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千の夜をゆく 5

千夜がキョウの声を聞いたのは初めてではありませんでした。

よって修正します。

他にも記載整備しました。

頭沸いてましたね…。

屋敷の与えられた部屋に戻った俺は、使用人の女に砂まみれなのを見とがめられ、新しい服を渡された。

寝台に腰かけ、動きの悪い左足に配慮しつつ着替える。仕方のないことだが、何をするにも苦労する。

この左足の怪我がなければ、照濫に勝てただろうか。

(いや、恐らく無理だろう)

相当鍛えているとは感じたが、予想以上に矢は鋭く速かった。矢が俺を射ず外れたのはわざとだったのだろう。苦し紛れに俺が放った石など、当たる訳もなかった。

その照濫は、昼過ぎに俺の部屋を訪れた。

どこかの少女よろしく、木造りの盤を携えている。天地黒白(てんちこくびゃく)を一局打てと言う。

俺は黒石を、照濫は白石を握る。譲歩(ハンデ)の石はない。

この盤上遊戯においては、必ず黒が先に打つ。そして先打ちの黒が有利とされる。

この何日かでキョウ相手に鍛えた俺だが、さて、照濫相手ではどうか。

先ほどのやりとりの後、緊張がない訳ではない。だが純粋な好奇心も捨て切れず、俺は一手一手を進めた。

照濫の打つ手は、手堅く、護りに厚い。俺にはわからぬが、恐らく定石をよく知っているのだろう。

キョウのように瞬時に返す程の速さはないが、それでも打つ手は十分に速く感じる。そして大変攻めにくい。こちらが突出した攻撃の一手を、平然と回避してしまう。何手かかけて積み上げた攻勢は、堂々と迎え抑えてしまう。

(成程、打つとよく相手がわかるものだ)

そして、俺が照濫をよく知るように、照濫もまた、俺を読んでいるのだろう。

その一局は照濫の勝ちで終わった。

キョウがやるように、照濫も石を黒白と置き換え、盤上に並べ替えていく。

黒白(くろしろ)の差はわずか六石。だが、この差は偶然の余地のない、確かな差だと感じる。次に再び照濫と打ったとして、やはりこれくらいの差で俺が負けるだろう。

「…姫様の言う通りだな」

口元を緩め、照濫が呟く。

「キョウが何を?」

「千夜を知りたければ、一局打って来いと仰せになった」

やはりこれはキョウの差し金か。

「それで、一局打った結果、俺はどのような人物なのだ」

大真面目に問うと、くくっと照濫は楽し気に笑う。失礼な。

「なかなか果断な人物だな。例えば序盤、手前のこの辺りに打って私からごっそり白石を奪っていった時」

照濫は盤上の一角を指す。覚えている。左下側で三石を取られ、その後右下で四石犠牲にし、その後で十二石奪い取った。

俺は大技が決まった気分ですっきりしたものだ。

「はじめの三石の犠牲の後、左側へ進めばまた別の道がつながる。左側へ進まず、右下を攻めたとして、次も四石の犠牲だ。ここで普通はひるむ。次の手に慎重になるだろう。だがおまえはひるまず次の手を打ち、私から十二石奪っていった。

苦し紛れの手が当たり、石を取ったかとも思ったが、違うな。

千夜、おまえは二回の犠牲の先に十二石が取れると初めから気づいていた。そして迷いなく七石を犠牲にしたのだ。その後の十二石を奪うために」

「先の利益のために犠牲を厭わない。それが俺だというつもりか」

なかなか当たっている。そう思った俺を、苦笑して照濫は見た。

「何も考えず私がただ千夜と打っただけならば、恐らくそう思っただけだろうな。

だがその手を打つ時にな。千夜、私はおまえの顔をよく見ていたのだ。

おまえは随分と楽しそうに打っていたな。楽しそう、いや面白そうに。そして私から十二石奪った時、堪えきれないとばかりに目線が勝利に緩んでいた。無論勝負中のこと、感情の表れはわずかではあったが。

…姫様は、その意味を考えろと言われた。千夜は犠牲を厭わない。肉を切らせて骨を断つ、それをまさしく実行するような手を打って来るだろうと。喜々としてそんな手を打つ、その意味をよく考えろと。

私もこの一局で何回もその場面に遭った。そしておまえを見た。それで考えたのだ。

普段からそのようなふるまいをする者は、遊戯でそうしたからといって、わざわざ喜んだりはしない。千夜が犠牲を厭わず思い切った手を打ち、それができた時に実に楽しげな顔をするのは、普段そうできずにいるからではないかと。

石はただの石だ。犠牲にしたところで何も言わぬ。だから何の抵抗もなく犠牲にできる。人相手ではそれができない。

だからおまえは、この天地黒白(ゲーム)では殊更冷酷な手を打ち、それに快感を得ているのではないか。

それは、たとえ良い一手が見えていたとしても、人を犠牲にして冷酷に振る舞うことのできない、千夜の人としての器を表しているのではないかと。

――私は、そのような人物を嫌いにはなれない」

一瞬、俺は沈黙した。

「…買い被り過ぎだ」

(それがキョウの助言か。それが、キョウが俺と打っていて感じとったことなのか)

(なんという頭の回り方だ)

「キョウは、あの小川で何をやっていたんだ。あのようなことはよくあるのか」

盤に並べられた石をとり、さっさと壺に片付けながら、俺は言う。

あからさまな話の変え方に、だが照濫は押し黙り、俺の表情を測る。

「あんなところで裸になっていたら、見られるのも道理。それがわからぬキョウでもないだろう。他に場所はないのか」

姫君の裸身を盗み見た俺が、自分の行いを正当化するような発言に、照濫はむっと不機嫌な顔をする。だが、俺の言うことにも一理あると思ったらしい。

「…姫様には、やめてほしいとはお願いしているのだが。聞いて下さらない。禊の場は、屋敷奥にもあったのだが…」

照濫は口を噤んだ。それ以上は一言も言いたくないとばかりに。

ふいに、キョウの声が脳裏によみがえる。

(千夜はあの男じゃない。私は母さまじゃないわ)

「あの男とは誰だ。母さまとは。ここにはキョウの母親がいるのか」

「…姫様の母上様は、お亡くなりになられた」

それきり照濫は何も言わない。

(これも禁忌か)

「キョウは、照濫とはよく話すのか」

「…よく? 普通に話すが」

「俺がキョウの声を聞いたのは、名乗った時と先程の二度だけだ」

言うと、照濫は腑に落ちたようだった。

「…昔、姫様が猫を拾ったことがあってな。その時もそんな感じだった。

始終拾った猫のことを気にしているくせに、いざその猫を前にすると、全くそんな素振りを見せないのだ。まるで知らぬ顔をする。餌も、毛並みも、ちょっとした仕草もよく見ているくせに、まったく執着する風でもなく、当の猫がふらりと消えた時も、ごく自然な顔で放っておくのだ」

「俺は猫か」

「そうだな。きっと猫だ。怪我をして行き倒れていた千夜を拾ったのは、純粋に哀れに思ったからだろう。姫様が何かを拾って連れて来るのは珍しいことじゃない。巣から落ちた雛だったり、猫だったり、犬だったり、…人間を拾ったのはさすがに初めてだが。それもこんな大の男を」

はあ、と照濫はため息をつく。

「少しは反省してくださるといいのだが。姫様の拾い癖は病気かもしれない。

だがそれも、ただ拾うだけだ。困っているのを放っておけず、助け、心配なくなるともうそれで良い。拾われた猫がどこかへ去っていっても追わない。

千夜。ゆめゆめ、自分を特別だと思わないように。姫様にとって、おまえはただの猫なのだ。姫様は怪我をした者をただ放っておけなかっただけだ。時がたち、怪我が治っておまえが出ていっても、きっと姫様はおまえを探そうとはなさらないだろう。ごく当たり前の顔で、おまえが現れる前の日常に戻られる。…そう肝に念じておくのだな」

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