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偽りのルノワール  作者: 小美里 戒
第2章 王立学院入学
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第五十話 紅牙騎士団 vs. スレイプニル Ⅳ ~キサラ vs. グエン~

 

 各々の戦闘状況を逐一確認したい衝動に駆られる。


 だが。


(そういうわけにもいかぬか)


 彼女がそれを許しはしないだろう。

 グエンの目の前で楽しそうに斧を構える少女。

 ドヴァンの大斧ほどではないにしろ、普通の少女が扱うにはどう考えても不釣り合いな代物だ。

 そんな彼女が隙無くこちらを見据えている。


(まだ幼い……リィルと同じ年齢、いやもう少し下ぐらいか)


 赤眼赤髪。

 紅牙騎士団団長を彷彿とさせる身体的特徴ではあったが、マリンダほど手入れがしっかりとされているわけではなく、髪の長さもバラバラだ。

 顔は愛らしいが、鋭い目つきと、特徴的な八重歯。

 身のこなしも動物的であり、どこか猫を思わせる容貌をした少女だった。


 そして何よりも。


(……強いな)


 油断なく身構えるグエン。

 間違いなく、この場にいるスレイプニル構成員の中では、ドヴァンに続くNo.2の実力者だろう。

 内包している魔力にしろ、発せられる殺気、覇気にしろ、他の者と比べて頭一つ抜けている。

 目の前の斧を手にした少女も腰を落とし、いつでも襲いかかれる態勢でグエンを見つめていた。

 

「グエンは強そうだね」


 彼女は微笑んだ。

 その笑顔は、年相応の少女のものにしかグエンには見えない。

 それがまた、極めて不自然であった。


「……」


 返事を返さずに隙を伺うグエン。


「おーい?」

「……」


 黙って見つめ続けていると、彼女は途端に頬を膨らませた。


「なにさー、黙っちゃって」


 グエンとしてはスレイプニルとの交渉の段が終わった以上、これ以上は情報を話すべきではないと思っている。


「……」

「もしもーし?」


 しかしどうにも目の前の少女にはペースを崩されがちであった。


「ドヴァンもそうだったが……君たちは存外、話し好きなのだな」


 痺れを切らし、グエンが答えると少女は破顔した。

 よほどグエンに構ってもらえたのが嬉しかったようだ。


「まぁね! あたしたちって仲間以外とはあんまり話す機会ないしさー。特にあたしと互角に殺り合えるぐらい強い人なんて、すっごい貴重だよ」


 少女はチラリと外へと視線を向けた。

 この場所からでは見えないが、外ではドヴァンとルークが戦っている。

 先程からも、何度かその振動がこの場所まで伝わってきていた。

 感じる魔力の強大さは、どちらも人外の如し。

 

「あっちの子とも話したかったけど、なんか忙しそうだし? すごいねぇ……うちの団長って戦鬼って呼ばれているくらい強いんだけど」

「楽しそうだが……ドヴァンが心配ではないのか?」

「えーっ!? だって兄貴が負けるわけがないし」


 カラカラと笑う彼女であったが、看過出来ない言葉があった。


「兄貴?」

「そうそう! あたし妹。キサラっていうんだ」

「ほお」


 真偽を確かめる術は無いが、その必要もない。


(妹がいたのか……?)


 得られた情報事態にはさほど意味がないからだ。

 ドヴァンに妹がいようがいまいが関係無い。

 重要なのは、少女の実力。

 戦鬼の部下にも油断ならない強者がいる、という一点のみが重要だった。


「グエンはあんまり楽しくなさそうだね?」

「すまんな、歳のせいか、キサラほど余裕がなくてな」


 グエンが冗談めかして言うと。


「……へぇ?」

 

 先程までの愛らしい笑顔が鳴りを潜めた。


「そうは見えないけどなぁ」


 膨れ上がる魔力。

 キサラの目が細められ、眉がつり上がっていく。


「……じゃあ試してみる?」

 

 惜しげもなく殺気を撒き散らし、他者を威圧するようなプレッシャーを放つ少女。


 ドヴァンとは比べるべくもないが。


「そうじゃな」


 グエンは自覚した。


(油断をすれば殺される)


 こうして年端もいかない少女と、年老いた老人の戦いが幕を開けた。




   ☆   ☆   ☆




「ははっ!」


 斧が振るわれる。

 

「なんだ、なんだこりゃーっ!?」


 楽しそうな雄叫びを上げながら、少女は斧を振っていた。

 斧を縦に振り切り、横薙ぎし、時に身を守る防御に使う。

 細身の腕からは想像も出来ないパワーで斧が縦横無尽に戦場を駆け巡っていた。


 ――数十体ものグエン目掛けて。


 キサラの周囲には見渡す限りの老人。

 しかしどれだけの数のグエンを切り刻んでも、一向に数が減る気配がない。


「うーん、幻影かぁ……この距離で見てるのに本物が全然わかんないや、っと!?」


 言ってる傍から、僅かの隙をついてグエンの攻撃がキサラの頬を掠めた。


「ぐぬぬぅ?」


 戦闘開始と同時にキサラの視界には、何人ものグエンの姿が現れたのだ。

 それらがグエンが作り出した幻影であることは即座に分かったが、その完成度が常識外れだった。

 一般的に幻影というのは、違和感が付き纏う。不自然さがあると言い換えてもいい。

 それは風の影響を受けない衣服であったり、呼吸音が聞こえなかったり、殺気をもっていなかったり、人としての気配がなかったり、と。

 よくよく感じ取れば、しっかりと違いが分かるものなのだ。


 故に本来は視覚的なごまかしにしか使えない。

 少なくともキサラはそう思っていた。


「うーん!? わかんないぞーっ!?」


 だが目の前のグエンの作り出している幻影からは、それらいくつも存在する筈の違和感を感じない。

 戦闘の最中に形作られている筈であるのに、キサラには、どれが本物のグエンであるかが、見破れなかった。


 キサラも今までに何人もの幻影使いと戦ってはきたが、ここまで完璧な幻影は見たことがない。


「でも大技は使ってこれない……のかな?」


 恐らくそうだ、とキサラは思った。

 理屈ではなく直感ではあったが。


「よっほっほ、っと!」


 迫り来る拳、蹴り足、魔力光線の乱舞。

 これだけの数の幻影を連携を交えて操る老人。

 その技量は数々の戦場を渡り歩いてきたキサラからしても瞠目に値するレベルであった。


 戦う前から、グエンの力量が只者ではないことは分かっていたが、いざ戦ってみると、更にいくつか分かったことがある。

 恐らく、身体能力と内包している魔力量ではキサラの方が上であること。

 ただし長年の経験と研鑽によって積み上げられた魔術師としての技量がグエンの方が遥かに上であること。

 

(兄貴も認めてたしねぇ……)


 と、そこまで見事な身のこなしでグエンの攻撃を捌いていたキサラだったが、流石に躱しきれない攻撃がきた。

 2体のグエンの攻撃を防いだ直後に背後からの蹴り足。咄嗟にガードをしたが、更に上から降ってきたグエンによる掌底打ちが額を打ち抜いたのだ。


「ぐぅっ!?」


 必死に踏ん張り、仰け反るのみに留める。

 反射的に腕を振り上げ、今まさに攻撃をしてきたグエンを斧で消し飛ばした。

 

(くぅ……いいのもらっちゃったなぁ)


 咄嗟に足元がふらついた。

 斧で身体を支え、態勢を立て直すキサラ。

 

(……ん?)

 

 何か違和感を感じ、頬を擦ると血がついていた。

 まぁこれだけ派手に攻撃を喰らえば当然、怪我もするだろう。

 赤い血が滴っている。


 血だ。

 赤い、赤い、真っ赤な鮮血。


「……」


 キサラはペロリとその血を舐めた。

 血の匂い、血の味を噛み締める。

 自分の流す血を感じて。


「ふふふふふ」


 ただでさえ強敵との戦いで高揚していた気分が一気に膨れ上がった。

 止めどない興奮がキサラを包み込む。


「あはははっ!」


 彼女は咆哮した。

 それは苛立ったような、嬉々としたような、様々な感情が綯交ぜになった咆哮。


 まさに戦鬼の妹に相応しい立ち姿。

 

「あぁもう!」


 ドン、と地響きが鳴るほどの勢いで右足を叩きつけた。

 魔力の余波が伝わり、振動がグエンの足元を揺さぶる。


 突然の変容に警戒した様子のグエン『達』を睨みつけるキサラ。


 そして。


(いっくぞ~!)


「面倒くさいんだよ!!」

 

 今日一番の魔力を迸らせながらキサラが飛んだ。




   ☆   ☆   ☆




(何か来る!?)


 凄まじい魔力を放出しながら、飛び上がるキサラ。


「らぁっ!!」


 振りかぶった斧に風が集まっていく。

 唸りを上げた斧から伝わるプレッシャー。

 魔力による嵐が吹き荒れ、咄嗟にグエンはキサラに近づけなくなった。


 そして。


風塵乱激斧ふうじんらんげきそうぉっ!!!」


 限界まで溜められた魔力が一気に開放された。


 直後。

 

 グエンの幻影が全て消し飛んだ。


 斧が振り下ろされると同時に教会内にとてつもない嵐が吹き荒れた。

 それはルークとドヴァンの激突時のような副次的なものではない。

 計算されたキサラによる風魔術、それに伴う衝撃波。

 更に暴風発動と同時に地面に対して土魔術を発動させている。

 風の勢いを利用し、瓦礫や土砂を四方に発射したのだ。斧を支点に、土塊それぞれにキサラ渾身の魔力を載せて。


 全方位に対する強力無比な範囲攻撃。

 グエンの作り出した幻影は、それらの攻撃を受けて跡形もなく吹き飛んでいった。


 だが。


(……今が好機)


 唯一この技でカバー出来ない範囲。

 それはキサラの上空だ。

 全方位とはいえ、上方にまで攻撃をしてしまえばキサラ自身もダメージを負ってしまう。

 故にこの一瞬――キサラの上は無防備な状態になる。


 幻影こそ消え去ったが、技の発動課程と発動直後の様子を観察し、グエンはそこまで見抜いていた。

 既にキサラの上空へと身を躍らせている。


(これで)


 終わりだ、と。

 右腕に渾身の魔力を込め、キサラ目掛けて攻撃を放とうとし――目が合った。


「……っ!?」


 誰と?

 無論、キサラと、だ。


 彼女は凶悪な顔で微笑んで、グエンを見つめていた。




   ☆   ☆   ☆




 雑魚はそもそも躱せない。


 それなりに強い人間ならば距離を取って回避するか、障壁を展開して防御するだろう。


 自分と同格の強者であれば、この技の穴を狙おうとするだろう。

 グエンならば、この技の穴を突いてくるだろう、とキサラは確信していた。


 つまりキサラはグエンを誘ったのだ。

 

 まぁ更に格上の強者――すなわちドヴァンクラス――であれば、そもそも風塵乱激斧を真正面から打ち破れるのだけれど。


「ははぁっ!」


 キサラは微笑み、グエンを迎え討つ。

 老人は微かに目を見開いていた。


 戦闘の主導権は常にグエンが握っていたが、今この瞬間は、それが逆転したとキサラは思った。

 幻影はおらず、この距離では互いにもはや逃げることは適わない。


 ならば真っ向からの火力のぶつけ合いだ。

 そしてその条件であれば自分の方が優位である。

 キサラは今こそが勝機であると感じた。


 だがグエンはすぐに表情を引き締め、構えを取った。

 目を細めるグエン。

 彼はこの期に及んで再び幻影を展開した。

 老人の身体が揺らぎ、キサラから見て左手側に緩やかにもう一人のグエンが現れた。


(なんの意味がある!)


 構うものか。

 渾身の一撃。

 斧に全魔力を込める。

 あらかじめこの状況になることを想定していたキサラ。

 彼女は態勢もしっかりと立て直していたし、魔力も十分に練られている。

 この状況でグエンに敗れる要素など無い。


 二人のグエンが両腕を突き出した。

 しかしキサラは左の幻影には目もくれず、右のグエン目掛けて斧を振り上げた。

 

(これで……っ!)


 終わりだ、と。

 グエンの身体を切り裂く。



 血しぶきが舞い、倒れゆく老人の姿を視界に収める――筈だった。



(え……っ!?)


 手応えが……無い。

 まるで霧のように、老人の姿が消えた。


 そしてキサラが無視した左手側のグエンの拳がキサラの眼前に迫る。

 

「うそ……っ!?」


 あちらが幻影?

 馬鹿な。

 あのタイミング。

 目の前だ。

 目の前で幻影が構築されるのを見た。

 間違いなく右側にいたのが本物のグエンだと確信していた。

 

 なのに。


「ふん……っ」


 左側にいたグエンの腕がキサラの首筋に触れる。

 今まさに渾身の一撃を放ち、空振りした直後だ。

 キサラには致命的といっても差し支えないだけの隙が生まれていた。


(こちらが本体……!?)


 欺かれた。

 そう認めるほか無かった。

 グエンという老人の技量はキサラの想定を更にもう一段上回っていた。

 

「ぐぅっ!?」


 首筋に痺れが走り、魔力で形作られた縄がキサラの身体を包み込もうとする。

 生け捕りにするつもりだ、と直感したキサラは全魔力を開放してグエンに抗った。


「む」

「く、このぉ……っ!」


 力任せに抵抗する。

 一手遅れはとったが、みすみすやられるわけにはいかない。

 幸いにも技術はともかく、パワーではキサラはグエンに勝っている。

 術式が完成する前ならば抜け出せる可能性があった。


「む、強いな」


 あと一歩で抜け出せるかもしれない、とキサラが思った次の瞬間にはグエンは既に生け捕りにするのを断念し、攻撃動作に移っていた。

 キサラの意識が逸れた見事なタイミングでの切り替え。


「……ぁ」

 

 これにはキサラは全く対応することが出来なかった。


 至近距離からのグエンの捻り込むような鋭い拳がキサラの肩から胸元にかけて突き刺さる。


「がっは……っ!!」


 為す術なく吹き飛ばされ、教会にあった瓦礫の残骸にキサラは叩きつけられた。




   ☆   ☆   ☆




 渾身の一撃をぶつけたが、驚いたことにキサラは立ち上がってみせた。


(……タフじゃな)


 自身とキサラとの身体能力や魔力、ひいて言えば才能の差を感じるグエン。

 多少の嫉妬心が湧き上がってくる。


(まぁ今更か)


 天才二人を弟子に持つ身としてはとうに過ぎ去った葛藤だった。


 余計な思考は断ち切り、グエンはキサラに視線を向けた。

 流石にダメージは負っているようではあったが、先程のような爆発力のある攻撃が再び襲ってこないとも限らない。

 古来より、追い詰められた人間というのは、恐ろしい行動に出るものだ。

 ましてやキサラは強力な力を持った戦士。

 油断はならない。

 

「はぁ、はぁ……強いね、グエン」

「……年の功じゃよ」

「はは……っ」


 一度微笑んだ少女。

 しかしキサラの瞳から闘志は失われていなかった。

 その証拠にキサラの手には未だに固く斧が握られている。


「でもね、まだまだ……」


 キサラが何かを告げようとした時。


 二人の身体に震えが走った。

 

「っ!!?」

「な、なんだ……!?」


 二人して視線を教会の外。

 いやもっと言えばドヴァンとルークが戦っているであろう場所へと視線を向けた。


「こ、この魔力……」


 呆然とした様子で呟くキサラ。

 一見隙だらけにも見えたがグエンにもキサラに構っている余裕などはなかった。


 強大、と称するのも馬鹿馬鹿しくなるほどの圧倒的な魔力が放たれている。

 しかも二人分、だ。

 崩れた壁の隙間から外を覗けば、世界が赤と白に染まっていく光景が広がっていた。

 恐らくこの場にいるドヴァンとルーク以外の戦士達全員の魔力を足し合わせても到底、たどり着けないような境地。

 

 その場にいるだけで身体に震えが走り、力の波動にただただ慄くことしか出来ない。


「何が……」

 

 グエンが呟いた直後――――轟音が鳴り響き、衝撃波が吹き荒れ、大地が割れた。






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