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偽りのルノワール  作者: 小美里 戒
第7章 王国 vs. 帝国
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第二百四十一話 決戦の刻Ⅲ ~天馬の進軍~

 

 音も無く放たれた手刀。


 だがそれは直前で防がれていた。


「!」


 驚くゼロを尻目に、その体躯には見合わぬ長大な斧を持った少女が、その特徴的な八重歯を煌めかせて微笑んだ。

 しかし振りかぶる一撃の威力は、とても可愛らしい物では無い。


「うらぁっ!!」


 男勝りな叫び声と共に振り下ろされた斧が真っ直ぐにレオナルド・チルドレンの少年の頭に向かう。


「ちっ」


 直前で回避した少年が微かに安堵の表情を浮かべた直後、振り下ろした勢いそのままに遠心力を更に乗せた横振りの一撃が彼を襲っていた。


「詰めが甘いんだよっ!」


 叱咤と共にキサラの斧がレオナルド・チルドレンを屠る。

 そしてその少女の活躍に後押しされるように。


「これは……」


 周囲はいつの間にか囲まれている。

 彼らは誰もが同じ制服に身を包んでいた。

 それは最近新設されたばかりだというミストリア王国の王女直轄の部隊。


 ドヴァンが襲来者達の姿に気付き、口角を上げる。


「お前ら……」

「へっへ~! 『天馬騎士団』参上! ってね」


 楽しそうにキサラが微笑むと同時。

 一斉に歴戦の騎士達がレオナルドの陣地へと襲い掛かった。




   ☆   ☆   ☆




「どうして、ここに?」


 ドヴァンが尋ねると傍まで寄って来たキサラが楽しそうに微笑んだ。


「それがあたし達に下された指令だからね」

「なるほど、カナリアか」


 ユリシア=ファウグストスが帰還した事で、多少の余裕が生まれたカナリアが真っ先に下した判断は天馬騎士団を戦場に送る事であった。

 メフィス帝国の戦力を聞かされたカナリアにとって、もはや内部にばかり目を向けていては足をすくわれるのではないか、と考えたのだ。


 天馬騎士団への勅命の内容は唯一つ。

 大蛇の魔術、すなわち『ネハシム-セラフィム』の破壊だ。


「では偶然居合わせた訳か」

「それは違うよ、兄貴」


 キサラは首を振る。


「カナリアにはきっとこうなると分かっていたんだと思う」

「……」

「カナリアは賢いよ、とっても。そして……あたし達もだけど……兄貴とあの子を信頼している」


 彼女の目の端にはレオナルドと対峙するルノワールの姿が在った。


「ふん、ならば」

「うん、雑魚はあたし達に任せて。兄貴はあの女に集中して」


 つい最近まで。

 本当に最近まで、キサラは基本的にドヴァンの指示を聞くばかりであったのに。


(まったく……少し目を離すと……)


 男子三日会わざれば、とは良く言うが、なるほど、それは女子にも当てはまるらしい。

 キサラの成長は目覚ましい。 

 それはミストリア王国に来てから……いや、ドヴァンの敗北、そしてカナリアとの出会いのおかげか。


「キサラ……あの眼帯の奴には気を付けろ。奴は強い」

「分かった。上手く躱すよ」

「あぁ、すぐにこいつを片付けて俺が始末を付ける。それまで頼んだぞ」


 まさか自分が妹に対して「頼んだ」などと口にする日が来るとは。


「行くよ、皆! 兄貴に恥をかかせるんじゃないよ!」


 そう騎士団達を鼓舞したキサラはレオナルド・チルドレン目掛けて長大な斧を振りかぶった。




   ☆   ☆   ☆




「ふ~ん、じり貧だと思うけどなぁ」


 突然の敵集団の奇襲にも関わらずキャサリンには動じた様子は無い。


「まさか子供達に一対一で勝てる訳でもないのに」


 その言葉は決して誇張ではない。

 いかに天馬騎士団とはいえ、レオナルド・チルドレンを相手取ろうと思えば、外軍の取った戦術の様に複数人で相手をしなくてはならないだろう。

 先程は何とかキースは一命を取り留めたが、何度も幸運が続く訳も無い。


「なに、問題はない」

「はい?」

「俺が貴様をさっさと蹴散らせば、それでいい」


 中央大陸で無数の戦場を経験して来たドヴァンが鋭い眼差しで告げる。

 戦鬼のすぐ傍で黄金に輝く神馬アルスが嘶いた。


「あはは……お前、舐めすぎじゃない?」


 えんじ色の輝きが一気に膨れ上がり、キャサリンの全身を彩る。

 真冬であるにも拘らず顕わにされた美しく長い足が大地に沈んだ。

 彼女の放つ力に耐え切れなかったのだろう。

 余りにも強大なトーガの輝き。

 彼女は魔力による力強さだけで、まるで空に浮いているかのようだった。


 キャサリンとて、ドヴァンにも負けず劣らず、修羅場を潜り抜けて来た戦士だ。

 否、この領域まで至った魔術師達は誰もが、数えきれない程の修羅場を潜り抜けて来ている。


「あたし、あんまり舐められるのは好きじゃないんだよね」


 生意気な奴は悉く、今まで殺して来た。

 それは変わらないだろう、これまでも、そしてこれからも。


「奇遇だな」


 しかし戦鬼は笑った。


「俺も同じだ」

「あはぁ~」


 楽しそうに微笑んだ二人。

 えんじ色と真紅の交じり合った世界が生まれ出でる。


「行くぞ!」

「あたしに付いて来られるかね!」

 



    ☆   ☆   ☆




(速い……!!)


 ドヴァンよりも、ルノワールよりも。

 キャサリンという女は速かった。


 神速の蹴り足が眼前で消える。

 確かに気配は存在した。だがその超高速の戦闘の最中で敵の手の内が見えなくなるのは、たとえドヴァンであっても相手にしにくいものだった。


「っ! ち、この馬っ!」


 ドヴァンの取るべき戦法は距離を取ってキャサリンの間合いから離れて戦う事。

 遠距離からのアルスの突進。嘶く神馬が目にも止まらぬ速度でキャサリンに突貫した。そして同時に『移動』の発動、これによりキャサリンは回避も覚束ない。


「せぃあっ!!」


 だが、見事な身のこなしで回し蹴りを披露したキャサリン。

 彼女の放った蹴りは残像を宙に残し、音を置き去りにした。凄まじい威力を前に、アルスは吹き飛び、その残滓が魔力光の粒子となって弾けていく。


 しかしドヴァンにとって、それは想定内の出来事。


「っ!」

「おらぁっ!!」


 キャサリンの背後に回り込んでいたドヴァンの拳が真っ直ぐに突き出される。


 キャサリンの攻撃の後隙を狩る様な見事な攻撃がキャサリンの前髪をさらった。


「っ!」

「あっははっ!」


 しかししかし。

 やはりキャサリンとて、さる者。


(今のを躱すか……っ!)


 態勢を崩しながらも、後ろ向きに倒れ込む様に回避するキャサリン。

 そして大地に手を付いた彼女は笑みを深めつつ、ドヴァンの顎先目掛けて更なる蹴りを突き出した。

 流れる様な美しい連携、それが目にも止まらぬ速度で放たれる。

 無理矢理な態勢にも拘らず、キャサリンの攻撃の鋭さには変わりが無かった。


 咄嗟に『移動』で相手の身体を遠方に飛ばそうとしたドヴァン。


「っ!? ぐ……っ」


 そんな彼の頬に鋭い攻撃が放たれていた。


(見えない攻撃……!?)


 キャサリンの攻撃だろう。

 いつの間にか、ドヴァンの頬に、常人ならば頭蓋骨が木端微塵になってもおかしくは無い程の威力の蹴り足がめり込んでいる。

 ドヴァンの視界の中には何も映っていなかった。

 その衝撃に逆らう事が出来ずに、戦鬼程の巨体が吹き飛び大地に転がる。


 追い打ちを駆けるように飛び出したキャサリンの横手からアルスが突進、バックステップで回避したキャサリンが尚も勢いを緩めずに向かって来た。

 ドヴァンは一瞬で起き上がるや否や、目の前に迫る蹴り足を捌きはじめる。

 まさに怒涛の連続攻撃だ。キャサリンの蹴り技は速く、鋭く、洗練された舞の様に美しい。


 またキャサリンは己の蹴り技を魔力で操り、その場に対空させる事が出来た。

 これがまた対処が難しい。

 魔術を待機させる技法は技術的に高度ではあれど一般的な物だ。

 しかしこれだけの乱舞の最中に、見えない攻撃を待機されてしまうと――。


「がっ……!」 


 ドヴァンの顎先に地面から放たれたキャサリンの残した対空攻撃が命中した。


(全てが見えない訳ではないのが厄介だ……)


 それがキャサリンの攻撃の本領だ。

 全てが見えない訳ではない。

 むしろほとんどの攻撃は視認出来る。

 故に中々気を配る事が難しく、絶妙なタイミングで『透明化』を発動されると対処が間に合わなくなってしまうのだ。


「丈夫な奴だね……!」


 楽しそうに微笑んだキャサリンの姿が消える。

 次の瞬間――周囲一帯に無数の気配を感じた。


(全て奴の……!)


 キャサリンが残した無数の蹴り技が己を狙っていると感じたドヴァンは即座にアルスを走らせた。

 すると視認こそ出来ないもののキャサリンの攻撃をアルスが弾き飛ばしている感触がある。


「消えろ!」


 叫び声と共にアルスの黄金の輝きが一層深まり、同心円状に拡散した。

 キャサリンの攻撃を事前に防いだドヴァンの背後、またしても鋭い蹴りが迫る。


「そう何度も……」


 単純な手を喰らう程ドヴァンは落ちぶれてはいない。

 そう、そしてキャサリンも通用しなかった手を何度も放つ程落ちぶれてはいなかった。

 瞬く間に放たれた無数の蹴り足を全てドヴァンが撃ち落とした時。


「!!」


 ドヴァンの眼光の先、そこには全身を一層の輝きに覆ったキャサリンの姿が在った。

 彼女の足の魔法具からは強大な力が溢れ出し、巨大な翼が生えている。

 まるで邪悪な天使の様な、えんじ色の輝き、その背後に宿りしは神鳥の化身、伝説の幻獣の姿をドヴァンは確かに幻視した。

 

 生半可な攻撃では無いと悟ったドヴァンの全身が、傍まで寄り添って来たアルスと重なる。


「っ!! あはぁっ!」


 今度驚いたのはキャサリンの方だった。

 赤と黄金の輝きが交じり合い、一つになる。

 先程までとは一線を画した圧倒的な力が戦鬼の全身に満ちてゆく。

 それはキャサリンにも匹敵する、超越者にのみ許された力。


「くくっ」

「ははっ」


 二人は同時に笑う。

 末恐ろしい程の殺気を眼光に混ぜて。


「あははは……!」

「くはははっ!」


 互いに微笑み、互いを見ていた。

 まるで時が止まってしまったかのような一瞬の静寂が空間を支配する。

 人智を超える程の圧倒的な力の波動が周囲から二人を隔絶した。

 

 そして次の瞬間――。


「『鳳凰天駆』……!!」

「『人馬一体』……!!」


 人生を賭し、研鑽を積んで来た、己の持ち得る最高の奥義。


 今その二つがぶつかり合う――。




   ☆   ☆   ☆




 天空を支配するのは神鳥の羽ばたき。

 キャサリンの右足から放たれし、えんじ色の魔力が空間を歪めながら進む。

 とてもではないが、ドヴァンのゲートスキル『移動』では対処できない。

 そのようなレベルではない。

 故にドヴァンも己の最高の攻撃を右腕に込めた。


 赤と黄金で輝くドヴァンの全身、その力が右腕に一点集中されていく。

 五感は常よりも遥かに鋭く、肉体はそれに答えるように躍動した。


 目の前に迫り来るは、確実に己に匹敵する最強の攻撃。

 だが負けるつもりなどない。


 負ける筈が無い。


「はぁああああああああああああああああっ!!」

「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 互いの雄叫びが戦場に轟く。

 ドヴァンの拳とキャサリンの蹴りが激突した。


 その瞬間、大地を振動が突き抜けていく。

 嵐が巻き起こり、陣地が破壊された。


 じりじりと激しき明滅し、衝突し合う莫大な力の波動。


 超常の攻撃同士がぶつかり合い――そして。


「あはははっ……はぁ~あ……」


 奥義を押し付け合う最中。


 一瞬の攻防の最中に――ドヴァンはキャサリンの呟きを確かに聞いた。



「あぁ……くそ……つまんないの……」



 静かに瞳を閉じたキャサリンの身体がドヴァンの攻撃の余波に耐え切れず。



「ごめんね、レオ……」



 華奢な体躯はそのまま遥か彼方へと吹き飛ばされていった。






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