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偽りのルノワール  作者: 小美里 戒
第2章 王立学院入学
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第五十九話 洞窟

 

 午後は、自由時間である。

 皆がそれぞれ好きなようにアラン湖での時間を過ごしていた。


 観光客向けの案内看板に従ってアラン湖周辺を散策する者。

 静かにペンションでのんびりと過ごす者。

 湖の浅瀬で水遊びに興じる者。 

 リィルは周辺の様子を伺ってくる、と言って一人早々に森の奥深くへと入っていってしまった。


 そんな中、僕とお嬢様は、というと。


「いいわね……こういう自然に囲まれるのも」

「同感です」


 初めてアラン湖を訪れたというクラスメイト達と連れ立って、アラン湖の周辺を散策していた。

 来た時にも思ったが、やはりこの辺りの自然は本当に美しい。


 しかし。


(やっぱり……)


 僕は何かの違和感を感じ、周囲に目を向けた。


「…………」


 アラン湖に着いた時から感じていた微かな違和感。

 それが少しだけ強くなっている気がした。


「どうしたの、ルノワール?」


 視線は感じない。

 敵意も感じない。

 魔力は感じるが、それは観光客やミストリアの学生達による水魔術しか感知出来ない。


(……なんだ?) 


 分からない。

 魔獣が襲ってくる気配もなければ、周囲の誰かが洗脳の類を受けている訳でもない。


 気のせい……なのだろうか?

 もしかしたら普段とは違う合宿という行事で気持ちが昂ぶっているせいかもしれない。


「いえ……」


 上手く言葉に出来ずに僕は、適当なことを呟いた。


「先程綺麗な鳥が飛んでいたもので」


 笑顔を取り繕う。

 不確かな情報でお嬢様を不安にさせることもあるまい。

 周囲の生徒達だって、気分を害すだろう。

 

 少しばかり心を引き締め直し、再びメフィルお嬢様の隣りを歩き始めた。




   ☆   ☆   ☆

 



「あら……?」


 アラン湖の周囲を歩いて回っていると、僕達は小さな船着場へとたどり着いた。

 大小様々なボートが船着場に並んでおり、管理人と思しき老人が、ミストリアの学生達を主な対象とし、何やら操舵方法についてレクチャーしている。


「どうやら貸しボートがあるらしいですね」

「へぇ」


 クラスメイト達と一緒にそちらへと向かうと、老人が僕達に顔を向けた。


「ん……あんたらもミストリアの学生さんか?」


 目元は鋭く、額に寄った皺がなんともいえない迫力を持っている。

 かなり怖そうな外見の老人であり、その容貌を裏切らない、どこかぶっきらぼうな言葉遣いだった。


「はい。こちらではボートの貸出を行なっているのですか?」


 僕が尋ねると彼は頷いた。


「そうだ」

「へぇ」


 少し離れた湖の上。

 覚束無い手つきでボートを漕いでいる二人の男子学生の姿が目に付いた。

 慣れていない様子ではあったが、なんとかボートを動かしている。


「誰でも出来るものなんですか?」

「コツさえ掴めればな」


 そう言って彼は僕にオールを手渡した。

 

「えっと……?」

「まずはやってみろ」

「いやその……」


 まだ僕、やる、なんて一言も言ってないのに。

 僕が困った顔をすると、彼は得心いった様子で言った。

 

「ミストリアの学生さんらはあれだろう? アラン湖のペンションに宿泊するんだろう? だったら無料で貸し出せるから金の心配はいらん」


 いや、そういう意味合いで困った顔をしているわけではない。

 僕がやや後ろで待っていたお嬢様へと視線を向けると彼女は苦笑した。


「まぁたまには、こういう経験もいいかもね」


 お嬢様の言葉に、一緒にいたサーシャさん達も頷いた。

 彼女達も存外乗り気であるらしく、楽しそうな表情でボートを見ていた。


「うーん、5人か。ならボートは二つだな」


 言いつつ彼は括りつけられていたロープを外し、二つのボートを鮮やかな手つきで引き寄せる。

 彼はそのまま、まるで自分の手足のようにボートを操り、近場の水上に浮かべた。

 その間、魔力を使った形跡は無い。

 純粋に日々の繰り返しで身に付いた技術なのだろう。


「よし。一人ずつ乗れ」


 まずは僕とお嬢様が2人でボートに乗り込み、サーシャさん、スージーさん、セリさんは3人でボートに乗った。

 

「まだ動かすなよ」


 彼は静かに、人の乗ったボートの様子を確かめると、僕達に操舵の基本動作を教えてくれた。

 オールを実際に捌いてみせる動作を交えつつ語る老人の目は真剣だ。

 

(こんな感じかな?)


 確かに操舵はそこまで難しくはない。

 あちらのボートもセリさんが上手にオールを動かし、楽しげにはしゃぎながら、ボートを動かしている。

 

「まぁミストリアの学生さん達はいざとなれば、魔術が使えるから、そんなに心配はしていないが、一応気をつけろ」


 無愛想な見送りの言葉を最後に彼は僕達のボートを湖上へと滑らせた。




   ☆   ☆   ☆




 ぼんやりと空を見上げる。

 仰向けのままに、緩やかな波に揺られながらボートの上で静かに流れていく時間。


「ルノワールさん、上手過ぎます~っ!」

「頑張れ、セリっ!」

「いけいけ~っ」


 時折聞こえるサーシャさん達の賑やかな声。

 髪をやさしく撫でる風の音。

 水を弾く涼やかな音色。


 そして。


「如何ですか、お嬢様?」


 もはや手馴れた様子でオールを自在に操り、ボートを動かす我が従者の美しいソプラノの声。


「とても気持ちがいいわ」


 私は目を細めつつ、正直に言った。

 とても心が安らいでいる。

 心地よい時間だった。


「ふふっ」


 私の言葉を聞くなり、穏やかな表情でルノワールが微笑んだ。


「私もです」


 ボートに揺られ、私達が湖の上を滑っていると、前方から私達とは別のボートに乗った3人組の姿が視界に入った。

 アラン湖は広い。

 恐らく先程の場所以外にも、複数の貸しボート屋があるのだろう。


「あれは……エステアさんですね」


 まだかなり遠くにいるのだが、ルノワールにはしっかりと見えるらしい。


「あの子か……」


 合同授業の時に平民生徒に意地悪をした生徒だ。


 エステア=ハーミット伯爵令嬢は何も、心の底からの分からず屋では無い。

 しかしハーミット家はサーストン公爵家と深い繋がりのある貴族。

 貴族の傲慢さの象徴とも言えるサーストン公爵家シルヴィアとかと一緒に過ごしているせいで、エステアの貴族主義、平民を見下す厚顔不遜な振る舞いが助長されているのだ。


「メフィル様、メフィル様!」


 今も嬉しそうな顔でこちらに向かってきている。

 彼女は身分の低い者には冷たい態度を取るが、逆に身分の高い者に対しては従順であり、礼儀も弁えた子であった。


「メフィル様もボートに乗っておられたのですね」

「ええ。折角だから」

「わたくしもです」


 彼女はそう言いながら北東の方を指差した。


「あちらに洞窟があるのを御存知ですか?」


 その時、少し後方からサーシャさん達のボートがやってくる。

 エステアさんは僅かに眉を顰めたが、そのまま言葉を続けた。


「なんでも陽の光が水に反射し、蒼く輝く美しい洞窟だとか」

「へえ」

「私達も先程聞いたばかりなのですが、よろしければ一緒に行ってみませんか?」


 美しい洞窟、か。

 純粋に洞窟には興味がある。

 

 だけど。


 チラリと私が背後に視線を向けるとスージーさんと目が合った。


「貴女達もどう?」


 私が言うと、スージーさんはセリさん、サーシャさんと顔を向け合い、頷くと戸惑いがちに言った。


「私達も御一緒してよろしいんですか?」


 エステアさんに配慮したのだろう。

 彼女のことだから、私以外の人間の同行を許さないかもしれない。


 しかしエステアさんは気分を害した様子も無く言った。


「もちろんですわ。折角なので皆で向かいましょうか」


 正直、意外な申し出だった。

 てっきり嫌な顔をするかと思ったのに。


(エステアさんも合宿で気分が高揚しているのかしら)


 そんなことを思いながらアラン湖の洞窟へと私達は向かった。


 その時。


 私もルノワールも、気付いていなかった。


 エステアさんの背後にいた取り巻きの少女二人の瞳に、暗い感情が宿っていることに――。




   ☆   ☆   ☆




 辿りついた洞窟は意外にも人が少なかった。

 いや、少ないどころか、私達以外誰も居ない。

 多少の不自然さは覚えたが、そんなことはすぐにどうでもよくなった。


 何故ならば。



 そこには筆舌にし難い――幻想的な光景が広がっていたから。



「本当に……綺麗」


 思わず私は呟いていた。

 洞窟内の光の反射によって、湖の水が光り輝いている。

 湖だけでは無い。洞窟の岩場も同じように、キラキラと瞬いていた。

 

「うわうわ、すごいっ!」


 サーシャさん達も大興奮の様子だ。

 エステアさんもぼんやりとした様子で顔を上げている。


 姦しく騒いでいたサーシャさん達3人組であったが、その時不意に、波が一層強くなった。

 衝撃がボートに伝わり、彼女達のバランスが崩れる。

 ルノワールの操舵によって私達のボートは大丈夫であったが、セリさんが操っていたボートが見事にひっくり返った。


「うわ、うわわわっ!?」

「ちょ、やばい!」


 3人が共にアラン湖の中へ。

 私は咄嗟に立ち上がり、彼女達に声をかけた。


「大丈夫!?」


 しかし私の声は聞こえていないようで、しきりにスージーさんとセリさんが慌てた様子で口早に言う。


「サーシャは!?」

「あの子、泳げないのに!」


 その言葉を聞いて私はルノワールに視線を向けた。

 何も言わずとも彼女は私の意図を理解してくれた。


「行って参ります。しばしお待ちを」

「お願い」


 ルノワールが美しいフォームで湖に飛び込み、サーシャさんの元へと向かった。


「……ルノワールなら大丈夫よね」


 突然の事態に多少動揺している。

 ゆっくりと息を落ち着けるように独り言ちた。


 その時。


「……メフィル様、あれは?」


 エステアさんの背後。

 一人の少女の静かな声が聞こえた。

 まるで高波が来たことなど、全く意に介した様子もない声音だ。 

 多少不自然に思いつつも、私は彼女の指差した方向へと目を向けた。


「なに、これ?」



 そこには美しく光輝く小さな石版のようなものがあった。


 

 ――先程までこのような石版があっただろうか。


 不思議と惹かれるような光を放つ石版。

 洞窟の岩壁と比べると、この場所に存在していることに違和感があるような気もするし、この場所にあって然るべきものとも思える。

 波の揺れに身を任せていると、ボートが石版の方へと流れていく。


「……」

 

 私は思わず、その石版に触れた。


 そして――、


「え……?」



 ――怪しい光が瞬き、洞窟が暗闇に包まれた。




   ☆   ☆   ☆

 



 サーシャさんを救うために僕が水中に身を躍らせた時に感じたのは、とてつもない違和感だった。


(魚が……いない……?)


 元々アラン湖のように人が多く、水上で盛んに魔術などが行使される場所では、水面付近には魚が上がってこないことが多い。

 しかし水中に潜り、深い場所へと目を向けても、ほとんど魚が見当たらない。

 まるで生態系が崩れてしまったかのような――そんな不吉な予感が僕の中を走り抜けた。


(サーシャさん!)


 水の中で藻掻く彼女の姿を見つけ、僕はすぐさま彼女の周囲に魔術で泡を作り出した。

 空気を中に入れ、サーシャさんを抱きしめる。


「けほっ、えほ」

「すぐに水上に上がりますので御安心下さ……」


 その時、ズシン、と。

 心の臓に響くほどの衝撃が僕を襲った。


「これ、は……!?」


 次の瞬間。


 邪悪な気配を身に纏った凄まじい魔力の波動がアラン湖を揺るがした。

 





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