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偽りのルノワール  作者: 小美里 戒
第2章 王立学院入学
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第五十一話 紅牙騎士団 vs. スレイプニル Ⅴ ~超越者達~

 

 全てが消えている。

 

 衝撃波に耐え、立ち上がったグエンが見たものは、消滅した森だった。

 

 一体どのような魔術が行使されたのか。

 詳細は分からないが、凄まじい威力の魔術同士がぶつかりあったことに疑いの余地はない。


 廃墟は破壊され、木々は吹き飛び、地割れが無数に発生し、雲が消えた。

 静寂の空間に立っている者は、二人の魔術師。


 戦鬼ドヴァン、そして紅牙騎士団ルーク=サザーランド。

 互いの周囲だけが唯一破壊から免れた空間となっている。


「はぁ……はぁ……」


 肩で息をするルークを視界に入れ、グエンは驚愕していた。

 片膝を付き、体中に無数の傷を負い、血を流すルーク。

 すなわちドヴァンの攻撃は、こと結界魔術においてはマリンダすら凌駕する、ルークの超常的な防御を貫通し、彼に痛手を与えたということだ。


 無論、相対するドヴァンとて傷だらけではある。

 しかし口元には未だに笑みが浮かんでおり、どこか楽しげな様子。

 実際のところは分からないが、グエンの見る限りでは、戦鬼の方が余力が残っているように見えた。

 

(まさか……本当にルーク以上の化物だというのか?)


 さしものグエンも、心のどこかでは、ルークならばドヴァンを圧倒出来ると思っていた。

 紅牙騎士団は全員が国内でも選りすぐりの魔術師達の集団ではあるが、その中でもマリンダとルークの戦闘能力は別格である。

 グエンの相対した魔術師の中では、オードリー大将軍の他には二人に並び立つ戦闘魔術師など存在しなかった。


 しかし今。

 彼らに匹敵する男が立ちはだかった。


「くっ」


 口元を歪ませた大男。


「はははっ、ははっはぁっ!!」


 心底愉快そうに笑い声をあげる戦鬼ドヴァン。

 彼の声は空恐ろしいほどに、周囲一帯に響き渡った。

 傷だらけの肉体に恐ろしい形相で叫ぶ。


「すげぇぞっ小僧!!」


 あらゆる生物を威圧するかの如き大音声。

 ルークを見ながら、彼は楽しくてしょうがない、といった様子で笑みを浮かべている。


「まさか『アレ』を喰らっても生きてるとはな!」


(アレ……?)


 何を指しているのかは分からないが、恐らくドヴァンが使用した魔術のことだろう。


 その時、呆然と立っていたグエンは、自分を叱咤した。


(は……いかんっ!)


 既に紅牙騎士団の団員達はグエンを除き、全員がこの場から撤退している。

 相手の傭兵たちにも負傷者はいるだろうが、元々絶対的な人数の差があったのだ。

 まだ動ける数人の傭兵たちがドヴァンの元へと集まっていく。

 その中にはキサラの姿もあった。


 一足飛びでグエンもすぐさまルークに駆け寄る。


「無事か!?」

「グエン様……」


 弱々しい声音。

 更には至る所に血の跡が覗いている。

 

「内蔵は……」


 もしかしたら、重大な負傷をしているかもしれない、とグエンは思い尋ねたがルークは頭を振った。


「致命傷ではありません」


 とはいえ無事でないことは明白だ。

 この負傷に加え、数の劣勢。

 撤退すべきだ。


「すまぬ……」 


 自然とグエンの口からは謝罪の言葉が漏れた。


「何故謝るのです?」


 暢気に話し合っている場合ではない。

 故にグエンはルークの質問には答えなかった。


 ドヴァンにしろ、ルークにしろ、互いにダメージを負っている。

 しかし。

 この戦場の破壊された様子から察するに、彼ら二人の魔術は拮抗していたのではないだろうか。

 その証拠に互いの周囲の衝撃波の痕がほぼ等しい具合であった。


 少なくとも外面的な損傷具合は大差ない。

 で、あれば。

 二人の消耗具合の明暗を分けたのは何か?


 作戦だ。


 ルークは戦闘中も仮面を通じて仲間たちの様子に気を配らねばならなかった。

 各団員の撤退要請に従い、ゲートスキルで転移させていたのだ。自分以外の人間を転移させるのには、かなりの魔力を消費すると聞いている。

 度重なる騎士団員達の転移、それらは確実にルークに負担を敷いていたはずだ。

 それでも普段の作戦であれば問題は無かった。

 国内勢力で紅牙騎士団に匹敵する戦力など存在せず、多少のハンデを抱えていたとしても、ルークが敗北することなど有り得なかったからだ。

 

 しかしここにきて、ルークに匹敵する怪物が現れた。

 傭兵たち一人一人にしても、紅牙騎士団員たちと同格の戦闘能力を持っていた。

 無数の戦場を渡り歩いてきた、戦闘集団。

 注意はしていたつもりではあったが、見積もりが甘かった。

 

 誰の責任か。


(問うまでもない)


 作戦を立案したのは他ならぬグエン自身なのだから。


「……グエン様?」

「撤退だ」


 グエンの言葉を聞き、ルークは頭を振った。


「しかしあの男は……っ!」


 ルークの気持ちは分かる。

 グエン達もスレイプニルの情報は得たが、奴らにも情報は渡ってしまった。

 明確な敵対の意志を表している以上は、いずれ決着をつけねばならない。


 だがそれは今ではない。


「冷静になれ!!」


 引き際を見誤らない将は強い。

 グエンはマリンダやユリシア達に常々そう教えてきた。

 グエンの経験上、今をおいて他に撤退のタイミングは無い。


「その傷、残り魔力、数の差……これ以上は無理だ」

「……っ」

「今すぐ――」


 歯噛みするルークに、かんで含めるようにグエンが言葉を発しようとする。


 が。


 戦鬼が呼び止めた。


「ちょっと待てよ、グエン」


 ドヴァンが遠くから声を上げたが、グエンは意に介さなかった。

 現状で奴と話すことなど無い。

 撤退が最優先事項。


 だがルークは違った。


 仮面越しでも、はっきりと分かるほどに鋭い瞳。

 ドヴァンを睨みつけながらルークが立ち上がった。


 まるで自分はまだまだ戦えるぞ、と誇示するように。

 ドヴァンの声を聞いた途端に、ルークは堂々とした振る舞いで颯爽と構えた。

 彼は言葉を使わずに伝えている。


 自分は、負けていないぞ、と。


 ルークの、その姿を見てドヴァンが笑みを深める。


「はっははぁっ! お前は本当にすげぇよ、小僧。実際その歳で大したもんだ」

「……」


 対峙する二人の横で、


「ならんぞ、これ以上は……」


 グエンが強く言うと、ドヴァンが意外なことを口にした。


「心配すんな、グエン。今日はもう終わりだ」


 どうやらこの言葉は傭兵たちにとっても意外であったらしい。

 キサラが真っ先に声を上げた。


「いいの、兄貴?」

「あぁ。こいつは戦闘中も仲間を気にしていたみたいだったしな。今日は十分に楽しんだ」


 それに、と彼は続ける。


「奴がその気になれば、すぐに逃げられる。どうせ追いつけん」


 ドヴァンの言葉の意味が分からない様子でキサラは首を傾げたが、グエンは苦い表情になった。


「そうだろう、グエン?」

「……」


 戦鬼の口振り。


(ゲートスキルのことを知られたか……)


 ファーストアタック時に知られたのか、戦闘中にルークが使用したのかは分からないが、紅牙騎士団の重要な情報を知られてしまった。

 とはいえ、これはそこまで極秘裡にしていることではない。

 ルークのゲートスキルは強力である。

 しかしそれは、例え知られていたとしても、明確な対処方法が存在しないことも相まって強力なのだ。


 それにルークの真の奥の手はゲートスキルではない。


「くくく」


 キサラに答えつつも、ドヴァンはルークから視線を逸らさない。

 ルークも同様だ。


「今度は一対一の時に本気で戦いたいもんだ」

「……」

「俺はな。お前みたいな奴に会いたかったんだよ」


 しみじみと呟くドヴァン。

 何故か、グエンには、とても重みのある言葉のように聞こえた。


「なぁ、おい」

「……」

「名前はなんて言うんだ?」


 ドヴァンがルークに尋ねた。

 表舞台に立つことのあるマリンダ(時折グエン)を除き、基本的に紅牙騎士団員達の個人情報は秘密となっている。

 故に明かせない。


「安心しろ、誰にも言わん。なんなら俺以外の奴らは全員下がらせる。名前を教えてくれるのならば、今後しばらく王国で暗躍しないと誓ってもいい」


 この言葉に意外感をグエンは示した。


(なんだ、奴は何故そこまでルークの名前を欲する?)


 グエンには意図が分からなかった。

 そもそも奴の言葉が本当かどうか。

 グエンの観察眼はドヴァンが嘘をついていない、と読み取ってはいるが、そんな口約束が守られる保証が本当にあるのか。


「……何故、そこまで名前を知りたがる?」


 故にグエンは尋ねた。

 グエンの問いに対してドヴァンは笑った。

 それはこれまでの威圧的な恐ろしい笑みではない。

 まるで友と語らう時のような自然な笑顔。



「実力を認めた戦士の名前を知りたいと思うことが、そんなに意外か?」



「……ルーク」


 ルークがポツリと呟いた。

 グエンが咎めるようにルークに視線を向けたが、彼は続けた。

 本来ならば、隠しておいた方が益がある筈の情報をわざわざ漏らす。


 誇るように。

 胸を張って。


「紅牙騎士団団長マリンダ=サザーランドの息子、ルーク=サザーランド」


 鋼の意志を瞳に宿らせた少年が仮面越しにドヴァンに告げた。


「……そうか」


 満足そうに頷いたドヴァン。


「ではまた会おう、王国の戦士よ」


 ドヴァンのその言葉を最後に、ルークとグエンの姿が音もなく、その場から消えた。




   ☆   ☆   ☆




 二人が居なくなり、ドヴァンはその場に腰を下ろした。


 直後。


「ぐふっ……」


 口から鮮血が漏れる。

 痛みを顔に出すような無様こそ晒さないが、肉体の負傷も甚大だ。


「兄貴!?」


 キサラが駆け寄り、ドヴァンの傍に寄り添うように身体の状態を確かめる。


「まさか兄貴がここまで苦戦するなんて……」


 愕然とした様子で呟くキサラ。

 その思いはキサラだけではない。

 自分達の団長の圧倒的強さを知っている傭兵たち全員が息を呑んでいた。


「くくくっ」


 ただひとり。

 大怪我を負っているドヴァン本人だけが楽しそうに笑っている。


「被害はどんなもんだ?」

「えっと……死傷者はいない。だけどかなりの数が怪我を負ってしばらく戦闘出来ないかも。治癒魔術を使えばどうにかなるだろうけど、皆嫌がるだろうし」

「グエンはお前が止めていたのか?」

「うん……とはいっても、手のひらの上で転がされちゃったよ」

「ほぉ。やはり奴も強者だったか」

「グエン以外の団員達も強かった。ミストリアは腑抜けた国だって聞いていたけど……」

「奴らは本物の戦士だったわけだ」

 

 言いつつドヴァンは立ち上がった。


「くく、ミストリアに来たのは正解だった」


 それは何も金回りが良い、というだけではない。


「ルーク……ルーク=サザーランド、か」


 巡り会えた。

 本当の強者。

 本気で戦えるだけの力を持った魔術師。

 

「再び会える日が楽しみだ……」


 ドヴァンの静かな呟きは、宵闇の風に流されて虚空へと消えていった。




   ☆   ☆   ☆




 魔術の道を極め、ゲートスキルを習得するに至った魔術師。

 その中でも特に戦闘に特化し、無類の強さを誇る人間達が時折、戦場に姿を現す。

 味方からは英雄と呼ばれ、敵からは悪魔として恐れられる、人間としての一線を超えた戦闘魔術師。

 彼らのような戦士達を中央大陸の傭兵はこう呼ぶことがある。


 彼らは、『超越者トランセンダー』である、と。

 





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