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偽りのルノワール  作者: 小美里 戒
第3章 王宮の陰
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第八十八話 祈りの地 ~街中散策~

 

 ルーディット。

 最近は雑多な気配に満ちたアゲハで暮らしているからだろうか。

 ミストリア王国南部に位置するこの街は、どこか活気に乏しい印象を受けた。

 

 決して人口は少なくない。

 にも拘らず外を出歩く人々に出くわすことが余り無いのだ。

 市場の類は存在せずに、ひっそりと農場を営む農家の方々がいらっしゃったりする程度だった。


(いや活気が無い、というよりも)


 どこか静謐……神秘的な雰囲気があった。

 もちろん全てが『そう』という訳ではないけれど。


(そう言えば僕ってこの街に来たのは初めてかも)


 とはいえ街の地図は全て頭に叩き込んであるし、概要は知っている。


 この街はミストリア王国の民にとっては特別な場所だ。


 建国の祖たる大賢者『カーマイン』。

 当時戦乱に塗れていたこの地を併合した偉大なる人物だ。

 強力無比な魔術師であり、圧倒的な指導力を持った女性であると伝えられてる。

 彼女の生み出した魔法具や結界が未だに王宮やルーディットの祈りの祭壇に根付いていることからも、カーマインの尋常ならざる力の一端を窺い知ることが出来る。

 

 カーマインの血族。

 すなわち王族所縁の人間でなければ、立ち入ることの出来ない結界、扱えぬ魔法具の類は全てカーマインによる封印であるらしい。


「なんだか活気が無いわね……」


 カナリアがひっそりと呟いた。


「いつもはこうじゃないの?」

「うぅ~ん、儀式の時は大勢の人がいるから、寂しく感じるだけかも」


 現在僕とカナリアは、どこからどうみても平民と思しき服に身を包んでいた。


 藍色のスカートに白を基調としたドレスシャツを身に纏ったカナリア。

 今の彼女は洒落た出で立ちであっても、豪奢な印象は皆無だ。

 僕も簡素な黄土色のパンツに、上衣は薄い赤系統のシャツを着て、その上から黒の安皮のジャケットを羽織っているのみである。

 

「いきなり祭壇まで行くの?」

「……そう、だね」


 僅かに考え込み、僕は頭を振った。


「まずは街の様子を見てみよう。出来れば祭壇に向かう前に周辺の調査も済ませたい」

「分かったわ」


 カナリアは素直に頷き、僕の隣を歩いている。

 普段のように、王族に傅く従者、なんて振る舞いはしない。

 まるで普通の友人同士のように僕達は街中を歩いていた。


「うーん、手でも繋いだ方がいいのかな?」


 現在の僕たちは若い男女二人組だ。

 ならばカップルに偽装した方が自然に見えるのではないだろうか。

 そう思い、何気なく呟いた……のだけれど。


「へあっ!?」


 カナリアは素っ頓狂な声を上げた。


「ななな、なにをっ!?」


 この過剰とも取れる慌てふためきよう。


(あ、しまっ……流石にデリカシーがなかったか)


 以前ディルに教えてもらった潜入方法の一つに若い男女のカップルの振りをする、というものがある。

 彼によく勧められ、リィルとはカップルに扮装したりしているのだけど……いくら仲が良いといっても相手はお姫様である。配慮が足りなかった。


「あ、ごめんね……流石に嫌だよね」


 僕が頭を下げると、彼女はものすごい勢いで首を振った。


「うっううんっ! 全然!」

「へっ?」


 首を傾げつつ顔を上げると、狼狽するカナリアと目が合った。


「いやそのだから……っ」


 カナリアは俯きがちにもじもじと体をくねらせている。

 彼女は頬を朱に染めながら、囁くような小さな声を漏らした。


「だだ、だから……ぁの、手を、繋ぎましょう」

「あ……」

 

 そういっておずおず、といった様子で差し出される白い手のひら。

 透き通るような瑞々しい、お姫様の手だ。

 とはいえ唯、たおやかなだけの少女の手ではない。


 恐らく日頃からちゃんと鍛えているのだろう。

 メフィルお嬢様よりも、しっかりとした手だった。

 どちらかというと、少女というよりも……戦士の手だ。


 それでも驚く程に白く、美しい姫君の手の平であることに間違いは無い。


「ふふっ」

「な、何がおかしいのよ……」

「いやなんだか」


 あまり誰かと手を繋いだりする経験が無いのだろう。

 それにここは王宮でもアゲハでもない。

 年に一度は訪れるとはいうが、それにしたって彼女にとっては異国同然である筈だ。


 様々な状況が折り重なり、どこか緊張した様子で僕を睨むように見上げるカナリアの顔を見つめながら、


「なんだか可愛いな、って思って」


 僕は正直に心情を吐露した。

 苦笑しつつ呟いた僕の言葉を聞いたカナリアは物凄い勢いで首を振り、


「っ!!?」


 すぐさま明後日の方向へと目を向けた。


「どうしたの、キャシー?」


 僕は偽名で彼女の名前を呼んだ。

 まさか、カナリア、なんて本名で呼べるわけもない。


「い、いやそのっ、なんでもないわ!」

「でも……」

「本当になんでもない! こ、こっち見ないの!」

「そ、そう?」


 まぁ、彼女がそう望むのならばそうしよう。


「……さて、と」


 僕はさり気無い所作で街中を見渡すようにして、慎重に周囲の様子を窺った。

 視線だけに頼ることなく、耳をすませ、嗅覚すら活用しながら決して油断することなく、様々な気配を辿っていく。

 街中の散策を始めてから現在の所、特におかしな部分は見当たらない。


「ん?」


 しばし何気ない様子で街中を探索していると、物珍しい店が目についた。


「あ、懐かしい」


 僕の声に誘われるようにしてカナリアも視線を動かしていく。


「あっ!」


 そして彼女は思わず声を上げた。

 とある店の看板。

 その模様に見覚えがあったからだろう。


「『トーポ』じゃないかしら、あれ?」

「うん、そうだね」


 初めて僕達が勝手に王宮を抜け出した日。

 カナリアが並んでいた列を横抜かししようとしたと勘違いされて、怒鳴られたお菓子屋さんである。


「なんだか懐かしいな……」


 実際に店に入った訳では無かったけれど……僕にとっては、あんな小さな一幕であっても、良い思い出である。

 彼女にとっては……どうなのだろうか。


「本当に……懐かしいわ」


 遠くを見据えるようにカナリアは目を細めていた。

 そんな彼女を横目で窺いながら、僕は言った。


「ルーディットにも店舗を構えているとは知らなかったな」


 有名なお店であるとは聞いていたけれど、辺境といっても差し支えないルーディットにまで出店しているとは思わなかった。

 

「そうね……」


 どこか憧憬の眼差しを浮かべるカナリアの横顔。

 そこで僕は一つ提案した。


「うーん、じゃあ少しだけ寄って行こうか」

「えっ?」


 驚きに目を見開く少女の顔を見つめ返す。

 僕の言葉が意外だったのだろう。


「そ、そんな場合じゃ……」


 遠慮を見せる彼女を安心させるように僕は笑った。


「大丈夫だよ」

「あ、遊びに来たじゃないのに……」

「もちろん」


 僕が変わらぬ口調で言うと、カナリアは遠慮がちに上目遣いで僕に尋ねた。


「……い、いいの?」

「うん、いいよ」


 それに。


「恋人同士の振りをするなら、ちょっと小洒落たお店に入るくらいした方が自然だよ」


 ディルに言われるままに学んだリィルとの恋人偽装を思い出しながら僕は彼女の耳元で囁いた。


「ここ、恋人……っ」


 朱に染まった頬に手を当てつつ、カナリアは言った。


「もちろん、キャシーが嫌なら……」

「い、いやじゃない! う、うん、そそ、そうね! 入りましょう!」


 『トーポ』ルーディット店。

 当然かもしれないけれど、人入りは中々だが、アゲハほどの盛況さは無かった。


 とはいえ店内はブラウンを基調とした落ち着いたデザインで統一されており、センスの良さを感じる。

 インテリアの類は清潔感に溢れており、全体的に派手派手しい雰囲気が無い。

 若者よりも、むしろ大人をターゲットにしたような内装であった。


「お二人様ですか?」

「はい」

「本日は店内でお召し上がりですか? それともお持ち帰りなさいますか?」

「店内でお願いしたいのですけれど。席は空いていますか?」

「少々お待ち下さい!」


 はきはきと元気よく告げる女性店員さんは非常に感じの良い方だった。


「大丈夫です! 御注文はお決まりですか?」

「えーっと。そうですね」

「今ならカップル限定商品がありますよっ」


 そう言って目の前の店員さんが指し示したのは、何やら大きなハート型のワッフルだった。

 僕は横目でカナリアの様子を窺う。


「わぁっ……」


 なんだかんだで彼女も女の子なのだろう。

 何やら目を輝かせているお姫様の様子に内心で苦笑しつつ僕は言った。


「じゃあこれで」


 隣で「えっ!」という驚きの声が聞こえた気がするが気にしない。


「お飲み物はどうなさいますか?」

「僕は紅茶で……キャシーは?」

「わ、私も紅茶で」

「畏まりました! それでは席に御案内致しますねっ。こちらにどうぞ」


 案内された僕はほとんど条件反射でカナリアのためにそっと椅子を引いた。 

 まぁこの程度であれば、従者だなんだと揶揄されるような行動ではないだろう。


 彼氏・・が彼女の椅子を引くぐらいであれば別段不自然なことではない。




   ☆   ☆   ☆




 こ、これはもしや。


(デートというやつなのではないだろうか)


「……あ、きたみたい。早いね」


 そう言って微笑む対面の少年。

 

 そう――少年・・、だ。


 少女ではない。

 ましてやメイド服に身を包んでいる訳もない。

 正真正銘あのルーク=サザーランドの姿。


 そんな愛しの想い人の対面に腰かけ、笑顔を向けられてしまえば。


(きききっ、緊張する……)


 身体が強張ってしまうのも致し方ないことだと思う。

 なんだかさっきから、やたらと喉が渇くし。

 きょ、今日は妙に暑いわねっ!


「お待たせいたしました」


 そう言ってトレイに乗せたプレートを一つ、テーブルの上に店員さんが置いて行く。


「ありがとうございます」


 店員さん以上に感じよく礼を述べるルーク。

 その自然な笑顔を向けられた店員さんの頬が僅かに朱に染まったのを私は見逃さなかった。


「……」

「さて、それじゃ……ってどうしたの、キャシー?」

「別に。何でもない」


(全くルークは~っ!)


 詮無い思いが私の中に充満していったけれど、決して表には出さない。

 そんなことで彼の心象を悪くしたくはない。


 気分を変えるようにプレートの上のワッフルに視線を下ろした。


「わぁっ」


 可愛い。

 ハート型の大きめのワッフル。

 チョコレートで小さな猫のような絵が描かれており、クリームも全体を彩るようにして美しく配置されていた。

 キラキラと白く輝くシュガーパウダーが優しく、そして可愛らしくプレートを鮮やかに染め上げている。


「ははっ」


 目の前から小さな笑い声が聞こえ、私はハッと顔を上げた。


「……なな、何よ」


 じーっとワッフルを見つめる私が可笑しかったのだろう。

 優しげな表情で私を見る彼の視線を正面から受け止めることが出来ずに、私は口をへの字に曲げた。

 なんだか妙に恥ずかしい。


「いや、別に?」


 からかうように声を上げる少年。

 そんな表情で見られたら、私の羞恥心は尚せり上がって来るではないか。


「~~っ! もう! たた、食べるわよっ!」

「うん、そうだね」


(……意地悪)


 そんな心にも無い拗ねるような悪態を小さく胸の中で呟きながら、私はワッフルを食べた。


 ワッフルが美味しかったか、とか。

 紅茶の香りがどうだったか、とか。

 そんなことは全く覚えていない。


 ただ。


「うーん、流石有名店。美味しいね」


 恋い慕う少年と共に過ごしている時間。

 

(こんなことを考えている場合ではないのに)


 真面目な調査に来ているとは分かっているのに。

 それでもドキドキと跳ねる鼓動を止める事が出来なくて。


 ルークと一緒にいる間。


「そそっ、そうねっ!」


 私はずっと――『幸せ』だった。






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