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偽りのルノワール  作者: 小美里 戒
第7章 王国 vs. 帝国
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第二百三十九話 決戦の刻Ⅰ ~狂乱の戦場~

 

 冷気が肌にしみる真冬の戦場。


「これが……」


 吐き出す吐息が白く宙を漂う。

 瞬きすら忘れ、誰かが思わず、といった様子でぽつりと呟いた。


「これが本当に……人間同士の戦いなのか……?」


 それはその戦闘を目にしていた人間全ての胸の内を代弁していた。




   ☆   ☆   ☆



 

 その様はまさしく地獄。

 尋常ではない力と力の衝突。

 並の魔術師では近付く事すらままならない常軌を逸した戦場と化していた。


 中央で暴れ回るのは、黒衣を身に纏った長身の魔女と末恐ろしい姿をした魔獣だった。

 轟音が鳴り響き、放たれし閃光が戦場を駆け抜けていく。

 異質な空間の中に荒れ狂うのは衝撃波、嵐、魔力……そして狂気。


「ぐるぉおおおおおおおおおおおっ!!」

「あはっ! あはははっはあっ! 貴様本当に獣ね……!」


 イゾルデの言葉の通り。

 ジョナサンは紛う事無き獣の姿をしていた。


「くはっはあっ!!」

「気味の悪い『魂の力』……!」

「貴様も似た様なものだろうが!!」


 ゲートスキル『獣化』。

 特殊な能力こそ無いものの、鍛え上げられたジョナサンの身体能力に更なる力を与えるゲートスキルだ。

 力、速度、耐久力。

 武人にとって必要な要素全てが等しく強化されるこのゲートスキルをジョナサンは至極気に入っていた。


 その姿は紛れもなく、魔獣だ。そしてそんな変貌すらもジョナサンは気に入っている。

 長く強靭な尾、鋭く尖った牙、鋼鉄すら切り裂く鉤爪、空を羽ばたく翼。

 強大な力と合わさり、彼の姿は他者を威圧し、恐怖心を与える事に繋がっていた。


 無論……イゾルデにそのような効果は無いが。


 ジョナサンの神速の鉤爪が音よりも速く、真っ直ぐにイゾルデに向かって放たれる。

 尾が宙を走る。

 蹴り足が大地を滑る。


 だが。


「あははぁっ」


 ニタリ、と微笑んだイゾルデ。

 彼女の生み出した黒腕が鉤爪を防ぎ、尾を掴み、蹴り足の行く先には禍々しい暗黒の渦が出現した。

 当然常人には視認する事すら出来ない超高速の攻撃が、イゾルデには見えている。


 ぶつかり合う力と力が衝撃波を生み、またしても嵐が吹き荒れた。


 もはや二人以外の誰も近寄る事が出来ない。

 狂乱の戦場の最中。

 その中央に座する超越者共のみが。


「くっくはははははっ!!」

「あはははははぁあっ!!」


 狂気の笑みを浮かべ、笑い合っている。

 一触即死の戦場の中で、ただ互いの力を放ち合い、大声を上げていた。


 その笑い姿は力そのものよりも、余程恐ろしい。


「くくくっ。流石に強いな……」


 ジョナサンが楽しそうに、満足そうに微笑む。

 対峙するイゾルデの表情の中にも、どこか笑みが在った。


「もうじき貴様の死期なのに?」

「よく言ってくれる。この俺にそのような戯言をほざくのはお前ぐらいだ」


 莫大なる力を有するジョナサンだ。

 確かに彼に先程のような言葉を吐くなど、普通であれば自殺志願者以外の何者でもないだろう。


「……」


 そんな中、イゾルデには一つだけ気に掛かる事が在った。


「……どう、して」

「あぁ?」

「どうして貴様はあの男とつるんでいる?」

「……なに?」


 突然のイゾルデの言葉にジョナサンが訝しげな顔を作る。


「はっきり言って貴様とあの男がそれほど仲が良いとは思えない。そもそも貴様は戦い以外に興味があるとも思えない。そして貴様は……レオナルドよりも強い」

「くく、レオナルドはこうやって俺に戦場を提供してくれるぞ」

「貴様であれば、自分でも作れるでしょう。そこにそれほどの価値が在るとは思えない」

「……」


 一昔前のイゾルデでは考えられない事だった。

 戦闘中に相手の心の内を知りたがる、などと。

 ルノワールと再会し、メフィル達と時間を共にする事でイゾルデに確かな変化が起き始めていた。


「……理由がいるのか?」

「……」

「特に理由が無い事もあるだろうよ。あいつとは何となく気が合う。特別親しい訳でもないが……それでもあいつとならば一緒に居てもいいだろう、と思える。あいつのやる事が面白そうだと思える。それだけだ」


 それ以上語る気は無いのか、ジョナサンは口を閉ざした。


「……そう」


 イゾルデは納得したのか、そうではないのか。

 憮然とした表情のままジョナサンを見つめていた。


「なんだ、お前が聞いたのにその顔は」

「いえ……人の魂を見る事が出来ても……心の中を知るのは難しいと思っただけよ」

「……くくっ。何を話しているのやら」


 ジョナサンは一度軽く頭を振り、その全身に力を込め始める。


「そろそろ本気で行こうか……」

「そうね。あまり時間をかけたくない」

「くくっ。本当に……言ってくれる!」


 ジョナサンの全身が巨大で歪な禍々しい繭に包まれる。

 イゾルデの眼前に巨大な爬虫類のような瞳が出現する。


 直後、戦場に現れたのは今まで以上の超常の力を持った化け物と巨人だった。




   ☆   ☆   ☆




 黒き巨人の腕が高速で振るわれる。

 その体躯に似合わぬ速度で繰り出された拳が禍々しい繭を破壊した。

 勢いそのままに振り抜かれた拳の行く先。

 大気が揺れ、衝撃波が遥か遠く離れていたメフィス帝国陣地に突き刺さる。

 そこでは大規模な破壊が生じたが、イゾルデは気にも留めなかった。


「しゃぁ……っ」


 破壊された繭の中から一体の魔獣が飛び出す。

 常識外れの魔力が更に強化され、その姿はもはやかつて人であったとは感じさせない程だった。


 爛れた皮膚は青く染まり、口元から覗く牙とその間から漏れる瘴気がジョナサンの顔を彩る。

 充血した爬虫類の様な気味の悪い真紅の瞳が周囲を睥睨していた。


 そしてその口元は……笑みに染まっている。


 これぞジョナサンの奥の手……『魔獣化』だった。


「はっはぁっ!」


 電光石火。

 視認など不可能な神速の一撃。

 巨人の脇腹に吸い込まれる様に放たれたジョナサンの右拳が暗黒の魔力に突き刺さる。

 弾け飛ぶ様に黒い巨人の腹が吹き飛んだ。

 勢いそのままにジョナサンが追撃の一手を掛けようとする。


 ここで殺す。

 この一撃で殺す。

 この瞬間に全ての決着が付く、と。

 ジョナサンはそう確信して、イゾルデに迫っていた。


 しかし。


 それよりも早く。


 ――巨人の瞳がギョロリ、と蠢く。


「あはははははっ!」


 一瞬にして元通りの姿に戻った巨人の腹がジョナサンを絡め取ろうと、まるで生物の様に広がりゆく。

 ジョナサンの視界が暗黒に包まれたが、彼は即座に全身を回転させ、暗黒を振り払った。


 だが、振り払った先――爬虫類のような巨人の瞳がジョナサンを見つめていた。


「っ!!?」


 ジョナサンの身体が一瞬、動きを止めた。

 何故か身体が動かない。ジョナサン程の魔術師が金縛りにあうなど、と。

 俄に信じられない思いの彼を見つめていた一つ目の巨人。


 不気味なその口元が微かに笑った様にジョナサンには見えた。


 すかさず巨人が腕を振り下ろす。


 ジョナサンは己の全身に力を込め、金縛りを解除するも、僅かに遅かった。


 それは神の雷か。


 地平線の彼方まで響き渡るのではないか、という程の衝撃が大地に降り注いだ。


「ぐあ……っ!!」


 大地に巨人の腕が突き刺さる。

 それはジョナサンを踏みつぶし、尚威力が収まらず、大地に地割れが発生した。

 衝撃波と共に亀裂はどこまでも広がっていき、やがて遠目に見守っていた兵士達の直前で停止する。沸き上がった砂埃と強風が砂嵐を呼び起こしており、戦場に恐慌を生んだ。


 物理的な破壊力に留まらない、イゾルデの魔力が込められた圧倒的な暴力だった。


 陥没した大地。

 叩きつけられた先から、一匹の魔獣が這い出る。


「ぐっ……は、ぁ……」


 『魔獣化』していなければ、即死だったに違いない。

 それほどの一撃だった。

 全身から滲み出る血飛沫を無視してジョナサンは大地を駆け、再度イゾルデを見た。


 直後。


「あはぁ……あははっはっ!!」


 一度捉えた獲物を逃す程……イゾルデは甘くは無い。

 今の一撃でジョナサンの動きは確実に鈍っていた。それこそイゾルデならば、十分に対処可能な程に。


 巨人が微笑むと同時、周囲にいくつもの巨大な黒き足が生み出された。

 それらが一斉に砲のように発射される。

 標的はもちろん……ジョナサンだった。


 無数の黒腕と渦がジョナサンの足を絡め取り、巨人が地団太を踏むように、ジョナサンを踏みつぶす。


 何度も何度も。

 何度も何度も何度も。


「ぐ……ぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああっっ!!」


 巨人の足が振り下ろされる度に世界が破壊されていく。

 戦場は既にもはや修復不可能なまでに凄惨な有様だった。


 ただただ暴力が吹き荒れ、大地が浸食されていく。


 そして破壊されているのはジョナサンの肉体も同様だった。


 ――やがて。


「……ぁ」


 もはや虫の息と化したジョナサン。

 四肢は千切れ飛び、人間ならざる生命力で何とか生きてはいるものの、いずれ力尽きていく事は明白だろう。


 ジョナサンはイゾルデにも劣らぬ、メフィス帝国最強の魔術師、それに間違いは無い。

 『魔獣化』した彼の体術はマリンダすら上回り、圧倒的な戦闘経験に裏打ちされた、その実力に疑いの余地は無い。


 ただ、一瞬。


 あの一瞬イゾルデの巨人の瞳に身体を絡め取られてしまった。動きを封じられてしまった。

 それが彼の敗因。

 超越者同士の戦闘では、一瞬で勝負がつく事が多いという。

 それは互いが互いを一瞬で殺しつくせるだけの力を持っているからだ。


 上手く嵌めた方が勝利を収める。

 今回でいえば、魂の屈服による、一瞬の金縛り。

 それが勝機であると、イゾルデは見ていた。そしてそれが見事に的中した。


 結局は単純な話だ。

 匹敵する実力を持っていようと、なんだろうと。



 イゾルデは……ジョナサンよりも……強かった。


 

 それが唯一にして絶対の真実。


 巨人を消したイゾルデが、死に掛けのジョナサンに声を掛ける。

 このような状態であるとはいえ、どんな奥の手があるかも分からない。

 決して油断などせずにイゾルデは問いかけた。


「言い残す事は?」


 その声は冷静そのもの。

 一切の情を感じさせないものだった。


 己を倒した女を最後の力を振り絞って見詰めたジョナサンは一言、こう呟いた。



「……先に逝ってるぜ…………」



 それはイゾルデに向けての言葉か、それともレオナルドに向けての言葉か。

 

 答えは誰にも分からない。


「……そう」



 イゾルデは腕を振り上げ――そして静かに振り下ろした。






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