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偽りのルノワール  作者: 小美里 戒
第1章 公爵家の事情
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第二十六話 今宵、月明かりの下で

 

 入学式を明日に控え、私は柄にもなく少しばかり緊張していた。


 自覚していることだが私は友達が少ない。

 身内を除けば、友情が存在しているかな、と思い浮かぶのはたった一人だけ。

 しかもその一人というのが、やたらと私をライバル視してくる、素直になれないチビスケなのだから始末に負えない。


「……」


 理由はいくつかある……と思う。

 第一に王国に四家しか存在しない公爵家の長女であるということ。

 私に媚びへつらう子達は山ほどいるが、私から心許せると思えただけの関係を築けた者はほとんどいない。

 皆どこか私とは線引きをするのだ。必ず上下関係が伴ってしまう。

 取り入ろうとする者もいたが、私が冷たくあしらうと、敵に回すことを恐れて近づいてこなくなった。


 第二に私自身があまり積極的に他者と関わり合おうとしないこと。

 私は人との関係を面倒くさがる悪癖がある。

 そんなことに時間を費やすぐらいならば絵を描いていたい、と。

 そんな感じだ。


 よくないことだとは分かってる。

 絵だけで生きていくことは出来ないんだ、と自分に言い聞かせているにも関わらず貴族仲間とコミュニケーションを取ろうとしないのは私の怠慢であり我侭だろう。

 ただお母様が私の行動を容認してくれているから甘えているだけなのだ。


 第三に私と張り合えるだけの才能の持ち主があまりいないこと。

 貴族というのは往々にしてプライドの高い人間達が多い。

 そんな中で私の魔術・芸術の才能は抜きん出てしまった。

 自画自賛など笑止千万かもしれないが、実際に私は今までの学生生活で自分に匹敵するだけの才能・実力を伴った人間に出会ったことがない。

 そんなのは身内だけである。

 故にいつも彼らからは才能を疎まれ嫉妬を買っていた。


 とまぁ様々な理由があり、まともな友人が少ない。

 故にいつもアトリエで一人で絵を描いている。


 そんな、毎日。


「……」


 今年で15歳。

 少しでも自分を変えたいと思っている。

 そして明日からの学院生活はその転機だと思えた。


 ミストリア王立学院は今まで通っていた学院とは違い、れっきとした国内最高の名門学院だ。

 貴族達が金を積むだけでは入学することが出来ない、本当の才能ある優秀な学生のみが選抜される場所。

 そのような場所であれば私以上に才能溢れる者もきっといるだろう。

 むしろ私が嫉妬する立場になることもあるかもしれない。

 王立学院には私のように権力のある貴族の子供達も大勢いる。

 

 それに。


「……」


 私はチラリと隣の部屋に目を向けた。

 もちろんそこにはただの壁があるだけ。

 しかしその壁の向こうには彼女がいるだろう。


「ルノワール……」


 昨日は大変な一日だったが、ルノワールが全て解決してくれた。

 戦闘時の彼女は普段とは違い少しばかり怖かったが、それも一時。

 屋敷に帰ってきてからの彼女はいつも通りの様子だった。


 相変わらず物腰柔らかく笑顔を絶やさない優しい従者だ。

 夕食だっていつも通り美味しかった。

 

 彼女と一緒に学院に通うことになる。

 最初こそ護衛を連れて入学など面倒だと感じていたが、今やそんな思いは微塵も無い。

 むしろ彼女が傍に居てくれることに安堵する。

 自分でもまさかここまで心境が変化するとは思わなかった。


 それは何も彼女が強いから、という理由ばかりではない。

 ルノワールは気が利く良い従者だ。

 常に明るく振る舞い、笑顔を絶やさない。

 料理の腕前は一流コックにも引けを取らず、芸術にも理解がある。

 

 しかし一番の理由はそのようなものではないと思う。


 一言で言うならば。

 雰囲気。

 そう、雰囲気だ。


 なんというか……付き合いやすいのだ。

 彼女の真摯な態度と、柔らかな物腰はまさに従者、という感じだが、それにしては愛嬌がある。

 実力に相反し、時折どこか子供っぽい印象を受けるのも大きい要因だと思う。


「……眠れないわね」


 溜息を一つ。

 どうにも目が冴えてしまっていけない。

 緊張と不安、それから僅かばかりの期待だろうか。


「よいしょ」


 このままここにいても眠気は襲ってこないだろう。

 私はのんびりとした動作でベッドから起き上がり食堂へと向かった。




   ☆   ☆   ☆




 食堂の扉を開けると、月明かりに照らされた人影が視界に入る。

 グラスをゆっくりと傾けながら窓の外、夜空に輝く月を見つめる彼女の横顔はただひたすらに美しい。

 その様はまさしく一枚の絵画、芸術のようだった。


「……眠れませんか?」


 彼女、ルノワールは視線を私に向けながらそう言った。


「えぇ」


 素直に頷く。

 何か適当に腹に収めようと思って食堂へとやってきたのだったが、まさか先客とは。

 しかも相手は先程までずっと思案を巡らせていた人物である。


「実は私もなんです」


 ルノワールが微笑んだ。

 それはひねくれた私の目から見ても感じの良い笑顔だった。


「貴女も?」

「はい。私は学院に通うこと自体が初めてですので。緊張しております」


 そう口にする彼女は、なんだか不安そうな表情をしていた。

 

「ふふっ」

「あ、あれ? 何かおかしかったですか?」


 おろおろとするルノワールを見つめていて私は更に可笑しみを覚えてしまう。


「ご、ごめんなさい。だってルノワールはあんなに強いのに……学院ぐらいで不安そうな顔してるものだから」

「へ、変でしょうか?」

「いいえ。貴女らしいと思うわ」


 貴女らしい、か。

 まだ出会ってから一月程度であるにも関わらず、こんなことを私が言うとは思わなかった。


 と、そこで私はルノワールの持つグラスに目を向けた。


「それはお酒?」

「は、はい。カシュー酒造産の『ル・ヴァダンナ』という名前のブランデーです」


 嬉しそうに彼女はボトルを掲げて見せた。

 うーん、本当にお酒好きなのねぇ。


「この前も結構飲んでたものね。なんだか清純そうな顔してるのにお酒好きなんて……正直意外だったわ」

「え、あ……」


 少しばかりショックを受けた様子のルノワール。

 しまった、無遠慮だったか。


「あっ! 別に責めてるわけじゃないわよ? オウカだってひどいもんだし」

「そ、そうですか」


 だけどやはり一応の主人たる私の前で酒を飲むことに抵抗を覚えたのだろう。

 彼女はそそくさとボトルとグラスを片付けようとした。


 だから。


「待った、ルノワール」

「は、はい?」

「私にも少しもらえないかしら?」


 そう言った。

 私はそもそも眠れなくてここにやってきたのだ。

 アルコールを入れれば眠気がやってくるかもしれない。

 安直な考えかもしれないが、ルノワールがお酒を楽しんでいた所に邪魔に入ったのは私だ。

 彼女の楽しみを奪わないためにも、こう提案するのが一番だと思った。


「え、えっと……ブランデーでよろしいのですか?」


 ルノワールが控えめに尋ねてくる。

 私がお酒を飲み慣れていないからだろう。

 そもそも飲酒が許されるのが今年からなのだから慣れていないのは当たり前なのだが。

 それにしてもなんとなく手を出してみようとは思っていなかった。

 ルノワールの歓迎会の時でさえ私はワインに少し口をつけた程度だ。


「……ブランデーって結構きつい?」

「……とりあえず一口飲んでみますか?」


 言われるままに彼女が用意したグラスに口をつけた。

 

「んっ!?」


 途端に衝撃がきた。

 ほんの少量口に含んだだけであったが喉が燃えるように熱い。

 しかもあまり美味しくもない。

 というかよく分からない。


「……美味しくないかも」


 私が正直に吐露するとルノワールは苦笑しつつ言った。


「あはは。慣れないうちはそうでしょうね」


 言いながらルノワールはキッチンへと引っ込み、新たな瓶を持ってきた。


「こちらをお試しになってください」

「これは?」

「えっと……私が実家で作っていた自作のリキュールの一つです」

「へぇ~っ」


 トクトクとグラスに注がれた液体は透き通った薄い蒼色。

 透明な雫は美しく、漂ってくる香りもとても良い。

 

「こちらは……そうですね。甘くフルーティに仕上げてありますので初心者の方でも飲みやすいかと思います」

「良い香りね。名前はなんていうの?」

「えぇっと……ぶ、ブルーベリー・コスモ、と名付けました」


 そうか、自作という事は彼女が名付け親か。


「ふふっ」


 思わず笑ってしまった。

 恥ずかしげに呟く彼女のなんと愛らしいことか。


「洒落た名前じゃない」

「きょ、恐縮です」

 

 笑みを浮かべつつ、私は再びグラスを傾けた。


 すると。


「あ、美味しい」


 ルノワールの言った通りだった。

 先程のブランデーと違って、こちらは喉越しも爽やか。ほんのりとした甘みが口内に広がり、優しい香りが鼻腔をくすぐる。

 柔らかい口当たりは、お酒というよりも、どちらかといえばフルーツジュースに近い。

 これならば私でも十分に美味しいと感じられた。


「あっ……それはよかったです」


 安堵の微笑みを浮かべながらルノワールが再び席に着く。

 私はちびちびとグラスの中身を口に流し込みながらルノワールと向き合っていた。

 相変わらず彼女はブランデーをどんどんと飲み干していく。

 正直私は美味しいとは感じなかったが、彼女は違うのだろうか。


「ねぇ、さっき慣れれば美味しい、って言ってたわよね?」

「ブランデーの話ですか?」

「そう」

「そう、ですね。当然最初から美味しいと感じる人もいるのでしょうが、ブランデーに限らずお酒というのは経験に基づいて、どんどんと味の深みが理解出来ますので……飲めば飲むほど舌が味を判別することが出来るようになる、といいますか。……あまり上手く言えなくて申し訳ありません」

「ふぅん」


 あれ、気づいたら手元のグラスが空っぽだわ。


「おかわりをもらってもいいかしら?」

「畏まりました」


 私が言うと彼女はすぐに注いでくれる。

 うーん、でもこのリキュールは本当に美味しいわ。

 気に入っちゃったかも。

 しかもルノワールの手作りだという。

 彼女の料理の腕前はどうやら酒造りにも及んでいるようだ。


「でもさ、ルノワール」

「なんでしょうか?」

「それっておかしくないかしら? だって貴女も私と同い年なんでしょう? だったらブランデーに慣れていないと思うんだけど……」


 私が疑問を口にすると、


「……私は不良でしたから」


 ルノワールは寂しそうな表情で言った。


「貴女が不良? ……はっきり言って全然想像出来ないわね」


 目の前の彼女はどこからどう見ても品行方正、清純を絵に書いたような美少女だ。

 慎ましやかで気遣いの出来る、明るい性格。

 きっと男も知らないだろう。

 処女に違いない。


 そんなふうに私は考えていた。


 だけど。


「…………少しだけ昔のことを話しましょうか」


 ルノワールは真面目な口調でそう言った。


「貴女の?」

「はい、そうです」

「へぇ、興味あるわね」


 思えば外国で生まれ育ったということしか知らない。

 純粋に彼女の過去には興味があった。


「『ロスト・タウン』は御存知ですか?」

「えっ? それは……知ってるけど」


 ロスト・タウン。

 それは一般的には開発に失敗した街の名称を指す。

 人の手を加え新たな街として開発をしていたにも関わらず、何らかの問題が発生して放棄された街のことだ。また、その他にも自然に過疎化が進み廃墟となった街も同様にロスト・タウンと呼ばれたりする。


 それがどうしたのだろうか?

 

「ロスト・タウンの多くには実は人が暮らしています」

「え……?」

「表の世界で生きていくことが出来なかった人間達。例えば借金の返せなくなった者、犯罪者として帰る場所を失った者、社会から爪弾きにされた者、そういった人間達がまるで追われるように、逃げるようにしてロスト・タウンには集まってきます」

「……初めて知ったわ」

「普通に暮らす人達はそうでしょうね」


 つまり彼女も。


「私は物心ついた時にはミストリア王国と北東のデロニアとの国境付近に存在するロスト・タウンにいました」


 やはり……そういう話か。

 

「ロスト・タウンっていうのは……」

「……最低最悪の場所ですよ」


 自嘲気味に。

 彼女にしては珍しく吐き捨てるような口調だった。


「そもそもがろくでなしの集まった街ですからね。まともな倫理観などあろうはずもありません。あそこは本当の弱肉強食の世界です。特に私のいた街はミストリアにもデロニアにも属さない場所にありましたから。国家への身寄りを失ったろくでなしの中のろくでなし連中が集まっていました」


 彼女の口調は淡々としていた。


「強ければ奪い、犯し、殺す権利がありました。弱ければその逆です。ただ奪われ、犯され、殺されるだけの毎日が待っています。かと言って住人には外の世界に出て行く勇気も度胸もない。自分達が追われた世界に戻る事が、明るい世界から否定される事が……どうしようもなく怖かった」


 目を伏せつつ儚い笑みを浮かべるルノワール。


「食料だって豊富なわけではありませんでした。強者は何をしても許されますが、弱者は何も許されない世界。それがロスト・タウンで生きる者にとっては唯一のルールです」


 私はただ黙って聞いている。


 だって……それしか出来ることなどなかったから。


「私は自分の正確な年齢は知りませんが……初めて人を殺したのは5歳ぐらいだったのではないかと思います。当時私を奴隷のように扱っていた男を殺め、私は自由を手に入れました。その先も地獄でしたが。私にとっての救いは才能があったことです。私は常人よりも人殺しの才能に恵まれていました。ロスト・タウンで生き残るためには必須の才能です。私は強かにあの場所で生き続けていました。他者から奪う人生です」


 壮絶な過去の告白だ。

 私などには想像も出来ない世界。


 ルノワールの声音は決して震えてはいない。

 特に悲しみに暮れているわけでも自棄になっているわけでもない。

 ただの事実を語っているだけなのだろう。

 彼女にとって、そこに感傷はない。


 震えているのは私の方だった。


「酒を覚えたのも10歳に満たない頃だったでしょう。もちろん滅多に手に入る物ではありませんでしたが。私はロスト・タウンで生まれ育ったのか、それとも別の場所で生まれロスト・タウンに捨てられたのか。それすら分かりませんでしたが……気づけば私は立派なロスト・タウンの住人です。傍若無人に振舞うロクデナシが一人この世に増えました」

「っ! そんなこと……っ!」


 気づけば声を荒げていた。

 私には彼女の境遇は分からない。

 理解も出来ないし、本当にそんな世界が存在しているのか、実感も湧かない。

 私は何も知らない子供だ。


 だけど。

 それでも。

 ルノワールがロクデナシなんてことはないと思った。

 そんなことだけは……絶対にない。


 私が声を荒げてもルノワールは優しく微笑んで続きを語りだした。


「そんなある日です」


 それは先程までとは明らかに違う優しい口調だった。


 まるで大切な宝物を慈しむように。

 その出来事を誇るように。

 彼女は温かな声音で言った。


「ロスト・タウンの外から綺麗な女性がやってきました。身につけた衣服やその立ち振る舞いを見れば彼女が外からやって来た人間であることは一目瞭然です。ロスト・タウンの人間にとっては外からやってきたばかりの人間はカモ以外の何者でもありません。私もそう思いました。いつも通り、そっと彼女の背後に忍び寄り、身ぐるみを剥いでやろうと考えました」


 しかし。


「あっという間に返り討ちに遭いました。ロスト・タウンでも私と渡り合える人間などそうそういませんでしたから、ひどく焦りました。というかあの時は何が起きたかすら分かりませんでした」


 話す内容とは裏腹に彼女は楽しげだ。


 もはや間違いない。

 その女性こそ。


「ミストリア王国内軍の切り札『紅牙騎士団』団長マリンダ=サザーランド男爵。当時の私は愚かにも絶対に手を出してはいけない人間に敵意を向けていたわけです」


 懐かしげに彼女は微笑んだ。


「じゃあその時に?」

「はい。マリンダに拾われ、養子として彼女と一緒に暮らすことになりました。今でもマリンダは気まぐれだと言っていますが……本当に何故あの時私を拾ってくれたのかは分かりません。ただそれから私の生活は激変しました。彼女と一緒に2年間大陸を歩き回り、ミストリア王国にきてからは2年間王宮で研究と学習の毎日。そしてここ1年の間は山奥の自宅で研究と鍛錬に明け暮れ、現在はファウグストス家のメイドとして、益体もない話を主に聞かせながらお酒のお酌をしているところです」


 最後に冗談めかして言ったルノワールの顔にはいつも通りの明るい笑顔があった。

 私もつられるようにして笑い、彼女が注いでくれたグラスを傾ける。

 爽やかな喉越しが心地よい。

 それだけではなく、なんだか気分がよくなってきた。

 これがアルコールによる酩酊感というやつだろうか。


「話の最初の内はルノワールも暗かったから、もしかしたら私はお嬢様とは違う人種なんです! とか言い出すのかと思ったわ」


 人殺し、ということを重荷に感じてはいないのかな。


(……ていうか)


 ん……ちょっとはっきり言いすぎたかしら。

 ん~、アルコールのせいか、なんだかいつもより思考が鈍いわね。


 しかし私の失礼な物言いも気にせず、ルノワールは笑顔で言った。


「えぇそれはもう。最初に外の世界を歩き回っている時は、当たり前に暮らす人達を見て、そんな感傷的なことを考えていたりもしていました。だけど私はあの街で強くなったからこそマリンダの養子になれました。ユリシア様の友人になれました。こうしてお嬢様とも出会うことが出来ました。これらは全て私に人殺しの才能があった故です。過去は過去として、私は未来を見て生きていきたいんです」


 彼女の目には一点の曇りもなかった。

 本心からの言葉なのだろう。

 ルノワールは過去と現在の自分にきちんと折り合いをつけている。

 立派だと思った。

 同年代でここまで真っ直ぐに生きている人間が果たしてどれだけいるだろうか。


「そっか」

「はい」

「そっか……ふふっ」

 

 なんでだろうか。

 自然と笑顔になる。

 お酒のせいか随分と眠気が襲ってきていたが、良い気分だった。


「……」

「……」


 やがて二人共無言になった。

 僅かにグラスを傾ける音が聞こえるのみだ。

 ルノワールは私から視線を外し、窓の外、月へと目を向けた。

 私も彼女の視線を追って夜空を見上げた。


「……」

「……」


 言葉はない。

 ただ二人で月を見上げていた。

 別に満月な訳でも特別変わった形をしているわけでもない。

 何の変哲もない、ただ毎晩夜空を明るく照らしているごく当たり前の月夜。


 だけど何故か今日は心が落ち着いた。


 なんだかいつもよりも綺麗だと感じた。

 

 アルコールの力か、明日の入学式に対する高揚感か、それとも。



 それとも、一緒にいる――。



「……綺麗ですね」


 ルノワールがよく響くソプラノの声で呟いた。


 その声を最後に聞き、いつの間にか私は意識を手放した。

 慣れないアルコールによる眠気に耐えられなかったのだ。


 最後に私はルノワールに何かを答えたのだろうか。

 既に意識が半ば朦朧としていたからよく覚えてない。

 

 ただその日。


 私は何かとても素敵な夢を見たような。


 そんな気がした。






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