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偽りのルノワール  作者: 小美里 戒
第2章 王立学院入学
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番外編 おかえり、ウェンディ ~中編~

 

 あたしが仏頂面で呻いていたからだろう。


「むむむむっ」


 オウカさんが呆れ混じりの声と共に、あたしの頭を小突いた。


「いたっ」

「何してるの、ウェンディ?」

「あっ、オウカさん」

「なんだか不満そうな声を上げてたけど、なんかあったの?」


 む。

 そう言われても素直に口にするのは憚られた。

 なんせ自分でもみっともないと思っているからだ。


「あ、いやその……」

「さっきからルノワールを見てたみたいだけど?」

「うっ……!」


 ば、ばれてる……っ。


「物陰からじっと見つめちゃって……しかも恨めしげに」

「うぅっ……っ!!」

「いや……羨ましげに?」

「ぅぅぅ……」

「さてはあんた……」


 そこでオウカさんはズバリ、核心をついた。


「ルノワールが自分の代わりにお嬢様付きの護衛になったもんだから嫉妬してるんでしょう?」

「うぐぅ……っ!!?」


 完璧に心の中を言い当てられたあたしはグウの音も出なかった。


「はぁ、全く」

「だ、だって」


 そりゃあ、ルノワールがとんでもなく強い少女だという話は聞いた。

 それに比べて、あたしはロクにお嬢様を守ることが出来なかったダメ護衛だ。


 あのような事件があった上に、未だにお嬢様にはいつ危険が襲いかかって来てもおかしくない状況。

 別の護衛が付くのは当然だ。

 それは分かってる、分かってはいるんだけれど。


「はぁ、あんたもいい歳でしょうに」

「あ、あたしにとっては大事なアイデンティティだったんですよっ」


 しかも何さ、あの子ったら。

 メフィルお嬢様とも非常に仲良くやっているじゃないの。

 現に今もあたしの視線の先では、食後の紅茶を楽しみながら、お嬢様と談笑しているルノワールの姿があった。


 それだけじゃない。

 屋敷の誰もがルノワールに好意を抱いており、誉めそやす。


「だって、あたしは……」


 若かりし頃は王宮の近衛騎士団にも誘われたことがある。

 一丁前に戦闘訓練も受けていたのだ。


 ローゼス夫妻以外のメイド達の中で最も戦闘能力に優れている。

 それが唯一の誇れることだったのに。

 他に、あたしが屋敷内で優れている部分なんてないのに。


「……別に戦闘能力が全てじゃないでしょう?」

「そ、それはそうですけど」


 自分だって好ましからぬ態度だというのは分かっている。

 みっともない感情、情けない姿、幼稚な態度だ。

 

 だけど心境が複雑なのはどうしようもない。


「まぁウェンディの気持ちもわからんでもないけどねぇ」


 そこで何を思ったのか。

 チラリとルノワールへと視線を向け、突然オウカさんは大声を上げた。


「おぉ~い! ルノワールちょっとこっちおいで~」


 のんびりとした声。

 オウカさんの声が聞こえたのか、ルノワールのみならず、隣にいたメフィルお嬢様もこちらに顔を向けていた。

 普通の貴族の屋敷であれば、主人のお茶の相手をしている使用人を呼び出すなど言語道断であるが、この辺りファウグストス家は相変わらず寛容であった。


「オウカさん、何か御用ですか?」

「いやさ。確かルノワールって午後出かけるんだよね?」

「はい。食材の買い出しに行くつもりですが」

「ウェンディも一緒に行きたいってさ」


 えっ!?

 そんなこと言ってない!


「へぇ。珍しいじゃない。ウェンディが食材の買い物に行きたい、なんて」


 いつの間にやら傍までやって来ていたメフィルお嬢様が楽しそうに囁く。


 ちなみにお嬢様とは先日帰ってきたその日に挨拶を交わしていた。

 ユリシア様の言葉の通り、彼女は不甲斐ないあたしに対しても感謝の念を抱いているらしく、以前と変わらず優しく接してくださっている。


 あたしが狼狽えていると、満面の笑顔を作ったルノワールが、はしゃぎ気味に言った。


「そうなのですか! では是非とも御一緒しましょう」


 その顔は生き生きとしており、あたしと一緒に買い物に出かけることを心底から嬉しいと感じてくれているのだろうと思う。


 あたしとしては複雑な気分だったけれど。


「ちょ、ちょっとオウカさん?」


 小声でオウカさんに囁きかけると彼女は楽しそうに言った。


「いいから、一緒に出かけておいで」


 ニヤニヤとした笑みを浮かべながら、


「見ているだけじゃ分からないだろう?」


 そうオウカさんは言った。

 要領が得られず、あたしは問い返した。


「何がですか?」

「さぁて。なんでしょう?」

「???」


 結局オウカさんは優しい表情で微笑むばかりであった。


 


   ☆   ☆   ☆




 アゲハの街を3人で歩いている。

 中央にはメフィルお嬢様。

 その左隣にルノワール、右隣があたし。

 元々はルノワールと二人で外出するつもりであったが、メフィルお嬢様も同行したいと仰ったため、こういう形になった。

 

「ふふ、ウェンディとこうして街を歩くのも久しぶりね」

「そ、そうですね」


 ぎこちなく返事をした。


 街を歩き始めてから、あたしは自分の不明を恥じていた。

 お嬢様は以前あたしと一緒に街を歩いている時に賊に襲われたのだ。

 考えてみれば、彼女はあたしと一緒に居ると、あの時の襲撃のことを思い出してしまうのではないか。


 そんなことに今更ながら思い至り、無神経な自分が嫌になってくる。


 やはり色んな意味であたしが護衛をすることはメフィルお嬢様の為にならない。

 そう、感じた。


「どうしたの? 元気がないわね、ウェンディ」


 しかしメフィルお嬢様にはそのような様子は見られない。

 恐怖心を抱いているようには、とてもではないが見えなかった。

 むしろひどく安心しているような表情で、微笑んでいる。


「いえ……」


 あたしが曖昧な返事を返した時。


「……」


 スっとルノワールが前に躍り出た。

 優雅な足取り、自然な所作で。

 ルノワールは顔色一つ変えることなく、メフィルお嬢様の傍に寄ると、彼女と歩く速度を合わせた。

 そんなルノワールを横目でチラリと確認するメフィルお嬢様。

 

(……どうしたのだろう?)


 初め、あたしは彼女達の行動・仕草の意味が分からなかった。

 だが、すぐに前方から歩いて来る若い男性4人組が視界に入ってきたことで、合点がいった。


 以前の襲撃事件の影響でメフィルお嬢様は男性恐怖症になってしまったと聞いている。

 彼女は若い男性が近くに来るだけで、恐怖心を覚えるらしい。

 故にルノワールは、お嬢様と男性との間に立ちはだかる壁になったのだろう。


 そうして周囲に、メフィルお嬢様とすれ違う可能性のある若い男性が居なくなると、ルノワールは再び、一歩後ろに付き従うような立ち位置に戻った。

 随分と慣れた様子である。


 あたしが心の中でまたしても敗北感に打ちひしがれている間もメフィルお嬢様は私に話しかけてくださった。


「貴女の居ない間にも色んなことがあったわ」

「……は、はい」

「ほら、あのお店。昔二人で入ったの覚えている?」

「もちろん覚えています」

「ふふ、あの時はウェンディがお店の人と喧嘩しちゃって大変だったわね」


 くすくすと笑みをこぼしながら話すメフィルお嬢様。


「そ、そうでしたっけ?」


 あたしはお世辞にも話し上手とは言い難い。

 むしろひどく口下手である。

 しかしそんなあたしとの会話もメフィルお嬢様はとても楽しんでいるようだった。


「ええ、そうよ」


 そんな事実がなんだか、嬉しい。

 こんなやり取りがもう一度出来るなんて。

 とても嬉しくて。

 胸が熱くて。


 彼女と共に過ごしていた日々が急に想起された。

 

 行き場を失った私を拾ってくださったユリシア様。

 何をしても上手く出来なかったあたしを根気よく一人前のメイドとして育ててくれたシリーさんとオウカさん。

 おっちょこちょいなあたしをいつも支えてくれるエトナ。

 屋敷のムードメーカーとして周囲を元気づけるアリーとイリー。


 そして。

 敬愛すべき主の娘。

 母親に似て、美しく聡明……慈愛に満ちた優しい少女。


「それからこの前新しい花屋さんが出来たのよ」

「はい……」


 いけない……声が震えている。


「ウェンディが帰ってきたら是非一緒に行きたいと……」

「……はい…………」


 気づけば、あたしの瞳には熱い雫が溜まっていた。


「ウェンディ……」

「す、すいません……」


 あぁ、こんな往来で恥ずかしい。

 メフィルお嬢様も困っているではないか。


 あたしは昔から本当に泣き虫で、それはこの歳になっても変わっていない。

 


 あの日、襲われた時も今日のように天気の良い日だった。



 メフィルお嬢様と一緒に、他愛のない話をしながら、アゲハの街を歩いていたのだ。

 そんな日常に差した暗い影。

 突然の事態に為す術なく倒れたあたし。

 

 悔しくて情けなくて。

 

 お嬢様は大変に傷つかれたというのに、あたしは何も出来なかった。


「……本当に、申し訳――」


 咄嗟に、謝罪の言葉を口にしようとした、その時。


「――ウェンディさん」


 優しい声と共に一枚のハンカチがあたしの目の前に差し出された。

 

「……ぁ」


 気付けば、今まであたしとメフィルお嬢様との会話を邪魔しないようにと、一人黙って付き添っていたルノワールの真摯な瞳があたしを見つめていた。

 その隣ではメフィルお嬢様も優しい表情であたしを見つめている。


 その目にはあたしを厭う感情は無かった。

 ただただ、あたしを想う気持ちだけが在った。


 だから、あたしは――。


「……ありがとう、ルノワール」


 差し出されたハンカチを手に取り、謝罪ではなく――感謝の気持ちを言葉にした。


 あたしがルノワールの名前を呼んだのは、この時が初めてだった。






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