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偽りのルノワール  作者: 小美里 戒
第6章 運命の一日
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番外編 隠者達の酒宴

 

 キース=オルフェウスとの待ち合わせの時刻までは、まだ随分と時間が在る。

 とりわけ何かやる事が在る訳でも無い。

 そもそも目立つ行動は控えなければいけない状況だ。


 そんな中。

 メフィルを無事に救い出したルノワール達は静かに隠れ家の中で酒瓶を傾けていた。


「……ほぉ~」


 それを物珍しそうにアトラが見つめている。

 彼女はどうやらお酒に興味津津らしい。

 こんな時に酒盛りなんて状況を考慮すれば不謹慎かもしれない、とはルノワールは思ったが、逆にドヴァンは首を振った。


「馬鹿を言え。酒を飲んで何が悪いものか」


 根を詰め過ぎるばかりでは「上手くいく事も上手くいかん」とは彼の言であるが、本当はお酒を飲みたいだけなんじゃないのかなー、とルノワールは内心で苦笑する。


「貴方達もお酒好きなの?」


 メフィルが対面に腰掛けるドヴァンとイゾルデを見つめながら尋ねると、即座に返答が在った。


「好きよ」

「これがないと生きていけんな」

「こればかりはこの男に同意してもいいかもしれないわね」


 真顔で話す二人は冗談を口にしているようには見えない。

 そんな二人の返答を聞きつつルノワールが主人に説明した。

 ……まるで言い訳のように。


「私達のような……そうですね、特殊な境遇で育つとお酒ぐらいしか楽しみがなかったりするんです。特に口にする物は粗末な物ばかりでしたから」


 ロスト・タウンでの食事が粗末な事は言うまでも無い。

 ドヴァンのように中央大陸の戦場で育った戦士も同じだろう。

 戦闘による悦楽、性欲、そして食欲。

 その食欲の中で彼らを本当に楽しませるのは酒ぐらいな物だった。


「昔手に入ったお酒も安酒ばかりでしたけど、それでも、ですね……」


 苦笑するように告げるルノワール。


「貴方は昔から好きだったわね」

「ええ、まぁ……」

「お酒を見ると目の色を変えていたわ。そういえば、あの頃の貴女は今よりも随分と尖っていたわね」


 ロスト・タウン時代のルノワールは、あの街で暮らす他の人達と大差はない生活をしていた。

 イゾルデは数少ない幼少期の彼女を知る人物である。


「ほぉ、なんだなんだ、面白そうな話だな」


 酒の力か、いつもよりもどこかふざけた様子でドヴァンが口角を吊り上げた。


「ちょちょ、め、メフィルお嬢様の前でそういう話は、そのっ」


 出来れば止めて欲しい。流石に恥ずかしいのだ。


「うふふっ。なに、今更慌てているの? 貴女がお酒好きなのはとっくに知っているわよ? それに貴女の昔の話なんて興味が在るわ」


 慌てるルノワールの隣では楽しそうにメフィルが微笑んでいた。


「で、ですが、そのぉ……」


 ルノワールとしては、昔の話を持ち出されるのは恥ずかしいのだ。困るのだ。顔が真っ赤になっちゃうのだ。

 身を縮ませる彼女の姿を見つめ、周囲の4人は一斉に笑った。


「ねぇねぇ! お酒ってどんな味?」


 アトラが元気よく尋ねる。

 食事を一緒に楽しみ、すっかりアトラはこの場の4人に心を開いていた。

 誰も彼もアトラを特別扱いしない、誰も邪険にしない、誰もアトラを恐れない。


 そんな事実が……本当に嬉しかったのだ。


「む? 味、か……」


 アトラの言葉にドヴァンが眉根を寄せる。

 酒の味……それは子供に説明するには非常に難しい。

 ならば経験こそが一番だろう。戦鬼はそう考えた。


「言葉にするのは難しいな……どれ、少し飲んでみろ」

「えっ! いいの!?」

「こ、こらこら、ドヴァンっ」


 ルノワールが声を上げて抗議する。


「アトラお嬢様はまだ7歳ですよっ」

「なに、俺は餓鬼の頃から飲んでいた」

「い、いやいや、そういう問題じゃ……」

「そういえばゾフィーも随分と小さい頃からだったような……」

「もう! イゾルデまでっ!?」


 ルノワールがイゾルデの言葉に慌てている間に、楽しそうに笑うドヴァンに勧められ、アトラがほんの少しだけウィスキーを舌で舐めた。


「……」

「あぁっ! 本当に飲ます人がありますか!」


 何をしているのか、とルノワールがアトラの保護者の様に目を怒らせる。

 そんな彼女の隣ではアトラが眉間に皺を寄せていた。


「………………不味い……」


 一言そう呟くと、少女は口から可愛らしい舌を出して呻く。


「苦い……痛い……」

「あぁ、もう。ほら。お水を飲みましょう、アトラお嬢様」

「……うん」

「こんな安酒のウィスキーのロックなんて、アトラお嬢様には早過ぎますよっ」

「……こんなのがルノワール達は美味しいの?」


 こんなの、とは中々にひどい言い草だが、アトラからすれば無理も無い。

 そもそも初めて口にしたお酒がウィスキーというのが悪い。


「へっ? あ、いやまぁその……そうですね、大人になれば! 大人になれば美味しくなるんです!」


 と、未だに15歳の身である彼女が言う。


「ふぅん。大人って不思議なのね」

「あ、あはは……」


 「やっぱり私はこっちの方がいい」と、アトラはコップにオレンジジュースを注ぎ、飲んでいた。


「ええ、それが健全です、アトラお嬢様」


 うんうん、やっぱり子供はそうだよ。

 小さい内から酒を飲むなんて碌な事じゃない。

 そんな事を考えながら微笑むルノワールには白々しい視線が突き刺さっていたが、彼女は意識的に無視していた。


「それにしても、な」

「どうかしましたか?」


 ドヴァンが首筋を撫でながら言った。


「よもや、貴様らと共闘するだけに留まらず……こうして酒を酌み交わす事になるとは、な」


 彼の言葉はさもありなん。

 そもそもルノワールとドヴァンはミストリア王宮では、互いに死力を賭した大激闘を繰り広げている。


「確かに……あれは凄かったわよね」


 常人を遥かに凌駕した超常の戦闘をメフィルは未だに覚えていた。


「そうですね」


 ルノワールが呟く様に告げる。


「メフィルに至っては……俺達二人には命を狙われた事もあったのにな」

「ど、ドヴァン……」


 そう言う事は口にはしなくてもよいのではないか、とメフィルは思ったが、戦鬼の考えは違った。

 ドヴァンの言葉を聞いてアトラが驚いたように目を見開いている。


「無論、あの時は俺は傭兵であり、それが仕事だった。故に謝るつもりはないが……」

「私は謝るわ」


 ドヴァンの言葉を遮る様にイゾルデが言う。

 黒衣の魔女は真っ直ぐにメフィルとルノワールを見つめていた。


「あの時の私は……間違っていた」


 それは戦場での勇ましさ、恐ろしさとはまるで異なる、怯えたような表情。

 視線を少しばかり彷徨わせながらも、彼女はゆっくりと口にした。


「ゾフィーとメフィルには迷惑を掛けたわね……ごめんなさい」


 頭を下げるイゾルデ。

 それは昔の彼女を知っているルノワールとしては本当に不思議な光景だった。

 ルノワールが窺うように主人の横顔を覗く。


 すると。


「……気にしていない、と言えば嘘になってしまうかもしれない」


 メフィル=ファウグストスは一度だけ瞳を閉じ、そう語り出した。


「でも二人は……私を助けてくれた。今はこうして一緒に楽しくお酒を飲んでいる。それでいいんじゃないかしら」

「で、でも」


 尚も不安そうに瞳を揺らすイゾルデに優しく微笑み返す。


「それに全ては未遂でしょう? だって」


 そう何故ならば。

 

「だって……」


 隣で己を見つめる従者と目が合った。



「ルノワールが私を護ってくれたのだから」



 「ね?」と微笑むメフィルの可憐さに思わず赤面したルノワールは急いで明後日の方向へと顔を向けた。


「くくくっ、何とも豪快な考え方だな」


 それが聡明なるメフィルの気遣いだと理解しつつもドヴァンは笑う。


「過去よりも未来を見据えるべきでしょう?」

「くははは、そういう部分はカナリアに良く似ているな、メフィル。なるほど、確かに俺達は無様にも、ルノワールに敗れ、お前を害する事は出来なかった。それは全てお前にとって過去か……」

「そんな過去があったからこそ、今こうして一緒に食卓を囲んでいるのだと思えば……良い事だったとは考えられませんか?」


 彼女の言葉はある意味真実だと言えるかもしれない。

 ドヴァンにしろ、イゾルデにしろ、かつての事件なくして、この場に居る事は無かっただろう。

 もしもそうであれば、帝国に攫われたメフィルを救いだせなかったかもしれない。


「あぁ……俺の負けだ、メフィル=ファウグストス」


 静かに、しかし楽しそうにドヴァンは手にしていたウィスキーを一気に喉に流し込んだ。

 喉を刺激する熱さなど物ともしない。


「どうやら俺は……ミストリアの女に弱いらしい」


 それは何も惚れた腫れた、といった類の話ではもちろん無い。


 だが。


「……ドヴァン?」


 僅かに剣呑な気配を滲ませたルノワールが戦鬼を見つめた。


「くくくっ、なんだ、どうした?」

「えっ、い、いえ、その……」


 怒りはしたものの、何と言うべきかは良く分からずにルノワールは途端に狼狽した。


「んん? あれか? 嫉妬か? 独占欲か?」

「なぁっ……!?」


 それは図星を突かれたからか。

 ルノワールは頬を真っ赤に染め上げて、狼狽した。


「なな、何を……っ」


 わたわたと手を振りながら目を白黒させる。

 慌てる彼女の視線はあちらこちらへと散っていた。


 そして最終的にはやはりメフィル=ファウグストスの元へと落ち着く。


「んん~?」


 酔いの回り始めたメフィルが悪戯っ子のように微笑むとルノワールの焦りはピークに達した。


 そんな笑顔がまた可愛くて。

 ルノワールにとっては、今すぐに抱きしめてしまいたい程に愛しくて。


(~~っ!)


 何かから逃げるように彼女は手にしていたウィスキーをドヴァンに負けじと一気に飲み干す。


「そっ、そんなんじゃないですからっ」


 まるで言い訳のように真っ赤な顔でルノワールが言うと、わざとらしくメフィルは悲しげに目を伏せて、ルノワールを上目遣いで見上げた。

 お酒の影響も在り、僅かに朱に染まった頬を憂い顔が彩る。


「……違うの?」


 それは明らかにユリシア譲りの茶目っ気であったが、ルノワールには効果覿面だ。


「うぃえっ!? ああ、あのっ、いや、そうじゃなくて、そのぉ……っ!!」


 目を回して慌てるルノワールをひとしきり堪能したメフィル。

 そんな様子を楽しそうに見つめるドヴァンとイゾルデ。


 そしてアトラだけがルノワールの味方をした。


「る、ルノワールをいじめちゃ駄目よ!」


 可愛らしい少女がルノワールを守る様に立ちはだかり、「む~」と眉根を寄せてメフィル達を睥睨した。

 純粋な少女の反応が、なんとも可愛らしく、酔っ払い達には何だか面白くて。


「くははっ。何とも頼りになる護衛じゃないか、ええ?」

「ふふふ、そうかもね」 

 

 戦鬼と黒衣の魔女が微笑むと、メフィルはアトラの頭を優しく抱いて言った。


「わっわっ」

「あははっ。ごめんなさい、アトラ。別にルノワールをいじめていた訳じゃないのよ」


 いや、どこからどう見てもいじめていたが、そんな正論など酔っ払いには通用しないのだ。


「ちょっと、ね。こういうの久しぶりだったから楽しくて……」

「いじめてないの?」

「うん、そうよ。ほらルノワールを見てごらんなさい。笑っているでしょう?」

「……あ、あははは」


 それは完全なる愛想笑いであったが。


「確かに……笑ってるわね」

「ね? 一緒に遊んでいるだけなのよ」

「そうなの?」

「ええ。アトラにもいずれ分かるわ」

「そうなのかしら」


 この場でアトラまで敵に回るような事になれば、孤軍奮闘だなー、とルノワールがぼんやりと思っていると。



「で? 貴様ら二人はどこまでやったんだ?」



 凄まじい勢いでメフィルとルノワールの拳が無遠慮な戦鬼の顔面に突き刺さった。






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