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偽りのルノワール  作者: 小美里 戒
第2章 王立学院入学
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第三十六話 新たな住人(?)

 

「私にこの子を頂けないでしょうか?」


 床で寝そべり、静かに瞳を閉じている山狗を指し示しながら、お嬢様は言った。

 目を丸くしたのは僕と座長さんだ。


「あ?」

「お、お嬢様っ!?」


 ななっ、急に何を言い出すのか!

 慌てる僕を尻目にお嬢様は山狗に視線を向けた。


「だってこの子は操られていただけなんでしょう?」


 再び僕に顔を向けた時、


「可哀想じゃない」


 彼女は僕の瞳を強く見据えていた。


「このまま野放しにするのだって危険だわ」

「そ、それはそうですが……」


 いや……いやいや!

 頭を振って僕は強く諌めようと試みる。


「例え操られていなくとも山狗は危険な魔獣です! 先程の攻撃も見たでしょう?」


 冗談事ではなく、山狗がその気になれば、お嬢様を殺すことなど造作もない。

 今まさに襲われたというのに怖くはないのだろうか。


「しっかり見てたわ」


 僕の言葉にゆっくりと頷くお嬢様。


「でしたら……っ!」

「ルノワールならちゃんと抑えこめるところをね」


 僕の返答を予期していたのだろう。

 彼女は悪戯っ子のような笑みを浮かべた。


(うっ……そういう切り口か)

 

 その楽しそうな表情は本当にユリシア様によく似ている。

 

「そ、それは……」

「貴女は私の護衛でしょう? 山狗が暴れたってルノワールがいれば問題ないじゃない。それに本当に言う事を聞かずにどうしようもないようなら、その時こそ山奥にでも帰しましょう。お母様は人間をあまり信用なさらないけど、山狗ならば文句は言わないでしょうし」

「う、うぅ……そうとも限らないと、思いますけど……その……」

「貴女は私の何かしら、ルノワール?」

「……従者です」


 立場上、僕はお嬢様の言葉には従うべきだ。


「だったら主人の言うことには従うべきよね?」


 その通り、なのだけれども。


「し、しかし私にはお嬢様の安全を第一に考える義務があります……」


 そう! 僕は護衛だし!

 あ、あとそうだ!


「私達が屋敷を離れている時に、屋敷のみんなに何かがあっては困ります」


 僕は自信を持ってこう言った。

 そう。

 お嬢様ならば、屋敷の皆に危険があると諭せばきっとわかってくれるだろう。


「あ……そうね」

「そうですそうです」


 よしよし。

 お嬢様も頷いていらっしゃる。


 だが油断するのは早かった。


「そうねぇ……あの子はビロウガ達より強いの?」


 お嬢様は突然、話を変えた。


「えっ?」


 あの山狗がビロウガさん達より強いか?


「そうですね……」


 思案は一瞬。


「それは無いと思います」


 当然答えはノー、だ。

 確かにあの山狗は通常の個体と比較すれば遥かに強大な力を持ってはいるが、ビロウガさんほどではない。

 かの老執事の戦闘能力は間違いなく王国でも最高クラス。

 以前の僕との模擬戦でも本気を出している訳では無さそうだったし、彼が全力で魔術を行使すれば、この山狗であっても、打ち倒すことが可能だろう。


「楽勝、とまではいかないかもしれませんが、ビロウガさんとシリーさんはもっと強いですよ」


 だから僕は胸を張って言った。


「なら問題無いじゃない」


 するとお嬢様は納得顔で首肯なさる。


「屋敷には誰かしら、ちゃんと居るじゃない? この子を見張れる人が」

「あ……」


 あ、しまった。

 そうかここで嘘を……いやいやそれはローゼス夫妻に対して失礼だ。


 屋敷には必ずユリシア様かローゼス夫妻、もしくは僕、の誰かがいる。

 つまり屋敷には常に山狗を抑えることが出来る実力者が最低でも一人は居ることになる。


「それに平時は貴女の結界の中にいてもらいましょう。それはそれで可哀想だけど殺してしまうよりはマシでしょうし」


 お嬢様はうんうんと頷いている。


 彼女の思考は既に屋敷のどこで山狗を飼うかにシフトしている気がした。


「そうね、庭の隅にでも山狗用の……」


(あ、これはもう決定しちゃった感じかも)


 一度思考を止めたメフィルお嬢様は座長さんに向き直った。


「座長さん。この子をもらってもよろしいですか?」

「そ、そいつは……」


 お嬢様の言葉に対して、言い淀む座長さん。

 しかし続く提案は彼にとっては渡りに船であった。


「条件として、今回の件の不手際に関しては不問としましょう」

「えっ!?」

「ドームの管理側に対しても報告はしないことを約束致します。山狗ショーの部分をカットすれば問題なく明日のサーカスは開演することが出来るでしょう」


 座長さんにとっては、まさに天啓の如き言葉に聞こえたに相違無い。

 お嬢様の言葉を聞いて先程まで蒼白にしていた座長さんの顔に仄かに生気が戻った。


「い、いいんですか!?」


 公爵家の令嬢に対しての申し開きもないほどの不祥事を、お嬢様は不問にすると言った。

 俄かには信じられないような事態に狼狽している様子ではあったが、瞳には希望の光が宿っている。

 座長さんは絶対に断れないだろう。


「はい。条件……のんでいただけますね?」

「も、もちろんですっ!」

「では今回の件は他言無用で。あ、ただ一つだけ」

「は、はい。なんでしょうか?」


 年下の少女相手に、畏まり、低姿勢を崩さない座長さん。

 もはや完全に上下関係が出来上がってしまっている。

 座長さんは今にも揉み手を始めそうだった。


「この子を運びたいので、台車を一つもらえませんか?」


 こうしてファウグストス家に新たな一員がやってきた。




   ☆   ☆   ☆




 結局彫刻展には行くことが出来ずにそのまま帰宅することになった。

 もはや彫刻展どころではなくなってしまった、というのもあるが、カミーラさんが実は気絶してしまっていたのも理由の一つだ。

 流石に今回はお開き、ということでカミーラさんを背負ったマルクさんを屋敷まで見届けてから僕達はファウグストス家へと帰ってきた。

 カミーラさんの様子が心配ではあったが、マルクさんは「平気だ」の一点張りだった。

 なんでも彼曰く、


「あいつはゴキブリを見ただけで気絶する」


 とのこと。

 よくあることだ、と言いつつ、マルクさんはカミーラさんを背負って帰ってしまったのだ。


 そしてファウグストス邸の庭の端にて。


「これはこれは」

「わぁ~っ、可愛いです!」


 実験場の隣に急遽設けた山狗用の結界。

 現在ここには僕とシリーさん、そしてイリーさんがいた。

 結界の中の山狗はまだ目を覚ましておらず、静かに寝息を立てている。


「可愛い……ですか?」


 イリーさんの言葉に微かな驚きを覚え、僕は呟いた。


「えぇっ!? 可愛くないですか?」


 彼女は先程から件の山狗にメロメロである。

 うーん、確かに顔は可愛いんだけど……。

 

「ちょっと大きすぎますね」

「そ、そうですか?」


 淡々と僕が言うと、イリーさんは少しがっかりした様子。


(いやいやいや)


 どう考えても大きいですよ?


「はい。というかイリーさんのような可愛らしい子は一口で食べられちゃいますよ?」

「えぇっ!?」


 仰け反るイリーさんだったが、僕は何も冗談で言ったわけではない。


「いえ本当に。危険ですので近づく時には、例え結界があるとしても私かシリーさんも呼ぶようにしてください」


 僕は強く言い含めた。

 隣りに立つシリーさんは山狗を凝視している。

 彼女は思わず、といった様子で呟いた。


「それにしても……これほど大きい山狗は初めて見ましたね」


 屋敷へと最初に連れてきた時には、流石のシリーさんも目を丸くして驚いていた。


「ですよね」

「襲われた、と伺いましたが……怪我は?」

「いえ、お嬢様はもちろん私も無傷です」

「それは何よりでした」


 僕はシリーさんに尋ねた。


「あの……本当によろしかったのでしょうか?」

「山狗を屋敷に招いて……ですか?」

「……はい」


 確かにお嬢様の言葉であるとはいえ、やはり危険だと思う。


「まぁ……注意は必要でしょうが。ルノワールさんの結界があればまず大丈夫でしょう」

「それは……そうかもしれませんが」


 そこでシリーさんは僅かに微笑んだ。


「ふふ、お嬢様は昔から動物を拾ってくることが時々ありましたからね」

「え?」


 それは初耳だ。

 僕がキョトンとした顔をしていると、隣のイリーさんが元気よく答えた。


「ルビーもサファイアもパールも、みーんなお嬢様が連れてきたんですよっ」

「え、そうだったんですか?」


 ちなみにイリーさんが今言ったのは全て屋敷で飼っている猫の名前だ。

 名付け親はイリーさんであるらしく、彼女は動物に宝石の名前をつけていた。

 猫たちは元々屋敷の全員で世話をすることになっていたらしいが、動物が大好きなイリーさんが率先して世話をしたがるため、いつの間にやら彼女がペット担当になったらしい。僕が料理担当になった時と同じような流れである。 


 それにしても。

 動物を拾ってくる、って……ちょっと今回は規模が、というかサイズが違い過ぎる気が……。


「まぁどちらにしろ、しばらく様子を見ましょう」


 シリーさんの言葉に頷きながら、僕は山狗を横目で眺めた。


(山狗、か……)


 僕とて、この子が静かに涙を流しているのを見た。

 確かにお嬢様のお気持ちも理解出来る。

 放っておけない、と感じたのだろう。


 無理矢理に連れてこられ、孤独のままに操られていた悲しき魔獣。


(この子は……)


 一体どこからやって来たのだろうか……?






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