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偽りのルノワール  作者: 小美里 戒
第2章 王立学院入学
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第四十話 合同授業

 

 今週から始まった魔術の実技演習。

 これは学院の敷地内でも厳重な結界が用意されている魔術訓練場で行う授業だ。

 訓練場はかなりの大人数を収容出来るだけの広さがあり、効率的にカリキュラムを組むために実技演習は4クラス合同で行われることになっていた。


 まずは授業の始めに教師による実演。

 内容は火の魔術と水の魔術の併用による霧の作成、世間的に『ミスト』と呼ばれている中級者向けの魔術だった。

 一般的な高等部1年生の最初の演習内容にしてはレベルが高いが、流石にこの程度で苦労しているような人間は王立学院にはいなかった。


 とはいえ今回の課題はただ単純に霧を作れば良い、というものではない。

 ミストの発動は最低課題だ。

 万が一にもミストが出来なければ、その生徒には追試が待っている。


 今回の課題では、行使した魔術を如何に美しく魅せるか。如何に素早く展開するか。如何に規模の大きな霧を作成するか。

 そういった部分に重点が置かれていた。


 要領で言えばマジック・アーツに近い。


 昨今の風潮に則り、王立学院でも積極的にマジック・アーツを支持していた。

 それは何も部活動に限った話では無い。

 マジック・アーツで素晴らしい演技を披露しようと思えばかなりの実力が必要とされるため、授業内容としても理に適っているからだ。

 

 マジック・アーツの演技では様々な魔術を習得していなくてはいけないのはもちろんのことながら、複数の魔術をマルチタスクでこなす器用さも必要とされる。

 また、狂うことなく魔術を組み合わせる繊細な制御力。

 演技時間は学生部門でも5分間であるため、少なくとも、5分間魔術を発動し続けるための魔力量。

 魔術をどのように組み合わせるか、という発想力も必要だ。

  

 付け加えれば、流行の競技であるため、学生の意欲を高める効果も期待出来る。

 すなわちマジック・アーツを念頭においた実技演習は教育的にも実に大きな意味があった。

 話を聞くところによると、1年生の最後には個人演技を披露する最終課題もあるそうだ。


 ヤライは5組、ヨグとユウキは7組。

 ファウグストス家長女、メフィル=ファウグストスは1組だ。

 奇数組と偶数組でクラスが編成されたため、男爵家三人組は奇しくもメフィルと同じ授業を受けることになっていた。


 実技演習は3時限分の授業時間が設けられている。

 最後の1時限は教師の前での実演であり、そこで今回の授業の成績が決まるらしい。

 それまでの2時限は基本的に訓練場内であれば、移動は自由だった。

 課題の助けになるようであれば私語も許されていたし(もちろん限度はある)、別のクラスの人間との交流も認められていた。


「あいつか」


 ヤライは1組の生徒達が集まっている一角を見つめながら呟いた。


 クラスの中心にいるのは小柄な少女。

 しかし小柄ではあっても、その存在感は大きい。

 端的に言えば貴人としてのオーラがあった。


 それでも他者を威圧もしくは拒絶するような雰囲気は感じられない。

 振る舞いは丁寧かつ気品に満ちており、同年代にして既に貴族としての風格を身につけているかのようだった。

 周囲の生徒達も皆一目置いているらしく、数人の女子生徒達が彼女を取り囲んでいる。和気藹々とした空気が漂っていた。

 まぁそれは家柄というのもあるだろう。なにせ彼女は公爵家だ。


 そう、ヤライの鋭い視線の先に居るのは、メフィル=ファウグストス。


「どうするつもり、ヤライ?」


 ユウキが心配そうな表情で尋ねた。

 彼はヤライが時折、後先考えない行動をとる少女であることをよく知っている。

 今は授業中であり、相手は公爵家だ。

 いくら自分達が現在不満を抱えており、同じ公爵家であるシルヴィア=サーストンを嫌っているとしても、無鉄砲な行動は諫めねばならない。


「ふんっ」


 しかしヤライは意外にも様子を見ると言い出した。

 これにはヨグもユウキも反対する理由はない。

 さも友人同士が課題の練習をしているように装い、彼女達はメフィルの様子を伺っていた。


 なにさあんな奴! という思いを抱いて、ヤライがメフィルを遠目から見つめたその時――、


「……っ!?」



 ――彼女の背筋に悪寒が走った。



「どうした、ヤライ?」


 突然身をびくりと震わせたヤライ。

 訝しげにヨグが問うと、彼女は小さく呟いた。

 先程までとは打って変わって、その声は弱々しい。

 顔色もどこか蒼白であった。


「いやなんか……隣にいた奴と目が合って……」


 隣?


「そのあれだよ……ファウグストスの隣にいる奴」


 ヤライの言葉を聞き、ヨグとユウキもひっそりと視線を動かす。

 先程まではメフィルにばかり意識を向けていたために気づかなかったが、メフィルに付き従うように、常にその傍には一人の女子生徒の姿があった。

 長い艶やかな黒髪を靡かせた少女。

 それは一度目を向けてしまえば、どうしても目が離せなくなってしまうような雰囲気を身に纏った少女だった。


 メフィルのような貴族としての風格、とは少し違うが、その存在感は別格だった。

 彼女に先程まで意識を向けていなかったのが不思議に思えるほどの美貌を備えている。それでいて柔和な雰囲気をも携えた少女だった。

 慎ましい物腰でありながらも、どこか力強さを感じる美しい振る舞い。

 女性にしては身長も高く、整ったプロポーションはモデルと見紛うほどであった。


「あぁ、あの子」


 ぼんやりとユウキが呟き、ヨグがヤライに尋ねた。


「あいつがどうかしたのか?」


 ヨグの質問に対してヤライは、戸惑いを見せた。


「いやなんか……よく分かんないんだけど……睨まれた、というか」


 上手く言えないんだけど、と前置きして。


「……ちょっと怖かった」


 ぼそぼそと彼女は言った。


 ヤライの言い分がよくわからず、二人の男子は首を傾げた。

 それはそうだろう。

 あのような人畜無害を絵に描いたような女子が怖い?


 少なくともヨグとユウキには、中々想像出来ることでは無かった。


「あ、でも……気のせいかも」


 二人の反応を目にしつつ自信が無い様子でヤライは頭を振る。


「そりゃそうだろ」


 呆れ声を上げるヨグとは対照的にユウキの顔は真剣だった。


「あの子はファウグストス嬢の付き人らしいよ」

「付き人?」

「うん。詳しくは知らないけど……なんでもファウグストス家の使用人もその、歳が同じでこの学院に入学することになったらしい」


 ふぅん、とヤライは相槌を打ったが、顔には不満の色が広がっていた。


「偶然同じクラスになったのかしらね?」


 皮肉混じりの口調だ。

 見るからに彼女は不機嫌になった。


 しかしヤライの言い分も尤もだとユウキは思い、曖昧に頷いた。


「実際のことは分からないけど……多分……」


 確証がないため言葉にはしないユウキだったが、内心ではヤライと同じ感想を抱いていた。

 つまり公爵家という権威を利用し、使用人とメフィルが同じクラスになるように学院に働きかけたのではないのか、ということだ。

 ファウグストス家ほどの家柄であれば、そのようなことは造作もないだろう。


 ヤライはこの3人の内、自分一人だけが別のクラスになってしまったことに不満を持っている。

 彼女の機嫌が悪くなるのも致し方ないことだった。


「うーん……」


 気持ちは分かる。

 そんな彼女の様子を見たヨグは困ったように頭を掻いた。


 その時。


「ん? おい、なんだあれ」


 ヨグに促され、ヤライとユウキも視線を動かす。

 少し離れた一角から、何やら争っているような声が聞こえてきた。


「喧嘩かしら?」

「だろうな」


 野次馬根性丸出しだ。

 興味津々、といった様子のヤライとヨグを見て苦笑したユウキが言った。


「見に行ってみる? 周りには先生達もいないみたいだし」

「そうね」

「行くか」


 3人が喧嘩している生徒達の方へと足を運ぶとそこには、ちょっとした人だかりが出来ていた。


「謝ったらどうなの!?」


 一人の髪の短い少女が傍で蹲っている少女を庇うようにして啖呵を切っていた。

 その蹲った少女の身体は随分と湿って……いや、濡れていた。

 まるで雨にでも打たれたかのようだ。

 

「はぁ? 勝手に近くにきた癖に文句を言わないでくださる?」


 対照的に冷めた様子の少女が言った。

 二人の取り巻きを従えた少女。

 ヤライはこちらの少女には見覚えがあった。


(確か……ハーミット伯爵家の)


 ヤライが記憶を呼び起こしている間にも、言い合いは段々と熱を帯びてきていた。


「この子に向けて水魔術を使ったじゃない! あたしちゃんと見てたんだから!」


 濡れた少女を庇っている少女が責めるような口調で言う。

 だがハーミット伯爵令嬢には全く意に介した様子が無かった。


「言いがかりも程々にして欲しいんですけど?」


 小馬鹿にしたような声音でハーミット伯爵令嬢は告げた。


「こんっの!」

  

 どうやら水に濡れた少女。

 彼女に向けてハーミット伯爵令嬢が水をかけたらしい。

 本当に悪気が無かったのか、悪戯であったのかはわからない。

 しかしニヤニヤとした笑みを浮かべている伯爵令嬢の顔を見る限り、おそらく後者だろう。


 水を掛けられた少女と、それを庇う短髪少女。


(あの二人は平民か……)


 ヤライはハーミット伯爵令嬢が、『こういう人間』であることを知っていた。

 自分よりも身分の低い者を見下し、悦に入る。

 いざとなれば実家の権力によって、不祥事はもみ消す。

 彼女はそうやって生きてきたのだろう。


 典型的なミストリア貴族の姿。

 それでいて王立学院に入学出来るほどに優秀なのだから、尚更厄介だった。


 ハーミット伯爵令嬢は挑発するように言い放つ。


「わたくしに手を出したら……貴女その場で退学ですけれど、覚悟はおありかしら?」


 その言葉で、今まで息巻いていた短髪少女の勢いが明らかに鈍った。


「手元が狂っただけなんだし、まぁ不幸な出来事だと思って諦めたらいかが? ほら、端っこの方で大人しく課題の練習でもしていなさい」


 淡々と冷めた口調。

 まるで自分には全く非がないとでも言わんばかりだ。


「邪魔なのよ」

「……っ!」


 歯噛みする平民の少女を見て、ヤライは思った。

 あの伯爵令嬢の態度。

 それはまさに昨日のシルヴィアと同じだ。

 伯爵令嬢の姿がシルヴィアと重なり、平民の少女の姿が自分と重なった。

 

 そして。

 自分のことも考えた。

 果たして自分は、身分が下の者を見下したことはなかったか。

 答えは否、だ。

 伯爵令嬢達ほど露骨ではないというだけで、ヤライとて平民や自分よりも地位の低い者を見下すことはあった。

 現実問題として、自分達の方が地位が上である以上は、そういった認識は必ず存在する。

 知らず知らずの内に昨日自分達が覚えた虚しさや怒りや悲しさを誰かに与えていたのではないか。

 

 そこまで考えてしまい。


(私も他人のことを言える立場じゃ無い……)


 ヤライの心の中に靄が渦巻き始めた、その時。


「ほら、さっさと――」


 伯爵令嬢が追い討ちをかけようと一歩踏み出すよりも僅かに早く。



「――どうかしたのかしら?」



 清涼なる響きを持った声と共に。

 メフィル=ファウグストスとその従者が現れた。






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