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偽りのルノワール  作者: 小美里 戒
第2章 王立学院入学
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第六十五話 暗躍する者達

 

 豪華絢爛を絵に書いたような大豪邸。

 そこはミストリア王国ファム地方を統括する最大領主たるオーガスタス公爵家の持つ屋敷の一つであった。

 オーガスタス家もファウグストス家同様、当然王都にも巨大な屋敷を構えているが、ゴーシュは日頃から、こちらの屋敷で過ごす事が多い。

 キサラと別れ、自分の屋敷へと戻ってきたゴーシュを屋敷中の使用人達が出迎えた。

 眉一つ動かさずに、彼は真っ直ぐに自分の執務室へと向かい、一人でソファに腰を下ろす。

 

「……」


 顔を上げ、周囲を見渡せば、従来の当主達が掻き集めた高価な品々がそこかしこに飾られている。

 執務室だけではなく、屋敷全体がそうだ。

 まるで自分達の権威を誇るように、身の回りを色とりどりに染め上げる。


 従来の当主達が躍起になって集めていた収集物達。

 それらを眺めながら、ゴーシュは吐き捨てるように呟いた。


「……下らない」


 何が芸術の都だ。

 そんな物には何の価値もない。

 少なくともゴーシュはそう考えている。

 

 自分でも作品を手がけているならばまだしも、何も知らない癖に訳知り顔で、所有している作品を自慢したがる貴族達には嫌悪感しか抱けない。

 経済的に恵まれ、戦争のない平和な時間が長く続いたことで、人間の価値がどんどんと下がっていくのをゴーシュは日々、感じていた。


 隣国のメフィス帝国。

 肥沃な大地であるミストリア王国とは対照的に、あちらは資源が乏しく、気候的にもミストリアよりは随分と生きづらい土地だ。

 

 だが強い。

 過酷な環境の分、人間達に輝きがある。

 必死に日々を生きる帝国の人間。

 ミストリアよりも遥かに治安が悪く、野蛮であると言われている。


 だがゴーシュにとっては、どうしても彼らの方が輝いて見えた。

 生命のあるべき姿は帝国にこそある。


「……」


 また、最近の軍事技術の発展具合にしても、ミストリアよりも格段に進んでいる。 

 ミストリアが芸術に現を抜かしている間に帝国の軍事技術はどんどんと進歩していくのだ。


 帝国よりも領土が広く、金があり、人口が多い。

 故に誰も彼もが帝国を見下し、彼の国が戦争状態に入ったのにも関わらず、暢気に今までと変わらぬ生活を営んでいた。

 日和見主義の貴族や王族に、時勢に乗る力は無い。

 

 度し難い愚か者どもの蔓延る国家だ。


「……」


 まるで自分に言い聞かせるように。

 己の心構えを確かめるように。


 ゴーシュは厳かな声で独白した。


「必要なのだ……改革が」


 いや、改革では無い。


「革命が」


 最近のミストリアの腑抜け具合。

 だが、それは何もミストリアに限った話では無い。


 平和が人を堕落させるのだ。

 逆に言えば。


 戦いが。

 戦争が。

 人間を進化させるのだ。

 

 昔、誰かがそう謳ったのを未だにゴーシュは覚えている。

 その言葉はまるで楔のように心に打ち込まれていた。


 そしてゴーシュはそれが真実であると信じている。

 実際に平和な日々が続いたミストリア王国を見て。

 紛争が日常的に起こる国々を見て。

 ゴーシュは、戦こそが人の世の真理であると悟ったのだ。


「……準備はそろそろ終わる」


 行動を起こす。

 ミストリアの人間達の目を覚まさせるために。


「……」



 これは――正義の行動である。




   ☆   ☆   ☆




 その日の晩、ゴーシュはひっそりと一人で屋敷を抜け出し、誰にも気づかれぬままに、近くの森の外れに向かった。

 藪の中に小さく切り開かれたような場所がある。

 ゴーシュは足元に魔力を込め、地面を土魔術で押し込んでいった。

 ゆっくりと静かに沈んでいくゴーシュの体。

 やがて空洞に突き当たり、ゴーシュは足を付いた。


 その時には既に地上の埋没してしまった地面や藪は、ゴーシュが魔術を行使する前と何ら変わりなくなっていた。


 空洞の中は明るい。

 地下にあるとは思えないほどに空気も澄んでおり、魔石の輝きが周囲を照らし、華やかなものであった。

 空洞の中心にはテーブルと机が用意されており、ゴーシュはその椅子に腰掛けた一人の男に声を掛けた。

 

「待たせたか?」


 ゴーシュの声に答えつつ、男は帽子を脱いだ。


「いえ。時間丁度で御座います」


 慇懃無礼な態度で答えた男は丁寧な仕草で椅子を引き、ゴーシュに着席を促した。


「お待ちしておりました」


 無言のままに頷き、ゴーシュは座る。

 まずは軽く挨拶代わりにゴーシュは尋ねた。

 

「あれから順調かね? フェリス君」

「ええ、もちろんですとも」


 ゴーシュの対面に座っている男は柔かに微笑んだ。

 彼の名はフェリス=ノートン。

 メフィス帝国の人間だった。

 ゴーシュに詳しい素性を明かしたことは無いが、フェリスが帝国上層部の重鎮と深い繋がりがあることは明白であり、ゴーシュはフェリスと何度もこうした密会の場を設けていた。


「それにしても……リヴァイアサンとは大胆な事を為さいますね」

「……」

「しかも驚嘆すべきは、それを討伐したのが学生の少女だという事ですよ! いやはや、これほど驚いたのは久々です」

「……何が言いたい?」


 じろりとゴーシュはフェリスを睨めつけた。

 しかし顔色一つ変えずに青年は言う。


「手は打ってあるのか、と。私はお尋ねしたいのです」


 笑顔のままで。

 微笑みの中に浮かぶフェリスの瞳は真剣であった。


「無論だ」

「ベルモントは紅牙騎士団に捕まったそうですが、大丈夫なのですか?」


 探るような目つきを向けられても、ゴーシュは厳かに頷いてみせた。


「むしろ捕まえてもらわねばならん」


 意外な言葉を聞いた、そんな様子でフェリスが首を傾げた。


「というと?」

「あれほどの騒動になってしまえばユリシアはもちろん、王宮とて黙ってはいない。具体的な容疑者が捕まるまでは追撃の手は緩まないだろう」

「奴が犯人だとユリシア達は思いますかね?」

「そのための証拠はいくつも用意してある」

「しかし彼が捕まるとリスクが高まると思いますが」


 ベルモントはゴーシュの情報をかなり持っている。

 奴からこちらの情報が漏れれば厄介なことになるのは間違いない。


 だがゴーシュは断言した。


「心配ない」


 彼は多くを語らなかったが、瞳が言っている。

 そちらも手は打ってある、と。


「具体的には……教えて頂けないのでしょうね」

「分かっていることだろう」

「そうですね。失礼致しました。まぁそちらは公爵閣下にお任せいたします」


 一度頭を振ったフェリスは、本題へと入った。

 

「しかし……ではユリシアの動きは結局止めることは適わなかった訳ですね」

「初めから、可能ならば、程度の期待だったはずだ」


 あの女はそれほど簡単に御せる相手では無い。

 それは痛い程二人は理解していた。

 忌々しいことに、ユリシア=ファウグストスという女は、規格外、と評しても構わぬ程度には強敵であった。


「ユリシアの娘は拿捕出来なかったが……準備は抜かりないのだろう?」

「そうですね。準備は着々と進んでおります」

「北征はどうだ?」

「そちらも順調ですよ。何れデロニアは我ら帝国へと下るでしょう。我らが皇帝陛下の名の下に」


 青年の端正な微笑みが、薄暗い色を帯びた。


「ミストリア王国の方は公爵閣下にお任せします」

「……皇帝陛下は?」


 ゴーシュの、こちらの話は通っているのか、という問いかけ。

 これにもフェリスは微笑んで見せた。


「委細承知しております」

「それは何よりだ」


 フェリスはユラユラと炎を揺らす蝋燭を見つめながら言った。


「公爵のような人間と出会えたのは本当に幸運でしたよ」

「利害は一致している。この国は腐りきっている……一度強引にでも衝撃を与えてやらねばならん」

「同感です」


 彼は言いつつ、ゴーシュへと一枚の封筒を手渡した。

 それと小さな包みが一つ。


「例の物です」

「御苦労」

「貴方の御武運を祈っております、ゴーシュ閣下」

「君も無事にな。紅牙騎士団に捕まるようなヘマだけはしてくれるなよ」

「気をつけましょう」


 用件は済んだ。

 フェリスはそそくさと部屋から出ていき、その場にはゴーシュのみが残された。


 彼は横目で何も無い空間を見やり……呼びかけるように声を発した。


「ベルモントはどうだ?」


 ゴーシュの声が地下の室内を反響していく。


 それは独白では無かった。


「……」


 やがて、その場に一人の女が現れたのだ。

 まるで揺らめく霧のように。

 音もなく、一人の女が静かにゴーシュを見下ろしていた。


「問題無いわね。あいつは何も話すことは出来ない。あと3日もすれば自ら命を絶つでしょう」

「皮肉なものだな。洗脳を生業としていた男の末路が」


 自分が操られる側となって死ぬ。

 

 しかしそんなことはどうでもよいのか、女は何ら反応を示さなかった。

 淡々とした声音で女が言う。


「……見つかったのかしら?」


 主語の抜けた問いかけ。

 だがゴーシュは彼女が言っていることをしっかりと理解している。


「すまんな、まだだ」


 正直にゴーシュが述べると、女の纏う気配が剣呑なものに変化した。


「……」

「そう怒らないでくれ。君も広い王国で人一人を見つける大変さは知っているだろう?」

「……」

「少なくともマリンダ=サザーランドは帝国に居るらしいが……探しに行くかね?」


 だが女は沈黙したまま首を振った。

 ゴーシュと行動を共にしていれば、少なくともマリンダのような目立つ女が王国に帰ってきた時に、必ず情報を得ることが出来る。

 それは女にとって望むべきことだった。


「それがいい。私としても、マリンダは何としても排除したい存在だ。私の知る限り、それが出来るのは君だけだよ」


 その女は長い黒髪を靡かせた女だった。

 背が高く、他者を威圧するような迫力がある。

 整った顔立ちではあるが、身に纏う雰囲気が常人ならざる冷たさを放っており、近寄りがたい。

 艶やかなドレスで身を包み、妖艶な口元が小顔を彩っていた。


 更に、なんとも異様なのが、彼女の身から放たれる匂いだ。

 余りにも雑多な香水を身につけすぎて、悪臭、とは言わないが、得も言えないほどの独特な匂いを放っている。


「あの女は必ず殺す」


 断固とした口調で彼女は言った。

 既に女と知り合って久しいゴーシュでさえ、思わず身を震わせてしまうような眼力であった。

 

 しかし。

 続く言葉を放つ彼女はどこか切実な様相を呈していた。



「だから早く、あの子を見つけて」



「分かっている」


 頷き、ゴーシュは言った。


「ルーク=サザーランド、だろう?」


 ゴーシュが確認するように尋ねると女は激昂したように、瞳に怒りの炎を灯した。


「違う……っ!!」


 彼女はゴーシュに詰め寄る。

 目を見開き、怒りの形相でゴーシュに迫る女は、荒れ狂った感情を惜しみなく放ちながら力強く言った。


「あの子はサザーランド、なんて名前じゃない!」


 女に見つめられ、ゴーシュの全身は寒気に襲われたが、同時に身動きを取ることも出来なくなった。


 なんとか喉から絞り出すようにゴーシュは呟く。


「すまない、そうだったな。訂正させてもらおう。一刻も早く、その子を探し出そう」


 やがて女は少しばかり落ち着いたのか。


「…………」


 ゴーシュの傍から静かに離れていった。

 壁に背を付いた女を見ながら、ゴーシュは言った。


「私はルークを探す。君はマリンダを殺す。そういう約束だ」


 女は怨嗟のこもった声でぼそりと呟く。


「……許さないわ」


 怒りに満ちた体中からは魔力が垂れ流され始めた。


 アラン湖を襲った聖獣の魔力が児戯に思える程の力。

 あまりの魔力に周囲の空間が割れるかのように揺らめいて見えた。


「私からあの子を奪った、あの女を私は許さない……」


 言い放った後は、彼女は薄く笑い始める。


「あは、あははは。そうよ、必ず殺してやるわ。そして私は……」


 笑みを深め、引き攣ったような声を上げる。



「『ゾフィー』を抱きしめるのよ」



 壊れたように笑う女。

 その姿は恐ろしくもあったが、同時に頼もしくもあった。

 ゴーシュの知る限り、マリンダに匹敵するだけの、いや超える力を持っているのは、彼女だけだ。


「期待しているよ」


 ゴーシュはマリンダを殺すことが出来るとしたら、彼女しか居ないと思っている。


 圧倒的な魔力。

 超常的な戦闘能力。

 どこか人ならざる気配を身に纏った女。


 マリンダが化け物であるのならば、こちらも同様に化け物をぶつけなければ、倒すことなど出来ない。


 ゴーシュは彼女の名前を呟いた。



「――『イゾルデ』」

 


 大陸が生んだ最悪の魔女。


「あはは……っ」


 とあるロスト・タウンの絶対女王。


「アハハハハはっ!!」


 狂ったような嬌声。

 イゾルデの笑い声がいつまでも、いつまでも地下で反響していた。

 


 



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