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偽りのルノワール  作者: 小美里 戒
第3章 王宮の陰
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第七十七話 王国最強の捜索隊


 体力の消耗と精神的な疲労感からだろう。

 深く眠ってしまった姫様をそっと抱えながら家屋の外に出ると、そこには3人の魔術師の姿があった。


 ユリシア=ファウグストス。

 マリンダ=サザーランド。

 ディル=ポーター。


 紛うこと無きミストリア王国最高の魔術師達。


 僕はまず、ディルの前まで歩くと、姫様を起こさないように慎重に頭を下げた。


「今回はありがとうございました」

「ん? 団長の息子に礼を言われるっていうのも……あぁ、なんか少し照れるな」


 茶化すように後頭部を掻きつつ言うディルであったが、僕の感謝の念が薄らぐことは無かった。

 彼の協力が無ければ、今頃カナリア姫殿下がどのような目に遭っていたか。

 考えるだけでも恐怖と苛立ちが僕の胸に去来する。


 カナリア姫殿下を迅速に救う事が出来たのは彼の持つ力によるものだった。


 紅牙騎士団、参謀のゲートスキル。


 『千里眼』


 これは術者の魔力量に比例した距離を見通すことが可能になる力だ。

 第3の眼とでも言うべき、超感覚を会得することが出来る。

 途上に遮蔽物があろうとなかろうと、関係がなく、自分を中心とした円上広範囲に渡ってあらゆる物を視る力。

 これだけでも十分に優れたゲートスキルであるが、それだけではない。

 

 この千里眼の最も優れている部分は、ディル本人以外の人間にも千里眼の力を付与することが可能であると共に――各々の千里眼で見ている景色をディルを媒介にして共有出来る事にある。

 

 つまり複数人にこの力を付与することで、超広範囲に渡って、索敵・捜索を行うことが出来るのだ。


 僕達4人はこのディルの千里眼の力を用いてアゲハの街中をカナリア姫殿下を探すために奔走した。

 これにより瞬く間に賊共の拠点を発見することが出来たのだ。


 捜索前、マリンダはこの4人だけの方が効率が良いと言ったが、それは比喩表現では決してなく、言葉通りの意味だったのだ。

 僕達4人で千里眼の力を行使することで、かなりの広範囲を見渡すことが出来、それは王国の騎士が100人がかりで捜索するよりも遙かに効率が良い。

 また、ディルのゲートスキルは誰にでも知られて良い能力ではないため、このメンバーが捜索隊を結成する上ではベストであった。


「凄まじい力ですね」


 僕が心からの感嘆を込めて言うと、ディルは笑った。


「いやまぁなんつーか。ビビったのは俺の方なんだがな」

「えっ?」

「いや知覚共有で感じたんだが……とてつもない魔力量だな、と。千里眼の範囲にしろ、団長にも負けず劣らず、って感じだったしな」


 いやー、流石に団長の息子だわ、とディルは言う。

 

(なるほど)


 確かに僕の方が彼よりも魔力量は多いかもしれない。

 だけど。


「ですが僕はまだ子供です」


 突然の言葉に意味が分からなかったのだろう。

 ディルは首を傾げた。


「ん?」

「経験が足りていません」


 捜索中にディルは様々なことを僕に教えてくれた。

 カナリアを見失って動揺と焦燥が収まらない僕に対して、ああいう場合に取るべき行動・対処方法その他諸々を彼は僕に訓示した。

 短い時間ではあったが、それは未だ単純な戦闘以外の経験が乏しい僕にとっては非常に学ぶ部分が多いものであった。


「まぁこいつからルークが学ぶ部分は多いだろうな」


 マリンダは言う。


「ミストリア王国でディルに勝る程に諜報活動に優れた魔術師はいない」


 彼女がここまで断言するのも珍しい。


「いやぁ、持ち上げますねぇ」

「事実だ」


 照れた様子のディルであったが、マリンダの声音は至極真剣であった。

 僕も納得の頷きを返す。


 先程は卑下していたが、ディル自身の魔力量もかなりのものであったし、身に纏う雰囲気や立ち回りからして、恐らく戦闘面でも相当な実力者であろうことは間違いない。

 それでいて諜報に特化した技能を身に着けており、尚且つ『千里眼』という破格のゲートスキルを所持している。

 改めて考えてみても。


「すごい……ですね」


 マリンダの右腕、というのも頷ける傑物であった。


「いやいやもう止めようぜ、この話。それよりも子供達をどうするかについての手筈を、だな」


 ディルが慌てたように言うも、ユリシア様がそれを遮った。


「もう終わったわ」


 背後をチラリと伺うユリシア様。

 そこには一人の老執事の姿があった。


「え?」

 

 僕が誰だろう? と首を傾げている間に、彼は華麗に会釈をした。


「賊共の残党はもういないようです。子供達に関しては現在親元の確認が取れた者から順に護送しています」

「怪我をしている子の手当は?」 

「抜かりはありません。一人だけかなり危険な状態の子供がいますが……」

「わたしの調合した治療薬を使ってもかまわないわ」

「畏まりました。であれば、確実に助かるでしょう」

「そう」


 きびきびと淀みなく言う老執事に満足した様子でユリシア様は頷いた。


「御苦労様。後処理が終わり次第、ビロウガも帰っていいわよ。突然呼び出して悪かったわね」

「滅相もございません。また要件がありましたら、いつでもお呼び下さい」


 そう言って老執事は再び賊共が蔓延っていた家屋へと消えていく。


「今のは?」 


 只者ではない雰囲気を感じつつ、僕が尋ねるとユリシア様が答えた。


「あぁ、うちの執事。彼に任せておけば万事抜かりないだろうから、もう心配いらないわ」


 いつの間に手配したのだろう、と僕が思っているとディルが肩を竦めつつ、称賛した。


「いやー、相変わらず仕事早いっすね」


 そんなディルの言葉にユリシア様は朗らかに笑って見せる。


「ふふんっ。でしょう?」

「ディルも見習ったらどうだ?」

「い、う、うーん、あの人の仕事の早さは尋常じゃないんですが……団長きついこと言いますね」

「まぁビロウガは年季が違うからねぇ」


 このような事件の場にあって、軽口を叩き合う大人達。

 ここで暗い顔で佇んでいても、状況が何も変わらないことを理解している。


 しかし無責任では決してない。

 事件を楽観視してもいない。

 彼女達は取るべき手段を講じ、問題への対処を行った。

 

 その上で尚、余裕があるのだ。


「……」


 頼もしい背中だと思った。

 目指すべき姿。

 

 才能があるだけではない。

 経験と努力によって裏打ちされた確かな実力が、彼女達の自信と余裕となって表れているのだろう。

 彼女達は、やるべきことをやった上で、目的を完遂した上で、余力を十分に残している。


 それだけの実力があるのだ。

 判断力、人脈、知恵、経験といった要素が僕を遙かに上回っている。


 ただ戦闘のみに特化した僕とは違う。

 彼女達こそが本当の意味での『優れた魔術師』なんだと僕に思わせた。


「あぁ、そうだディル」

「なんすか、団長?」


 マリンダは僕に目を向けながらディルに言った。


「ルークも今後は紅牙騎士団の一員ということにする」


 僕が以前からマリンダに聞かされていた話だ。

 ユリシア様が設立し、マリンダが率いる王国最強の騎士団。


 僕がディルの反応を窺っていると、彼は破顔してみせた。


「あっ、いいっすね、それ」


 実に気安く彼は頷いた。


「だろう?」

「いやいやこんだけ強くて……しかも団長の息子ってことは裏切る心配も無いし、騎士団としては最高の人材じゃないですか」


 言いながら彼は僕を見下ろすと、ぽふっと頭に手を乗せた。


「?」


 目を丸くしつつ見上げると、青年の優しい表情がある。

 決して不快感を抱かせない、温かな雰囲気をディルは身に纏っていた。


「ははっ。改めて自己紹介しようかね」


 手を離した彼は僕の前で直立し、落ち着いた低い声音で言う。


「俺の名前はディル=ポーター。一応紅牙騎士団では参謀って立場にいる者だ」


 折り目正しく言う彼に僕も頭を下げた。


「あ、僕の名前はルークです」

「おう、よろしくな、ルーク。俺もディルって呼び捨てにしてくれていいぞ」


 笑いながら、彼は再び僕の頭を撫でた。

 マリンダはあまり僕に肉体的接触をする人ではない。

 というか僕に対してディルのように接してくれる人は……もしかしたら初めてかもしれなかった。


「ははっ」


 実に楽しそうに笑うディル。

 な、なんだか気に入られてしまった?


「あ、あの~?」


 変な気分である。

 とはいえ、それほど嫌な気分ではないことも事実だった。


 だが。


「おいこら、いつまでルークに触っている?」


 と、そこで僕とディルを見ていたマリンダが剣呑な雰囲気をいつの間にか纏っていた。


「へ?」

「ルークもルークだ。何を男が頭を撫でられてじっとしている? さっさと振り払え」


 冷たい瞳を僕に向けるマリンダ。


 え、えぇっと?

 僕が戸惑っていると、ディルが目を丸くしてマリンダを見つめた。


「だ、団長……?」

「あ? なんだ?」

「もしかして団長って――」


 何事かを言いかけたディルであったが、


「あぁ?」


 聖獣であっても身震いするような鋭い瞳で睨まれ、すぐさま言葉を引っ込めた。


「あ、いや何でもないっす。いや本当に」


 マジでなんでもないですから、と言いながら僕の頭から手を離すディル。

 ディルが冷や汗を掻きながら僕から離れると、楽しそうな表情をした女性と目が合った。

 ユリシア様だ。


 彼女は僕と同じ年頃の娘がいるらしいが、とてもそうは思えない程に若々しい容姿を保っている。

 笑顔のままにユリシア様が僕の前までやって来た。


「姫様に怪我は?」


 僕が抱いている少女を心配そうに一度見下ろしたユリシア様。


「命に別状はなさそうですが、一応王宮に戻ったら手当をお願いしたく」

「分かったわ。そっちはわたしに任せなさい」


 これまたディルに負けず劣らず優しい表情で彼女は言った。


「あ、ありがとうございます」

「お礼を言われるようなことじゃないけど。ふふっ」


 どういうわけか僕の顔をじっと見つめるユリシア様。

 彼女は横目でチラリとマリンダに一瞬だけ視線を向け、楽しそうに笑いながら、ディルの真似をするかのようにして僕の頭に手を乗せた。


「可愛いわね~、この子」


 白魚のように美しい手のひらが僕の髪の毛を優しく撫でていく。


「えっ、へっ!?」


 戸惑う僕を気にした様子もなく、ユリシア様は上機嫌に手を動かしていた。


「ふふっ」

「あ、あのっ?」


 すると。


「……ユリシア?」


 低い声がユリシア様の背後から聞こえてくる。

 声の出所はもちろんマリンダだった。


 その声を聞いて、ユリシア様は更に破顔した。


「あははっ。マリンダが怒ったわ!」


 悪戯をした少女のような表情である。

 そのまま彼女は僕の耳元に口を近づけると、そっと囁いた。


「逃げるわよ、ルークっ」

「へっへっ?」

「ほらほら走って走って!」


 はしゃぐユリシア様に肩を押されながら。

 まるでマリンダから逃げるようにして、僕は姫殿下を落とさないように、王宮へと走り始めた。


「あっ、こらユリシア!」


 マリンダの怒ったような、笑ったような、なんだか優しい感情を称えた声が背後から聞こえてくる。


「あぁ~、なんつーかユリシア様楽しそうっすね~」


 ディルの声は笑っているような、呆れているような。

 そんな感じだ。


 僕達は無事に姫殿下を救い出し、そのまま王宮へと走って帰った。


「何故逃げるユリシアっ!」

「そりゃあ貴女が怒っているからよ~」

「怒ってない!」

「あはははっ!」

「何がおかしい!?」


 こんなに慌てる、というか騒ぐマリンダを見るのは非常に珍しいことだった。

 

 だけど。


 ユリシア様もマリンダも。


 なんだかとても楽しそうで。

 彼女達二人は本当に仲が良いのだと思わされた。


 はしゃぐ二人を前にして。

 釣られるようにして、僕も楽しい気持ちになって来る。


「ははっ」


 気付けば、いつの間にか僕も。


 大人達と同じように、小さく笑い声を上げていた。






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