要なんてないじゃない。」
私の鏡が露であるように、露の鏡は私なのだ。お互いのことをよく知っていると思う。気味が悪いくらいに。そう思っている。
「そうだね、で、どうしてそう思うの?」
「露さんは台風が生まれる原因を知っている?」
「うん? 台風? 熱帯地方とかの海域で・・・」
「説明はいらないから。簡潔に。」
そんな学術的な模範解答は求めてない。
「我儘だな・・・まあ、いいや。つまり熱帯の海水域で発生した上昇気流が積乱雲などを伴って成長し、次第に熱帯低気圧になって、最終的に周囲を巻き込むほど気圧が低くなって明確な形を持ったのが台風でしょう?」
「へえ・・・うん、まあ、そんなところ。それで露さん、その台風が発生した意味は分かる?」
「それは・・・」
露が答えに詰まった。当たり前だ、台風には発生するメカニズムや条件、原因は分かっているけれどそこに生まれた理由はないんだ。
それは人間の誕生とその人間の存在意義に関しても同じことが言えるんじゃないだろうか。人間が誕生する原因は男女が愛し合った結果だ。原因はあるけれどそこに理由はない。意味なんてない。
だから私達が生きていることに、意味なんてない。そんなものは存在すらしない。そんものをわざわざ問う方が間違っている。
この世の誰も、生きている意味がある人間なんてない。
何故なら私達の誕生には、原因があるだけなのだから。
「そんなことで惑うなんて、露さんらしくないね。」
何者にも揺るがなかった露さんのその質問。あの時私が答えなかったら、何かが変わっていたんだろうか。
露さんの遺影を見つめながら、私はそんなことを思った。