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偽りのルノワール  作者: 小美里 戒
第2章 王立学院入学
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第二十七話 入学

第2章を開始します。

 

 ミストリア王立学院。

 その名の通り王族出資で建造されたこの学院は、まるで王族の権威を示すかの如く豪奢な造りだった。

 学院玄関口に聳える巨大な門はファウグストス家の門よりも遥かに大きく、また頑丈である。

 中央には王族の家紋たる、六芒星に十字を交差させた刻印が刻まれていた。

 柱の一本一本までもが洗練されており、敷地内に広がる広大な庭は、毎日の庭師の手入れによって完璧に整頓されていた。

 まぁ流石に何度かの改修が行われたとはいえ、それなりに歴史のある学院である。

 近くから眺めれば小さな傷や経年劣化は隠せないのだが……そこはご愛嬌だ。


 王立学院の名に恥じぬのは建物だけではない。

 当然学院に入学を許された者達も皆一様に優秀な人間達だ。

 ミストリア王国の将来を担うに足る人材を育成するための機関。

 試験は厳正かつ非常に難しいとされている。

 

(そんな場所に僕が居てもいいのだろうか……)


 試験受けてないけれど……。

 しかも女性の格好だけど……。


 あれ?

 今更な話だけど、今の僕の状況って客観的に見て最低っていうんじゃ……。


(厳正な審査すら強引に突破しちゃうんだから、ユリシア様の力ってすごい)


 一般的にはお金を積むだけでは到底入学は許されない。少々のコネでも無理だろう。

 しかし公爵家や王族の並外れた地位・権力を以てすれば不可能ではない。


「? どうしたの、ルノワール?」


 試験に不合格になったろう名も知らぬ受験者達に心の中で詫びていると、お嬢様の声が聞こえた。

 いけない。

 罪悪感が顔に出ていたのかも。


「いえ……広い講堂だな、と思いまして」


 お嬢様に合わせてひっそりと小声で返す。


 現在僕達は学院内の講堂にて、学院長の訓示を聞いていた。

 内容は学院の抱負であったり、今後の王国の未来を思った願いであったり、僕ら学生達の将来を憂いたり、と非常に有難いものだった。

 けれど真面目に聞いている人はそれほど多くはない。さしもの優秀な学生諸君であっても年配の方による長話は苦痛であるようだ。

 メフィルお嬢様も実に退屈そうだった。


 気持ちは分かる。

 

(だってこの話、全部入学案内の挨拶文に書いてあったからなぁ)


 周囲を見渡すと講堂には総勢300人近くの新入生達が集められている。

 皆が僕ら同様、今年の入学生達だ。

 

「ここにいる人達が皆、同級生になるのですね」

「そうよ、っとと」


 一人の教師の視線が僕達の方へと向けられた。

 咎めるような鋭い瞳。

 私語を慎め、ということだろう。

 

 一度お嬢様と顔を見合わせ。

 僕達は入学式が終わるまで一言も話さずに、学院長の話に耳を傾けていた。

 こっそりとあくびを噛み殺していたのは内緒だ。




   ☆   ☆   ☆




 実は僕達がどのクラスに配属されるのかについては、事前に連絡が来ていた。

 送られてきた手紙の内容によると僕達は1年1組になるはずだ。

 入学生約300人が8組までのクラスにそれぞれ割り振られ、これから一年間の間勉学を共にすることになる。


 入学式が終わると、それぞれ引率の教師らしき人が生徒達を連れて教室のある本棟へと歩き出した。

 僕達も流れに逆らわずに教師の指示に従いながらついていく。粛々と歩く生徒の姿もあれば、校舎の内装や窓から見える景色に沸き立つ同級生達の姿もある。

 講堂から渡り廊下を経て、それほど歩くこともなく、教室にたどり着いた僕達は黒板に書かれている通りの席に着いた。

 お嬢様は窓側の1列目、僕はその右隣だった。

 周囲に男子生徒の姿はない。 


 そして。


「……」


 無言のままにメフィルお嬢様の後ろの席に向かう小柄な少女。

 きめ細かな金髪を揺らす彼女は間違いなくリィル=ポーター、僕の同僚である。

 彼女は僕と目が合うと軽く頭を下げ、慌てた様子で席に着いた。


(うーん、流石に違和感ないなぁ)


 年齢もそうだし、見た目も歴戦の騎士団員にはとても見えない。

 制服を着用したリィルはどこからどう見ても、立派な女子学生だ。


「では一度、点呼をとる。名前を呼ばれた者は返事をしなさい。それと簡単な自己紹介を」


 僕達のクラスの先生は非常に厳しそうな男性教諭だった。

 歳は50歳後半ぐらいだろうか。

 お嬢様に確認してみたところ、彼に対しては恐怖心は感じないらしい。

 やはり男性恐怖症は年齢による部分が大きいようだ。


 クラスメイト達の名前が読み上げられていく。

 自分の名前と簡単な挨拶、それと自身の趣味を言う人が多い。

 中にはユーモア溢れる自己紹介をする人もいたけれど、僕の頭の中には残らなかった。 

 何故か?


 緊張していたからだ。


「では次……ルノワール」


 やがて僕の名前が呼ばれた。

 

(うぅ、学校なんて初めてだし、緊張する……)


 クラス中の視線が僕に集まっている気がする。

 いや今は僕の番なのだ。視線が僕に集中するのは当たり前じゃないか。

 ドキドキしながらも僕はゆっくりと立ち上がった。

 

(え、えっと今までの人と同じように自己紹介と簡単な挨拶を……それと趣味。あ、何か洒落たことを言った方が良いのだろうか。いやでも余計なことは言わない方が……)


 なんてことを考えていたその時、主人の小さな呟きが聞こえてきた。


「(頑張りなさい)」


 優しい笑みを交えたエール。

 努めてポーカーフェイスを作っていたつもりだったが、僕の緊張はお嬢様にはどうやらお見通しだったようだ。

 彼女の顔を見て。

 そして彼女の声を聞いて思った。


(そうだ)

 

 僕は栄えあるファウグストス公爵家に仕える従者。

 みっともない真似など出来ない。


 しっかりしろ、ルノワール。


(よし!)


 気合を入れ直し、僕は居住まいを正した。

 振り返り、クラスメイト達に視線を向ける。

 僕に出来る最高の礼節でもって、自己紹介をしよう。

 背筋を伸ばし、顎を引き、自然な動作でスカートを僅かに持ち上げ、出来るだけ優しい声音で。


「初めまして、皆様。ルノワールと申します」


 言葉の後に、一部の停滞も淀みもない仕草のまま、頭を垂れる。

 ゆっくりと静かに顔を上げ、クラスメイト達に視線を向けた時、僕は出来る限りの笑顔で微笑んだ。


「趣味は料理と、絵を描くことです。至らぬ部分が多々あるとは思いますが、これから一年間どうかよろしくお願い致します」


 これからこの場所で頑張るんだ。

 だったら少しでも楽しく過ごしたい。

 脳裏を過ぎるのはディルの言葉。僕は血の繋がらない兄の言葉を実践したいと思った。


 皆さんどうか仲良くして下さい。

 短い挨拶ではあったが、そんな願いを込めた。

 王宮で叩き込まれた礼節の限りを尽くした――のだけれど。


(……あ、あれ?)


 今までは自己紹介の後は自然と皆が拍手をしていた。

 だけど僕の時は聞こえてこない。


(う、な、何か失敗してしまったのだろうか!?)


 笑顔のままに、内心では怒涛の勢いで焦りが募っていく。

 周囲のクラスメイト達に軽く視線を向けるも、誰もがボーッとした様子で僕を見つめるばかり。

 心なしか皆さん頬を赤くしているが、一人として反応を示さない。別に嫌悪の感情を僕に向けている訳ではなさそうなんだけど。


 な、なんなのか、一体?

 混乱しつつ、僕が突っ立っていると、思い出したように担任の教師が手を叩いた。

 その音にハッとした様子のクラスメイト達が一様に拍手をし始める。先程までよりも遥かに大きな拍手の大音声が教室内に鳴り響き、僕は一層混乱した。

 

 再び一礼した後に、席に着く。

 事情が飲み込めぬままに隣りへと目を向けると、お嬢様と視線が交差する。


「(な、なにかおかしなことをしてしまったのでしょうか?)」


 消え入るような小さな呟きで尋ねると、お嬢様は楽しそうに笑った。


「(馬鹿ね、逆よ)」

「(ぎゃ、逆……ですか?)」


 意味が分からずに首を傾げると、彼女は言った。


「(上手くやり過ぎたのよ)」


 堪えきれない、といった様子でクスクスと笑う僕の主人。


「(流石は私の従者ね。ふふ、良い気分だわ)」

「(は、はぁ)」

「(少なくとも悪くは思われていないから安心なさい)」

「(お、お嬢様がそう仰るのでしたら)」


 次の生徒の名前が呼ばれ、僕の後ろの席の生徒が立ち上がる。

 僕はお嬢様との会話を打ち切り、クラスメイトの自己紹介に耳を傾けた。




   ☆   ☆   ☆ 




 まずはクラスメイト達の簡単な自己紹介を執り行い、続いてクラスにおける係り決め。

 平和な時間が過ぎてゆき、今日はしかもここまでで学院はおしまいだった。


「食堂は既に営業を開始しており、部活動などで登校している先輩も少なくない。興味があれば自主的に学院を見て回ってみるといい。では本日はこれにて」


 先生方も初日は何やら忙しいらしく、テキパキとクラスでの仕事を終わらせると、担任教師は急ぎ足で職員室に向かって行った。

 そして食堂、という言葉を聞き、僕は自分が失敗したことに気づいていた。


「あ、そ、そうか……」


 思わず落ち込んだような声音で呟いてしまい。

 お嬢様はその声に敏感に反応した。


「? どうしたの、ルノワール?」


 俄かに騒がしくなり始めた教室の中、メフィルお嬢様が問いかける。


「あ、っと……そういえば学食があったのですね、と」


 あぁ~、これは失敗しちゃったな。


「何か困り事でも?」


 そこで困り顔を晒す僕に声をかけたのはお嬢様ではなくリィルだった。

 彼女は自然な流れで僕達の会話へと入ってこようとしたのだろう。

 まぁ若干表情はかたいけれど。


「あ、っとリィルさん。実はその。お弁当を作ってきてしまって……」


 苦笑しつつ僕が言うと、お嬢様はなんだそんなことか、と呟いた。


「何よ、困ることないじゃない?」

「えっ?」


 お嬢様はリィルに視線を向ける。


「えっとリィル、さんは昼食はどうなさるの?」

「私は学食で摂ろうと思っていました」

「そう。じゃあ折角席も近いし、一緒に昼食はどう? 私も見学がてら学食の様子を見てみたいし」

「では是非とも」


 お嬢様の言葉にリィルが笑顔で応じ、僕達3人は学食に向かって歩き出す。


 そ、そっかぁ。

 明日からはお弁当作るのはやめよう。

 考えてみれば食堂だってちゃんとあるし、購買でだって昼食は調達出来るじゃないか。

 今朝方張り切っていたのが馬鹿みたいだ。


 廊下を3人で歩いているとやがて食堂の看板が目に入ってくる。

 学生食堂は広大な敷地を十分に活かした広い作りになっていた。インテリアのセンスも悪くない。

 学生が利用する場所であるが故に、そこまで高級な装飾品は置いていなかったが、少なくとも不清潔さを感じさせるようなことは無かった。

 しかも2階まである。軽く一学年全員が収まりそうだ。


「ふぅ~ん、意外に綺麗ね」


 お嬢様は辺りを見渡しながら言った。


「では私は適当に何か買って来ます」


 食堂入口のメニューと、しばし睨めっこをしたリィルが財布を手に去っていく。

 その背に向かってお嬢様が声をかけた。


「じゃあ私達は席を確保しておくわね」

「え?」


 お嬢様の言葉に僕が声を漏らす。


「私達も買わなくてよろしいんですか?」


 僕がそう言うと、お嬢様は首をかしげた。


「ん? だって貴女お弁当作ってきてくれたんでしょう?」

「そ、それはそうなのですが……食堂にお弁当を持ち込んでもいいんですか?」


 一般的に食事をする店に飲食物を持ち込むのはマナー違反だと思う。

 僕が街のレストランでの食事感覚でそう言うと、


「……あっ。だから貴女さっきから」


 何やら得心したように一度頷き、


「ふふふっ、別にいいのよ? ここは学校なんだから。利益優先で営業しているレストランとは違うのよ」


 快活に笑われた。

 どうやら非常識な発言だったらしい。


「そ、そうなんですか?」

「学食なんてそんなものよ。というか折角ルノワールのお弁当があるのよ? 食べない手はないでしょう。食堂で貴女の料理以上のものが出てくるわけないし」

「そ、そうでしょうか?」

「当たり前じゃない」


 こうなんというか。

 笑いながらも、しっかり僕が喜ぶ台詞を入れてくる辺り、お嬢様は褒めるのがお上手だ。


「そ、そう言って頂けるのは嬉しいですけれど」

「あ、あの辺空いてるわね。行くわよルノワール」

「はい」


 と、そこで。

 談笑しながら歩いている男子生徒達が僕達の傍を通り過ぎようとした。

 僕は何も言わずにお嬢様と彼らとの間に静かに身体を忍ばせ、男子生徒がお嬢様に決して触れることがないようにする。このあたり慣れたものである。


 もう出会ったばかりの頃のような失態を犯すつもりはない。


「……」


 チラリと僕を横目で見たお嬢様だったが、彼女は無言のままに歩き続ける。

 僕もその後に粛々と付き従った。

 空席となっている円形の御洒落なテーブル。

 僕は彼女の椅子を静かに引き、お嬢様がその椅子に腰掛けた。

 それを確認した僕もお嬢様の隣の椅子に座る。


「では用意致しますね」


 僕は学生鞄の中から二つずつお弁当箱と水筒を取り出した。

 一度手を当て、弁当箱と片方の水筒に熱を込める。逆にもう一方の水筒には冷気を送った。

 よく冷えたお茶をコップへと注ぎ、お嬢様と僕の眼前に並べる。

 弁当箱の中身は片方はサンドウィッチ、もう一つはおかずだ。卵焼きや野菜炒めなどの調理が簡単なものばかり。更には夕飯の残り物まである。

 貴族の屋敷としては非常識ではあるが、ファウグストス邸では前日の残り物が食卓に並ぶことは珍しくはない。この辺り、実に庶民じみていた。


「申し訳ありません。お弁当となると、あまり時間をかけた料理は難しくて」

「もう、大丈夫よ。そんなの気にしなくていいわ。だから申し訳なさそうな顔しないで」


 ちょうどその時にリィルがトレーに乗った料理を手にやって来た。


「あ、リィルさん。どうぞ」


 確保した席にリィルを促す。


「失礼します」


 彼女の今日の昼食は唐揚げ定食の模様。


「さて。じゃあ早速食べましょうか」

 

 お嬢様に合わせて僕達は「いただきます」と合掌した。 

 





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