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偽りのルノワール  作者: 小美里 戒
第2章 王立学院入学
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第四十五話 平穏なる日々

 

「ルノワールさんはお料理をなさるんですね!」

「ふふっ、ええ。なんといっても本職のメイドですからね」

「へぇ~。あ! 得意料理は何ですか?」


 ヤライさんが瞳をキラキラさせながら笑顔でルノワールに尋ねていた。

 憧れの女性を見るような目で……いや、ような、では無いか。

 事実彼女にとってはルノワールは憧れの女性なのだろう。


 今の彼女からは、あの事件の時のような悲壮さは微塵も感じない。

 そんな事実が、なんだか嬉しかった。


「得意料理……そうですね。強いて言えば、パイを作るのが得意でしょうか」


 顎に手を当てつつルノワールが思案するような表情のままに呟く。


「パイ? アップルパイとかですか?」

「はい、そうですね。アップルパイに限らず、ミートパイから魚介類を挟んだパイ。野菜を使ったヘルシーなパイまで幅広く作っていますね。パイは応用が効きますので。実は私が最初に料理の師匠から褒められたのもミートパイだったんですよ」

「へぇ~っ」


 休み時間や昼食時。

 最近はよくヤライさんが一組の教室へとやって来る。

 正確には一組、というかルノワール(私も?)の元へ、だが。


 現在も元気に教室でおしゃべりに花を咲かせている。

 今では一組の人達とも随分と打ち解けており、出会った時とは違い、年相応の少女らしい快活な愛らしい笑顔をよく見せてくれるようになった。


 基本的には私とルノワールの周囲は女子生徒ばかりである。

 ヨグさんとユウキさんは少し混じりにくいらしく、ヤライさんが一人で教室へとやってくることが多い。

 他の二人とはヤライさんだけ教室が違うことも理由の一つだろう。


 とはいえ、時には帰宅時に御一緒することはある。

 友人になって欲しいと言われ、快諾しておきながら真に身勝手な話だが……私としても、あまり彼らが日常的に近くにいると、反射的に恐怖心がせり上がってくるので、普段から傍に居ないのは助かっていたりする。

 

 と、いきなり耳元に顔を近づけてくる人間がいた。

 私に対してこのような無遠慮な振る舞いをする人間は教室内に一人しかいない。

 もちろんカミィだ。


「ちょっと、メフィル」

「なによ」


 彼女はボソボソと小声で周囲に聞こえないように言った。


「なんで貴女いつの間に、その……」

「なに?」

「いやだからこんなに、その……」

「???」


 ん?

 本当に何を言いたいのかが分からない。


「え、ごめん。本当にどういうこと?」


 私が首を傾げていると、マルクが小声で補足しようとした。


 その時少しばかり距離が縮まり、私は反射的に肩を震わせてしまう。

 私の恐怖心に気づいたマルクは謝りながら私から少しだけ距離を取った。


 マルク相手ですら、このような有様な自分が情けなくは思うが、彼は嫌な顔一つしない。

 むしろ、私に余計な思考を抱かせないように、率先して話を元に戻した。


「メフィル様。要するにこいつは友達をたくさんお作りになっているメフィル様に戸惑っているんですよ」

「ちょっ、こらぁっ!?」


 身も蓋もない言い方をする従者に蹴りを喰らわせながら(はしたない振る舞いなので後で叱ろう)、カミィは頬を赤く染めつつ、喚いている。

 だけど私はマルクの言葉でカミィの気持ちを理解出来た。


「あぁ」


 まぁ確かに。

 去年までの私の学院生活では考えられなかった状況ではある。

 クラスメイト達と距離を取り、カミィ以外にまともに会話をする相手もおらず、孤独に過ごしていた時と比べれば、雲泥の差だ。


 でも。


「私というか……ねぇ?」


 私が苦笑しつつマルクに目配せをすると、彼は私の意図を察したのか、恭しく頷いた。


「いや、流石は公爵家の従者だと思いますよ、本当に」

「ありがとう」


 彼女が褒められるのは気分の良いものだ。


「どゆこと?」


 カミィは小首を傾げていたが、要するに現在の状況は私ではなく、ルノワールが作り出しているのだ。

 もちろん最近の私はクラスメイト達が、私にも好意を抱いてくれていることを感じている。

 少しばかり気恥ずかしいが、友人である、と思っていいのだろう。

 だが全ての中心は私の従者であるルノワールだ。

 

 彼女の存在は周囲の人間の心を掴む。

 クラスメイト達然り、ヤライさん達然り。


 多くの人達がルノワールと話したいと思うし、彼女の傍にいたいと願う。

 あの子には、そんな不思議な魅力がある。

 捻くれ者の私自身がそう思っていることが何よりの証拠だ。


(まぁ……)


 ルノワールは従者である自分の方が私よりも目立っている最近の状況が不満のようなのだけれど。

 そんなことは気にする必要はない、と言ってもあの子は「でもでもしかし」と言う。

 それがおべっかではなく、本心から言っているのが分かるので、愛らしい従者だった。


「自慢の従者なの」


 私が笑顔で言うと、マルクは低頭したが、カミィは頭の上に疑問符を浮かべている様子だ。

 

「はぁ? メフィル何言ってんの?」


 この子は何にも分かってない。


「……マルク」


 多少の苛立ちを含ませてカミィの従者の名前を呼んだ。


「……ほんと、すいません、メフィル様。この馬鹿には後から俺が説明しておきます」

「馬鹿って何よ!」

「カミィのことに決まってんだろ!」

「はぁ、全く……」


 いつもの言い争いを始めた主従から視線を外すと、一歩引いた位置で私やルノワールを見つめるリィルが私の視界に入った。


「……」


 会話に入るでもなく、静かに佇むリィル。

 彼女はいつもそうだった。

 必要があれば話をするが、そうでなければ極力口を開かない。

 同じ『ワケあり入学生』であっても、ルノワールとは随分とタイプが違う少女である。

 

「リィル」


 私はなんとはなしに彼女に声をかけた。


「なんでしょうか、メフィルさん」

「絵の方は順調かしら?」


 私は昨日リィルが美術部で描き始めた水彩画について尋ねた。


「え、っと今のところは……。メフィルさんやルノワールさんのように上手くはありませんが」

「初めのうちは誰だってそうよ」

「……でも楽しいです」


 彼女は相変わらずクールに淡々と言葉を続けた。


「今までの私は、あまり余裕のある人生を歩んで来ませんでしたので」


 何気なく口にするリィル。

 それは決して誇張ではないのだろう。

 ルノワールもそうだが、この年齢で王国最強との呼び声高い紅牙騎士団の現役騎士だ。

 平穏な人生を送って来ただけの少女に務まるものでは無い。


「……」

「普段、必要の無い事はしないのですが……いざ何かを始めて見ると、良いものであると感じます」


 少しばかり年頃の少女にしては、硬い表現ではあったが、リィルは満足そうに頷いている。


「そう」


 そんな彼女の表情が、なんだか嬉しい。

 私は穏やかな気持ちで頷いていた。


「はい。いち早く上手になりたいと思っています」

「もしも聞きたいことがあったら私にも遠慮なく聞いていいからね? 一応、絵に関してだけは、そこそこ経験値があるんだから」


 私がそう言うと、リィルは小さく、


「はい」


 しかし確実に微笑んだ。


「……頼りにさせて頂きます」


 普段はクールな佇まいを崩さないリィル。

 それが今は、年相応に微笑んでいる。


 その端整な顔立ちの少女の笑顔のなんと魅力的なことか。


「貴女はもっと笑った方がいいわね」

「え?」

「そうしたらきっとモテモテよ」

「は、はぁ……」


 イマイチ要領を得ない様子で小首を傾げるリィル。

 ルノワールに似たその仕草に思わず私も笑みが溢れた。


「……ん?」


 と、その時、不意に香ばしい匂いが漂ってくる。


「あ、今日も出たわね」


 言いつつ、匂いに釣られるようにしてルノワールの方へと私は目を向けた。

 リィルも私に続く。


 最近の教室恒例行事。

 ルノワールの手作りおやつ会である。

 おやつ会とは言っても、日替わりで彼女が持参したお菓子を皆に配るだけだ。

 ルノワールは好きなお菓子作りが出来て満足。

 皆は美味しいおやつが食べられて満足。

 

 まさにウィン・ウィンの関係というやつだ。

 さて、今日は何だろうか。


「ではまずはお嬢様、どうぞ」


 笑顔でルノワールが私にお菓子を差し出す。

 それは小さな可愛らしいカップに入ったプリンだった。


「綺麗ね」


 どうやら香ばしい匂いの正体は、彼女がたった今温めたキャラメリゼの砂糖の焦げた匂いだったようだ。

 美しい飴色がキラキラと輝いている。

 ルノワールからスプーンを受け取り、口へと運ぶ。


「うぅ……めちゃくちゃ美味しいわね」


 うん、なんかもう、当然のように美味しかった。

 むしろ彼女の作った料理が美味しくなかったことがない。

 今や私の昼食がルノワールの手作り弁当であることも周知の事実。

 彼女の料理の腕前はもはやクラスメイト達全員の知るところである。


「ありがとうございます、お嬢様。では皆さんもよろしければどうぞ」


 ヤライさんやサーシャさん達の黄色いはしゃぎ声が聞こえる。

 う、うぅん、最近の彼女達のルノワールを見つめる視線は、憧れの人を見る乙女そのものだ。

 いや、それを超えて……なんというか制御が効かなくなりつつあるような……本当にいつか注意した方がいいかもしれない。


「あ、ルノワール! あたしもあたしも!」

「はい、カミーラさん。慌てなくても、もちろん貴女の分もございますよ」


 あのカミィですらルノワールに対しては、打ち解けている。


「貴女は本当に出来たメイドよねぇ。ちょっと聞いてよ、うちの執事の失礼な話!」

「んだと、こら」

「ほら! この口調どう思う?」

「え、えーっと……」 

 

 くだらないおしゃべり。


「ふふっ」


 だけど悪くはない。

 

 授業を受け勉学に励み、休み時間は友人と談笑し、放課後になると美術部で絵を描く。

 時には下校時に友人と寄り道をしたりする。

 ダイアの一件以来、私の周りで不穏な事態は起こっていない。


 平和で満たされた暖かな日々。

 

 


 紅牙騎士団のグエン団長代理からルノワールの元へと、対スレイプニル戦における作戦指令が来たのは、そんな日の夜のことだった。

 





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