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偽りのルノワール  作者: 小美里 戒
第7章 王国 vs. 帝国
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第二百三十六話 復讐の刻

 

「ふぅ……」


 刃毀れは無い。

 己の愛剣を見つめ、その刀身を撫でていると、胸の奥底で疼く物が在った。


「……」


 家族を失い、天涯孤独と成り果てたゾルダート家の末裔。

 その血筋が望むはメフィス帝国の栄華か破滅か。

 自身の心に問いかけるも、答えが出る訳もなく、スレッガーは軽く頭を振り、眠る修羅共を見下ろした。


 帝国内の協力者であるエンジ=ドルトリンの手引きによって粗末な隠れ家に身を顰めながら、スレッガーはコルネアス城での戦闘を振り返っていた。


(よもや、あれほどとはな……)


 ロスト・タウンの猛者共はいずれも戦闘能力という一点だけを見れば破格の性能を有している。

 間近で確認したが、それは紅牙騎士団の面々と比較しても尚上回っているだろう。

 あの戦場で自分達は十分に役に立つ戦果を上げる事に成功した。


 だが。


(指揮も何もあったものではない……)


 かつてメフィス帝国最高の武官の一人であったスレッガーからすれば、彼らの戦闘行動は杜撰の一言に尽きた。

 無軌道に暴れ回るだけの集団。

 作戦や統率など無い。在る訳が無い。


(だがある意味最も正しい運用方法、か……)


 彼らは報酬を受け取る事が出来、尚且つ思う存分に暴れる事の出来る現状に満足している。

 そういった点を上手く刺激し、彼らの手綱を握らなければならない。

 ロスト・タウンの者共は皆がスレッガーに一目を置いている為、闇雲に彼に逆らうような真似はしないが、そもそもまともな自制心が在るような人間では無いのだ。

 まともな人間であれば、そもそもロスト・タウンになど落ちてはこない。

 不測の事態を考慮すれば考え過ぎ、という事は無いだろう。


 戦場では役に立つが、戦場以外では、彼らはまともな集団行動など出来ない。

 もちろん不利益が生じる様な行動を取った者は容赦なく処断するつもりではあるが、それにしても何事も無いのならばそれが一番だ。


「……」


 久しぶりの故郷。

 もっと何か沸き立つ物があるかと期待していたが、思いの外落ち着いている自分が居た。


 あの事件から10年。

 自分の姿も随分と様変わりした。それは見た目だけではなく、内面も、だ。

 

 メフィス帝国の行く末について、自分がどのように感じているのか、何も感じていないのか。

 それすらも分からなかった。


 修羅道の中で歳を重ね過ぎたのか。

 そんな感慨を抱くも、心の奥底で眠っている復讐の炎だけは燻っている。

 この火を消すまではスレッガーは剣を振り続けるのだろう。


(あの時の……)


 そしてその火の揺らめきに関連して……一つだけ気に掛かっている事が在った。

 無論、あの時の戦闘について紅牙騎士団とも情報共有を行ったが……。


「あの死霊魔術……」


 どこか頭の中を刺激する。

 本能的に何か違和感が在った。

 胸の内に眠っていた記憶が確かに刺激されていた。


「……」


 外からの気配を感じた彼は音も無く立ち上がった。

 鋭い瞳の中に油断はない。

 いつでも戦闘行為に入れるだけの態勢を整えた。


「……ディルか」


 だが、やって来た人間の姿を確認した彼は構えを解く。

 驚いたのは来訪者であるディルの方だった。


「まさか、気付かれているとは……これでも気配を隠したつもりだったんですが……」

「ロスト・タウンでは気配察知は必須能力だからな」

「それでも気付いていたのはスレッガー……貴方だけだと信じたいですけどね、俺は」


 目深にかぶったフードの中からは、くすんだ金髪と碧眼が覗いた。

 ディル=ポーターは常と変らぬ飄々とした様子で肩を竦める。

 しかし微かな表情の変化をスレッガーは見逃さなかった。


「……その顔、何か掴んだのか?」


 まさか見透かされるとは思っていなかったディルが流石に目を見開く。


「最近俺は自分の能力に疑問を抱き始めましたよ」

「変な謙遜はよせ。ディルの実力は俺にもはっきりと分かる」


 真っ先にミストリア王国へと帰還したマリンダ=サザーランドであったが、彼女はメフィス帝国内での活動の為に、最も信頼する副官にスレッガー達と共に行動するように命じていたのだ。

 彼さえいれば、諜報活動は問題ない、と断言するマリンダの言葉であったが、ここ数日のディル=ポーターの仕事ぶりを見ていれば、さもありなん。

 紅牙騎士団団長の言葉に偽りは無かった。

 スレッガーであってもディルの有能さには舌を巻かざるを得ない程だ。


「それで?」

「……貴方の予感が当たったみたいですね」

「そう、か……」


 ディルからの聞いたコルネアス城内部の顛末。

 あの時、感じた死霊魔術に対する既視感と違和感。

 そして駄目押しはルークから舞い込んで来たフェリス=ノートンの言葉についての情報。


「恐らく――首謀者は――」

 



   ☆   ☆   ☆




「それでここまで潜り込んだ訳ですか?」


 戦争の準備の為に今やコルネアス城の防御は普段とは比較にならない程に落ちている。

 そんな中で、突然のロスト・タウンのならず者達による襲撃。

 さしものメフィス帝国の要所であっても混乱は免れない。


 紅牙騎士団とロスト・タウンの者共の見事な城攻めに半ばダグラスは感心していた。


「レオナルドはやはりこの城を軽んじているな」


 これはダグラスの本心だ。

 やはり元々メフィス帝国の人間ではないからだろう。

 あくまでもあの男にとって、この国は都合の良い手駒でしかない。

 故にコルネアス城には最低限の防御網しか存在しない。

 彼にとっては、最悪ここは落とされたとしても大した問題ではないからだ。


(だが……私がいる)


 未だに余裕の表情を崩さぬ帝国宰相ダグラス=オットーは静かに窓から城下町を見下ろした。

 あの日、戦場となった街並みが大分回復している。城下の国民達はまさか今まさにコルネアス城が攻め込まれている等とは夢にも思っていないだろう。


「……本当に……ダグラス、お前が」

「昔は宰相宰相と尊敬の念を込めて呼んでくれたものだったが……人とは変わるのだな」

「答えろ、ダグラス……どうして否定しない……!?」


 未だに彼は窓から視線を逸らさない。

 相対するスレッガーの全身には力強い光が満ち始めているが、それらを意に介した様子は無かった。

 皺一つ無いスーツを着こなした宰相の背中は微塵も揺るがない。発せられる言葉にもまるで熱量が込められていなかった。


「否定して欲しいか? ここまで来たからには……それなりの確証があるのだろう?」


 そんな態度が余計にスレッガーを苛立たせる。


「あれは忘れられない一日だった……メフィス帝国の英雄をこの手に掛ける事になってしまうとは……あぁいや、直接手に掛けたのは……私ではないが」


 それはもはや自白したも同然の言葉。

 この男が……。


(俺の……家族を……!!)


 今でも己の手の平が家族を惨殺したあの時の感触が忘れられない。

 あの時の光景が脳裏を離れない。


 さしものスレッガーの自制心の限界も近付いていた。


「……!!」


 握り拳に更なる力を込めてスレッガーは言った。


「変わったのは……お前の方だろう、ダグラス……!」


 ドスの効いた低い声色で尋ねる。

 ゾルダート家の遺児は抑えきれぬ怒気、殺気を撒き散らしながら鋭い眼光で宰相を睨みつけた。


「……変わった?」

「昔の貴様は……あのような事をする人間では無かった筈だ……! 死霊魔術に手を染め……力を手に入れ、狂ったか、ダグラス=オットー……っ!! 貴方は……皆の模範ではなかったのか……!!」


 ダグラス=オットーと言えば長年に渡りメフィス帝国を支え続けて来た重鎮中の重鎮だ。

 代々の皇帝たちの信頼も最も厚く、国民からも親しみを持たれていた男。

 それこそガルシア=ゾルダートとは活躍する分野こそ異なるが、紛う事無き英雄だった。

 スレッガーとてずっとずっと……頼りにしていたし、憧れてもいた。


「それが、何故……!!」


 スレッガーの慟哭に対してもダグラスの心にはさざ波一つ生じなかった。


「変わった? 変わった……私、が?」


 まるで自問するように、言葉を繰り返すダグラス。


「変わった……私が……変わった……」


 やがて。


「ふふっ」


 彼は。


「ふっ、ふははっ……ふはははははっ」


 この世の全てを虚仮にするように、馬鹿にするように。

 嘲笑の笑い声を上げた。


「ふっははっはははははははっ! そうかそうか……!」


 突然の余りの変容にスレッガーの言葉も止まる。

 ダグラスは嗤いながら振り返り、その狂気の表情をスレッガーに向けた。


「なにを……」

「変わった? 私、が?」


 にやり、と。

 口角を吊り上げて嗤うダグラス。

 今までに見た事の無い帝国宰相の闇の顔。

 それはとても……あの悪魔とも呼ぶべきレオナルドに酷似している嗤い顔だった。


「っ」

「何も変わってなどいないのだよ……ガルフォード様……」


 ダグラスの眼がぎょろりと蠢く。

 貪欲な、それでいて歪んだ瞳が、真っ直ぐにスレッガーを見つめている。


「今この時……そしてあの日あの時……ガルシアを手に掛けた時も……それ以前から、宰相という地位に就いた時も……生まれた時から……何も……!」


 興奮のせいか、少しずつ。

 ダグラスの声が大きくなっていく。


「何も!! 変わってなどいない……!!」


 楽しげに嗤う宰相を目の前にしてスレッガーの眼差しが次第に細められていく。


「つまり貴様は昔から外道だった、と?」

「心の内を隠すのは当然だろう? 全てを曝け出して生きている人間などいるものか。周囲の人間が余りにも愚かで誰も私の本心に気付かないのは……愉快と言えば愉快であったが……」

「……もう、いい」

「邪魔者は消した……気に入らない奴も潰した……私にとって都合の悪い人間はみんなこの国には不要なのだよ」


 ダグラス=オットーにとって。


「……っ」


 ガルシア=ゾルダートが……邪魔だったというのか。

 二人揃って……この国を支えてくれていたのではないのか。


 自分はそう……信じていたのに。


「黙れ……もう、いい」


 今目の前に居る宰相こそが本当の姿なのだと。


「ふふふっ。そうさ。メフィス帝国は……『私』の国だ! 私が作り上げている! 私が支えている! その私にとって邪魔な奴は……!!」


 嫌でも理解出来てしまったスレッガーは震える事で告げた。


「安らかに眠れ」


 神速の抜刀術。


 ダグラスの肉体は真っ二つに切り裂かれた。





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