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偽りのルノワール  作者: 小美里 戒
第6章 運命の一日
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第二百二十二話 我が覇道の始まり

 

 真冬の寒さに動物達が凍える中。


「あっはっ」


 誰よりも熱く滾った男が大笑した。


「あははははははっ!!」


 殿を務めていたダンテには多少前線が苦労させられたが、この場の勝利は間違いなく――彼の手の中に在った。

 今やミストリア王国の兵士など眼前には一人も居ない。

 視界一面に広がるのは己が配下のみ。


「あっはっはっは! なぁにが大国だ、ふざけやがって!!」


 占領したデモニアス要塞でレオナルドは嗤う。

 その隣ではキャサリンが肩を竦めていた。


「正直、ネハシム-セラフィムが強力過ぎて、手応えなかったねぇ」

「ぁん? 馬鹿言うな、こういう戦争ってのは、な。手応えがないくらいで丁度いいんだ」


 そうなるように戦場を『作る』のが肝要なのだ。

 真正面から軍勢をぶつけ合うだけの戦争など古臭い愚か者のする事だ。


「罠の類が残されている可能性もある。調子に乗って死ぬなよ」


 そう言いながら彼は悠然と要塞内を歩いてゆく。もはやここは己の庭だ。

 レオナルドは将軍位の人間が座していたと思われる詰所へと向かった。


「ふむ……流石に何も残っていないか?」


 目ぼしい情報の類でも残っていないかと考えたが、とりわけ重要そうな物は見つからなかった。

 ネハシム-セラフィムの影響かもしれないし、敵兵が処分したのかもしれない。


「まぁ、そこまで期待していた訳じゃないさ」


 自分達は既にミストリア王国の国境を犯している。

 要塞一つを陥落させた紛う事無き侵略者だ。


「さぁ……戦争が始まるな」


 いよいよ、これからの覇道の行く末を占うミストリア王国との対決だ。

 さしものレオナルドでも高揚感を抑え切れない自分が居た。

 デロニア戦とはまた違った戦争になるだろう。


「ゼロ」


 彼が呼ぶと、すぐ傍に眼帯の少年が現れた。


「お呼びですか?」

「要塞周辺の様子は?」

要塞周辺・・・・には敵兵はいませんね。やはり完全に撤退したようです。このまま進軍すれば、その先の関所で戦うことになるでしょう」

「その関所の規模は?」

「ネハシム-セラフィムならば跡形もなく消せるかと」

「はははっ! 良い回答だ!」


 上機嫌に彼は言いつつも1点だけ。

 目を細めてゼロに尋ねる。


「……ハインリヒの様子は?」


 ある意味、今後の戦場を左右する一番重要な点だ。


「大事はありません。恐らく数日で回復するかと」

「数日か……それでも連続行使出来ないのは間違いないみたいだな」


 ミストリアと戦争をする上では、ハインリヒが鍵を握っている。

 ネハシム-セラフィムあってこその帝国の優位だ。


「ええ。やはりまだ現状の帝国軍も利用する必要があるでしょう」

「ふん、利用するさ。役に立ってもらうとも。宰相と皇帝が命じているのだぞ?」


 人を食った様に酷薄な笑みを浮かべてレオナルドは続ける。


「帝国内部は散々らしいが……あちらなど最早どうでもよいな」


 特別にメフィス帝国という国家に愛着がある訳ではないのだ。

 次なる占領先がミストリア王国であり、その国家の打倒が為るのならば、現在の帝国の帝都になど用は無い。

 国内でどれだけ負けようとも、王国が滅ぼせるならばそれでいい。

 今後の天下を取りに行く為には、ミストリア王国の方が色々と都合が良いだろう。


「こうなったからには後には引けんぞ……」


 言葉とは裏腹に楽しそうに嗤う悪魔。


 と、その時。


「――!!」



 音も無く、レオナルドの額にナイフが突き刺さった。



「……あぁ?」


 虚ろな眼差しでそのナイフを見つめ、レオナルドの瞳孔が色を失ってゆく。

 気付けばレオナルド、キャサリン、ゼロの3人を睨みつけている男の姿が在った。

 彼は崩れた要塞の瓦礫の下に構え、虎視眈々と機を見計らっていたのだろう。


「……はぁ……はぁ……」


 ダンテ=オードリーの側近として。選ばれし精兵の一人として。

 なんとしてでも一矢を報いたかった彼の一撃は確実にレオナルドの額を撃った。


「……や、った?」


 全魔力を込めたナイフの一撃。

 彼の知る限りではレオナルド本人はそこまで戦闘能力が高い訳では無い筈だ。

 ならば、この一撃で敵の総大将を屠り……。


「くくっ」

「っ」

「あははははっ! おおぃおい? どういうことだ、ゼロぉ?」


 歪な笑みを浮かべてレオナルドは嗤った。

 確かに額にナイフは突き刺さっている。

 しかし血の一滴も流れずにメフィス帝国特務官は口角を吊り上げていた。


「敵は居ないんじゃなかったのか?」

「はい。要塞周辺・・・・にはおりません。要塞内部には残っていますが」

「なるほど、俺の聞き方が悪かった、と?」


 ゼロの言い分に対しても大した怒りを感じる事も無くレオナルドは続ける。


「まったく気の利かない奴だ」

「申し訳ありません」

「というかこの距離ならばキャサリンも分かっていただろう?」


 額にナイフが突き刺さったままで会話を続けるレオナルドの姿は異様である。

 肩を竦めてレオナルドがぼやくと、楽しそうにキャサリンは言った。


「まぁねぇ。でも、さ。あの程度の攻撃じゃあ……レオは絶対に倒せないし?」


 護衛の必要を感じなかったのだとキャサリンは言う。

 そしてそれはどうやらゼロも同感であるらしい。


「……自由な奴らだ」


 呟きと共にレオナルドは額に突き刺さったナイフを自分の手で引き抜いた。

 先程までの会話と目の前の光景を見つめ、外軍の騎士は驚愕を隠せない。


「あぁん? なんだ、その眼は?」

「なん……っ、い、いったい、どういう……?」

「気に入らん反応だな……」


 レオナルドを殺したと思ったが、実際には己の攻撃などまるで通用しなかった事実。

 それらに驚いていた騎士を見下ろし、不愉快そうにレオナルドは眉根を寄せた。



「お前まさか……この俺が弱いとでも思っていたんじゃないだろうな?」



 それはまさに悪魔の形相。

 相対する者の心を挫き、恐怖を齎す歪んだ微笑み。


「っ」


 騎士の男はそう思っていた。

 レオナルド本人は大した戦闘能力が無い、と。

 事実相対していても尚、隣にいるキャサリン程の力は感じない。


 だが、なんだ――この異様な寒気は。


「くくくっ」


 笑いながらレオナルドが右手を上げる。

 すると人差し指に嵌めていた指輪が瞬き、彼の眼前に一体の魔獣が現れた。


 いや、それは魔獣などではなく――。


「な、なんだ、それ、はっ!?」


 出現せしは禍々しい邪気で彩られし、悪魔。

 背中から2対の巨大な翼を生やし、口元から覗く獰猛な牙は鋭く、真っ赤に輝く眼光が相対する者を押し潰さんばかりのプレッシャーを放っている。

 ジョナサンのような変異体ともまた違う。

 末恐ろしい程の力を放つ、その悪魔の全身からは瘴気が渦巻き、歪な形状の腕がゆっくりと持ち上がった。

 驚愕に目を見開く騎士の男を無視して、レオナルドは告げる。


「貴様が知る必要は無い。冥土の土産をやる程俺は優しくは無いのでな」


 言葉と共に、レオナルドの腕が一閃。


(この、男……本物の悪魔――)


 同時に悪魔の唸り声が響き、騎士の男は絶命した。


「くくくっ」


 そしてレオナルドは嗤う。


「くっはははははっ!」


 己の覇道の始まりを感じる。

 レオナルドの指輪、そして悪魔の顕現。

 これは本来であれば『メフィス帝国領土』、そして『このような場』でしか発動しない力だ。


「あぁ……良い気分だ」


 悪魔の顕現に成功したということは……このデモニアス要塞は既に『メフィス帝国』の領土だという証左。


「では、このまま世界を取ろうじゃないか……なぁ、我が同胞よ」


 まるで旧知の親友に語りかけるようにレオナルドは悪魔に告げる。

 それに答えるように悪魔は翼をはためかせ、唸り声を上げた。


 誰に邪道だと揶揄されようとも彼は揺らがない。


 今ここに。


 一人の男の覇道が始まろうとしていた。




   ☆   ☆   ☆




「あれが……あれが……!!」


 息せき切って走る彼は、震える背中をコートで覆い隠しながら、約束の場所へと向かう。


(あれが『ネハシム-セラフィム』……!)


 かの兵器を守護する家系でありながらも、実際の威力をこの目で見た事は無い。

 まさかあれほどの破壊力とは。

 ミストリア王国最大の要塞が一撃だ。


(まさに伝説の一説の通りか……!)


 この情報を一刻も早く協力者達に伝える必要がある。

 メフィス帝国はついにミストリア王国への攻撃を開始した。


 であればここから始まるのは――北大陸全土に影響を及ぼす程の壮絶な戦だ。


 だがもしも近隣諸国が戦争に介入する事になればメフィス帝国の不利は明らかだろう。

 突然の侵攻にして天下を目指す宣言。

 そのような国など危険極まりない。

 一体誰がメフィス帝国に肩入れするという。


 だが。


(あの男は勝機が無ければ動かない――)


 勝てると思えるだけの強大な力。

 それはあのネハシム-セラフィムの力か、それとも『他』にも何かが在るのか。


 レオナルドの恐怖の笑みが彼の心に暗雲を齎した。


 しかし。


(……諦めない)


 大切な愛娘の笑顔が脳裏を過ぎる。

 今は亡き愛した妻の眼差しが彼の身体を突き動かす。

 家族の為を思えばこそ、キースの足は止まらない。


 一人で戦っているのではない。

 頼りになる協力者も居るのだ。

 彼女達と共に活路を見出す事は必ず出来る。

 そう彼は自分に言い聞かせた。


 だから。


「この流れを断ち切って見せる……!」


 メフィス帝国秘宝の管理者の末裔。

 碌な力も持たないキースであるが、その決意は本物だ。

 そして彼はここ数日の調査で一つの情報を掴んでいた。



(ハインリヒ14世――彼は――)



 それは現皇帝の過去にまつわる話だ。

 もしかしたら何の役にも立たないのかもしれない。

 だが、ともすれば乾坤一擲の情報になるかもしれない。


(何としてでも持ち帰る)


 凍える吐息は決して寒さによる影響だけではないだろう。

 彼は懸命に駆け抜け、ルノワール達の元へと急いだ。



 ここから――本当の戦いが始まる。






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