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偽りのルノワール  作者: 小美里 戒
第2章 王立学院入学
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第五十七話 船に揺られて

 

 眩い晴天から暖かな光が差している。

 朝方の陽光を反射した川面の雫がキラキラと瞬いていた。

 吹き抜ける風も心地よく、時折見かける水鳥達も、陽気な天気に身を任せ、楽しげに羽ばたいている。


「良い天気ですね」


 僕がメフィルお嬢様に声をかけると、ちょうどそのタイミングで10羽ほどの水鳥達が勢いよく翼をはためかせ、岸に向かって飛び立った。

 その場所から、まるで水鳥達がいなくなるのを見計らっていたかのように、元気に一匹の川魚が水面から飛び跳ねる。

 水を弾きながら宙を舞う姿はとても美しく感じられた。


「そうね。昨日は少し天気が悪かったから心配だったけど……雨が降らなくてよかったわ」

「ふふ、そうですね」


 現在僕達は大きな船に乗っていた。

 

「アラン湖まではどれくらいの時間がかかるんだっけ?」


 お嬢様が呟くと、隣りに居たリィルが答える。


「およそ1時間だったと思います」

「……意外にすぐ着くのね」

「この船が高性能であるからでしょう」


 今日は予てから計画されていた学院行事、遠足当日だった。

 朝早くから皆が、アラン川の港に集合し、一同揃ってアラン湖に向かう。

 僕達を待っていた船は総勢300人を超える人間を乗せても、まだまだ余裕があるほどに大きかった。


「このディ・プレミオール号は、最新式の魔導機構が搭載された大型船です。従来のオールに加え、船体下部にスクリューという推進装置がついています」

「スクリュー?」


 聞きなれない言葉にお嬢様が首をかしげると、リィルが続けた。


「スクリューとは流体中で回転することで、回転軸方向に流体の流れを生む推進装置です。螺旋状の4枚の羽で構成されています」


 手振りを交えて説明するリィルの言葉にお嬢様は頷きを返す。


「へぇ」

「まだそれほど多くの船体に積まれている機能ではありませんが、スクリューを用いることによって格段に速度が増すそうです。スクリューとオールを効率よく稼働させるために、積まれている魔石の数も確か100を超えている筈です」

「ふぅん。でも魔石の質にもよるけど……むしろ魔石100個程度で、これほど大きな船が動かせるのね」

「それは……」


 明確な回答が思い浮かばなかったのだろう。

 お嬢様が疑問を呈すと、リィルも口をつぐんだ。

 もしかしたらリィル自身も「言われてみれば確かに……」などと思っているのかもしれない。


「船体には浮力と慣性力も働きますので。それほどの大きな魔力は必要ないからです」


 故に僕が答えた。

 王国の地理や歴史や国語はからっきしだけれど、こういった分野は割と得意だ。


「そうなの?」

「はい……船体はなるべく水の抵抗力を小さくするように設計されておりますし、何よりあまりにも大きな力を魔術で施すと、船体が耐え切れません。船体の強度を高めれば可能でしょうけれど、それだと船体が重くなりすぎてしまいますし、非常に高コストにもなります。故に高効率かつ持続的に稼働し続けられるだけの魔石さえ用意出来ていれば良いのです。重要なのは安定性です」

「へぇ……」


 感心するように唸るお嬢様を促しながら、僕は船のマストに視線を向けた。


「更には上をご覧下さい。船にはあのような帆がついていますが、その後ろに、噴出口があるのが分かりますか?」


 大きな船体にも負けずに広がる力強い帆。

 その少しばかり後ろに何やら筒状の箱が船のマストから生えている。


「あるわね」

「あれは風魔術を発射するための魔法具です。あの噴出口から適宜必要な風を出すことで、帆が受ける風を自在に操り、推進力を得るのです」


 天然の風だけでは、ここまでの速度を出しつつ、方向を自在に操るのは難しい。それこそ熟練の船乗りたちでも居なければ不可能な芸当だろう。

 これこそ魔法技術の進歩の賜物である。


「なるほど、船というのは大きな魔力を使うのではなく、様々な機構の組み合わせで効率よく運用しているのね」


 総括するかのようなメフィルお嬢様の言葉。


「仰る通りです」

 

 僕が恭しく頷き、お嬢様が納得顔で再び川面に目を向けると、恨めしげな声が背後から聞こえてきた。


「何をしたり顔で、語り合ってんのよ、あんたら……うっ」


 そこには顔を青ざめさせ、普段の騒々しさとは打って変わって、ボソボソと呟くカミーラさんがいた。

 ひどく頼りない足取りのままにフラフラと身体を左右に彷徨わせている。

 その背中を心配そうな表情でマルクさんが撫でていた。


「おい、カミィまじで大丈夫か?」


 彼の声色には本気で心配する気持ちが含まれている。

 現在凄まじい勢いで船酔いに晒されているカミーラさんは、虚ろな表情で呟いた。


「ちょ、この揺れマジで無理……吐きそう、うん……本当に吐きそう」


 僕はかつてここまで弱りきったカミーラさんを見たことは無い。

 それほどまでに彼女は満身創痍だった。


「お、おいカミィ、勘弁してくれ。頑張れ、マジで頑張れ」


 必死にマルクさんが声を掛けるも、カミーラさんは小さく首を振るばかり。


「いや何をどう頑張れと?」


 悟った様な顔で諦観の念を滲ませるカミーラさん。


「いやいや、お前一応伯爵家の御令嬢だからな? つまりその、だな。色々と醜聞になるだろうが。みんなにもその、迷惑とかが、だな……」


 しかしマルクさんの言葉を聞いても、彼女は「ふふふ……ふぅ。ふぅふぅ、ふふふ……」と、儚く笑い、言った。


「そんなもん知ったこっちゃな……」


 と、そこで再び『波』が来たのだろう。


「うっ」


 口を抑えるカミーラさん。

 その顔はまさしく蒼白、目は虚ろ。

 非常によろしくない表情をしているカミーラさんを見て、マルクさんは大いに慌てた。


「おいおいおいぃぃっ!?」


 船に乗った最初の頃はそうでもなかったのだが、どうやら船が出発してから、少しして急に、船酔いになってしまったらしい。

 唐突に気分が悪くなったのだとか。

 小さなボート程度ならば平気らしいが、大きな船だと駄目らしい。

 先程からカミーラさんはひどく辛そうだった。


 暗い表情で苦しそうな声を上げている彼女を見ているのは心苦しい。

 外の景色を見ながら外気を吸ったほうが良いだろう、と甲板へと連れてきたのだが、どうやら余り効果はなかったようだ。

 とはいえ僕は船酔いを治療するような魔術を知らない。

 それは他の人も同様だった。


 しかし。


「あっ、そういえば……」


 リィルが何かを思い出したように呟いた。


「なんでも冷水をかけられると、船酔いが収まると聞いたことがあります」


 彼女の言葉を聞いたカミーラさんは天啓を受けたかのような表情になった。


 自分の従者を見上げる。


「マルク……今すぐあたしに水をぶっかけなさい」


 だがマルクさんは苦々しい顔になった。


「いやいや、それはそれで醜聞だろうが」


 まぁ……確かに。

 旅先で従者が主人に水を掛けて、尚且それで主人が喜んだりしていたら、それはそれで、なんというか……確実に世間体は良くないだろう。

 マルクさんは冷静だった。


「んなこと言ってる場合じゃない」


 だが据わった目つきでカミーラさんは言った。


「いい? あんたの主人は今まさに、リバースしそうなの。リバー(川)の上でね」

「くそつまらねぇダジャレを急にぶっこんでくるんじゃねぇよっ!! 反応しづらいだろうが!」


 しかもカミーラさんは青白い顔ながらもドヤ顔を決めていた。

 あれもしかして、本当は結構元気なんじゃ? と疑ってしまう程だ。


「うぅ……うぼ、こうなったら、川に飛び込むしか……」

「いいから大人しくしてろって! あぁ、やっぱ中入ろう! な?」


 チラリとお嬢様が僕に視線を向けた。


「なんか上手いこと出来ない?」

「そ、そうですね……まぁ水をかけるぐらいでしたら……」

「とびきり冷たい水がいいそうです」

「そうなの、リィル?」

「と、聞きました。後は背後から急に、首筋にかけるとか」


 やがてぐったりした様子でカミーラさんが無言になった。


「……」

「カ、カミィ?」

「………………」

「あ、やべぇ。なんかカミィがマジでやばそうな感じに……」


 マルクさんが顔をしかめ、狼狽している。


 やがてカミーラさんは無表情のままに動かなくなった。


(あれ、今がチャンスでは?)


 そう僕が思うとお嬢様が頷いた。


「ルノワール」

「は、はい」


 お嬢様に促されるままに、僕はカミーラさんの背後に忍び寄る。

 彼女に気づかれないようにこっそりと。

 そして素早く無詠唱でとびきり冷えた水を手のひらから生み出し、カミーラさんの首筋にあてた。


「うひゃあっ!?」


 素っ頓狂な声をあげるカミーラさん。


「つつっ、冷たっ!?」


 ちなみに少し氷も混じっている。


「もう少し、ですか?」


 イマイチ加減が分からずに僕が水を当て続けていると、カミーラさんが慌てて喚いた。


「ちょちょちょっ!? もういい! もういいから!」


 ワタワタと両手を動かしながらカミーラさんは自分の制服に目を向けた。


「ていうか、こんなふうに水をかけたら制服がビショビショにっ……あれ、なってない?」


 なんで? という顔を向けられたので、僕は答えた。


「カミーラさんの首筋だけに集中しましたので、御安心下さい」


 流れてしまうこともないように調整したので、制服に水が掛かったりはしていない筈だ。


「き、器用ね、ルノワール」

「ありがとうございます。それで御加減はどうですか?」


 僕が尋ねるとカミーラさんは目を丸くした。


「あっ、あれ? なんか本当に少し楽になったわ」

「え。ほ、本当ですか?」


 自分でやっておきながら、ひどい話だとは思うけれど、実は僕は半信半疑だった。

 す、すごい。

 本当に効果があるんだ……。


「マジか? 大丈夫か、カミィ?」


 マルクさんも目を丸くして驚いている。


「ま、まぁ完全にいつも通りではないけど……」


 ぼんやりカミーラさんが言うと、リィルが付け足した。


「そう言えば……遠くを見つめるのも船酔い対策には良いらしいですね。あとは確か……氷をゆっくり舐めるとか……」


 次々に語られるリィルの船酔い対策の数々を聞いて、カミーラさんは、恨めしげな声を上げた。


「そういうことは早く言ってよね……」




   ☆   ☆   ☆




 カミーラさんも最悪の事態だけは免れ、僕達は穏やかな船旅を続けていた。

 クラスの人達と談笑しながら、アラン湖到着の時を待つ。

 

「あっ」


 一人のクラスメイトが遠くを見つめ、声を上げた。


「見てみてっ! 着いたよ!」


 視線を船の行く先に向ける。


 北大陸最大の湖、アラン湖。

 雄大な自然に囲まれたその全貌が僕達の視界の中に入ってきた。

  


 




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