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遺書は捨てられし 2

声を枯らして泣き、泥のように疲れ果て、何もかもを奪われて捨て置かれた私を迎えに来たのは、照濫だった。

「姫様…」

掠れた声で呆然と呟き、絶句する照濫。私は、その姿を見た途端、何ともいえない虚脱感を感じる。

終わった。終わってしまった。その諦めと、奪われつくしたのだから、もうこれ以上奪われることはないのだという奇妙な安堵。

「照濫。私、どうずればいい? 今日まで、いろいろ想像してきたわ。巫女になって、月神(つきかみ)さまにお仕えして、うまく神託を授けられなかったらどうしようか。不吉な言葉を授かったらどうしようか。何か粗相をして、お仕えできなくなったらどうしようか。

でも、でも、巫女にすらなれないなんて、私、想像してもいなかった。私、どうなるの? 巫女になれない私は、これからどうしたらいいの?」

照濫は何も言わず、耐えきれないように私に近寄り、私の体をかき抱く。

昨日までの私なら、その腕を愛おしく思い、その背中に自分の腕を回しただろう。

だが今はただ、(おこり)のように震え、拒絶するばかりだ。

照濫とても男。私を犯したあいつと同じ。

そんな筈はない。幼い頃からいつも一緒にいて、長じて巫女となる筈の私をずっと支えてくれた、異国の高貴な女性を守る騎士のような存在。私は照濫を頼りにし、恐らくその意味さえ知らず、愛していた。神の花嫁になるのでなかったら、きっと彼と結ばれることを夢見ていた。照濫はそんな存在なのに。

私を組み敷き、衣をはぎ取り、強引に体を繋いで蹂躙したあの男の顔が、薄く笑う唇が、押さえつける腕が、私の視界を黒く染める。愛しい照濫さえかすむ程に。

「触らないで。照濫。お願い」

血を吐くように、私は言った。

「近寄らないで。私は穢れた。私は、わたし、照濫、わたし、…」

後は言葉にならなかった。

嗚咽が禊場に響き、こだまする。清らかな泉の水に、赤い血が混じる。私の穢れた血だ。

(これからどうなるのだろう)

私ひとり、穢されたのではない。この禊の場まで。神との儀式まで。

(どうしよう。何か、きっと、恐ろしいことが起こる)

照濫。その腕にすがりたい。抱きしめられてぬくもりに安心したい。

でも、触りたくない。どこかへ行ってほしい。穢れた私を見ずに、ひとりにしてほしい。

嗚咽が止まらない。獣のように、言葉にならない声を私はただただ叫び、すすり泣いた。


夜が過ぎ、日が昇り、一族の主だった人々にその出来事が明らかになり、でも当の私は、自分の部屋に閉じこもったまま、ろくに誰とも会わず、寝台に伏せっていた。

いつもならそばに控えている照濫とさえ、ろくに顔を合わせていない。護衛として部屋に入ろうとした照濫を、私は初めて遠ざけた。

「今は、顔を見たくないの。ごめんなさい。お願い」

そういう私をどう受け取ったのか、悲痛に目を眇めて照濫はただ頷き、部屋を出て行った。

照濫以外の男性は、目にしただけで吐き気を催し、私の周りは女性で固められた。もともと巫女となり男子禁制の場へ行くつもりだったのだから、特に問題もなかった。

本当は、女性なら良いどころか、私は、誰とも会いたくなかった。誰もが、私が穢されたことを知っている。永遠に巫女になれない私はただの役立たず、今まで私が総領姫としてちやほやされてきたのも、いずれは一族のために巫女となるから。それがかなわない今、誰が私にかかわろうとするだろう。役立たずの穢れた姫、心中でそう軽蔑されながら仕えられていると思うと、心が砕かれ失われる。

生きていても仕方がない。そう思う一方で、だったら死のうと思う程の気力もない。

何もかもが色あせ、何を感じることもなく、ただただ時が過ぎていき、

そうして、私は、ただ死なずにいることさえ、できなくなった。

ほんの少し動く度に襲う吐き気と、心の定まらない気持ち悪さ。

ずっと訪れない月のもの。

たった一夜、たったあれだけの時間で、私は、子を孕んでしまっていたのだ。

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