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偽りのルノワール  作者: 小美里 戒
第2章 王立学院入学
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第四十八話 紅牙騎士団 vs. スレイプニル Ⅱ ~開戦~

 

 林の中。


「一つ目の合図がありました」


 僕は確認するように言った。


「各員戦闘準備」


 その場にいた全員が身構える。

 相手は有象無象の集団ではない。

 実戦経験豊富な手練の傭兵団だ。

 表情にこそ出さないが、誰もが緊張した様子だった。


 緊張、というのは適度に人の心を引き締める重要な要素だ。

 心に慢心が生まれ、危険に鈍感になった時、その戦士は命を落とす。

 過度な恐怖心に呑まれることなく、緊張と折り合いを付けて佇む紅牙騎士団の戦士達を見て、自然と僕は頼もしい心持ちになった。


「次の合図でまずは僕が向かいます。僕が転移してから3秒後、全員を教会の四方に転移、一気に敵勢力の殲滅を図ります」


 黙って僕の言葉に頷きを返す団員達。

 今更のことではあるが最終確認だ。


「敵の勢力が削れなかった場合も、敵戦力の分析も兼ねて一当てします。もしも危険が自分の身に迫ったら仮面を通して僕に合図を。即座にこの林まで転移させます」


 暗闇の中、仮面を通じて団員達に念を押す。


「元々勝利することが目的ではありません。必要なのは情報を得ることです。深追いはせずに状況を見極めて後退してください」


 チラリと僕はリィルに視線を向けた。


 彼女はこの場にいる唯一の女性、しかもまだ10代だった。

 どこかクールな装いながらも幼さを残した横顔。

 このような場には到底相応しくないように思えた。いや、事実相応しくは無い筈なのだ。


 彼女に万が一のことがあれば。


(僕はお嬢様達になんと言えばいいのだろう)


 否。


(……違う)


 万が一などあってはならない。

 そのような事態を防ぐために。


 僕は今――ここにいる。


「……」


 宵闇の中。

 僕は再び瞳を閉じ、グエン様の声に耳を傾けた。




   ☆   ☆   ☆

 



 教会跡地にて。


「はて……『お前ら』、か」


 ドヴァンの射抜くような視線に曝されながらも、グエンが素知らぬ表情を崩すことはなかった。

 そんな老人の様子がまたドヴァンの琴線に触れる。


「くく……なぁおい、グエン。紅牙騎士団って知ってるか?」


 ドヴァンの挑発するような問いかけ。

 しかしこれにもグエンは動じない。

 何を当然のことを、とでもいいたげな声音と表情を作り、グエンは答える。


「知らぬ方がおかしかろう。ミストリアでは有名じゃて」


 それは実に自然な仕草だった。

 気負い無い態度。

 茶飲み話でも交わしているかのような返答であった。


「くっく、そう……有名だな」


 薄く笑うドヴァン。

 グエンは確認するように慎重に尋ねた。


「つまり」


 静かに口を開く。


「お主達が帝国に出向いていないのは、ミストリアで紅牙騎士団を討つため、であると?」


 グエンは内心でありえない話ではない、と思った。

 国内で紅牙騎士団を疎ましく思っている貴族は少なくない。


(いや、しかし……)


 現在の国家周辺の状況を考えれば、貴重な国内戦力を潰しにくるだろうか。

 

(やはり帝国の手引きによるものか?)


 まだはっきりしたことは分からないが、紅牙騎士団への牽制が目的であると考えれば。


(忌々しいが……やり方としては悪くない)


 王国内の勢力では、紅牙騎士団を制止出来ない。

 ミストリア王国で紅牙騎士団と渡り合えるだけの実力を持っているのは外軍将軍麾下の最精鋭部隊ぐらいだろう。

 そして外軍には貴族も中々口出しが出来ない。

 統治している2人の将軍があまりにも強く、また頑固だからだ。


 故に渋々傭兵という存在に頼ったのかもしれない。

 自分達の兵力を失わずに、紅牙騎士団の勢力を削ぐ、あるいは戦力分析も行うことが出来る。


 もしもそうであるならば。


(交渉は無意味、か)


 情報を得ることが出来たというのは大きい。

 それだけでもこの場でドヴァンと話したのは無駄ではなかった。

 表情を観察する限り目の前の男が嘘をついているとも思えない。


 しかし。


 傭兵団の目的が最初から紅牙騎士団を潰すことである以上。

 衝突を避けることは不可能だろう。


「ああ、そうだ。強い集団らしいじゃねぇか」

「……ふむ。それにしては人数が少ないように思えるが……お主らならば、この人数でも紅牙騎士団を潰せると?」

「あ?」


 一度意外そうな顔になったドヴァンであったが、すぐにその表情には笑みが戻る。


「……あぁ、そっちは別件だ。まぁ気にするな」


 問い詰めたい衝動が湧き上がったがグエンはなんとか自制した。


「……くくく、おいおいグエン。どうした……怖い顔をして」


 そんな筈はない。

 これはグエンの動揺を誘っているだけだ。

 グエンのポーカーフェイスはこの程度では破れない。


「怖い顔、か……」


 ニヤリと笑いながらグエンはおどけるように言った。


「お主ほどではないだろう?」

「くははっ! 言ってくれるぜ、じいさん!」


 心底楽しそうに笑い声を上げるドヴァン。

 周囲の団員達もドヴァンに合わせて笑みを浮かべている。

 この場だけを第三者が目にすれば、仲の良い友人達であると錯覚したかもしれない。 


 だが。


 ひとしきり笑い終えたドヴァンが言った。


「……で?」


 そこで初めて。

 ドヴァンはゆっくりと立ち上がる。



 戦鬼の纏う雰囲気が変化した。



「覚悟は出来ているな?」


 たった一人でスレイプニルの眼前までやってきた老人。

 ドヴァンが戦闘態勢に入ると同時に、今までの比ではない凄まじいプレッシャーがグエンの全身を圧迫した。

 今にもグエンに襲いかかってきそうな構えを取るドヴァン。


 しかし彼が一歩を踏み出した時。

 

「………………」


 戦鬼の動きが停止した。

 訝しげな表情で周囲を見渡す。

 彼は物音一つ立てずに、視線を動かしていた。


 グエンにはドヴァンが何をしているのかが分からなかった。


「教会の周囲に敵の気配はない……」


 独白するようにドヴァンは呟く。


「だがなんだ……この嫌な予感は――」


 グエンは顔には出さずに心の内で舌を巻いた。


(この男……っ!)


 この場所から団員が隠れている林まで2キロメートルはある。

 どれだけ索敵能力に優れた魔術師であっても、まず探知出来ない距離の筈。


 しかし目の前の男は感じ取っている。

 今から何かが起こることを。

 分かる筈もないことを肌で感じている。

 まさに第六感、獣の嗅覚。


 グエンは時折、こういった超感覚とでも言うべき勘の鋭さを持つ人間がいることを知っていた。

 少なくとも紅牙騎士団にも同じような勘の良さを発揮する人間が二人いる。


「ちっ! 嫌な感じだ――」


 ドヴァンが舌打ちをするのと同時――教会の中心位置。


 グエンの目の前の地面が爆音と共に吹き飛び、一人の少年が現れた。




   ☆   ☆   ☆




 グエン様からの合図と同時に僕は教会へと転移した。

 グエン様の持つ仮面(交渉用に懐に忍ばせることが可能な小型の仮面)を頼りに教会の下に転移し、床を破壊しつつ、グエン様の前へと降り立つ。


「……」


 僕の突然の出現に敵は全員戸惑っているように見えた。 

 ドヴァンも無闇矢鱈に僕に向かって襲いかかってくることはなく、警戒するように一度団員達の方へと下がる。

 誰もが僕に注視していた。

 地面から出現した僕を。


 そして次の瞬間。


 轟音と共に。

 教会の四方の天井に大穴を穿ちながら、騎士団員達の一斉攻撃がスレイプニルに向かって放たれた。


 僅かに僕に意識を奪われた隙を逃すことない、見事な攻撃だ。

 この奇襲攻撃によって傭兵団の人数を大幅に減らし、騎士団の優位に戦闘を進める。

 そういう算段だった。


 だが。



 戦鬼は笑っていた。



「くくっ」


 凶悪な笑み。

 鋭く目を細めながら、相対する者に恐怖を抱かせるような恐ろしい表情。

 ドヴァンのその顔を僕の視界が捉える。


 嫌な予感。

 僕の本能が瞬く間に警鐘を鳴らす。

 

(なんだ……っ!?)


 何かはよくわからないが危険な兆候だけは感じ取っていた。

 騎士団の一斉攻撃。

 流石に王国で最高クラスの戦闘力に特化した魔術師達の総攻撃ともあって、その威力は凄まじい。


 それが傭兵団に直撃する寸前――、


 ――全ての力の向きが反転した。


「っ!?」


 教会の隅から放たれた8人分の魔術。

 傭兵団に向けられた強力な攻撃が全て、今度は騎士団に向かって襲いかかる。

 今の一瞬、何らかの魔術を行使するだけの時間は無かった筈だ。


 しかし確かに『何かの力』が行使された。

 それだけは分かった。


(ここで戦力を減らすわけにはいかない……っ!)

 

「全員防御! 結界を張るのでその場を動くなっ!」


 敬語を忘れ怒鳴りつつ、僕は瞬時に可能な限りの強度を持たせた結界を騎士団員達全員の眼前に展開した。

 瞬時結界では完全にはレジスト出来ないだろう。 

 結界によって減衰させた魔術は、後は各員で防御してもらうしかなかった。


 かろうじて結界による防御は間に合い、威力が減衰した魔術が騎士団員達の手によって空中で霧散していく。

 

 静まり返る教会内。

 如何に精鋭の紅牙騎士団とはいえ、現状を理解出来ていない様子だった。

 必殺の奇襲となる筈だった攻撃が、逆に自分達を追い詰めるような事態を招いた。

 動揺するのも致し方ない。

 とりわけ経験の浅いリィルは尚更。


 しかしここは戦場だ。


 油断や甘えは許されない。

 呆然としつつあった騎士団に向けて叱咤する。


「不測の事態ではあるが計画に変更はない! 各員散開しつつ敵と交戦! 不利を悟った瞬間に離脱せよっ!」


 僕の言葉で流石に騎士団の人間は全員すぐさま持ち直した。

 今現在のやるべきことを把握し、行動を開始する。


 そして。


 僕が結界で魔術を防ぎ、団員に命令を下している間。

 瞬きすらせずに僕を見つめていた獰猛な瞳。


 戦鬼ドヴァンと視線が交差した。


「適当にあいつらの相手をしてやれ」


 杜撰な指示だった。

 しかしそれがドヴァンの常なのだろう。

 団員達は各々好戦的な笑みを浮かべて紅牙騎士団達との戦闘に入った。

 

 ただ一つ。

 ドヴァンは部下達に言い含めた。

 奇しくも続く言葉は僕の団員に対する命令と重なった。



「あいつにだけは手をだすな」「ドヴァンには各員近づくな」



 僕はドヴァンから目を離さなかった。

 奴も一度も視線を外さない。


 僕は悟っていたし、奴も悟っていただろう。

 臨戦態勢でここまで接敵すれば、おのずと分かる。

 自分達の実力が拮抗しており――お互いに自分を殺す可能性を秘めた敵である、と。


「……すげぇ隠密性だな、おい」

「……」

「俺にもいつの間にここまで近づかれたのか分からなかったよ」


 ドヴァンの発言は的外れではあったが、ある意味彼がそう考えるのは当然だ。

 転移のゲートスキルの存在を知らない限り、極めて隠密性の高い魔術で接近し、奇襲を仕掛けたと考えるのが自然。

 そもそも敵にそう思わせることが出来るように、わざわざ地面をぶち破り、天井を破壊しながらこの場に現れたのだ。


「まぁそりゃあいい」

「……」

「さっきの結界は見事だったな」


 口調はどこまでも軽い。

 しかし身を圧迫する威圧感。

 奴の身体に満たされていく凄まじい魔力。

 最近ではユリシア様からも同程度の力を感じたが、ドヴァンとユリシア様では明らかに異なる部分がある。


 殺気だ。


「くく……おいおいやっぱり今回の依頼は受けて正解だったぜ」


 笑う。

 笑う大男の全身から放たれる凶悪な殺気が教会内に満ちていく。

 まるで室内の温度がいくらか下がったかのような錯覚。

 心臓を握りつぶそうとするかの如き、恐怖の波動。


 その影響は紅牙騎士団員に留まらず、傭兵にまで及んでいる。

 敵味方問わずドヴァンの様子に気圧された様子だった。


「お前は動じないな」


 僕が平然とドヴァンと対峙していたからだろう。

 またも嬉しそうにドヴァンは言った。


「……思ったよりも話し好きなんですね」

「普段はそうでもない。だが、今日は良い気分なんだ」

「そうですか」

「ああ、そうさ」


 ドヴァンが背負っていた長大な斧を右手に構えた。

 柄の部分も金属製。

 刃は鋭いが血糊が残っていたりと、それほど手入れがされていないようだった。あれでは切れ味を期待することは出来ないだろう。

 

(……いや)


 必要ないのだ。

 あの武器にしても恐らくドヴァンにとってはそれほどの意味はない。

 どのみち強引に強大な魔力を込めることで、相手を破壊するのだ。武器そのものの切れ味など問題ではない。

 ただし、斧を構えたドヴァンの立ち姿は本能的な恐怖を覚えるほどの威風堂々とした佇まいだった。


 その様はまさに――戦鬼。


 僕も両手にトンファーを構える。

 攻防一体の長年の相棒。

 腰を落とし、脇を絞め、大男を見上げるように睨みつけた。


 一瞬の静寂。


 そして。


「いくぜ、おいっ!!」

「っ!!」


 大斧とトンファーが唸りを上げて激突した。

 





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