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偽りのルノワール  作者: 小美里 戒
第3章 王宮の陰
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第六十七話 再会

 

 曇り空の中、しんねりと静まり返った深夜。

 微かな街明かりを頼りにアゲハの北区貴族街を忍ぶように進んだ。


「……着いた」

 

 隠しきれない疲労感を伴いながら、ファウグストス家の屋敷に辿りついた私を最初に迎えたのは、見知った顔だった。


「……カナリア王女殿下?」

「久しぶりね、シリー」


 突然の私の来訪に目を丸くするファウグストス家の侍従長。


「どうなさったのですか?」


 シリー=ローゼス。

 昔からファウグストス家に仕えている、ユリシア様の信頼も厚い使用人の一人だ。

 その堂々とした立ち姿は、高齢でありながらも、未だ衰えぬ覇気に満ちていた。

 真っ先に彼女に出会えたのは僥倖だ。


「突然のことで恐縮なのだけれど……ユリシア様に取り次いで、もらえないかしら?」


 精一杯の微笑みと共に私が尋ねるとシリーは真剣な表情で頷いた。


「……奥様に聞いて参ります。一度客間に御案内いたしましょう」


 私の様子から、只事では無いと悟ってくれたのだろう。

 彼女はすぐさま踵を返すと、屋敷の門を開けてくれた。


「ただし――」

「ええ。監視は付けてもらって構わないわ。自分で言うのも何だけれど、今の私はどう考えても怪しいからね」


 苦笑しつつ彼女の案内に従い、手早く案内された客間のソファに腰を下ろす。

 傍にいた屋敷の使用人に何かを耳打ちした後、シリーは私の対面に立った。


 彼女自身が私の監視役、ということだろう。

 とはいえシリーは数少ない屋敷内での顔見知りであるため、私としても不都合はない。


 しばらくすると、客間のドアをノックする音が聞こえた。

 素早い動作で扉に向かったシリーは音もなく、扉をゆっくりと引いた。


「お待たせして申し訳ありません」

 

 そう言って入って来たのは、ユリシア=ファウグストスだった。

 私と同じ年齢の娘がいるとはとても思えない程に若々しい容姿。

 優しげな雰囲気と、包み込んでくれるような温かさを持った貴人。

 夜分であるにも関わらず寝ぼけ眼を晒すような事も決してなかった。


 名高きミストリア王国公爵四家の一角ファウグストス家、その現当主。

 紛う事無き上級貴族である彼女は、王国にこの人在り、と言われている人物の一人だ。


「急に押しかけてしまって、申し訳ありません」


 まず私が頭を下げた。

 しかし私の無礼にも頓着することなく、ユリシア様は私に続きを促す。


「いえ、それは構いません」


 それよりも、と彼女は言った。


「何があったのですか?」


 ただならぬ雰囲気を察してか、挨拶もそこそこにユリシア様は口火を切った。

 話が早い。

 私としても無駄口を叩いている暇など無い。


「姫様がこのような時間にテオのみを連れていらっしゃるとは」

「……」


 姫、か。

 王宮で聞いた話がどれほどの規模で進行しているのかは分からないが、万が一の事態が発生すれば、私の第3王女、などという地位は消え去ってしまうだろう。


 ユリシア様が心配するような表情で私を見つめている。

 恐らく不安が私の顔に出ているのだろう。

 憔悴した自分の顔が目に浮かぶようであった。


「……実は」


 そうして私は語り始めた。

 

 今宵、王宮で起きた出来事を。




   ☆   ☆   ☆




 語り終えると、流石のユリシア様の表情も多少強張っていた。


「なるほど、革命……ですか」

「信じられないでしょうけれど、事実です」


 こう口にした私であるが、どうにもユリシア様はそれほど驚いていないようであった。

 反応が鈍い。

 よもやある程度の情報を得ていた、とか。

 まるで予期していた事態が一つ推移した、とでも言いたげな表情であるように感じられた。


(いや、まさか)


 益体の無い思考を振り払い、心の中で頭を振る。


「状況は分かりました……早急に対策を取るべきですね」

「はい……出来るだけ早くユリシア様にお伝えするべきだと思い、情けなくもこうして逃げてきたわけです」


 自分の住まいから必死になって逃げた己の姿を省みる。

 改めて考えてみると、これほど悔しいこともない。

 下唇を噛みつつ私が言うと、ユリシア様は頭を振った。


「自分を卑下してはなりませんよ、姫様。そのような状況では、貴女の行動は何一つ間違っておりません。今の情報も役に立ちます」

「そう、でしょうか」

「ええ、十分に御立派です」


 力なく笑う私に対して、ユリシア様は真剣な表情で問いかけた。


「これから姫様はどうするおつもりですか?」

「……正直は話、分かりません」


 このような事態に直面して、どうするべきか。

 私のような青二才には分かる筈もなかった。


 王宮に帰る?

 馬鹿な、敵がどこにいるのかも分からないのに?

 計画を知った私を敵は生かしておいてくれるのか?

 そもそも現在の私は冷静な思考が出来ているのか?


「……」


 黙したまま俯いていると、ユリシア様は言った。


「恐れながら……敵は貴女を躍起になって探し回っていると考えられます」

「……そうでしょうね」


 一人、王宮から逃げ出した王族。

 それが私だ。

 得体の知れない計画を知り、王宮内での荒事を実際に、この目で目撃している。


「もしも行く宛が無いのでしたら、屋敷に滞在なさってもわたしは構いません」

「……よろしいのですか?」

「ええ、もちろんです」


 正直に言って、この申し出は非常にありがたかった。

 今の私は根無し草以外の何者でも無い。

 匿ってくれるのが、他ならぬユリシア=ファウグストスならば、これほど心強いこともない。


「本当に……ありがとうございます」


 私が再び頭を下げると、テオも同時に頭を下げた。


「今日はもうお疲れでしょう。すぐに部屋を用意します。明日の朝、また今後のことを考えましょう」

「はい、御厚意本当に感謝致します」


 ユリシア様に話したことで安心したのだろう。

 用意された部屋に案内された私は着替えもせぬままに、ベッドに倒れ伏してしまった。


「つか……れた……」


 その言葉は私のその時の内心全てを表していると言っても良いだろう。


 その日、私は泥のように眠った。




   ☆   ☆   ☆




 ユリシア様に呼ばれた僕は彼女の執務室へと向かった。


「何か御用でしょうか?」


 流石のユリシア様でも、こんな時間にさして用も無く僕を呼び出す筈も無い。


「ああ、急に呼んでごめんね」

「それは構いませんが」


 どこか慌てたような表情。

 普段落ち着いた態度を崩さないユリシア様にしては珍しいことだった。

 何かあったのだろうか。


「実はさっきお客様が来たの」

「はぁ……こんな夜分に」


 とはいえ、誰かが屋敷に入ってきたのは知っていた。

 結界が一時的に解除された事もはっきりと感じた。


 僕はメフィルお嬢様を守る護衛である。

 それぐらいは気配で分かろうというものだ。


「それで……どちら様がいらっしゃったのですか?」


 単純な好奇心を伴って僕は尋ねた。

 しかし僕の暢気な様子が気に入らないらしく、彼女は口早に言う。


「ミストリア王国のお姫様よ」


 ん?


「えっ?」


 王国のお姫様?

 お客様が?


「……」


 僕はただならぬ御様子のユリシア様に目を向ける。


「それって……」



 なんだか僕は――嫌な予感がした。



「それも第三王女様」

「……はっ?」


 だ、第三王女?

 第三王女……ミストリア王国の……第三王女?


 い、いやそれ、もしかして……いやもしかしなくても。


「か、カナリア=グリモワール=ミストリア様でしょうか?」


 恐る恐る僕が尋ねるとユリシア様は頷いた。


「うぇっ!?」


 えぇ……っ!?

 ま、まずい。

 よりにもよってカナリアとは!


 彼女とは数年前に随分と長い間共に過ごしている。

 友人、と称しても良い程度にはカナリアとは仲が良い。

 当時、彼女の遊びの一貫で、僕は女装もさせられたことがある。

 まぁその時の経験が今の僕に活きている訳だけれど……ってそれは今はいい。


 重要なことは一つ。


 カナリアは僕の女体化に気づく可能性のある知人筆頭だということだ。


「……流石にこの展開は予想していなかったわ」

「え、いや、その」


 いや、そもそも何の用で屋敷へとやって来たのだろうか。

 僕が尋ねるとユリシア様は語った。

 

 王宮での不穏な気配を。




   ☆   ☆   ☆




「ルーディットの儀式、ですか」


 話を聞いた僕は頷きながら、訝しい表情をしていたと思う。


「うーん、でも当日って警備が厳重ですよね? 王族は万が一の際に逃げるための用意もしてあるでしょうし。よしんば上手くいったとして、その貴族達の思惑通りになるとは……あんまり思えないんですけれど」

「……同感よ」


 現状のミストリア王国で、王族暗殺! なんて事態が発生すれば、隣国のメフィス帝国に付け入る隙を与えるだけだ。

 国民は不安を覚え、国は間違いなく乱れるだろう。

 そうなれば王族どころか、王国そのものが滅んでしまう可能性まである。


 いくら平和ボケした貴族達であっても、そこまで愚かだとは信じたくは無い。


「まぁ他にも解せない点は多いけれど……そちらはまた今度話しましょう」


 そう言ってユリシア様は頭を振った。


「今はカナリア様のことよ」

「そう、ですね」

「カナリア様は今非常に危険な状態にあるわ。しばらくの間は屋敷に居てもらうことになると思う。そうなると、貴女には負担を掛けてしまうことになるだろうけど……」

「いえ……」


 現状でカナリアを見捨てる、なんて選択肢は有り得ない。

 そんなことをユリシア様が言いだしたら、僕は断固反対するだろう。

 カナリアも僕の数少ない友人の一人なのだ。

 なんとか力になってあげたいと思う。


「正直なとこ……どう思う?」

「どう、とは?」

「貴女の正体にカナリア様は気づくかしら?」

「……う、うーん」


 難しい所だ。

 彼女と一緒に過ごした日々は……二年くらいか。

 しかも時々は、僕は女装をしていた。

 いやカナリアに無理矢理女装させられていた。


 顔にあまり変化が無い以上は、バレる危険性はある、と思う。

 だけど女らしい振る舞いを心掛け、メイドとして過ごしている内は大丈夫な気もする。

 人間とは身に纏う雰囲気が違うと、かなりの印象の違いを受けるものだ。


 早々ルークとルノワールが結びつくとは……。


「あれ……そういえばルノワールって、マリンダの養女って設定でしたっけ?」

「……ええ」


 あれ、これ不味くない?


 マリンダの養子。

 そのキーワードはどうあっても、カナリアにルーク=サザーランドを連想させるだろう。


「……」

「……屋敷の皆はそのこと知ってますし、隠し通せません、よね?」


 黙りこくってしまっていたユリシア様が小さく呟いた。


「正直、ごめん」

「あ、ですよね」


 むむぅ。

 とはいえ、こうなってしまった以上は仕方が無い。


「……まぁ、なんとか誤魔化してみましょう」


 カナリアはかなり大雑把な性格をしているし、案外なんとかなるかもしれない。

 それに数多く顔を合わせることがなければ、早々、使用人になど目を向けないだろう。


 僕はこの時、この程度の認識だった。  




   ☆   ☆   ☆




 翌日。

 屋敷の皆に先駆けて、ユリシア様仲介の下、僕はカナリアに紹介されることになった。

 執務室で僕が佇んでいると、軽くノックの音が聞こえてくる。


「失礼します、ユリシア様」


 言葉の後にドアがゆっくりと開かれ、カナリア=グリモワール=ミストリアが室内に足を踏み入れた。

 初め、彼女の視線はユリシア様に向けられており、ついで僕に流れてきた。


「……ぇ?」


 驚きに目を見開いた表情で僕の顔を見つめるカナリア。

 口を半開きにしたまま、彼女だけ時が止まってしまったかのように立ちすくんでいる。

 それは単純に初対面の人間に相対した時の反応としては過剰だった。


(あ……これ不味いかも)


 内心でそう焦りを募らせたが、僕とユリシア様はすぐさま、話を展開した。


「おはようございます、カナリア様。こちら、現在我が屋敷で働いている使用人です」

「初めまして、カナリア=グリモワール=ミストリア様。ルノワール、と申します」


 初めまして、を強調して言った。

 するとカナリアは慌てたように、


「へ、えっ? ルノワール?」


 上ずった声で呟いた。


「はい。屋敷では食材の調達と調理を担当しております」

「この子はメフィルの護衛も兼ねて、毎日学院に通っていますので。今日もこの後すぐに屋敷を出なければなりません。カナリア様と会う機会は少ないかもしれませんが、先に紹介をしておこうと思いました」


 実際の所は、僕とユリシア様の二人だけで、カナリアの反応を見たかったのだけれど、そんなことを口に出せる筈もない。


「ルノワール……」


 ポツリと呟いたカナリアは僕の全身を舐めるように見つめた。

 はっきりと言おう。

 それは疑わしい者を見るような視線だった。

 反応は見たいと思ったけれど……正直これはかなりグレーだと思う。


「……いかがなさいましたか?」


 なるべく自然体で。

 動揺を顔に出さず。

 僕は静かに尋ねた。


「あ、いえその。ごめんなさい」


 だが続く言葉に心胆が冷える。



「……貴女が私の知り合いに似ていたものですから」



 あ、表情が固まりそう。


「……」


 お、おお、落ち着け僕。

 だだだ、大丈夫だよ。

 う、うん、そのほら、世の中には自分に似ている人が3人はいるって言うし、ね?


「ふふ、そうなのですか。王女殿下のお知り合いに似ているとは光栄です」


 なんとか、そう言って低頭した。

 ちなみに現在僕の背中を伝う冷汗は大変なことになっている。

 

「ルノワール、そろそろ学院へ行く準備をした方がいいんじゃない?」

 

 と、ここでユリシア様から助け舟が出た。

 彼女も少し危険だと判断したのかもしれない。


「あ、ではお先に失礼させて頂きます」


 僕は強張らないように必死に笑顔を作り、ユリシア様の執務室を後にした。


(こ、これは大変な日々が始まるかもしれない)

 

 その日の朝はちょっぴり憂鬱だった。

 





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