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偽りのルノワール  作者: 小美里 戒
第2章 王立学院入学
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第三十話 勉強不足のルノワール

 

 いよいよ本格的な授業が開始されることになった。

 ミストリア王立学院の学習進捗速度は非常に速い。

 教養科目にせよ魔術科目にせよ、基礎課程は全て既に身につけているものとして授業は進んでいく。

 その辺り、授業についていけるだけの人材であるかは入学試験の段階で振り分けられている筈なので、ある意味当然かもしれない。

 つまり皆優秀な生徒達ばかりであり、難なくカリキュラムについていけていた。


 そう。

 大変残念なことに。


 インチキをして入学することになった僕を除いて。




   ☆   ☆   ☆




 放課後。


「うぅ……難しいです」


 これはもう項垂れる他ない。

 こんな無様を晒すわけにはいかないのだけれど、ここまで自分の実力が足りていないとなると深刻な問題である。

 正直言って楽観視していた自分が恨めしい。


「……なんか意外……でもないのかな?」


 とはお嬢様の言。

 まだ魔術関連の授業は始まっていないけれど、多分そちらは大丈夫(だと信じたい)。

 ミストリア王国の魔術に精通しているわけではない僕だけれど、それでも自作で魔法具を作ったりもしている。

 魔術に対する造詣は自分で言うのもなんだけれど深い……はず。


 問題は教養科目だ。

 数学は大丈夫。数の扱いは得意である。

 だけど解き慣れていない国語、そして地理や歴史が絶望的なまでに知識不足だった。


「特に歴史が……無知がお恥ずかしいです」

「まぁまぁそう落ち込まないの。貴女は外国生まれなのだし、ある程度はしょうがないわ」


 お嬢様はこう仰ってくださるけれど、リィルは難なく授業を乗り切っていた。

 メフィルお嬢様に至っては余裕綽々である。

 流石に彼女は優秀だった。


「リィルはついていけるんだね……」


 こそこそとリィルに囁く。


「私もかなり勉強しましたので……」


 うぅ、ということは僕だけ、か。

 これが裏口入学(強制)した人間に対する報いだろうか。

 いや……嘆いてばかりもいられない。


「勉強しなければ……」


 拳を握りながら呟く。

 なんというか本格的に勉強が必要だ。


「まぁ空いた時間に私が教えてあげるわよ」


 メフィルお嬢様の優しさが身に沁みる。

 それは非常に有難い申し出だと思う。


 だけど。


「いえ、お嬢様にそのような迷惑をお掛けするわけには参りません。自分でなんとか頑張ります」


 こんなことぐらいで主人を困らせる従者など不甲斐ないにも程があるというものだ。

 可能な限りは、まず自分で努力を積むべきだろう。


「そう?」

「はい」

「ふふっ。ならがんばりなさい」


 楽しげに微笑むお嬢様。

 うん、今日からは毎日家でも自習を頑張ろう。


(はぁ……またしばらく絵を描く時間はなくなるかなぁ)


 と、思っていたら、だ。


「今日は美術部に少し顔を出してみようと思うの」

 

 お嬢様がそのように仰った。


(えっえっえっ!?)


「え、あ、そ! お、お嬢様美術部に入られるのですか!?」


 うわすごい声が裏返っちゃった。

 なんか周りの皆が僕を見ている。

 突然慌てふためき始めた僕に対して、誰も彼もが好奇心に満ちた眼差しをしていた。


(う、は、恥ずかしい……)


 いや、でもでもだって!


「な、なによその反応」

「だ、だってその……お嬢様はあんまり部活動には興味が無いように以前仰っていたので……」


 それに人に見せるために描いているわけじゃないから、あんまり学院とかで描くのは気が乗らないとも言っていた。

 僕が慌てていると、お嬢様は苦笑気味に口を開く。


「まぁ今でもそう変わらないんだけどね」


 だけど、と彼女は続けた。


「一応その……様子を見学するくらいはしようかと思ってね」

「そ、そうですか! では私もお供致します!」


 もしもお嬢様が美術部に興味を示されたのならば、それは良い傾向だと思う。

 ユリシア様はメフィルお嬢様にあまり友人がいないことを心配なさっていた。 

 部活動に所属することになれば、自然と関わりを持つ人達が増えるだろう。

 更に言えば、メフィルお嬢様の、あの素晴らしい才能を世間に向けて堂々と公表する機会にも恵まれるはずだ。

 彼女の絵はきっと見た人々の心を動かすに違い無い。

 考えれば考えるほどに素晴らしい提案だ。


 とまぁ、そのような訳で僕は勝手に喜んでいた。

 余りにもそれが、顔に出ていたらしい。


「さっきの憂いはどこいったのかしらね」


 お嬢様は苦笑しつつも、若干呆れ気味に肩を竦めた。


「うっ、それはその……」


 確かにはしゃぎ過ぎかも。

 目を泳がせる僕の脇腹をお嬢様が肘で軽く小突いた。


「なんで貴女の方が嬉しそうなのかしらね~?」

 

 う~ん、出会った当初とは違い、お嬢様は随分と僕に対して砕けた物言いをするようになった。

 なんだかそんな事実が無性に嬉しかったりする。


「あ、あはは……」


 笑ってごまかしつつ、僕はリィルに話を振った。


「リィルはどうするんですか? 何か部活動をする予定は?」

「そうですね……私も実は少し絵に興味がありまして。よろしければ御一緒させてもらえますか?」

「えっ! リィルも絵を描くの?」


 僕は初めて聞いた。

 驚き、問い返すと彼女は小声でボソボソと呟く。


「えっとその……本当に最近始めたので、まだまだ下手くそなのですが……」 


 リィルは何やら恥ずかしそうにしていた。頬も赤く染まっている。

 もしかしたら本当にまだ上手ではないのかもしれない。僕とて昔はひどかった。

 いや、今でも才能の無さは日々実感してるんだけど。


 でもなんか嬉しいな。

 こう、自分と同じ興味を持ってくれる人。

 そんな友人がいることのなんと素晴らしいことだろう。


「では皆で行きましょうか」


 お嬢様の言葉に従い、リィルと僕が続き――、


「ちょちょちょっ!? ちょっと待ちなさいよ!」

「ナチュラルに置いていかれそうだったな、カミィ」


 ――呼び止められた。


 涙目で追ってきたのはカミーラさんとマルクさん主従だった。

 

「もうっ! お昼ご飯の時は別に放課後予定ないとか言ってたのに、普通にあるじゃん! 嘘じゃん!」

 

 実は今日のランチはここにいる五名で済ませた。

 その時確かにお嬢様はカミーラさんにそんなようなことを言っていた気がする。


「さっき決めたのよ」

「ほんとにぃ~?」


 カミーラさんの言葉にお嬢様は真顔で返事をした。


「ほんとよ」

「そ、そう。ま、まぁあたしも行くわ! しょうがないからね!」

「何がしょうがないのよ……」


(う……う~ん…………)


 ???

 仲が良いのか悪いのか。

 何故メフィルお嬢様はカミーラさんに意地悪をするのだろうか。

 それでいて突き放すようなこともない。むしろカミーラさんに好意を持っているように見えるのに。

 なんというか不思議な関係だと思った。


 しかし教室を出た直後、再び僕達は呼び止められた。

 いや、正確には呼び止められたのはメフィルお嬢様一人だったけれど。


「メフィル=ファウグストスさんよね?」


 話しかけて来たのは上級生だった。

 この学院では胸に刺繍されているエンブレムの色が学年毎に異なっている。

 見たところ、彼女は3年生らしい。


 どこか傲慢な態度で彼女は続けた。


「少しだけ今から時間もらえるかしら?」

「……何の御用でしょうか?」


 少しだけ刺のある声音でお嬢様が問い返す。

 すると先輩はこう言った。


「貴女には『花ノ宮』に是非とも参加していただこうと思って」

「……あぁ」


(花ノ宮?)


 僕には意味がよくわからなかったが、メフィルお嬢様は何やら知っている様子だ。

 彼女は少しだけ苦々しい表情をした後に、リィルとカミーラさんに謝罪の言葉を告げた。


「ごめん、少し遅れるわ。先に行ってて頂戴」


 カミーラさん達に素早く頭を下げる。


「先輩、案内してもらえますか?」

「えぇ、もちろん」

「行くわよ、ルノワール」


 お嬢様に促されるままに僕は返事をした。


「は、はい。畏まりました」


 しかし。

 僕がお嬢様に付いていこうとすると、先輩は嫌そうな顔を隠そうともせずに振り返った。


「……メフィルさん」


 言い含めるような口調。


「花ノ宮は……」

 

 何か苦言を呈そうとした先輩だったが、それを遮って、いち早くお嬢様が言う。


「彼女は当家の使用人です。ルノワールは私の身辺警護役も担っていますのでご容赦願います」


 丁寧な言葉遣いではあったが、譲る気の無い強い意志が込められた言葉だった。

 何やら不満顔ではあったが、流石に先輩も黙りこんで歩を進めた。

 二人は淀みない足取りで歩いていく。


 そんな中。


(あ、あの~……?)


 状況を把握出来ていないのはどうやら僕だけのようだった。

 兎にも角にもついていくしかない。


 僕の役目はお嬢様の傍で彼女を護ることなのだから。






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