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偽りのルノワール  作者: 小美里 戒
第7章 王国 vs. 帝国
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第二百四十三話 決戦の刻Ⅴ ~オルフェウス~

 

 その魔力はまさしく超越者と呼ばれる魔術師と同等だろう。

 放たれる力強さは決して戦鬼にも劣らない。


「やぁああああっ!」


 アトラは両手から生み出した魔力の球をゼロに向かって放つ。

 いくつもいくつも。

 瞬く間の内に無数に生み出された魔力球がゼロを襲った。

 大地に着弾するなり激しい地鳴りと共に爆発し、無残な破壊跡を残す。

 直撃すれば並の魔術師であれば一撃で落命するだろう破壊力だ。


 しかし。


「……なんで……っ!」


 次第にアトラの額が汗ばみ、その顔には明らかな焦燥の色が広がりつつあった。


 視界の中にゼロを見つける。だから撃つ。

 我武者羅に攻撃を繰り返すも、アトラの攻撃がゼロに命中する事は無かった。

 音速の如き速度で射出される魔力球を、ゼロはいとも容易く回避してみせる。


 肩で呼吸をし始めるアトラ。

 対峙するゼロは息一つ切らすことなくじっとアトラを見つめていた。

 その立ち姿に焦りは無い。むしろ愚かな少女を嘲笑しているかのように冷静そのものだった。


 眼帯で覆われている筈のゼロの眼差し。

 しかしその瞳の奥に眠っている、怜悧な刃をアトラは幻視した。


「……っ」

「おや? もう終わりですか?」


 アトラの動きが止まり、飄々とした様子でゼロが立ち止まる。

 彼がその気になれば瞬時にアトラの喉元まで迫る事も可能だろう。

 だが、ゼロはアトラに秘められし力を甘く見ておらず、最大限の警戒心を持っていた。


 ゼロが動きを止めた直後――。


 彼の背後で風を切る轟音が鳴り響く。




   ☆   ☆   ☆




「無駄な事ですよ――」

「ちぃっ!」


 音も無く近づいた完璧なタイミングであった。

 アトラの攻撃の乱舞の最中、視界も悪い状態であった。

 それなのにも関わらず無残にも回避されてしまう。


(また……!)


 まるで自分の行動が読まれていたかのようだ。

 空振りに終わった斧の切っ先を見つめつつ、キサラは歯噛みした。

 ゼロは避けるのと同時、宙で身体を反転させ回し蹴りを放つ。

 間一髪の所で斧で受け止めたキサラ。

 しかしゼロの攻撃は他のレオナルド・チルドレンの比ではない。


「ぐっ……くぅっ!?」


 その衝撃を受け止めきれず、足が大地から離れるキサラ。

 風魔術を展開しようとするも間に合わない。

 更なる追撃をゼロが仕掛けようとした時、横合いから救いの手が差し伸べられる。


「やぁっ!!」

「っ! 本当に……無尽蔵ですね」


 素早く身を引くゼロ。

 キサラを守る様に放たれたアトラの攻撃が彼の眼前を通り過ぎていく。

 事実その攻撃によってキサラの命は救われたが、ゼロはその攻撃も事前に予見していたかのようだった。


(やっぱり……何か変だ……)


 動きを見ていた、気配を探っていた、呼吸を読んでいた。

 そのようなレベルではない。

 ゼロは明らかに見ても居ない周囲の状況を把握し、その一手先に対応するように動いている。

 

(未来予知……? いや、そんな馬鹿な……)


 ゲートスキル、というのは、途轍もない力を誇っているだけに否定しきれない……しかし。


(いや、それだけじゃ説明が付かない……)


 本当に未来予知が可能ならば。

 キサラ達の乱入にも気づいただろう。アトラの不意打ちにも上手く対処出来た筈だ。

 それにキサラだって一度はキースを襲ったゼロの攻撃を防いだ。


 攻撃を当てる事は不可能じゃない。


(決して無敵なんかじゃない。何か、何かがあるんだ……)


 ふらつく頼りない足を叱咤しながらキサラはアトラの傍まで走り寄った。

 突然近くまでやって来た赤毛の騎士に怯えた様子のアトラだったが、キサラに敵意が無い事を感じたのか、すぐに落ち着きを見せる。

 ゼロを共通の敵として戦っている、という事実も手伝っているのだろう。


 小さな少女を見下ろしキサラは心の中で呟く。


(幼いな……)


 キサラは己の事を棚上げして、そんな事を思った。


(自分が初めて戦場に立った時と同じくらい、か)


 しかしその身に纏う莫大な魔力は己の比では無い。

 その攻撃力も自分を遥かに凌駕している。あのゼロも目の前の少女の事は最大限に警戒しているようだった。


「あたしはキサラ。貴女の名前は?」

「あ……アトラ、です」


 力の強大さに比して、気の弱そうな少女だった。


(いや……)


 ゼロと相対する彼女には殺気にも似た苛烈な勢いがあった。

 小さな身体からは想像も出来ない程の恐ろしい気配が。


(まだ力を制御出来ていないのか……)


 先程からの戦闘の様子を見ていれば一目瞭然だ。

 彼女は何らかの要因で強大な力を得ているようだったが、それに比してあまりにも戦闘経験が少ない。力を上手く扱えていない。

 経験値に関して言えば、間違いなくキサラの方が遥かに上だろう。


(何とかこの子と上手く連携を……)


 だがゼロがそんな事を許す筈も無い。


「っ!」

「戦闘中におしゃべりとは……舐められたものですね」


 ゼロの拳がキサラを襲う。

 その拳は速く、無駄が無い。

 咄嗟に半身を逸らすキサラだったが全ての威力を減衰するには至らない。


「ぐっふ……」


 手痛い一撃に顔を顰める彼女を救ったのは、またしてもアトラだった。

 目の前で始まった攻防を止めるかのように、咄嗟に力を生んだ。

 アトラの全身からは強大な力が溢れ出し、それは空色の結界となり、ゼロの攻撃を阻んだ。


「ちぃっ」


 邪魔立てする展開された結界に指を差し込み、ゼロが力を加える。

 すると、見る見るうちに輝きをなくし、やがて結界は弾け飛んだ。


 だがそんな一瞬の隙があれば十分。


「喰らえっ!」


 今度はキサラが反撃の一撃を振りかぶる。

 その攻撃はゼロの右腕に直撃したが、強固な身体を撃ち貫くには至らない。


「っ!?」

「その程度、でっ!」


 人形輪廻の真なる成功体は討ち破れない。

 互いの肉体が激しく衝突し、キサラの血飛沫が宙を舞った。


「……ぁ」


 遠目から戦っている内には意識していなかった、目の前で行われる殺し合いの現場。


 無自覚というのは、かくも恐ろしい事か。

 自分もそのような力を行使していたという事実が、無我夢中だったアトラを今更ながらに委縮させた。 


「い、いや……っ!」


 そう、無自覚。


 無自覚による攻撃。



 その時、アトラを襲う災厄を撃ち滅ぼす――『祝福』が発動した。



「っ!? な……っ!?」


 突如、突然、何の前触れもなく。

 空間が歪む程の強大な魔力が渦を巻いた。


 直後。


「馬鹿、な……!?」


 ゼロの心臓部。

 まるで内側から爆砕するような衝撃が襲い掛かった。

 彼は突然の肉体的ダメージに思わず膝を付く。


「! もう一丁ぉっ!!」


 そんなゼロに追い打ちの一手を掛けるのはキサラ。


「ちぃっ! しぶとい!」

「それだけが取り柄なんでね!」


 キサラの猛追を受け、さしものゼロもたたらを踏み、一足飛びに後退する。

 今の間違いなくゼロにもダメージを与えた。


「へへっ、すごいじゃん、アトラ今の!」


 特徴的な八重歯を煌めかせてキサラが微笑む。


「ぇ……わ、わた、し……」


 自分の所業に理解が追いつかないアトラ。

 彼女には慣れぬ戦闘による極度の疲労、緊張感が重くのしかかっていた。


「これは本当に勝機があるかも……」


 そう、キサラが感触を得た直後。


「……えっ?」


 アトラ=オルフェウスは膝から崩れ落ち、うつ伏せで倒れ伏した。




   ☆   ☆   ☆




(やってくれる……!)


 ゼロのゲートスキルであっても、『知覚外』の攻撃には対処できない。


「ん……?」


 しかしゼロが片膝立ちで様子を窺っていると。


(アトラ=オルフェウスが倒れた……?)


 限界が来たのか、緊張感に耐え切れなくなったのか。


(理由はどうでもいい)


 千載一遇のチャンスを逃す程……ゼロは甘くはない。


 すぐさま大地を駆け出すゼロ。

 彼の突撃に気付いたキサラが立ちはだかろうとするも、ゼロは彼女の斧を軽く回避し裏拳を叩きつけた。

 どれだけ頑丈なのか、キサラは未だに意識があるようであったが、今は彼女はどうでもいい。


(危険なのは君だよ、オルフェウス……!)


 ここで確実に殺す。

 この年齢、この幼さで、これ程の力を有しているなどと……あってはならない脅威だ。

 このまま成長すればいずれ、戦鬼やキャサリンをも凌駕する魔術師になるだろう。


(今、ここで……!)


 ゼロの拳が鋭利な刃のように振り落とされる。


「「アトラっ!!」」


 メフィル=ファウグストス、そしてキース=オルフェウスの絶叫が聞こえて来る。


「なに……?」


 片方の声は……目の前から聞こえた。


 突き出した拳は確かに敵の腹を撃ち抜いている。

 手の平に伝わる感触。確実に致命傷だろう。


 だがゼロが殺めたのは幼い少女ではなかった。



「キース=オルフェウス!?」



 突然出現したキースの手には、メフィルから奪うように手にした『転移』の魔法具が握られている。



「はっ、何度も何度も邪魔をして悪いな……」



 そう冗談を零し……最愛の一人娘を守った男は大地に倒れた。




   ☆   ☆   ☆




 娘が生まれた。

 その奇跡の様な日を忘れた事など、一度たりともない。

 愛する妻と自分から生まれた子供の何と愛おしい事か。

 メフィス帝国を守る為に日夜戦ってきた男の目的が一つ増えた瞬間だった。


 この子を守ろう。

 この子が健やかに生きていける帝国を作ろう。

 その為に己の人生を捧げよう。


 アトラの成長を見守り、アトラの為に生きていこう。


 エルサリアがこの世を去り、不安定になった己の心を支えてくれたのはいつだってアトラだった。

 彼女が居たから戦うことが出来た。

 彼女の為なら何にだって耐える事が出来た。


 しかし自分は強くないから。

 全ての脅威から娘を護ってあげる事なんて出来なくて。


 それでも今目の前に……敵の攻撃に晒されながらも、生きている娘が居る。


 大きな瞳を精一杯に広げて自分の事を見つめていた。


(あぁ、そんな顔をしないでくれ……)


 いつだってアトラには笑っていて欲しいのに。

 なんて不甲斐ない父親なんだろうか。


(すまない、アトラ……そしてエルサリア……俺、は……)


 全身から力が抜けていく感覚に襲われる。

 視界が揺らぎ、声を出す事すら難しい。


 それでも。


 最後にただ一つだけ。


 残したい、伝えたい言葉が在った。


 それはキース=オルフェウスの全て。



「愛している、アトラ」



 メフィス帝国の未来を憂い続けた戦士がまた一人……この世を去った。






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